連載コラム『だからドキュメンタリー映画は面白い』第70回
今回取り上げるのは、2022年7月16日(土)からユーロスペースほかにて全国順次公開の『Blue Island 憂鬱之島』。
香港・日本合作による、自由を求めて決起してきた、香港の若者たちの闘いの歴史をひも解きます。
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CONTENTS
『Blue Island 憂鬱之島』の作品情報
【日本公開】
2022年(香港・日本合作映画)
【原題】
憂鬱之島 Blue Island
【監督・編集】
チャン・ジーウン
【製作】
ピーター・ヤム、アンドリュー・チョイ、小林三四郎、馬奈木厳太郎
【撮影】
ヤッルイ・シートォウ
【編集】
ジャックラム・ホー、ガーション・ウォン
【キャスト】
チャン・ハックジー、アンソン・シェム、シウイェン、ラム・イウキョン、フォン・チョンイン
【作品概要】
中国・香港で起こった文化大革命、六七暴動、天安門事件という3つの事件に直面した香港在住の3人を軸に、2014年の雨傘運動以降の香港の若者たちを描きます。
監督は、雨傘運動を題材にしたドキュメンタリー『乱世備忘 僕らの雨傘運動』(2016)で長編デビューをはたしたチャン・ジーウン。
製作は、香港が内包する不安と希望を描いた衝撃作『十年』(2015)のアンドリュー・チョイや、『乱世備忘』も手がけたピーター・ヤム。製作費の一部をクラウドファンディングで賄っており、日本でも約640人が支援。
北米最大のドキュメンタリー映画祭「Hot Docs 2022」で最高賞、台湾国際ドキュメンタリー映画祭で観客賞を含む3冠に輝くも、その内容から香港では現在も上映が出来ない状態となっています。
『Blue Island 憂鬱之島』のあらすじ
1997年の中国返還後、一国二制度が敷かれた香港。しかし近年ではその理念が蝕まれ、市民の自由が急速に失われつつあります。
20世紀後半には文化大革命、六七暴動、天安門事件と、世界に波紋を広げた様々な事件に遭遇してきた中国大陸。
それらの事件に触れることとなった実在の3人を中心に、自由を守るために闘った人々の記憶を、ドキュメンタリーと回想ドラマを融合させながら映していきます。
歴史的出来事を交えて問う「香港人」のアイデンティティ
2014年9月の香港で、民主化を求める高校生や大学生ら若者が雨傘を手に、市街に出てデモンストレーションが起こりました。
「雨傘運動」と呼ばれるそのデモ以降、一国二制度の香港人による統治、高度な自治理念は徐々に蝕まれ、19年の逃亡犯条例改正案反対運動の200万人デモを経て、20年7月1日施行の国家安全維持法により、さらに自由の幅が狭められてきています。
雨傘運動時、27歳だったチャン・ジーウン監督は、参加していた若者にカメラを向け、生の声を記録。それは『乱世備忘 僕らの雨傘運動』というドキュメンタリーとなります。
本作『Blue Island 憂鬱之島』は、「雨傘運動後の落ち込んだ状態から抜けられなかった」(『キネマ旬報』2018年7月下旬号)という監督が、そのどん底の中で浮かんだ構想を元に制作。香港・中国の大きな歴史的出来事を経験した人々の回想を交え、「香港人」という集団的アイデンティティを問う内容となっています。
『乱世備忘 僕らの雨傘運動』(2016)
民主化運動に参加した現代の若者が演じる“過去の若者”
本作でいう「大きな歴史的出来事」とは、66年の毛沢東による社会主義制度の発展を目的とした中国の文化大革命、67年の香港イギリス政府に対する抵抗として市民決起した六七暴動(六七暴動をテーマにした作品に、アニメ映画『チェリー・レイン7番地』がある)、そして北京の天安門広場に集まった大学生と市民が反官僚、反腐敗デモを起こした89年の天安門事件を指します。
天安門事件を経験して自らを脱走兵と戒めるケネス、文化大革命から逃れるために海に飛び込み恋人と共に香港に渡ったチャン、六七暴動時の抵抗者からビジネスマンとなったレイモンド。この違う時代を生きた3人を、本作では本人の証言と回想ドラマを融合させて描きますが、興味深いのはドラマパート。
冒頭、文化大革命で中国大陸から香港へと泳いで逃れようとする若きチャンと恋人の回想ドラマからスタートしますが、実はこの2人を演じているのはプロの俳優ではなく、民主化運動で揺れる今の香港で暮らす一般人青年。加えて、若き日のケネスやレイモンドを演じるのは、19年の大規模な抗議デモに参加し逮捕・訴追された学生です。
過去の歴史的出来事に若者として対峙した人物を、21世紀の出来事に関与した若者が演じるという、いわゆる劇中劇のような多重構造を取りつつ、ジーウン監督はさらに、役を演じた者たちにちょっとした「問いかけ」を行います。
他人を演じることで、今の香港で自分が在ることを客観視させる――「『香港人の集団的アイデンティティ』を定義する壊れない鎖、つまり市民的主張の連続性を探求する」という監督の狙いがここにあります。
憂鬱と開放が同居する都市、香港
キャスト以外にも、本作では19年の抗議デモに参加し逮捕・訴追された者が顔出しで出演。年齢や境遇も学生、教授、映画人、ユーチューバーなどさまざまで、制作スタッフの中には「アノニマス(匿名)」名義だったり、現在も収監されている者もいます。
タイトル『Blue Island 憂鬱之島』とは、自由の幅が狭まりつつある“憂鬱だらけの香港”という皮肉です。ただ一方で、“憂鬱”を表すBlue=青という色は、香港を取り囲む海の色でもあり、“信頼、誠実、開放感”という意味もあります。
憂鬱な雰囲気が広がるも、開放を求める誠実な人々が暮らす島――このタイトルには、そんなダブルミーニングが込められているはずです。
ただ残念ながら2022年7月現在、本作は香港での公開の目途は立っていません。
ジーウン監督は「香港での上映はあまり期待していない」と語るも、「この映画は香港の観客のためだけに作られたものではなく、人間の経験や願望の普遍性を祝福するもの」として、グローバルな共感を得られるだろうという期待を抱いています。
『時代革命』(2022)
なお日本では8月13日から、19年の香港での逃亡犯条例改正案反対運動に密着したドキュメンタリー『時代革命』も劇場公開。
約180日に及ぶ民主化を求める運動のうねりと、警察と激しい衝突をしながら抗議を続ける若者たちを活写した『時代革命』は、スタッフや出演者に危険が及ぶことを鑑みて、東京フィルメックス2021では上映前日までタイトルや内容を伏せられ、カンヌ国際映画祭でもサプライズで上映。そして『Blue Island 憂鬱之島』同様、香港での上映が難しい状況にあります。
問題作にして衝撃作の『時代革命』は、次回の当コラムで取り上げます。
次回の連載コラム『だからドキュメンタリー映画は面白い』もお楽しみに。
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松平光冬プロフィール
テレビ番組の放送作家・企画リサーチャーとしてドキュメンタリー番組やバラエティを中心に担当。主に『ガイアの夜明け』『ルビコンの決断』『クイズ雑学王』などに携わる。
2010年代からは映画ライターとしても活動。Cinemarcheでは新作レビューの他、連載コラム『だからドキュメンタリー映画は面白い』『すべてはアクションから始まる』を担当。(@PUJ920219)