連載コラム『だからドキュメンタリー映画は面白い』第58回
今回取り上げるのは、2021年2月27日(土)より新宿K’s cinemaほか全国順次劇場公開、オンライン配信も同時スタートされる ドキュメンタリー映画『きこえなかったあの日』です。
東日本大震災時の被災ろう者の姿を見つめた『架け橋 きこえなかった3.11』の今村彩子監督が、ろう者と災害の10年間を記録した本作。
震災から10年を経てなお、宮城県に通い続けた今村監督。日本の各地では、熊本地震や西日本豪雨などの自然災害が続き、また新型コロナウイルスの発生による流行と、困難に直面する耳の聞こえない人々を取材し描いています。
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映画『きこえなかったあの日』の作品情報
【公開】
2021年(日本映画)
【監督・撮影・編集】
今村彩子
【整音】
澤田弘基
【音響効果】
野田香純
【音楽】
やとみまたはち
【キャスト】
加藤褜男、小泉正壽、菊地藤吉、菊地信子、岡崎佐枝子
【作品概要】
『珈琲とエンピツ』(2011)、『Start Line』(2016)、『友達やめた。』(2020)などのドキュメンタリー映画を手がけてきた今村彩子監督最新作。
自身もろう者である今村監督が、2011年に発生した東日本大震災での被災ろう者の姿を、足掛け10年かけて記録しました。
映画『きこえなかったあの日』のあらすじ
2011年3月11日の東日本大震災発生直後に宮城県を訪れ、「耳のきこえない人たちが置かれている状況を知ってほしい」と痛感した今村彩子監督。
その模様を『架け橋 きこえなかった3.11』(2013)として発表した監督は、その後も、日本各地で発生した様々な災害現場を取材。
「あの日」となった3.11から10年を経て、ろう・難聴者を取り巻く日本の現状を記録しました。
「あの日」を境に見つめる障がい者と災害
2011年3月の東日本大震災を受け、ドキュメンタリー映画監督の今村彩子は、被災地で暮らすろう・難聴者を追い続けてきました。
ろう者たちの大半は、耳が聞こえないことで津波の警報や緊急放送に気づかずに行動が遅れてしまい、疲弊・孤立してしまう…震災で亡くなった障がい者の死亡率は、健常者の約2倍とも伝えられています。
行き届かねばならない情報が伝わらない彼らの現状を伝えるべく、自身も聴覚障がいを持つ今村監督は、カメラを手に長期取材を敢行し、その記録は2013年に『架け橋 きこえなかった3.11』として発表されました。
本作『きこえなかったあの日』はその続編とも言うべき作品で、「あの日」となる3.11以降も日本で発生したさまざまな災害を通じて、ろう・難聴者の姿を映しています。
本作では「あの日」以降も宮城で暮らす、数名のろう・難聴者にスポットを当てています。
避難所の指示が分からずに不安にさいなまれた当時の状況や、仮設住宅に移してからの生活環境など、「あの日」を経て彼らが歩んできた現状。
ここで重要なのは、すべてのろう者が手話を使えるわけではないということです。
明治11年(1878年)に設立の京都盲唖院が日本初のろう学校と云われますが、その後は全国で、ろう教育機関の設立が相次ぎました。
ところが昭和初期から、難聴の子どもを一般社会に適応させるには、手話ではなく日本語の口話法を身につけさせるべきという考えから、全国のろう学校では一部を除き、手話の使用が禁止されました。
これにより、十分な手話を学べないまま成長した者も存在するのです。
伝えようとする気持ち、分かろうとする気持ち
今村監督は、これまでにも「コミュニケーションとは何か、ハンディキャップとは何か」というテーマを追究したドキュメンタリーを発表し続けてきました。
2016年の『Start Line』では、監督自らが沖縄から北海道まで健常の伴走者と一緒に自転車で旅をする様子を、2020年の『友達やめた。』では、監督とアスペルガー障がいを持つ友人との関係を、それぞれ映しています。
セルフドキュメンタリーの体裁を取った両作品に含まれていた、「ハンディキャップが必ずしもコミュニケーションの妨げの原因になるわけではない」というメッセージは、本作にも通底しています。
被写体の一人である加藤褜男(えなお)は、手話が禁止されていた時代に十分な教育を受けられなかったことから、日本語の読み書きが厳しい上に、手話も独特です。
そうなるとコミュニケーションを取るのが難しいのでは、と思いがちですが、彼は毎朝、仮設住宅付近を回り、身振り手振りを織り交ぜ、住民たちと屈託なく打ち解けています。
手話や読み書きでのやり取りが難しくても、周囲の者たちも、彼が何を伝えようとしているのかが分かるようになっている。
コミュニケーションの取り方は多種多様でも、伝えたいという気持ちとそれを分かろうとする気持ちがあれば、信頼関係は築けます。
参考:『友達やめた。』(2020)
必要緊急の助け合い
「あの日」以降も、日本は熊本地震や西日本豪雨といった災害に見舞われましたが、その間、障がい者を取り巻く環境も大きく変化しました。
2013年10月、手話を福祉という扱いではなく「言語」として扱う、日本初の「手話言語条例」が鳥取県で制定されたのを機に、各地でも同様の動きが進んでいます。
熊本地震の避難所では手話通訳に対応できるようになれば、西日本豪雨発生後には被災地の瓦礫撤去のボランティアとして参加するろう者たちの姿がありました。
しかし、これらの出来事を知る人は、もしかしたら少ないかもしれません。
今年の1月18日から、テレビ東京のニュース番組「ワールドビジネスサテライト(WBS)」では、キャスターやコメンテーターらがマスクを着用して出演するようになりました。
新型コロナウイルス感染防止のため、同局の他のニュース番組でも導入したこの取り組み。評価する声が上がった一方で、「やりすぎ」、「声がぐぐもって聞こえにくい」という否定的な意見の中に、聴覚障がい者からの「口元が読み取れない」というのもありました。
もちろん、文字放送に対応した番組もありますが(WBSの文字放送はCM以外は未対応)、読み書きを不得意とし、口の動きで言葉を理解するろう者にすれば、放送内容を理解することは難しい――この一件は、報道の在り方をあらためて問う形となりました。
本作でも、コロナ禍において愛知県でのろう者らでつくる団体による、手話通訳がいなくてもコミュニケーションを図るための取り組みを追っています。
自然災害、未知の病原体という脅威にさらされる今の日本で暮らす以上、人と人との助け合いは不要不急ではなく、必要緊急なものとなっています。
障がい者や健常者を問わず、心あるコミュニケーションを図るための指針が、本作にはあります。