連載コラム『だからドキュメンタリー映画は面白い』第34回
「ロード・オブ・ザ・リング」シリーズのピーター・ジャクソン監督が綴る戦争の記録。
今回取り上げるのは、2020年1月25日(土)よりシアター・イメージフォーラムほかで全国順次公開の『彼らは生きていた』。
映画「ロード・オブ・ザ・リング」シリーズ(2001~2003)のピーター・ジャクソン監督が、第一次世界大戦の記録フィルムを元に、新たな驚異の映像を生みました。
【連載コラム】『だからドキュメンタリー映画は面白い』記事一覧はこちら
映画『彼らは生きていた』の作品情報
【日本公開】
2020年(イギリス・ニュージーランド合作映画)
【原題】
They shall not grow old
【監督】
ピーター・ジャクソン
【製作】
ピーター・ジャクソン、クレア・オルセン
【製作総指揮】
ケン・カミンズ、テッサ・ロス、ジェニー・ウォルドマン
【編集】
ジャベツ・オルセン
【音楽】
デビッド・ドナルドソン、ジャネット・ロディック
【作品概要】
「ロード・オブ・ザ・リング」シリーズのピーター・ジャクソン監督による、戦争ドキュメンタリー。
第一次世界大戦の終戦から100年を記念し、イギリスで行われた芸術プログラム「14-18NOW」にもとづき、イギリス帝国戦争博物館と放送局BBCの共同制作で、同博物館に保存されている記録映像を、4年の歳月をかけて再構築。
自身の祖父が第一次大戦の兵士だったというジャクソン監督は、祖父が体験したことを学べる絶好の機会だとして、本作の制作に専念しました。
映画『彼らは生きていた』のあらすじ
1914年に開戦した、人類史上初の世界戦争となる第一次世界大戦。
同年8月、イギリス各地で募兵を呼びかけるポスターが多数提出され、若者たちが続々と入隊します。
6週間ほどの基礎訓練を経て、青年から兵士となった彼らは、ついに西部戦線へと派遣。
フランス入りした彼らが見たものは、腸が飛び出た馬や、頭を打たれたり、有刺鉄線に引っかかった兵士の死体。
そんな凄惨な場にいながらも、彼らは粗雑な寝床で仮眠を取り、リラックスした表情で食事や会話をするなど、つかの間の休息を楽しむことも忘れません。
そしてついに訪れた突撃の日を迎え、塹壕を飛び出してドイツ軍の陣地へと向かうことに。
勝利を確実視していた彼らを待ち受けていたものとは…。
100年前の戦争の記録を最新デジタル技術で復元
本作『彼らは生きていた』は、イギリス帝国戦争博物館が所蔵する2200時間以上ある第一次世界大戦の記録映像から100時間を抜粋し、映像の修復、着色、3D化という3段階の作業を400人以上のアーティストが実施し制作。
音声に関しては、イギリスの放送局BBCが所蔵の、600時間にも及ぶ退役軍人200名のインタビュー素材をナレーションとして使用するかたわら、訛りのあるイギリス英語を話せる人間からセリフを新録し、戦争当時の兵士たちの声として再現。
さらに、毎秒13や14、中には15や18など、スピードがバラバラだった元のフレームを統一するために、前後のフレームを推定して新たなフレームを作成するなど、まさに現代の最新デジタル技術の粋を集めた作品となっています。
作品序盤での、募兵を呼びかけるイギリスの街並みを映したカクカクと動く画質の粗いモノクロ映像から、兵士たちが戦地に赴いた途端に、滑らかに動くカラー映像へと変貌していく。
100年前の遠い過去の記録が、手の届くような新しい記憶になっていくその行程に、驚嘆すること間違いなしでしょう。
確実に生きていた「彼ら」
本作で印象的なのは、機関銃の冷却水を使って紅茶を淹れたり、ビール飲み場に殺到したり、前を歩く仲間の頭をこづいたり、音楽を奏でたり、綱引きをする兵士たちの姿です。
彼らの中には、入隊資格の規定年齢を偽ってまで愛国心で志願した者以外に、「日常の退屈な生活から逃れるため」、「周りが志願していたから何となく」といった理由で兵役した者も。
「戦争は時として滑稽なものだ」と退役軍人が語るように、見敵必殺の場にいるはずなのに、仲間とじゃれあったり、笑顔を見せる彼らは、観る者に親近感を与えていきます。
やがてそんな彼らにも、敵陣に銃剣で突撃する命令が下ります。
文明人としての皮が剥げ落ちていく
退役軍人が「理性を失うほどの生き地獄」と述懐するように、突撃をする彼らを待ち受けていたのは、ドイツ軍の凄まじい銃撃と、強烈な爆撃でした。
思わず目を背けたくなるような禍々しい惨状をも、余すところなくカラー映像化したピーター・ジャクソン監督は、以下のようなコメントを残しています。
この映画は、ひとつの章にしかすぎない。これはあくまで西部戦線のイギリス人歩兵たちで、他にも多くの映画が作れる。僕は、自分たちがこの戦争のドキュメンタリーへのドアを開くことができればいいと思っている。
数秒前まで会話していた仲間が、動かぬ死体と化していく戦況に、「文明人としての皮が剥げ落ちる」彼ら。
捕虜にしたドイツ兵と自分たちイギリス兵の境遇や兵役志願理由に、そう大差がなかったという皮肉。
そして、戦いを終えて帰還した彼らを待つのは、祝福と労いの言葉が上辺にしか感じられない、厳しい現実。
時代は変わっても、戦争がもたらす代償は、いつの世も変わらないのです。