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Entry 2018/10/26
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映画『母さんがどんなに僕を嫌いでも』感想と評価。タイジ役の太賀とその原作者本人とは|銀幕の月光遊戯8

  • Writer :
  • 西川ちょり

連載コラム「銀幕の月光遊戯」第8回

こんにちは、西川ちょりです。

今回取り上げる作品は、2018年11月16日(金)より新宿ピカデリー、シネスイッチ銀座、イオンシネマほかにて全国公開の映画『母さんがどんなに僕を嫌いでも』です。

歌川たいじのコミックエッセイを実写映画化。

『すーちゃん まいちゃん さわ子さん』(2013)などで知られる御法川修が監督を務め、主人公のタイジを太賀が、母の光子には吉田羊が扮し、迫真の演技を見せています。

【連載コラム】『銀幕の月光遊戯』一覧はこちら

映画『母さんがどんなに僕を嫌いでも』のあらすじ


(C)2018「母さんがどんなに僕を嫌いでも」製作委員会

タイジは少々太めの小学校低学年の男の子。母が作ってくれる混ぜご飯が大好きです。

姉と一緒に隠れては、母のことを見つめるのが好きでした。母はきれいで、いい匂いがして、でもなんだか少し寂しそうでした。

そんな母は人気者で回りにはいつも取り巻きがいて、タイジが学校から帰ってくると暖かく迎えてくれます。ですが、家の中では、いつも情緒不安定で、タイジを叱りつけ、暴力を振るいます。

ある時など、太り過ぎを気にして食事に手をつけずにいると、母はイライラして熱いシチューを顔にぶちまけてきました。

父の経営する工場の片隅でシチューをかぶったままうずくまっていると、タイジが「婆ちゃん」と呼んでいる、古くから工場で働いている女性が心配して声をかけてきました。

「また母さんにされたの?」「僕が悪い。僕は何やっても豚なんだよね」「タイちゃんは豚じゃないよ」婆ちゃんはいつもそうやってタイジを励まし、タイジが描いた絵を本当に喜んで見てくれました。

婆ちゃんさえいれば、どんなにつらいことがあってもタイジは平気でした。

母と父はいつも喧嘩ばかりで、互いに競って傷つけあっているようでした。ある日、母はタイジを一年間、施設に入れると言い出します。

婆ちゃんが激しく反対し、「タイちゃんがお母さんを大好きなのわかっているでしょ?」と迫ると、母は「こうするしかなかったの」と泣き出しました。

大好きな二人が言い争っている姿を観て心を痛めたタイジは作り笑顔を浮かべると「面白そうだから僕行くよー!」と元気な声で言いました。

一年が過ぎ、やっと家に戻ってきた途端、母と姉が荷造りして飛び出してきました。お父さんとは離婚したからこの家を出ていくのだという母にせかされ、婆ちゃんと再会することもなく、タイジは新しい家に連れて行かれました。

料理や掃除がすっかり板についたタイジももう17才。母は若い男を連れてきたり、相変わらず情緒不安定で、タイジは暴力を受け続けていました。

ある日、母は「お前なんて生まれてこなかったら良かったのに!」と怒鳴り、包丁を持ち出して振り回し、タイジは腕を怪我してしまいました。

もうこの家にはいられない。タイジは家を出て、18才と偽って精肉店で住み込みで働き始めました。そんな頃、婆ちゃんと再会します。婆ちゃんは病気で寝込んでいました。

「いつまでも僕は豚なんだよね。豚が、豚の回りで仕事して」と自嘲するタイジに向かって婆ちゃんは「タイちゃんは豚じゃないよ。豚じゃないと言ってちょうだい」と語りかけるのでした。タイジは泣きながら、何度も何度も「豚じゃない」と繰り返します。

努力を重ね、一流企業の営業科に配属されたタイジは、社会人劇団に入り、重要な役に異例の抜擢を受けます。劇団のエースで毒舌家のキミツや、会社の同僚カナ、彼女の恋人・大将とタイジは親しくなっていきます。

人と心を通わせる幸せを始めて感じたタイジのもとに、突然母から電話がかかってきます。友人たちから投げかけられた言葉を受け、タイジは再び母と向き合おうと決意しますが…。

映画『母さんがどんなに僕を嫌いでも』のキャスト紹介


(C)2018「母さんがどんなに僕を嫌いでも」製作委員会

タイジ役の太賀とは

1993年生まれ、東京都出身。『那須少年記』(2008/初山恭洋監督)で映画初主演を果たします。

『私の男』(2014/熊切和嘉監督)、『ポンチョに夜明けの風はらませて』(2017/廣原暁監督)、『南瓜とマヨネーズ』(2017/冨永昌敬監督)、『50回目のファーストキス』(2018/福田雄一監督)など、話題作に出演するごとに存在感を増し続けている注目の若手俳優です。

とりわけ深田晃司監督作品での印象が強く、2014年、二階堂ふみと共演した『ほとりの朔子』では学校に行かず、叔父のホテルでアルバイトをしているナイーブな少年を演じ、多くの人に太賀という役者の存在を知らしめました。

2016年の『淵に立つ』では、自身の父親が過去に起こした事件を知らず被害者家族の経営する工場で働き始め、複雑な立場に追い込まれる青年を演じ、強烈な印象を残しました。2018年の深田監督作品『海を駆ける』にも出演、確かな演技力に定評があります。

本作では、子供時代に母親から激しい暴力を受けていた青年に扮し、家を飛び出して一人で生きてきた青年が大人になって再び母親と対峙しようとする姿を体当たりで演じています。

母・光子役の吉田羊とは

テレビや映画で、その顔を観ない日はないと言っていいぐらい、多数の作品に出演している人気女優です。

2015年の『映画ビリギャル』(土井裕康監督)で第39回日本アカデミー賞優秀助演女優賞を授賞。『嫌な女』(2016/黒木瞳監督)で映画初主演を果たしました。

2018年だけでも『ラブ×ドック』(鈴木おさむ監督)、『恋は雨上がりのように』(永井聡監督)、『コーヒーが冷めないうちに』(塚原あゆ子監督)、『ハナレイ・ベイ』(松永大司監督)と出演作が続き、制作側からも観客からも今、最も信頼されている女優の一人として活躍しています。

好感度の高い役柄を演じることが多かった彼女が、子どもを虐待する母親をどのように演じたのか、本作の注目点の一つになっています。

原作者の歌川たいじとは


(C)2018「母さんがどんなに僕を嫌いでも」製作委員会

1966年生まれ、東京都出身。日常を漫画にしたブログ「♂♂ ゲイです、ほぼ夫婦です」が大人気となり、その後、小説家、漫画家としても活躍。

会社員時代よりゲイであることをカミングアウトしており、NHK「ハートネットTV」への出演や、国際人権NGO団体への協力など、多方面で活動を続けています。

本作の原作となるコミック・エッセイ「母さんがどんなに僕を嫌いでも」(2013)は発表するやいなや大きな反響を呼び、各方面から高い評価を受けました。小説版も発行されました。

歌川氏は完成した映画を観て、次のようなコメントを寄せています。

「飛びたったのならば、できるだけ遠くまで飛んでいってほしい。そして届くべきところにちゃんと届いてほしい」そんな気持ちで、いまはいっぱいです。この映画にちりばめられた、私が自分の闇と戦う中で手にしてきた宝物。それらが、世の中の痛みのある心にどうか届きますようにと、それだけをいま、願っています

映画『母さんがどんなに僕を嫌いでも』の感想


(C)2018「母さんがどんなに僕を嫌いでも」製作委員会

映画は予想に反して、ホッとさせられるような温かみのある明るい部屋と太賀が扮する主人公タイジの笑顔で始まります。

子供時代のタイジもちょっと太り気味のユーモラスな雰囲気をまとった優しそうな少年で、ほのぼのとしたホームドラマがはじまるのではないかと錯覚しそうになります。

そんな中、遠慮がちにタイトルが現れ、“嫌いでも”という文字がまるではにかむように出現します。

児童虐待を描いている作品なら画面もシリアスで暗く、重々しいものだろうという観る者の思い込みを映画は軽々と超越してみせます。

無論、母の理解に苦しむ行動、許しがたい虐待シーンもしっかりと描かれますし、そのことによって深く傷つくタイジの姿には観ていて激しく心を揺さぶられます。

その上で、映画は、タイジのような人生を歩んできた人も、ちゃんと幸せになることが出来るんだよ、とあえて幸せのカラーをまとってみせるのです。

そこには「あなたも幸せになって!」というせつなる強いメッセージが淡い色調に力いっぱい込められているのです。

それにしても、こんな辛い目にあって、憎んで当然の母を許し、「大好きだ」と訴える息子の姿を観ていると、子が親を思う気持ちの強さを改めて思い知りますが、でもこれはタイジが子供時代を支えてくれた“婆ちゃん”や、大人になってからできた友人たちから、確かな愛を受け取ったからこそでしょう。

その愛は、子どもは親だけが育てるものではなく、人間は多くの人々の影響によって成長していくものだということの明確な証拠です。

母の愛を勝ちとるためというよりは、彼の行為は自分が受けた愛の“おすそわけ”をしようとしたものなのかもしれません。

彼を愛してくれ、彼にそのような気持ちをもたらした人々が皆、素晴らしく、俳優がいい味を出しています。“婆ちゃん”役の木野花の優しさと真摯さ溢れる佇まいには誰もがぐっとくるでしょう。


(C)2018「母さんがどんなに僕を嫌いでも」製作委員会

迷いのない軽やかさを身にまとい、常に舞台上のヒーローのように鮮やかなキミツを演じる森崎ウィンは、スティーブン・スピルバーグ監督作『レディ・プレイヤー1』に抜擢された注目の俳優です。

職場の同僚のカナを演じるのは、『リアル鬼ごっこ』(2015/園子温監督)や公開が待ち遠しい『青の帰り道』(2018/藤井道人)などに出演している秋月三佳。嫌味のない爽やかさが魅力です。

カナの恋人の大将を演じるのは、『東京喰種トーキョーグール』(2017/萩原健太郎監督)、『ホペイロの憂鬱』(2018/加治屋彰人監督)などの白石隼也。彼の言葉がタクジの心に大きな影響を与えるという重大な役を落ち着いた演技で見せ、好感が持てます。

“どんな人間に出会うのか”、“どんな人々に巡り会えるか”ということもこの作品の隠れたテーマなのかもしれません。


(C)2018「母さんがどんなに僕を嫌いでも」製作委員会

まとめ

吉田羊にとってこの母親を演じることは非常に難しかったに違いありません。しかし、映画を観終えた人の多くは彼女しかこの役をやれないと納得するでしょう。

そして太賀が本当に素晴らしい。本作が彼の新たな代表作になったのは間違いありません。

母と息子、二人はきちんと向き合うことができるのでしょうか!?

次回の銀幕の月光遊戯は…

次回の銀幕の月光遊戯は、11月17日(土)より公開の日米合作映画『Maki』をご紹介いたします。

お楽しみに。

【連載コラム】『銀幕の月光遊戯』一覧はこちら

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