連載コラム「映画と美流百科」第15回
こんにちは、篠原です。
今回は和の文化に目を向け、茶道の世界を描いた『日日是好日(にちにちこれこうじつ)』を取り上げます。
エッセイスト森下典子が、24年に渡って通う茶道教室での出来事や気づきを記したベストセラーエッセイ『日日是好日「お茶」が教えてくれた15のしあわせ』を、黒木華主演、樹木希林、多部未華子の共演で映画化した作品です。
監督・脚本は、『さよなら渓谷』(2013)『セトウツミ』(2016)などの大森立嗣が努めています。
映画『日日是好日』のあらすじ
自分の本当にやりたいことが見つけられずに大学生活を送っていた20歳の典子(黒木華)は、母親からお茶を習うことを勧められます。
先生は、「タダモノではない」と噂の武田のおばさん。「ふつうのおじぎなんだけど、ちがうのよ」「あんなきれいなおじぎ見たことない」と母親は力説します。
典子は気のない返事をしていましたが、お茶を習うことに乗り気になったいとこの美智子(多部未華子)に誘われるがまま、流されるように茶道教室に通うことになりました。
右も左もわからずお茶の世界に足を踏み入れた典子は、武田先生(樹木希林)のもとへ24年にわたり毎週、稽古に通うことになります。
最初は「お茶はまず形から」と意味も理由も脇に置いて「決まりごと」をなぞる日々でしたが、だんだんと手が自然と動くようになり、そこに込められた意味に気づいていきます。
季節と共に過ぎていく歳月の中で、典子は就職活動、失恋、大切な人の死などを経験し、「日日是好日」という言葉に示された、今を生きる喜びを知っていきます。
映画ファンにも親しみやすい!? 茶道の世界
茶道とはいったい、どんなものなのでしょうか。
お茶は中国から伝えられたもので、現在よく知られている茶道の流派は本作でも取り上げられている表千家、そのほかに裏千家、武者小路千家があり、これらを総じて三千家と呼び、もともとは千利休が…と歴史を語ることはいくらでもできます。
しかし、この映画で大切にされているのは、歴史など外側の情報ではなく、もっと内に秘められたお茶の心です。
その性質は、典子が子供のころに観て意味が分からなかったけれど、大人になって再鑑賞し衝撃を受けて涙したという映画『道』(1954)に例えられ、エッセイの中で次のように述べられています。
世の中には、「すぐわかるもの」と、「すぐにはわからないもの」の二種類がある。すぐわかるものは、一度通り過ぎればそれでいい。けれど、すぐにわからないものは、フェリーニの『道』のように、何度か行ったり来たりするうちに、後になって少しずつじわじわとわかりだし、「別もの」に変わっていく。そして、わかるたびに、自分が見ていたのは、全体の中のほんの断片にすぎなかったことに気づく。
「お茶」って、そういうものなのだ。
とっつきにくいと思いがちな茶道ですが、こんな風に例えてもらえると、映画ファンにとってもどんなものか想像しやすく身近なものに感じられますよね。
稽古で磨かれる五感
最初は典子にとって面倒に感じられたお茶の稽古ですが、いつしか通わないと落ち着かない存在になっていきます。
仕事や恋愛など人生がうまくいかない時でも、茶室にいる時だけはその日常から切り離され、ただ目の前にある稽古に集中することに意味を感じるようになっていたのです。
そして、稽古の中で五感が研ぎ澄まされ、自然を敏感に感じ取れるようになっている自分にも気づいてゆきます。
五感とは視覚、聴覚、触覚、味覚、嗅覚ですが、季節を意識した室内のしつらえやお茶菓子を目で楽しみ、つくばいから流れる水やお茶を点てる茶筅の音を聞き、茶碗を手にとり重みや肌の感触を確かめ、あたたかいお茶の味と香りを噛みしめるといった具合です。
本作で特に注目してほしいのは音の表現で、セリフや音楽を抑えた演出は、茶室に響く音の豊かさを感じさせてくれます。
季節によって異なる庭木の葉を打つ雨の音や、柄杓から流れる水とお湯の音の違いなどを繊細にとらえ、衣擦れや畳をにじる音など和の生活音の心地よさも新たに発見することでしょう。
知っておきたい禅語
茶室の床(とこ)は、亭主のもてなしの心を表すもので、掛物がかけられ季節の花が入れられています。
掛物の種類はさまざまで画や和歌などもありますが、禅宗の精神を示す言葉を一行でしたためた“一行物”がよく見られます。
本作で登場する禅語は、タイトルになっている「日日是好日」や「一期一会」などですが、その意味をWikipediaより抜粋しご紹介します。
日日是好日
表面上の文字通りには「毎日毎日が素晴らしい」という意味である。そこから、毎日が良い日となるよう努めるべきだと述べているとする解釈や、さらに進んで、そもそも日々について良し悪しを考え一喜一憂することが誤りであり常に今この時が大切なのだ、あるいは、あるがままを良しとして受け入れるのだ、と述べているなどとする解釈がなされている。
一期一会
茶会に臨む際には、その機会は二度と繰り返されることのない、一生に一度の出会いであるということを心得て、亭主・客ともに互いに誠意を尽くす心構えを意味する。茶会に限らず、広く「あなたとこうして出会っているこの時間は、二度と巡っては来ないたった一度きりのものです。だから、この一瞬を大切に思い、今出来る最高のおもてなしをしましょう」という含意で用いられ、さらに「これからも何度でも会うことはあるだろうが、もしかしたら二度とは会えないかもしれないという覚悟で人には接しなさい」と戒める言葉。
まとめ
撮影に入る前に、実際に茶道の稽古をしてから挑んだという大森立嗣監督の作品だけあって、本作は茶の湯の世界を真摯に描こうと心を砕いたのが伝わってくる秀作です。
一人の女性の成長とともに日本の四季の移ろいやその美しさを描き、和の心の奥深さを掘り下げ、笑いもまじえながら、誰にでも楽しめる作品に仕上げています。
本作は茶道の経験の有無に関わらず、“いまここ”に意識を集中するマインドフルネスを体現する映画としても心に響くはずです。
ぜひ、五感を研ぎ澄ましてご覧ください。
茶の湯の世界は日常の中にもあり、自分次第でどこまでも深めていくことができるものなのだと気づきます。