SKIPシティ国際Dシネマ映画祭2020エントリー・マリア・セーダル監督作品『願い』がオンラインにて映画祭上映
埼玉県・川口市にある映像拠点の一つ、SKIPシティにて行われるデジタルシネマの祭典が、2020年も開幕。今年はオンラインによる開催で、第17回を迎えました。
そこで上映された作品の一つが、ノルウェーのマリア・セーダル監督が手掛けた長編映画『願い』。
一人の女性が当たり前と思われた生活の中に訪れた突然の困難で、自身と人々の関係を改めて向き合っていく姿を、セーダル監督自身が経験より得た思いとともに描いた作品です。
【連載コラム】『2020SKIPシティ映画祭』記事一覧はこちら
CONTENTS
映画『願い』の作品情報
【上映】
2020年(ノルウェー、スウェーデン合作映画)
【英題】
Hope(原題:Håp)
【監督】
マリア・セーダル
【キャスト】
アンドレア・ブライン・フーヴィグ、ステラン・スカルスガルド
【作品概要】
クリスマス・イブ前日から年が明けた2日までの11日間、事実婚の夫婦が向き合う試練とその先にある希望を、マリア・セーダル監督が自身の体験を元に精緻に描きます。
セーダル監督は2012年に末期ガンを告知され、2010年のデビュー作以来9年ぶりとなる本作で映画界への復帰を果たしました。また本作は2019年のトロント国際映画祭でプレミア上映され、2020年のベルリン国際映画祭でも上映されるなど、世界中で高い評価を受けました。
主演のアンドレア・ブライン・フーヴィグは、演劇、映画、TVで幅広く活躍するほか、歌手としてアルバムも発表するなど多方面で才能を発揮している有名女優です。一方、夫トーマスを演じるのはヨーロッパのみならずハリウッド映画にも数多く出演する俳優ステラン・スカルスガルド。
マリア・セーダル監督のプロフィール
ノルウェー出身。1989年に初短編映画の『Life Is Hard and Then You Die』を制作、1993年にデンマーク国立映画学校を卒業しました。
長編デビュー作となった『Limbo』(10)では脚本も手掛けており、作品は2010年のノルウェー国際映画祭でオープニング作品として上映され、アマンダ賞では10部門でノミネートされ5つの賞を受賞するなど、非常に高い評価を受けました。
映画『願い』のあらすじ
自身が振り付けを務めたダンスのツアーが成功を収め、自宅へと戻った元ダンサーのアンニャ。
6人の子どもに囲まれて暮らす彼女と夫のトーマスは事実婚という関係にありましたが、お互いの存在は長い年月の中でそれぞれ独立し、成熟したものとなっていました。
ところがアンニャはクリスマス前日に昨年手術したガン治療の検診を受けたところ、末期の脳腫瘍があるという診断を受け、大きなショックを受けます。
そしてこれ以降、二人はそれまでの関係に改めて深く向き合ってくことになりました。
映画『願い』の感想と評価
「死」という普遍的なテーマを深く追求
物語は主人公アンニャの、舞台スタッフとしての栄光の場面よりスタートし、家族や知人に囲まれながら、徐々にその周りの人から離れていくような構図が描かれていきます。
この流れは、例えば2001年の韓国映画『ラスト・プレゼント』をふと思い出す方もおられるのではないでしょうか。
『願い』は『ラスト・プレゼント』と異なり、死の宣告を受けた女性の目線により物語が進んでいきます。
『ラスト・プレゼント』では死を目前にして夫に献身的な姿を見せる妻の姿から、ある一つの夫婦の深い絆を描いており、物語の筋としてはまったく異なるものであります。
しかし一方で死を目前とした、あるいは死の宣告を受けたという立場で自身を見つめる女性の姿を描いているという点では、共通点が感じられます。
自分以外のものを、尊ぶ一方で自分とはまったく違ったものと感じ、または自分の立場など理解できないものと感じて突き放してしまう。
自身を憐れむ周囲の声を疎ましく思い、時が過ぎていくたびに人との接触自体を遠ざけてしまう。
そういった点においてこの2つの作品を見比べたときに、死を目前にするときの思いというものを強く感じさせられることでしょう。
死を目前とした場合に、人はどのような思いになるのか。そんな普遍的なテーマを、この物語では深く掘り下げ映像表現により追究しています。
当然のことながら死そのもの、あるいは死の宣告はいつも突然に訪れるものであり、大概において当人は覚悟ができないままにその機会を迎えることになるわけです。
そういった場面で当人としてはどのような思いに向かうのか、あるいはその周辺の人々はどのような思いに染まっていくのか、様々な場面を想起させられることでしょう。
そんな局面を映像というメディアで表現することに成功しているのは、まさに自身がそういった思いにもかられたセーダル監督だからこそともいえることであり、ある種ドキュメンタリー的な側面を持った作品でもあります。
マリア・セーダル監督インタビュー
「2012年に末期ガンを告知されたとき、映画作りを続けていく考えは一瞬で消えましたが、2年後に生きてはいても厳しい治療により衰弱している状況の中で、国際的な長編映画を撮る誘いを受けました。
当時は大きな映画に挑戦するにはまだ充分な状態ではありませんでしたが、私の中に眠っていた、物語を伝えたいという意識が蘇りました。その結果、自分の意志に反し今までで最も自叙伝的な作品を書くことになりました。」
「結婚」という様式への問いをうまく絡ませた物語
またこの物語においてもう一つ存在するユニークな点が、主人公とパートナーとの関係が「事実婚」であるという点です。
映像冒頭からの夫婦仲睦まじい姿、そして家族としての仲の良さからは本当の夫婦の姿にも見えますが、物語の展開としては正式な婚姻関係を結ばないままに家族の関係を築き上げている様子が見られます。
その微妙な関係においてアンニャは死の宣告を受け、家族への告白を含め様々な局面に向けた覚悟を決めていきますが、物語の展開はその微妙な関係を意外な方向に向けていきます。
この展開からは「結婚という形式の重要性」というものを考えさせる要素もにおわせます。
そしてそのテーマを、死に直面する女性の不安にさいなまれたひと時の場面にぶつけ、巧みに絡ませて物語に秀逸な深みを与えています。
この展開からは、単に「形式の重要性」というテーマに対し、そのワードだけで考えるケースとは異なり、より切迫した状態にこういったケースでどう考えるか、などといった非常に複雑な考えを呼び起こすものとなっています。
SKIPシティ国際Dシネマ映画祭2020 「最優秀作品賞(グランプリ)」受賞コメント
本作はSKIPシティ国際Dシネマ映画祭2020の国際コンペティション部門にて「最優秀作品賞(グランプリ)」を受賞。セーダル監督の授賞式への来場はかないませんでしたが、その喜びのコメントを寄せました。
「ノルウェーの山小屋の自宅で目覚めると日本から Eメールが届いていて、審査員の方々が私の作品をグランプリに選んでくださったことが書かれていました。
今でも信じられない気持ちで、この素晴らしいニュースをたいへん光栄に思います。この受賞は私にとって特別なことです。なぜならこの物語は私の、これまでの作品の中でも最も自伝的なものだからです。
私の個人的な体験を映画作品にするのは非常にチャレンジングなことでした。賞をいただけたのは、この物語が感情的にも文化的にも国境を越えられたのだと思います。少なくともそう信じています。
たいへん勇気づけられました。作品に関わったすべての者がこの受賞を誇りに感じると思います。」
まとめ
死の直前という局面を描いた物語は、本作や前述のものを含め、これまでもたくさんの作品が作られてきましたが、この作品の重要なポイントはやはり物語を作り出したのが、実際に死を予感したセーダル監督自身の思いが深く反映されたからこそ、という点にあるでしょう。
死に向ける人の思いはそのケースにより様々ではあるものの、根底にある恐れ、そして恐れからくる不安や絶望感といったものには、大きな傾向的なものもあるでしょう。
そんな点を考えると、この作品で描かれた主人公・アンニャの心情は非常に人間の基本的な感情の一端を描いていると言えます。