森見登美彦×上田誠=『四畳半タイムマシンブルース』
2010年、フジテレビ深夜のノイタミナ枠で放送されたアニメ『四畳半神話大系』。原作・森見登美彦、シリーズ構成および脚本・上田誠(ヨーロッパ企画)、監督・湯浅政明という豪華なメンツで作られたこのアニメは2010年度文化庁メディア芸術祭アニメーション部門で大賞を受賞しました。
それから12年。ヨーロッパ企画の戯曲『サマータイムマシン・ブルース』と『四畳半神話大系』を融合させた続編小説『四畳半タイムマシンブルース』をもとに、ふたたび上田の脚本によって映画『四畳半タイムマシンブルース』が完成したのです。
CONTENTS
映画『四畳半タイムマシンブルース』の作品情報
【公開】
2022年(日本映画)
【原作】
森見登美彦
【原案・脚本】
上田誠
【監督】
夏目真悟
【キャスト】
浅沼晋太郎、坂本真綾、吉野裕行、中井和哉、諏訪部順一、甲斐田裕子、佐藤せつじ、本多力ほか
【作品概要】
おんぼろ下宿で夏を過ごす大学三年生の「私」。唯一クーラーのある私の部屋にはさまざまな人が訪れますが、コーラがこぼれてそのリモコンが壊れてしまいます。そこに突如現れたタイムマシン。私はリモコンが壊れる前の過去に行き、それを取ってこようと考えるのですが…。
『四畳半神話体系』以降も『夜は短し歩けよ乙女』(2017年)、『ペンギン・ハイウェイ』(2018年)で森見作品の脚本を担当してきた上田誠。今回の脚本執筆は、自身の書いた戯曲がもとになっている小説をさらに脚本にするという、まさに因果の糸が絡んだような体験だったそうです。
監督は『四畳半神話体系』第6話を演出した夏目真悟。キャラクター原案も前作に引き続きイラストレーター・中村佑介が担当し、ノルタルジーを感じさせるカラフルなキャラクターたちが右へ左へと動き回ります。制作会社は『犬王』(2022年)や『映像研には手を出すな!』(2020年)のサイエンスSARU。
映画『四畳半タイムマシンブルース』のあらすじとネタバレ
苛酷な京都の夏。下鴨泉川町にある下宿、下鴨幽水荘。
大学3年生の「私」はサークルでの人間関係の構築に失敗し、彼女もなく、友だちといったら彼をとことんダメにしようとする悪魔のような男、小津だけという体たらく。そんな状況を打破するため、たまたま空いた下鴨幽水荘唯一クーラーのある209号室へ1階から移ってきた私ですが、そんなある日事件は起きます。
銭湯オアシスからひとりで戻ってきた私は、居合わせた小津や隣人の樋口、後輩の明石、彼女と同じ映画サークルの城ヶ崎、そしてその友人である羽貫から突然わけもわからず裸踊りをすることを求められます。小津が手本を見せた次の瞬間、その手がキャップのしまっていなかったコーラのペットボトルに当たり、倒れてクーラーのリモコンに大量のコーラがかかってしまったのです。
翌朝、蒸し風呂のような209号室で目覚めた私と小津は、上裸になっていつの間にかケンカに。そこに図書館で勉強し古本市をのぞいてきた明石がやってきました。彼女は映画サークル「みそぎ」に所属し、なぜか小津とともに隣人樋口の弟子を名乗っているのです。
いっしょに弟子になりませんか?という甘美な誘いを私が拒否すると、小津が五山の送り火を見に行く話を始めます。当然行くと思っていた明石に先約があるといって断られた小津。その姿を心の中であざ笑いながら、ひそかに私も彼女がだれと見に行くのか気になって仕方ありません。
その前日、下鴨幽水荘では明石が監督する新作映画の撮影がおこなわれていました。ポンコツ映画を量産しサークル内での評価は微妙な彼女ですが、今回の映画は小津と私が原案を考えた「幕末軟弱者列伝サムライウォーズ」。なので私たちも撮影を手伝っていました。
現代からタイムスリップした大学生の男。彼には関わる人をことごとく怠け者にしてしまう才能があり、維新の志士たちが骨抜きにされてしまいます。大幅な歴史改変に耐えかねた時空連続体が大崩壊を起こしついに全宇宙が消滅…そんなストーリーです。
尊大に振る舞うサークルのボス城ヶ崎や脚本にケチをつける上級生の相島に怒りを覚えた私は、できるだけ陰湿に彼らの足を引っ張り、明石の愛すべきポンコツぶりを守ろうと誓います。
そして夕刻。いろいろトラブルがありながらも「オールアップ」を宣言する明石。その横顔はかつて見たこともないほど満足そうでした。
話は今日に戻り、私、小津、明石の3人は暑さを避けるためひとまず廊下に出ます。そこで撮影済みのシーンをチェックしていると、やけにもっさりした青年がたずねてきました。そのとき大家さんが樋口を呼ぶアナウンスが流れ、現れた樋口にもっさり君は「樋口師匠!あなた、どうやって来たんですか?」と驚いて声をかけます。流れ流れてたどり着いたという樋口。しかしもっさり君がだれなのかとたずねると、彼はあわてていなくなってしまいました。
樋口と小津が隣接する大家さんの家に家賃を払いに行き明石とふたりきりの私。時間よ止まれ、と思いつつ私は彼女がだれと五山の送り火に行くのか聞き出せずにいます。実は昨日、撮影終わりに皆で行ったオアシスを早々に出た私は明石を送り火に誘うため、古本市に向った彼女を追いかけました。しかし彼女の足があまりに早く、あまりに真剣に本を選んでいたため声をかけられませんでした。明日があるさ、そう言い聞かせて下鴨幽水荘に戻ってきた私を襲ったのが、あの忌まわしきコーラ事件だったのです。
撮影済みのシーンの中に小津がふたりいることに気づいた明石と私は、やってきた城ヶ崎と羽貫にそのことを話さず隠しています。羽貫と昨日の撮影時の話をしているとどうもかみ合いません。昨日確かに羽貫は撮影に乱入していたのに、いまここにいる彼女は撮影の様子を知らないようです。すると城ヶ崎が物入れから見慣れない物を発見します。畳の中央に座椅子がついた機械、それはまるでタイムマシンのようです。戻ってきた樋口と小津も合流し、戯れに小津が操作すると機械ごとその姿はこつ然と消えてしまいました。
だれもが小津のいたずらだと思ってあたりを探していると、程なくして小津が再び姿を現しました。彼は“昨日”に行っていたといい、明石の撮影した映画に映っていたとおり2階の物干し台から演技している自分の姿を見たそうです。
そこに相島が、昨日失くしたメガネを取りにやってきます。探しておくと言ったじゃないか、とまたしても会話がかみ合いません。タイムマシンを見た相島は、昨日はだれも取り合ってくれなかったとひがみますが、そんなことはお構いなしに皆これでいつに行くか考え始めます。結局私の提案で、昨日へ行って壊れる前のクーラーのリモコンを取ってくることになり、ジャンケンで樋口、小津、羽貫の3人が昨日へ向かいました。するとそこに再びもっさり君が現れ、25年後の未来からタイムマシンで来たと自己紹介します。もっさり君こと田村は皆と同じ大学の1年生で下鴨幽水荘の209号室に住んでおり、同じ下宿の仲間と3ヶ月かけてタイムマシンをつくったといいます。そして最年少である彼が実験台として乗せられたというわけです。
タイムマシンが戻ってくるのを待つ間、田村は自分の両親もこの時代、この辺りで過ごしていたと話し始めます。城ヶ崎は、もし田村が来たことで両親の行動が変わったら未来が変わり田村は消滅するかもしれないと警告します。そこで彼らは気づきます。リモコンを取ってきたら現状との矛盾が生じ、全宇宙が消滅してしまうと。先輩たちがリモコンを持って帰ってきたらすぐに昨日の事件前に戻しておけば問題ない、という明石の発言でほっとしたのもつかの間、無人で戻ってきたタイムマシンには「諸君も遊びに来たまえ」という樋口のメモだけが乗っていました。
あわてて昨日へ向かう私と明石。既にリモコンは見当たらず、私はひとまずタイムマシンを隠します。撮影を終えて戻ってきた昨日の城ヶ崎、相島と会話をしていると、今日の羽貫がハイテンションでやってきました。必死に取り繕う私と明石によって連れ出された羽貫は、撮影に乱入して楽しかったと語りますが、過去に干渉する危険性を訴えるふたりとともに渋々樋口と小津が行っているオアシスへと向かいます。
昨日オアシスでお気に入りのシャンプーを盗まれたと言っていた樋口は、犯人を捕まえるべく風呂に入っています。樋口を連れ出すため仕方なく浴場に入るとなぜか小津まで電気風呂に入っています。そうこうするうち昨日の自分たちがやってくる時間に。未来からきた3人はタオルを被ってシャワーの前の風呂イスに座り気づかれないようにじっとしています。昨日の樋口が未来の樋口にシャンプーを貸し万事休すかと思われたそのとき、手筈どおり女湯から未来の羽貫が声を掛けなんとか事なきを得ます。そのとき昨日の私が浴場を出ていき、それを不審に思った未来の小津がすかさず追いかけていきます。未来の私は小津から受け取ったリモコンを明石に託し、樋口と羽貫を未来に返すよう伝えて小津を追います。
私が明石を追っていることに気づいた小津は面白がりますが、結局話しかけずにあきらめた姿を見てけしかけようとします。それを止めようと未来の私と小津はもみ合い、私は小津におとなしく帰ってくれと懇願します。小津は「冗談だったのに」としれっと言って私をいら立たせます。
幽水荘に戻ると明石が、羽貫にリモコンを奪われてしまい、樋口と羽貫が戻ったままタイムマシンが返ってこないとうなだれていました。
もはや宇宙滅亡は避けられないのか…そんな空気が流れた次の瞬間、タイムマシンが出現しました。乗っていたのは樋口、羽貫、城ヶ崎、そしてもっさり君こと田村の4人です。
羽貫はリモコンが壊れないようラップでグルグル巻きにしたと得意げですが、私や明石、そして現場で止めようとしていた城ヶ崎に言われてようやく事の重大さに気づいたようです。城ヶ崎がラップをはがそうとしていると、そこに昨日の相島がやってきました。タイムマシンのことをごまかされいぶかしみながらも明石の機転で忘れ物のメガネを探しに209号室に入った相島。皆はそのすきにタイムマシンをほかの時代に送ろうと画策、樋口が目盛りをセットしていたので「おまえなんかに任せられるか」と城ヶ崎が乗り込みレバーを操作します。しかし10分経ったら戻ってくると約束した城ヶ崎の顔は、移動の瞬間恐怖と絶望に歪んでいました。
映画『四畳半タイムマシンブルース』の感想と評価
12年の時を経て製作されたこの続編は、前作を知らなくても楽しめる物語です。むしろ並行世界という前提のある前作よりもわかりやすい内容になっています。
とはいえタイムマシンで時間を好き勝手に行き来するキャラクターたちに翻弄され、「私」やリモコンがどこでどのように存在するのかについてはよくよく考えながら見ないと混乱してしまうので注意が必要です。
魅力その1:キャラぴったりの声
まず最も印象的なのは主人公「私」の声です。演じる浅沼晋太郎は、最近では人気ラップコンテンツ「ヒプノシスマイク」の碧棺左馬刻(あおひつぎさまとき)役などで有名ですが、もともと線の細い少年や青年の役が多い声優です。
この「四畳半」シリーズは、私のモノローグシーンが多いので浅沼のセリフ量は尋常ではありません。その声だけで、うまくいかない青年の苦悩を語り、ときに小津を罵倒し、ときにうまくいかない明石との関係を自虐的に吐露し、変幻自在に生き生きと表現してみせる様はまさに職人技です。
一方、私に付きまとう悪友の小津を演じるのは吉野裕行です。ヤッターマン1号や「弱虫ペダル」の荒北靖友など、一度聞いたら忘れられない個性的な声が特徴です。このシリーズでも悪魔のようなキャラクターデザインの小津を憎々しげに演じ、強烈な存在感を放っています。
名だたる有名声優が出演する中、耳に残る演技を披露しているのが未来から来たもっさり君を演じる本多力です。もともとヨーロッパ企画で俳優として活動してきた本多ですが、前作「四畳半神話体系」でも別の役で出演しています。今回は物語の鍵を握る役で、作品のアクセントになる良い意味での異物感を醸し出しています。
魅力その2:サイエンスSARUのこだわり映像
魅力的なキャラクターデザインはもちろん、二次元の良さを生かしたトリッキーな美術はサイエンスSARUの得意とするところです。例を上げればキリがありませんが、厳しい京都の夏を表現するため四畳半をタクラマカン砂漠にしてしまったり、逆に涼しげなラストの鴨川のシーンなど、幻想的で美しいシーンが数多くあります。
また微妙に実写を組み込んでくるのもニクい演出です。加工された実写パートと平面的なデザインが絶妙に合わさって、唯一無二の世界観を作り上げています。さすがノリにノッているサイエンスSARU、といったところでしょうか。
欲を言えば、配信で見られるスピーディなオープニング映像(主題歌:「出町柳パラレルユニバース」ASIAN KUNG-FU GENERATION)を映画館でも観たかったという気もしますが、エンディング曲(「Time Machine Blues」 Chloe Yhun、Phil Matthews)も含め、それは配信のみのお楽しみということにしておきます。
配信限定エピソードについて
本作は映画を分割した5話+完全オリジナルの配信限定エピソード1話を加えた全6話でDisney+より配信されています。
前半は小津との最悪の出会い。『四畳半神話体系』を観たり読んだりした方にはおなじみですが、この世界観では妄想鉄道サークル「京福電鉄研究会」で出会ったことになっています。活動を同人誌にまとめて文化祭で売ろうと言い始めた小津の発言をきっかけに仲違いが起こり、分裂し、皆が去っていき…という展開です。
後半は明石との出会い。小津も含めて親交を深めていき、「幕末軟弱者列伝サムライウォーズ」の原案となる3人のヨタ話のエピソードが語られています。本編でなぜ私があんなに撮影を手伝い明石に肩入れしていたのか、その理由がここにあります。
これら限定エピソードは本編を補完する重要な要素となっています。
まとめ
原作者、脚本家、そして制作側と演者。関わる人すべてのチームワークの良さが感じられるこの「四畳半」シリーズ。
12年もの年月の隔たりを感じさせず、さらにブラッシュアップされた仕上がりに歓喜する前作ファンも多いのではないでしょうか。
もちろん原作や前作を知らなくても十分に楽しめるこの作品。ですがこれをきっかけに前作に触れたり、原作を読んでみるのも面白いと思います。