ウマ娘が追い求める《可能性の光》の正体は?
実在する競走馬の名と魂を継ぐ「ウマ娘」たちの奮闘を描き、大ヒットを記録したアプリゲームをはじめアニメ・漫画など多数の作品が展開されているメディアミックスコンテンツ「ウマ娘 プリティーダービー」シリーズ。
『劇場版 ウマ娘 プリティーダービー 新時代の扉』は同シリーズ初の映画作品であり、《最強》を目指すウマ娘・ジャングルポケットの強力なライバルたちとの熱き戦いと青春の日々を描いています。
本記事ではネタバレ有りあらすじの紹介とともに、映画を考察・解説。
ウマ娘たちの熱き戦いと青春とともに描かれるアニメーション・映画などの《映像=光の芸術》と馬の深い関わりと、映画が立ち返る「ウマ娘も馬も愛され続ける理由」というシリーズの魅力の原点を探っていきます。
CONTENTS
『劇場版 ウマ娘 プリティーダービー 新時代の扉』の作品情報
【公開】
2024年(日本映画)
【原作】
Cygames
【監督】
山本健
【シナリオディレクター・ストーリー構成】
小針哲也
【脚本】
吉村清子
【キャラクターデザイン・総作画監督】
山崎淳
【音楽】
横山克
【キャスト】
藤本侑里、上坂すみれ、小倉唯、福嶋晴菜、徳井青空、松井恵理子、中村カンナ、和多田美咲、緒方賢一、櫻井みゆき、伊駒ゆりえ、仁見紗綾、本泉莉奈
【作品概要】
実在の競走馬の名と魂を継ぐ「ウマ娘」たちの奮闘を描いたアプリゲームならびにアニメ・漫画作品のメディアミックスコンテンツ「ウマ娘 プリティーダービー」シリーズの初の映画作品。
《覇王世代》こと99世代の後に続いた01世代の一角として活躍し、《21世紀初のダービー馬》としても知られる競走馬の名と魂を継ぐウマ娘・ジャングルポケットを主人公に、強力なライバルたちとの熱き戦いと青春の日々を描きます。
『劇場版 ウマ娘 プリティーダービー 新時代の扉』のあらすじとネタバレ
フリースタイル・レースで己の思う《最強》を目指してきたウマ娘・ジャングルポケット。
しかし早春、友人たちとともに気まぐれで観戦に来た「トゥインクル・シリーズ(ウマ娘たちによるレースが繰り広げられる国民的人気スポーツ・エンターテインメント)」のレース・弥生賞にて、ウマ娘・フジキセキの驚くべき走りに衝撃を受けました。
ジャングルポケットは自らもトゥインクル・シリーズへ挑戦することを決意し、レース選手の養成機関「トレセン学園」へと入学。
再会したフジキセキはケガにより残念ながらレースから遠ざかっていましたが、彼女を担当していたベテラントレーナー・タナベ(通称:ナベさん)の元でトレーニングを開始するジャングルポケット。デビュー戦での勝利後、重賞でも勝利を収めるなどその才覚を存分に発揮します。
しかしホープフルステークスにて、ウマ娘・アグネスタキオンと初めて対戦。《タキオン(常に光速よりも速く移動する仮想の粒子)》の名に相応しい、己の限界を超えんとする圧倒的速度の走りによって、ジャングルポケットは敗北を喫します。
有馬記念での勝利で重賞8連勝を成し遂げた《覇王》テイエムオペラオーの存在も意識する中、ジャングルポケットはアグネスタキオンに宣戦布告。控えるクラシック・レースの皐月賞で勝利し、雪辱を果たすと告げました。
その後、ジャングルポケットが共同通信杯で勝利する一方で、アグネスタキオンも弥生賞で勝利。彼女との初対戦となったマンハッタンカフェは、コンディション不良により辛酸を嘗める結果となりましたが、タキオンもまた自身の脚の異変を察していました。
アグネスタキオンという強力なライバルによって、より一層実力をつけるジャングルポケット。フジキセキはそんな彼女に「自身の代わりに、ナベさんを日本ダービー(東京優駿)へ連れて行ってほしい」という願いを託そうとします。
フジキセキとタナベの夢を背負いながらも、ジャングルポケットはアグネスタキオンとのリベンジ・マッチとなる皐月賞に挑みます。
力み過ぎてしまい、スタートで手痛い出遅れをしてしまうジャングルポケット。何とか遅れを取り戻し、最後の直線コースで勝負を仕掛けますが、自らの脚の限界を悟りながらも全身全霊を犠牲にしたアグネスタキオンの《残光》の走りを見せつけられます。
結果は、アグネスタキオンの勝利。ジャングルポケットは完敗を認めながらも「日本ダービーでこそぶっ倒す」と告げますが、タキオンが言葉を返すことはありませんでした。
そしてレース後の緊急記者会見にて、アグネスタキオンは「レース出走の無期限休止」を宣言。事実上の引退宣言に、ジャングルポケットは動揺を隠せませんでした。
『劇場版 ウマ娘 プリティーダービー 新時代の扉』の感想と評価
映像の歴史に馬あり──走馬灯と連続写真
本作の冒頭では、『ウマ娘 プリティーダービー』の世界観の説明とともに、「走馬灯」ならぬ「走ウマ娘灯」が描かれます。
走馬灯とは古代中国が発祥とされる仕掛け灯篭であり、内側の紙筒に貼られた複数の馬の影絵がロウソクの火の熱で生じる上昇気流で回転することで、あたかも馬の影絵が走っている様を楽しむ玩具。アニメーションひいては映画の源流となった映像装置の一つともいわれています。
ちなみに、複数の定点カメラでの連続撮影で被写体の《運動の瞬間》を記録した写真であり、「静画を何枚も撮影し、つなぎ合わせることで動画として認知する」という映画の基本原理の原型となった連続写真も、写真家のマイブリッジが「馬は走る時、4本の脚が同時に地面から離れる瞬間があるのか」を実験・検証するため、競馬場を実験の場として考案したものです。
アニメーション・映画の歴史を語る上で、決して欠かせない存在である馬。
アグネスタキオンの研究室内に骨董品に等しい記録用フィルムカメラが置かれていたこと、そして作中に多くの「光」にまつわるモチーフが登場することからも、『ウマ娘 プリティーダービー 新時代の扉』はアニメーション・映画などの光=映像の芸術と馬の関わりに言及した作品でもあるのです。
光が放つ希望の可能性、絶望の可能性
ジャングルポケットのプリズム加工が施されたペンダントと、アグネスタキオンの研究室の窓際に飾られていたサンキャッチャー。差し込んできた光を吸収・反射し、七色の光を放つアイテムたちは、「あらゆる色彩の光=あらゆる可能性」を象徴するものとして描かれています。
その一方で、二度と覆せない敗北を抱えてしまったジャングルポケットやケガによって栄光の道を見失ったフジキセキを苦しめた幻も、本来は実在しない視覚的イメージであり、「たられば」の可能性が生み出してしまう心を惑わす《光》でもあります。
またペンダントとサンキャッチャーの材質が「ガラス」のように描かれているのも、どれほどの才能を持っていたとしても突然の故障で引退を余儀なくされる、希望に満ちているはずの《ウマ娘の可能性》が常に抱える残酷なまでの脆さを象徴しているといえます。
挑戦の先の勝利という希望の可能性も、敗北や挫折という絶望の可能性も放つものとして作中では描かれている光。それは、物事の素晴らしさや美しさも、邪悪さや醜さも全て記録してきた映像という光の歴史とも重なります。
しかし『ウマ娘 プリティーダービー 新時代の扉』は、可能性としての光が持つ残酷さも理解した上で、それでも「《名馬たちの魂を継いだ者たち》の姿」という映像=光に希望の可能性を見出しています。
人々の希望に満ちた《ウマ娘の可能性》という光
「ウマ娘 プリティーダービー」シリーズのアプリゲーム・アニメーション作品が人気を博した理由の一つに、「実在の競争馬たちが辿った史実を誠実に追いながらも、ウマ娘たちの物語を通じて、その馬を愛する者ならば誰もが願った《あり得てほしかった活躍》を描いている」という魅力があります。
そうした希望の可能性を願う感情は、アプリゲーム・アニメーション作品の制作陣も含めて、かつて誰もが馬たちの勇姿を映像として記憶し、夢や愛、そして希望と形容したくなる何かを心の中で抱いたからこそ生じたものといえます。
人々にとって希望の光でもあった名競争馬という名の映像が、ウマ娘という名の映像へと姿形を変え、再び人々の希望の光として走り出し、多くの人々が願った可能性へと突き進む……それこそが、作中でアグネスタキオンが研究を続けていた《ウマ娘の可能性》の実態なのかもしれません。
まとめ/人はなぜウマ娘を、馬を愛するのか
人々はなぜ、名競争馬の魂を継いだウマ娘たちを、どうしようもなく愛するのか。そもそも人々はなぜ、馬という生き物を愛し、アニメーション・映画といった映像に残そうとしたのか。
それは、作中でフジキセキの口から語られた「凄い走りを目にしたら、追いかけずにはいられない」というウマ娘が持つ本能のように、遺伝子に刻み込まれた人が持つ本能と関わっているのかもしれません。
紀元前にまで遡ることのできる、「人と生活を共する者」としての馬の歴史。そして馬が走る姿に、人々は「美しい」という言葉を発明する遥か以前から美しさを感じとり、その美しさを残すべく、時には洞窟の壁面に、時にはフィルムにと、映像として記録し続けてきたのではないか。
2016年にプロジェクトが始動された「ウマ娘 プリティーダービー」シリーズが、アプリゲーム制作の長期化という苦難を経ながらも、それでも2024年現在まで多くの人々に愛されるコンテンツとなったのも、そうした馬たちを愛さずにはいられない、人が持つ本能の系譜に要因があるのではないか。
『ウマ娘 プリティーダービー 新時代の扉』はジャングルポケットをはじめとするウマ娘たちの熱き戦いと青春の物語を描きながらも、「人がウマ娘を、馬を愛する理由」と「人が馬を映像として描き続ける理由」という、「ウマ娘 プリティーダービー」シリーズの魅力の《原点》に立ち返った映画ともいえるのです。
編集長:河合のびプロフィール
1995年生まれ、静岡県出身の詩人。
2019年に日本映画大学・理論コースを卒業後、映画情報サイト「Cinemarche」編集部へ加入。主にレビュー記事を執筆する一方で、草彅剛など多数の映画人へのインタビューも手がける(@youzo_kawai)。