「ラビットフット」はなぜ、“正体不明”でなくてはならないのか?
トム・クルーズ主演の大人気スパイアクション「ミッション:インポッシブル」シリーズの第3作『ミッション:インポッシブル3』。J・J・エイブラムスの初の映画監督作としても知られている作品です。
現場の第一線から身を退いて訓練教官となり、婚約者ジュリアとの幸せな日々を送っていたイーサン。そんな元に、新たな任務と陰謀が迫ります……。
本記事では映画本編のネタバレ有りあらすじの紹介とともに、本作の内容を考察・解説。
映画作中で重要なアイテムとして登場した「ラビットフット」の名前の由来、そして名前の由来から見えてくる「“架空”の兵器」を本作が描こうとした理由などを探っていきます。
CONTENTS
映画『ミッション:インポッシブル3』の作品情報
【日本公開】
2006年(アメリカ映画)
【監督】
J・J・エイブラムス
【製作】
トム・クルーズ、ポーラ・ワグナー
【脚本】
アレックス・カーツマン、ロベルト・オーチー、J・J・エイブラムス
【キャスト】
トム・クルーズ、フィリップ・シーモア・ホフマン、ヴィング・レイムス、ミシェル・モナハン、マギー・Q、ジョナサン・リース=マイヤーズ、ビリー・クラダップ、ケリー・ラッセル、サイモン・ペッグ、ローレンス・フィッシュバーン ほか
【作品概要】
テレビドラマ『スパイ大作戦』を映画化した大人気スパイアクション「ミッション:インポッシブル」シリーズの第3作。アメリカ・CIAの特殊作戦部「IMF(Impossible Mission Force)」所属の凄腕エージェントである主人公イーサン・ハントの活躍を描く。
前作の後に現場の第一線を退き教官となったイーサン。婚約者との幸せな日々を送っていた彼の元に、拉致されてしまったかつての教え子を救出する任務が舞い込む……。
監督を務めたのは、本作が初の映画監督作となったJ・J・エイブラムス。原案・製作総指揮を務めたアクションドラマ『エイリアス』第1シーズンのDVDボックスを手にプロデューサー・主演のトム・クルーズへ自身を売り込み、本作の監督の座を勝ちとった。
映画『ミッション:インポッシブル3』のあらすじとネタバレ
IMF屈指の凄腕エージェントとして活躍していたイーサン・ハントは、現場の第一線から身を引き、現在は若きエージェントたちの訓練教官として働いていました。
またIMFとは全く関係のない看護師のジュリアと出会い、婚約。自身の仕事を交通局職員と偽り、IMFのことを一切明かさないままながらも、幸せな日々を送っていました。
しかしホームパーティ中、イーサンはIMFでの上司であり作戦責任者のマスクレイブから呼び出されます。そして、かつての教え子リンジーがブラック・マーケットの謎多き商人デイヴィアンの調査任務中に拉致されたことを聞かされ、デイヴィアン逮捕に不可欠な存在である彼女の救出任務を依頼されます。
リンジーを見捨て切れなかったイーサンは、ジュリアに出張と嘘を吐きます。そして古くからの相棒ルーサーとエージェントのリー、デクランの3名とチームを組み、リンジーの居所と思われるドイツ・ベルリンの廃工場へと潜入します。
チームの見事な連携により、イーサンはリンジーの救出に成功。ところがリンジーの頭部にはデイヴィアンたちによって小型爆弾が仕掛けられており、起爆された爆弾で脳内を破壊されたリンジーは命を落としました。
作戦終了後、ブラッセル局長に作戦内容のずさんさと散々な成果について問い詰められるイーサンとマスグレイブ。しかしその後イーサンの元に、リンジーが彼に宛てて送った絵葉書、そして切手の裏に隠されていたマイクロドットが届きました。
一方、リーが工場から盗み出したPCからかろうじて復元されたメールファイルによって、デイヴィアンが近日催されるバチカン市国内での慈善パーティに出席すること、そこで密かに「ラビットフット」と呼ばれる何かを取引することが判明。
マスグレイブが作戦の責任をとらされる可能性を危惧したイーサンは、メールファイルを解析した職員ベンジーに口止めした上で、チームとともにバチカン市国へと向かうことに。
再び出張に行くと告げるイーサンに、ジュリアは「何を隠してるの」と尋ねます。イーサンは「僕を信じてくれ」」と答えた上で、ジュリアを心から愛していることの証として、彼女の勤め先の病院で正式に結婚の誓いを立てました。
イタリア・ローマからバチカン市国へと潜入したイーサンは、デイヴィアンを彼が取引の際に相手から受け取った書類ケースとともに誘拐。
「お前の女房を殺す」と脅し、リンジーの殺害を「ただの遊び」と評したデイヴィアンをイーサンは激しく尋問しますが、デイヴィアンはなぜかイーサンの名を知っていました。
アメリカ国内へと帰還しデイヴィアンが護送車に乗せられる中、リンジーが遺したマイクロドットの解析が完了し、そこには生前の彼女によるビデオメッセージ……ブラッセル局長はデイヴィアンと連絡をとっており、彼が裏切り者であるという情報が記録されていました。
そこへ遠隔操縦の無人爆撃機と、ヘリに乗る武装部隊が急襲。護送車から脱出したデイヴィアンは武装部隊とともに、ヘリで逃亡しました。
映画『ミッション:インポッシブル3』の感想と評価
ラビットフット──“お守り”と“魔女狩りの証”
本作で重要なアイテムとして登場する「ラビットフット」は、結局何だったのか……作中では容器にバイオハザードマークが刻まれていたため、病原体などの「感染症を引き起こす可能性を持つ物質」が含まれていたことは想像できるものの、その正体は最後まで明かされませんでした。
その名前の由来は恐らく、アメリカやイギリス、メキシコなどで特に人気の幸運/魔除けのお守り「ラビットフット」。現在はフェイクファーを使用した物が大半ですが、本来は“本物”のウサギの片足が用いられていたことでも有名なお守りです。
ケルト信仰に源流があり、その繁殖力の高さから「多産と繁栄、恵み」の象徴として信じられてきたウサギにあやかって生じた呪具と考えられているラビットフット。
しかし一方で、ウサギは「ヨーロッパ圏でのキリスト教以前の土着信仰において、象徴の一つとして信仰されていた動物」=「キリスト教にとっての“異教徒/異端者”を象徴する動物」とも考えられました。
そして、中世以降のヨーロッパ圏で蔓延った魔女狩りの時代では「魔女=異端者を象徴する物」として扱われ、ラビットフットは当時「魔女を狩り“処刑”した証」として扱われていたのではないかという説もあるのです。
イラク侵攻──“大量破壊兵器”という大義名分
イーサンの上司でIMFの作戦責任者であったマスクレイブは、ブラック・マーケットの商人デイヴィアンと内通して中東世界のバイヤーへ「ラビットフット」を売らせ、その所有を大義名分に中東諸国への侵攻と「民主主義の勝利」というアメリカ国家の権力強化を計画していました。
「兵器と思われる正体不明の物」を所有していることを理由に、アメリカが正義の名の下に中東の国へ侵攻する……その物語の構図を耳にした時、多くの方はイラク戦争を連想したはずです。
2001年9月11日の同時多発テロを経験し、対テロ感情が暴走しつつあったアメリカは「イラクが“大量破壊兵器”を保有している」などの不確かな情報を理由に、2003年3月19日イギリスをはじめとする有志連合とともにイラクへ侵攻。
「国連による査察を継続すべき」という反対を押し切って強行された、アメリカ主導によるイラク侵攻。しかし肝心の“大量破壊兵器”は見つからず、侵攻での政権崩壊によりイラク国内の治安は悪化。2011年12月14日に当時のアメリカ大統領バラク・オバマが終結宣言を出すまで「イラク戦争」は続きました。
実在しない“架空”の兵器「ラビットフット」
なお、アメリカがイラク侵攻にこだわった理由の一つには「イラクを親米国へと変えることで、近隣の中東諸国にも影響を与える“民主化のドミノ倒し”を引き起こそうとした」という説があります。
中東諸国にわざと侵攻の大義名分となりうる「正体不明の兵器」を与え、「民主主義の勝利」というアメリカの国益をもたらそうとしたマスクレイブ。彼にとって、本作に登場する「ラビットフット」はイラク戦争開戦の原因となった大量破壊兵器そのものといえます。
イラク戦争における「イラクの大量破壊兵器の保有」は、捏造された情報だった。そして「ラビットフット」を取引しようとしていた闇商人デイヴィアンは、自身の仕事を「情報を売ること」と作中で発言していた。
それらの点からも「ラビットフット」の正体は、そもそも実在すらしない“架空の兵器”……最も世界に混乱という名の被害を与え得る兵器といえる“嘘”と考えられるのです。
まとめ/なぜ、ラビットフットの容器には……
2001年9月11日の同時多発テロは、アメリカで生きる人々の心に「中東世界=非キリスト教圏の世界=“異教徒/異端者”の世界」という差別感情を深々と根付かせました。
イラク戦争開戦時のアメリカ政府も「アメリカ国民が抱え続ける中東世界への差別感情という“土台”さえあれば、大量破壊兵器という脆い大義名分も支えられる」というずさんな認識から、侵攻へ至ったといえます。
『ミッション:インポッシブル3』が公開されたのは、イラク戦争開戦の2003年から3年後の2006年。アメリカが引き起こした新たな「正義なき戦争」の醜さ・愚かさをリアルタイムで目にしてきた本作の制作陣は、アメリカ国民としてどのような思いを抱いたのでしょうか。
制作陣が『ミッション:インポッシブル3』で「ラビットフット」を描いたのは、「恐怖と不安に基づく“異端”への差別感情」という前時代的な、しかし人間の普遍的な心理として今なお生き続ける“魔女狩り”の時代の心理を描きたかったから。
そして、進歩とはほど遠い“魔女狩り”の時代の心理を積極的に利用することで、自国の繁栄をもたらそうとするアメリカの姿を描きたかったからに他ならないのです。
なおイラク戦争以前、1991年の湾岸戦争後の停戦決議では「イラクの大量破壊兵器の不保持」が課題となり、国連は主にアメリカ人・イギリス人で構成された国際連合大量破壊兵器廃棄特別委員会(UNSCOM)を設置。
やがて1998年、UNSCOMは「イラクにはミサイル・核兵器は存在せず、化学兵器もほとんどないと判断してよい」「しかし生物兵器については疑問の余地がある」と報告したことは、のちのアメリカのイラク侵攻に大きな影響を与えています。
なぜ正体不明の“架空”の兵器「ラビットフット」の容器にはバイオハザードマークが刻まれ、あたかも“生物兵器”かのように扱われていたのか……その理由を、現実で起こったイラク戦争開戦前夜の出来事から推し量ることができるのです。
編集長:河合のびプロフィール
1995年生まれ、静岡県出身の詩人。
2019年に日本映画大学・理論コースを卒業後、映画情報サイト「Cinemarche」編集部へ加入。主にレビュー記事を執筆する一方で、草彅剛など多数の映画人へのインタビューも手がける(@youzo_kawai)。