第45回米国アカデミー作品賞・監督賞・編集賞ノミネート作品!
都会の喧騒を逃れ、大自然の中で休暇を楽しむはずだった4人の男…。彼らを待ち受けていた恐怖の正体とは?!
自分の男らしさを試すためにすすんで危険に挑んだ4人の男たちが、その危険がもたらした予想外の事態に狼狽し、逆に人間の弱さや卑屈さを醜く露呈していく姿を描く。
製作と演出はジョン・ブアマン監督は、『殺しの分け前 ポイント・ブランク』(1968)や『未来惑星 ザルドス』(1974)で知られる名匠。また、原作者であり脚本を担当したのは詩人ジェームズ・ディッキーです。
撮影は『天国の門』(1973)『ディア・ハンター』(2018)など、自然光の光を上手く使ったカメラワークで知られるヴィルモス・ジグモンドが担当しています。
奇才ジョン・ブアマン監督の映画『脱出』をご紹介します。
映画『脱出』の作品情報
【公開】
1972年(アメリカ)
【原題】
Deliverance
【監督】
ジョン・ブアマン
【キャスト】
ジョン・ヴォイト、バート・レイノルズ、ネッド・ビーティ、ロニー・コックス、ビル・マッキニー、エド・ラミー、ビリー・リーディン、ジェイムズ・ディッキー
【作品概要】
1972年公開のサスペンス・アドベンチャー映画を、『エクソシスト2』(1977)『エクスカリバー』(1981)などでカルト的な存在感を見せるに至ったジョン・ブアマン監督が演出を担当。
原作者ジェームズ・ディッキーが自らの原作をもとに脚色を行いました。
映画『脱出』のあらすじとネタバレ
エド、ルイス、ボビー、ドリューの4人は、連れ立って山奥へとやってきました。この辺りでは着々とダム建設が進められているようで、数か月後には沈んでしまうんだそう。そうなる前に、カヌーで川下りをしてみようじゃないかという運びになったわけです。
山奥の村にあったガソリンスタンドへと入っていく4人。川下りの目的地であるエントリーの町まで車を運んでくれないかと店主と思しき男に頼みます。そういうことはグライナー兄弟に頼めとぶっきらぼうに答える店主。
仕方なくガソリンだけ入れてもらっていると、ドリューが盲目のバンジョー弾きの少年の存在に気付きます。ギターが得意な彼が試しに演奏すると、即座に同じメロディーを繰り返してくる盲目のバンジョー弾き。楽しくなったドリューとで繰り広げられる即興によるセッション。その場は大盛り上がりでした。
その後、道順を教わってグライナー兄弟の下へと向かう一行。辿り着いたおんぼろ小屋にいた2人の男。どうやら彼らがグライナー兄弟のようです。車の件を頼むと、大金を吹っ掛けてはきたものの、渋々引き受けてくれました。しかし、彼らの蔑むような目つきは都会から来た4人を全く快く思っていない様子でした。
そうして、エドとドリュー、ルイスとボビーの2艘に別れて川下りの始まりです。途中何度か難所を迎えながらも、順調に進んでいく一行。ルイスが得意のアーチェリーで魚を狙ったりと、楽しい時間を過ごしていました。
日没を迎え、川岸でキャンプを張る4人。火を囲みながらの楽しい食事の時間もあっという間に過ぎていきました。
翌朝、いち早く目覚めたエドは、ルイスと同じく得意としているアーチェリーを片手に森へと分け入っていきます。鹿を見つけて狙いを定めるエド。いざ射ようとすると突然手の震えがおき、大きく外してしまいます。そのままキャンプへと戻るエド。
全員の準備が整い、2日目の出発となりました。今日の組み合わせは、ルイスとドリュー、エドとボビー。ルイス・ドリュー組が遅れていたので、エド・ボビー組は川岸で一休みして彼らを待ちます。
するとそこへ2人組の汚らしい男たちが姿を現します。ショットガンを持っていて、見たところハンターのように見えました。最初からケンカ腰の男たち。些細なことから言い争いとなり、ついにはショットガンを向けてくる始末。森に入れと脅されるエドとボビー。
すると突然、彼らに身動きを封じられ、エドが木に縛り付けられてしまいます。一方、服を脱がされ、四つん這いにされるボビー。お前は豚だとなじられ、鳴き真似をしてみやがれと脅されます。そして強姦されてしまうボビー。それを見せつけられながら、身動きが取れないエド。
今度は自分の番だと、必死で縛めを解こうとするエド。男がニヤついた表情を浮かべながら近づいてきたその時、アーチェリーの矢が一閃!ルイスが助けに来てくれたのです。ちょうど縛めを解くことに成功したエドは、もう一人の男からショットガンを奪い取り、その男は森の奥へと足早に消えていきました。
映画『脱出』の感想と評価
この作品の冒頭から結末まで、徹頭徹尾漂い続けている不思議な感覚は何とも表現し難いものです。何かがおかしいのだけれども、具体的に何がおかしいのかが分からないといった感覚でしょうか。
もちろんファンタジーやホラーといった非現実的要素は一切ないのですが、それでもこの作品が描く世界観の底にはどこかしら異質のものを感じさせるのです。あたかもその異世界への案内人が、盲目のバンジョー弾きであるかのように。そう、あの場所から全てが始まったのです。では、その異世界とは一体何なのでしょうか?
それを解く鍵、それは4人が訪れたこの場所が近い将来ダム建設のために沈んでしまうということにあるのかもしれません。
この山奥の住民たちが、都会から来た4人に向ける眼差しに込められた感情は、蔑みであり、嫌悪でした。しかし、同様に4人もまた彼らに同様の眼差しを向けるのです。
この都会人と地元民の関係は、そのまま都市と自然にそっくり置き換えられるのではないでしょうか。都会の人間の利己的な都合(ダム建設)で破壊されていく自然という関係性に。そう、4人が迷い込んだ異世界とは、まさに擬人化された自然の世界に他なりません。
ボビーを強姦した2人組の男は、見るからに不潔そうな格好をした男たちでした。つまりそれが意味するのは、都会人から見た自然の存在意義というものが、その程度の存在でしかなかったということを表しているのです。
そういった考えに基づいているからこそ、ダムという都市のための施設を造ることを優先し、これほどの雄大な自然であるにも関わらず、簡単にそれを破壊してしまえるのです。
そんな都会人たちに、もはや死を待つだけの自然がとうとう牙をむきました。2人組の男こそまさに自然を象徴する存在であり、都会人をレイプするという行為によって彼らに一生残る傷をつけたのです。
その影響を最も顕著に受けたのは、ジョン・ヴォイト演じるエドなのかもしれません。彼は当初寡黙で心優しい男でした。鹿すらも殺せない男でした。しかし、やがて彼の中にあった闘争本能が呼び覚まされたことによって、自ら崖を登り、殺人まで犯してしまうに至るのです。
あの行為が皆の危機を救ったということは確かですが、あの時点で彼は自分に負けてしまったのです。その意味するところは、「お前が深淵を覗くとき、深淵もまたお前を覗いているのだ」と言った哲学者ニーチェの言葉が全てを物語っています。
生き延びたものたちが、かつてと全く同じ生活を取り戻すことは不可能なのかもしれません。悪夢に苛まれることになったエドが過去を振り返った時、きっと鹿を射ることが出来なかった自分を羨ましく思うことでしょう。
まとめ
『脱出』は、オーソドックスなアドベンチャー映画という体裁を保ちながらも、痛烈な文明/社会批判を含ませるという芸当をやってのけたジョン・ブアマンという監督の手腕が際立つ作品となっています。
ダムに沈みゆく自然という前提条件のみを提示しただけで、劇中特に説明をすることをしないにも関わらず、ブアマンが創り出した奇妙な違和感によって、この物語の本質が別のところにあるのだとすぐさま観客に気付かせてくれるのです。
そうして得た評価の高さは、1973年の第45回アカデミー作品賞にノミネートされたことでも裏付けられています。惜しくも受賞は逃しますが、何しろ対抗馬が『ゴッドファーザー』と『キャバレー』というのでは文句のつけようもないといった所でしょうか。(結果的には『ゴッドファーザー』が作品賞を受賞)
そんなジョン・ブアマン監督の醸し出す独特の雰囲気は、2作目にあたる『殺しの分け前/ポイント・ブランク』(1967)や次作『未来惑星ザルドル』(1974)などでも存分に味わうことが出来ますので、興味をお持ちの方はぜひご覧頂ければと思います。