SKIPシティ国際Dシネマ映画祭2019エントリー・呉沁遥監督作品『旅愁』が7月14日に上映
埼玉県・川口市にある映像拠点の一つ、SKIPシティにて行われるデジタルシネマの祭典が、2019年も開幕。今年で第16回を迎えました。
そこで上映された作品の一つが、中国の呉沁遥(ゴ・シンヨウ)監督が手掛けた長編映画『旅愁』。
中国人の男女三人が日本で繰り広げる、美しくも切ない恋愛関係を描いたヒューマンストーリーです。
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映画『旅愁』の作品情報
【上映】
2019年(中国・日本合作映画)
【英題】
Travel Nostalgia
【監督】
呉沁遥
【キャスト】
朱賀、王一博、呉味子
【作品概要】
異国の地で巡り合う男二人と、女一人。三人の美しくもはかなげな恋愛模様を、彼らの故郷・中国から遠く離れた日本という異国で、どこか哀愁味を帯びたカラーで描きます。
メガホンをとった中国出身の呉沁遥監督は、2019年の3月まで立教大学大学院に在籍。その卒業制作としてこの作品を完成させました。
出演しているのは完全にアマチュアの俳優たちですが、まるで本当に実在する人々であるかのような自然な演技を見せ、映画の世界観を色濃いものとしています。
呉沁遥監督のプロフィール
中国四川省生まれ。2015年に来日し2017年立教大学大学院に入学、映像身体学を専攻されました。
在籍時は映画監督である万田邦敏教授のもとで映画演出を学び、教授の指導のもと修了作品として本作を製作されました。
2019年に立教大学を卒業され現在は本国・中国で、フリーランスとして映像関係の仕事をされています。
映画『旅愁』のあらすじ
東京で、一人で民泊を営む中国人・李風。肉親である母親は日本人の男性と再婚し、離れて生活をしていました。
李風は近所に個展を開いている絵画のギャラリーを発見、そこでホストを務める画家の王洋を見つけます。気になった彼は時々そのギャラリーの前を訪れていました。
ある日、李風の存在に気付いた王洋は、李風をギャラリーに招き意気投合。そして李風は、王洋に民泊で絵を飾ることと接客の手伝いを提案します。
こうして二人の同居生活が始まりますが、ある日、王洋の元カノ・ジェニーが来日し民泊に訪れることに。王洋の存在が気になっていた李風はジェニーの登場に、ひそかに胸騒ぎを覚えるのですが……。
映画『旅愁』の感想と評価
何気ない日常の風景から始まる本作。お互いに中国語を当たり前にしゃべる人々、それが日本の風景にまったく自然に溶け込んでいるところに、日本人の方には浮遊感のような不思議な感覚を覚えるでしょう。
また民泊では爆買い旅行を楽しむカップル、日本の風俗店の仲介を李風に依頼する新婚男性など、中国人の観光客がどんな思いで日本に来ているのか、あるいは日本に対してどんな印象を持っているのかなど、日本人があまり知ることのないその一面を垣間見られるところも、不思議と頭に残る光景が見られます。
近年、急増する来日中国人観光客でありますが、日本ではとかく「爆買い」「無作法な観光マナー」と、悪い印象を一方的に描きがちですが、こういった一面は、ある意味特別視されている彼らが、実は日本人とそれほど大きな差を持たない人々だということを、改めて感じさせてくれます。
そんな彼らと日本という国との間に立つ民泊のオーナー、李風がこの映画の主人公です。
彼は日本とはさらに密接な位置関係にある人間で、かつ中国というバックグラウンドを持つもの。ビジネスとしてはそこそこ成功を収めながらも、何か根無し草のように漂い、留まるところを持たない人間であります。
また彼が見つけた王洋という青年も、中国という自身の根底を持ちながら、自身の地盤を作ろうとしない。そんなお互いに似たところがある二人をめぐる関係に、このストーリーの大きなポイントがあります。
呉監督は、この作品を作るときに「“真実の愛”とはどんなものか」という問いを突き詰め続けたそうです。
そして考え続けた結果行き着いた答えとして「国籍や性別など、表面的なものを取っ払っても残る愛」それこそが“真実の愛”であるという答えにたどり着いたといいます。
この物語では、彼ら、さらには過去に王洋と関係を持ちながらも、様々な問題をはらみ別れてしまったジェニーという女性を合わせた三人にまつわる物語から、このテーマに深く切り込んでいます。
このような展開から独自の視点で現代社会での大きな課題ともいえる国籍問題やLGBTといったテーマにも触れています。
抒情的、文学的な空気も感じさせながら、見る人に人と人との関係に関して様々なことを考えさせてくれる作品になっているといえるでしょう。
上映後の監督とキャストのQ&A
14日の上演時には呉監督と、李風役を務めた朱賀さん、王洋役を務めた王一博さん、ジェニー役を務めた呉味子さんが登壇、舞台挨拶を行うとともに、会場に訪れた観衆からのQ&Aに応じました。
映画『旅愁』で監督を務めた呉沁遥
──もともと立教大学の万田邦敏教授の作品が好きで、立教大学に在籍されたとうかがっています。万田教授の作品との出会いと、実際に立教大学に入られた経緯を教えてください。
呉沁遥監督(以下、呉監督):もともと万田教授の『イヌミチ』という作品を見て、魅了されました。これは男女の関係の物語ですが、二人は犬と飼い主みたいな関係になり、やがて女の子がだんだん本当の犬みたいになるというもので、その演出のやり方がすごいと思い、そのときから万田教授のことを尊敬するようになりました。
万田教授はジャン=リュック・ゴダールが好きで、たとえば普段ゴダールの映画を見せることがよくあるんですが、ある日『男の子の名前はみんなパトリックっていうの』という作品を見せながら、その中の人物に対する演出について「ワクワクするような、軽くするような動き」といったイメージに対する演出のやり方を教えてもらえたり。そんな風にいろんなことを学びました。
ちなみにその演出は、今回のジェニー役に関して役に立ちました。彼女に対する演出も、ワクワクしているような感じでやりたかったんです。
──今回出演された役者の方はみんなアマチュアの方ということですが、非常にナチュラルな演技が印象的でした。普段はどのようなお仕事をされているのでしょうか?また演技についてはどのように今回向き合いましたか?
朱賀:私はもともと立教大学に在籍しており、今年で卒業して1年くらいなんですが、中国で工業関係の会社で働いています。映画は初めての演技なので、呉監督の指導で演じました。呉監督は厳しくない、優しかったです(笑)
王一博:僕はまだ慶応義塾大学に在籍しているんですが、当時は1年生の最後の方でした。当時は学校に行ってそのまま現場に帰って、夜はみんなと段取りをして寝て、次の日は朝ご飯を食べて段取り、撮影、そしてまた学校に行く、みたいに…(笑)。本当に日常の一環になった感じでしたが、とても楽しい現場でした。
僕の演じた王洋という役は、多分まだ有名でない画家、アーティストなので、彼の考え方、背後にある哲学的な、美術の歴史とかも調べなければいけなかったので大変でしたが、そこは頑張りましたね。
呉味子(以下、呉):普段は企画の仕事をしていて、主にカーレース、音楽祭などの企画に携わっています。演技については私もまったく初めてで、気持ちよく演技するために呉監督の御指導のままにやらせていただきました。
──演技経験のない役者さんに対して行った演出の方法とは、どのようなものだったのでしょう?また日本にいる中国の方というキャラクターをそれぞれどのように考えついたのでしょうか?
呉監督:やり方としては、まず演技に関して簡単な指示を行って、あとは三人の普段の性格と人物を合わせる、みたいな。三人をしばらく一緒にしておいて、だんだん関係が良くなってから改めて脚本のキャラクターの詳しい部分を直しました。
キャラクターについてですが、まず李風の仕事についていろんなリサーチをした上で、民泊という職業がかなり孤独で特殊な職業だと思いまして。たとえば仕事上、いろんな外国人にも会うけど実際はみんな帰っていってしまうし。その職業は面白いと思い、そこから李風役を決めました。
そして周りの中国人も観察し、友達とかいろんなことを考えて王洋役を決定、さらにロリータをやっている友達もいたり(笑)、そんなふうにいろんなリサーチ結果からいろいろ考えて、三人のキャラクターを構築しました。
──お三方はまったく演技経験がないということでしたが、どんな感じでキャスティングされたのかをおうかがいできますか?
呉監督:朱賀さんは同じ学校で、もともと友達で知っていたので、パッと李風みたいな雰囲気を感じ、撮影に招きました。
王洋役は最初に“可愛い男の子”がいいと思い、友達に「若く見えて可愛い男の子」と頼んでいろいろ友達に紹介してもらい(笑)、その中で一博さんを選びました。実際一博さんは普段も可愛いし(笑)、明るくて本当にチームの中で太陽のような存在になってもらえたし、素晴らしい役者だと思いました。
味子さんは、もともと私が中国にいたときの学部生の先輩だったんですが、学校の中ではアイドルみたいな存在で(笑)。去年日本に来られて一緒に遊んだときに、彼女とは趣味が合ったので、ストーリーを伝えて一緒にやろうと頼み、出演してもらうことが決まりました。
呉:(呉監督は)大学時代からずっと映画が大好きで、夜通し映画を見ることが度々ありました。よく一緒に話をしたんですが、その頃からたくさん映画を撮っており、その実力はあると私は信じていたし、楽しそうだから一緒に撮影をすることにしました。
王一博:今、“え?可愛い役を探してたんですか…?”と思ったんですが…(笑)。最初は友人に言われて、撮影に加わることを決めたんですが、最初に撮ったのが病院で喧嘩をするシーンだったんです。
呉監督からは“もっと怒れ!”“もっと!”と煽られていましたし(笑)。だから“可愛い男の子”をリクエストされてのキャスティングというのは意外でしたね(笑)
朱賀:(呉監督と)知り合ったときは大学3~4年生くらいで、その当時は池袋でお店を経営していました。まあ日本の在日のいろんなビジネスをやっていましたので、そのような人物をやらせていただくにあたり、僕自身も李風役には合うかな、と思いました。
──映画からは、人生とかジェンダーに対する多様性が、伝わってきました。呉監督と出演者の方は、この点に関してどのように意識しましたか?
王一博:僕はLGBTという問題は近年身近な問題として取り上げられつつも、まだ親近感というのは受け入れられない状況だったので、そういった人たちの気持ちや考えを演ることで理解したというか。彼らはそういった関係を、普通に愛という関係と考えているんだと理解しました。
呉監督:私が最初に脚本を書いたとき、“真実の愛とは、どんな愛?”という質問をずっと自問自答していたんですが、私としては「二人でも三人でも、男女や年齢に変わらず、唯一な、真実な愛」が本当の愛だと思いました。まあ、実際にはそれほど深く考えてはいないですけど(笑)
──作品の雰囲気としてはセリフも多く、心理描写が絶妙で文学作品のような印象を受けました。企画の際にはヒントになる作品などはあったのでしょうか?
呉監督:いえ、フィクションの物語のようなものはあまり読みませんでした。ただ最初は書きながら、いろんな専門の本を読みました。たとえば「子供の虐待」みたいなテーマとか。それがジェニーの人物について、もっと詳しく書きたいからと。リサーチ的な内容がほぼ主要な作業でしたね。
まとめ
たとえば本作でも顕著に見られるLGBT、来日外国人といったテーマは、映像などでは客観的な視点から見た印象として描かれることが多くあります。
しかし本作では、この問題を当事者同士の主観的な映像で描かれています。そこには客観的な視点では見えてこない、重要なポイントが表されているようでもあります。
また呉監督が役柄そのままの人物をとキャスティングした面子だけに、演技の自然さが素晴らしい。それだけにタイトルでも表されている“旅愁”感が、見ている側にもダイレクトに伝わってくるようでもあります。
Q&Aでは終始笑顔を見せられていた呉監督でありますが、その完成度からは、並々ならぬ映画に向けた情熱の程が感じられてくるようでもあり、作品が今回の映画祭にエントリーされたことも、十分うなづけるところでしょう。