映画『きみと、波にのれたら』は2019年6月21日より全国ロードショー公開
『夜明け告げるルーのうた』『夜は短し歩けよ乙女』など、その独創的な作風のアニメーションと世界観が国内外で高く評価されている、鬼才のアニメーション監督・湯浅政明。
その湯浅監督の最新作が、長編アニメーション映画『きみと、波にのれたら』です。
恋人の死によって、海を見れなくなってしまった主人公・ひな子。けれども、水が、彼女の元に不思議な再会を運んできます。
「青春ラブストーリー」というジャンルでは語りきれない本作。大切な人の死を経験した全ての人々に向けられた、再出発の物語をご紹介します。
映画『きみと、波にのれたら』の作品情報
【公開】
2019年6月21日(日本映画)
【監督】
湯浅政明
【脚本】
吉田玲子
【キャスト】
片寄涼太、川栄李奈、松本穂香、伊藤健太郎
【作品概要】
『マインド・ゲーム』『四畳半神話体系』『DEVILMAN crybaby』『夜は短し歩けよ乙女』『夜明け告げるルーの歌』などで知られるアニメーション界の鬼才・湯浅政明が初めて挑む青春ラブストーリー。
恋人を海で失った女子大生の前に死んだはずの彼が水を通して現れる。ファンタジー、リアルな今どきの若者のラブストーリー、そして湯浅監督らしい人生賛歌の要素が加わった作品です。
主人公・ひな子は川栄李奈、その恋人・港はGENERATIONS from EXILE TRIBEの片寄涼太、港の妹・洋子には松本穂香、港の後輩・山葵には伊藤健太郎と若手実力派が揃いました。
また、劇中で繰り返し歌われる主題歌はGENERATIONS from EXILE TRIBEの「Brand New Story」です。
映画『きみと、波にのれたら』あらすじとネタバレ
とある海の見える街。
消防士の雛罌粟港は、署の屋上からサーフィンをしている女の子を見ていました。彼は後輩の川村山葵に、彼女は自分のヒーローだと語ります。
彼女はその街の大学に入学したばかりの海洋学部生で、名前は向水ひな子。
彼女はかつてこの街に住んでおり、幼い頃に引っ越してしまいましたが、この海とサーフィンが大好きで、わざわざ一人暮らしをしに町に戻ってきたのでした。
慣れない一人暮らしに悪戦苦闘している中、彼女の住んでいるマンションの近くで大学生たちが悪ふざけで花火を大量に飛ばし、火災が起きてしまいます。
ひな子の部屋にも火が迫りますが、そこで消防士として駆けつけた港が彼女を助け出してくれました。
そこから親密になった二人。港はひな子が火事でもサーフボードを持って逃げ出すほどサーフィンが好きなことに興味を持ち、彼女にサーフィンを教えて貰い始めました。
そして、2人は付き合い始めます。
彼らは2人とも「Brand New Story」という曲が昔から好きで、いつも聴いたり歌ったりしていました。
港は運転も料理も家事も器用にこなし、物知りで、サーフィンもすぐに上達し、ひな子はそんな彼を尊敬します。
彼は幼い頃に海で溺れていたところを救出され、それから人を助ける仕事に興味を持って勉強してきたといいます。
またある日、老夫婦が経営するおしゃれなカフェに入った港は、いつか自分もカフェを経営したいと語りました。
ひな子はそんな彼の夢を尊敬しつつ、自分が将来何になりたいのか決めかねていました。
それでも日々を楽しく過ごす2人。また、ひな子は港の妹の洋子や、消防士の後輩の山葵とも仲良くなっていきました。
季節は変わり、クリスマスイブの夜、カップルの名所のポートタワーにやってきた2人。
そこでは人気ラジオDJが一般人から募集したクリスマスに言いたい大事な人への言葉を読み上げていましたが、港は興味なさげでした。
翌日はクリスマスだというのにひな子は朝から花屋でバイトをしています。
そんな中、港から冬の海でサーフィンをしているという連絡が来ました。「なぜこんな冬の海に?」と思いつつもひな子もバイトを終わらせて海に向かいます。
しかしそこには救急車や警察の車がやってきており、波打ち際には港が大事にしていたスナメリの絵が描かれたサーフボードが真っ二つになって漂っていました。
港は溺れていた他の人を助けようとして波に飲まれ、帰らぬ人となりました。憧れの先輩の遺体を捜索する作業をすることになった山葵や消防士仲間たちは泣き崩れていました。
それからしばらく経った頃、ひな子は抜け殻のようになり、実家からの連絡にも出ず引きこもっていました。
心配した山葵はひな子をカフェに誘います。洋子も来ていましたが、気丈な彼女はひな子にいつまでも引きずってもしょうがないと言い放ちます。
しかし、現実が受け入れられないひな子は思わず思い出の曲「Brand New Story」の出だしを口ずさみました。
すると、コップの水の中に港の姿が現れます。
びっくりしたひな子はコップの水をこぼしてしまいますが、床に撒かれた水の中にも港の姿がありました。しかし、他の2人には見えていないようです。
その後、彼女は水のある場所で「Brand New Story」を歌うと水中から港が出てきてくれるという法則に気づきました。
水の中の港とコミュニケーションを取れるようになっていくひな子。ですが、港になんであの日海に行ったのか聞いてもはぐらかされました。
その後、山葵は港の携帯を遺品としてひな子の所に持ってきます。ひな子は港があの日自分に伝えたかったことがなかったのか確かめようとしますが、パスコードがわからず、水の中の港に聞いても教えてくれません。
そんなモヤモヤがありながらも、ひな子は水筒や2人でかつて買った等身大のイルカの水風船に港を入れたりして連れ歩きます。
それは傍から見れば異様でしたが、彼女は幸せでした。
ある日、彼女のバイト先に山葵がやってきます。山葵はひな子の最近の変な行動を心配しており、そして彼女のことが好きだと告白してきます。
ひな子は驚いて戸惑い、港に相談しますが、自分はひな子の手を握ることもキスすることもできない、だから山葵と幸せになっても構わないと答えました。
しかしひな子はそれでも構わないから湊と一緒にいたいと言い、その後も彼を呼び出します。
ある日、港は「俺はひな子がまた波に乗れることを願っているよ」と言いました。
一方で、洋子はカフェを開きたいという兄の夢を継いで、かつてひな子たちが行ったおしゃれなカフェで働き始めます。ひな子は彼女を応援しつつ、自分が港に依存し前に進めていないことを感じ始めていました。
ある夜、ひな子は事故現場に遭遇します。彼女は車が炎上しているのを見て、近くの川から港を呼び出して消火してもらいます。
火は消えましたが、運転席にいた人間は死んでおり、ひな子は雲間から光が差して魂のようなものが昇天していくのを見ます。そしてその光は港にも触れ、彼は天に連れて行かれそうになりました。
ひな子は港を呼び出し続けていると、いつか彼が消えてしまうのではないかと怖くなり、歌うのもやめてしまいます。
時間も経ち、気持ちの整理がつき始めたころ、ひな子は港の実家に線香をあげにやってきます。
洋子に港の部屋まで案内されると、そこには大量の本や参考書、筋トレ器具などが置いてありました。洋子は、港は人には頑張っているところは見せなかったが、常に努力をしていたと語ります。
そして、部屋には10数年前の新聞の切り抜きがあり、幼少時の港が海でおぼれていたところを同年代の女の子に救われたという記事がありました。
その場所は港と一緒によくサーフィンにいったあの浜辺。
ひな子は実家に帰ると、昔のアルバムをめくり、かつて家族で海の近くに住んでいたころ自分が男の子を助けていたことを確認します。
港が消防士を志すきっかけになったヒーローとは、ひな子の事でした。
港の携帯のパスコードもその事故があった日付で、ついに港があの日自分に何を送ろうとしていたのかを確認するひな子。
「俺はひな子が波にのれることを願っているよ」。港はそうメールを送ろうとして、途中でやめていました。
ひな子はそれをきっかけに人を救う仕事であるライフセーバーをになることを決め、学校に通い始めます。
映画『きみと、波にのれたら』感想と評価
2004年の『マインド・ゲーム』以来、アニメシリーズでは『四畳半神話体系』『DEVILMAN crybaby』、映画では『夜は短し歩けよ乙女』『夜明け告げるルーの歌』など常に独創的で尖った表現をぶつけてコアなファンを獲得してきた湯浅政明監督。
彼のこれまでの作品からすると、『きみと、波にのれたら』はあまりにも直球なラブストーリーで作風が変わったのかと思うかもしれません。
しかし、この映画は紛れもなく湯浅政明作品です。
湯浅監督版『あの夏、いちばん静かな海。』や『ゴースト ニューヨークの幻』とでも言うべきでしょうか。
まずアニメーション作家として彼の持ち味である、画面全体が波打つように動く独特の忘れがたいアニメーションは健在。
とくに今作で全編に渡って出てくる「水」の動きの表現はかなり斬新かつ細かく、水の中に主人公・ひな子が忘れられない恋人・港が生きていると確かに感じさせる躍動感に満ち溢れています。
またジャンルとしては恋愛映画にあたる本作ですが、一人の女性の成長物語でもあります。
そこで象徴的に出てくるのが、彼女の趣味であるサーフィンというスポーツ。
劇中何度も出てくる港の「ひな子に波に乗って欲しい」という言葉は、彼女に人生、そして未来を見据えて進んでほしいということ。
最後にはトラウマを乗り越え、サーフィンで波に乗る=人生を進み始めるひな子の姿が感動的です。
『マインド・ゲーム』『夜は短し歩けよ乙女』などでも生きること、自分の殻を破ることを文字通り型破りな生き生きとしたアニメで描いてきた、湯浅政明らしい物語です。
個人的には、ひな子が単に港に引き上げてもらうのではなく、彼女自身が実は港にとってのヒーローだったと自分で気づいて前に進むところにグッときました。
また登場人物たちの名前にも、意味が込められています。
ひな子の「ひな」は、まだ自立できていない雛のような存在という意味がこめられています。
ひな子が依存してしまう彼氏の名前が、「港」なのも彼女が波乗り=人生に失敗しても戻ってこられる場所という意味です。
ひな子とは対照的に、港が死んでも自分の夢を見つけて前に進んでいく洋子は文字通り、彼女より先の人生の海原に乗り出しています。
他にもずっとリフレインされる「Brand New Story」がシーンごとに違う意味合いで聞こえてくるように演出されていたりと、細かい部分まで工夫が凝らされた作品です。
まとめ
前向きに人生という波に乗っていくことを謳った映画ですが、同時に悲恋と喪失感をこれでもかと味わう映画でもあります。
「本当だったら自分も味わえたはずの幸せ」を主人公が見て、想像して遂に号泣してしまう終盤のクリスマスシーンは涙なしには見られません。
本作の脚本を担当した吉田玲子の前作『若女将は小学生!』でも同じようなシーンがありました。
本当は港だって、ずっと一緒にひな子と波に乗っていたかった。
そんな思いが、『きみと、波にのれたら』というタイトルには込められています。