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Entry 2019/05/18
Update

『世界一と言われた映画館』感想と解説。淀川長治が愛した酒田グリーン・ハウス

  • Writer :
  • もりのちこ

今はなき伝説の映画館、酒田グリーン・ハウスが世界一と言われた所以とは?

山形県酒田市に、映画評論家の淀川長治が世界一の映画館と称した「グリーン・ハウス」がありました。

その映画館の存在は、酒田市の市民にとって憧れであり、かけがえのない場所でした。しかし、1976年に起きた酒田大火により映画館は焼け落ちてしまいます。

40年の時を経て、グリーン・ハウスを愛した人々の証言で、伝説の映画館が紐解かれていきます。

何を持って伝説なのか?人々に愛された映画館の魅力とは?映画にかけた支配人の想いとは?映画『世界一と言われた映画館』を紹介します。

映画『世界一と言われた映画館』の作品情報


(C)認定NPO法人山形国際ドキュメンタリー映画祭
【日本公開】
2019年(日本映画)

【監督】
佐藤広一

【語り】
大杉漣

【キャスト】
井山計一、土井寿信、佐藤良広、加藤永子、太田敬治、近藤千恵子、山崎英子、白崎映美、仲川秀樹

【作品概要】
山形県酒田市に存在した映画館「グリーン・ハウス」についての証言を集めたドキュメンタリー映画。グリーン・ハウスが伝説と呼ばれた所以を探ります。

山形国際ドキュメンタリー映画祭の短編作品として製作された本作は、山形県出身の佐藤広一監督が自ら構成・撮影も務めました。

ナレーションは、2018年急逝した大杉漣が担当しています。映画人として生きた彼の映画館に対する愛情も感じられる、深みのあるナレーションに注目です。

映画『世界一と言われた映画館』のあらすじとネタバレ


(C)認定NPO法人山形国際ドキュメンタリー映画祭
1976年(昭和51年)10月。それはそれは、街道沿いの柳の木が抜けるほどの強風の日でした。

喫茶ケルンの店主・井山計一さんは、当時の事を語ります。「最初は煙が見えて、火が見えても消防も来ない。どこだと思って見たら、グリーン・ハウスだった。あっという間にすごい音でシャッターが潰れてね」。

消失家屋1774棟、死者1名、負傷者1003名という甚大な被害をもたらした酒田大火です。

元消防士・土井寿信さんは、必ず消せると思っていたものが出来なかった悔しさを噛みしめます。あちこちと飛び回る火の粉。退路の確保もままならない状況で、それでも火に負けたくないと強く思った記憶がよみがえります。

グリーン・ハウスは全焼。火の原因は映写機の電気系統と言われたが、真相はわからないまま負の記憶として市民の心に残ることになります。

「消防士の訓練生の頃、グリーン・ハウスで映画『タワーリング・インフェルノ』を見ました。ビルの火災に奮闘する映画の主人公の姿に、僕も消防士として頑張ろうと決意した映画でした。2回見ましたよ。」

消防士としての決意を固めたきっかけの映画館グリーン・ハウスが、大火の火元になったことは何かの因果関係かと複雑な心境を語ります。

酒田大火以降、グリーン・ハウスの話題はどこかタブーとされていました。しかし、グリーン・ハウスは市民の憧れであり、愛された映画館でした。当時を知る人々が証言をしていきます。

ホテルのような回転扉を開けると、コーヒーの香りが漂い、蝶ネクタイ姿のバーテンのいる喫茶スペースが見える。

フロントでチケットを受け取り、夢の劇場に足を運べば、グリーンのビロードの壁に、ヨーロッパ風の彫刻が浮かび上がり、スクリーンと客席の間にある生花の花壇から華やかな香りがしてきます。まさに、グリーン・ハウス。

劇場の2階には、少人数のシネサロンがあり、コーヒーを飲みながら、すでに公開されている名作の数々を楽しめます。

映画評論家の淀川長治が、雑誌のコラムで心に残る映画館としてグリーン・ハウスを紹介、世界一の映画館と称したことで、全国的に有名になりました。

以下、赤文字・ピンク背景のエリアには『世界一と言われた映画館』ネタバレ・結末の記載がございます。『世界一と言われた映画館』をまだご覧になっていない方、ストーリーのラストを知りたくない方はご注意ください。

グリーン・ハウスに魅せられたひとり、映画サークルあるふぁ‘85の佐藤良広さんは、酒田市のひらたタウンセンター「シアターOZ」の設営に携わった際、35ミリ映写機を導入しました。

学生の頃、放課後は部活かグリーン・ハウスかの毎日だったと言う佐藤さん。当時グリーン・ハウスで映画の上映開始前に流れていた「ムーンライト・セレナーデ」が忘れられません。

映画評論家の淀川長治を酒田市に呼び、映画上映会を開催しました。上映開始前には「ムーンライト・セレナーデ」が流れ、映画『グレン・ミラー物語』が上映されました。観客は当時のグリーン・ハウスへ思いを馳せました。

夢がかなった佐藤さんは、これからも35ミリフィルムの温かさを伝えて行きたいと語ります。


(C)認定NPO法人山形国際ドキュメンタリー映画祭

グリーン・ハウスでは毎月、「グリーンイヤーズ」というフライヤーを発行していました。それを学生の頃から集めていた女性がいます。当時グリーン・ハウスに通い詰めていたと話す、加藤永子さんです。

「朝から映画館に行き、昼はトーストとミルク、また夕方まで映画を見るの。何度も同じ映画をみたわ」。

洋画上映館だったグリーン・ハウスのフライヤーの表紙は、往年の映画スターの顔写真で彩られていました。

『007』のショーン・コネリー、『リスボン特急』のアラン・ドロン、『おしゃれ泥棒』のオードリー・ヘプバーン、『栄光のル・マン』のスティーブ・マックィーン。

フライヤーを前に思い出がとまらない加藤さん。「スクリーンは夢の場所だったわ」。

映画館グリーン・ハウスが、皆に愛された理由は映画上映だけではなかったようです。それは、支配人・佐藤久一の人柄にもありました。

酒田市にある昼は喫茶店、夜はカクテルバー「ケルン」の店主・井山計一さんは、日本を代表するカクテル「雪国」を考案した伝説のバーテンダーでもあります。

カクテルの淵をレモンで濡らし、砂糖を施したスノースタイル。綺麗なエメラルドグリーンのカクテルの中に沈むのは、こだわりのミントチェリー。

「雪国」が賞を受賞した際に贈られたトロフィーは、「うちに飾らせて」の佐藤久一の一言で1年以上グリーン・ハウスに飾られることになりました。

その後、グリーン・ハウスにはバーカウンターが設置され、「『バーテンダー頼むよ』と久ちゃんに言われたものだよ」。井山さんは楽しそうに話します。

当時グリーン・ハウスで映写技師を務めていた太田敬治さんは、佐藤久一支配人の仕事ぶりを語ってくれました。

「自らゴミを拾って、館内の音楽にもこだわり、休憩の時は上映映画の主題歌のレコードをかけていた。レコードがない時は、映画から録音して流していた。どこでもやってないことをやっていたよね」。

「映画上映にあたっては、映写技師の名前が表示され、看板を取り替えたりと責任があった。青森までフィルムを取りに行って朝一の汽車で戻ってその日の上映に間に合わせたよ」。

映画に関して妥協しないスタッフの想い、そしてグリーン・ハウスで働いていた誇りが感じられました。

そして、当時のグリーン・ハウスでの仕事経験がその後の人生に影響を与えたという、山崎英子さん。

深夜12時まで上映したあと、毎日客席の掃除をし、汚れが目立たないカバーまでも集め、常に清潔に気をつけていた支配人。造花がなかった当時、生花を綺麗に保ち、常にお客様に気持ちよく利用してもらえるようにお金をかけていました。

映画館のほかにも飲食店も経営していた佐藤久一支配人から、山崎さんは接客業の神髄を学んでいました。

「火事を起こしたグリーン・ハウスを語るのはタブーという人もいるけど、私の人生にはかけがえのない思い出よ」。そう語る山崎さんは、支配人の墓参りを今も続けています。

「グリーン・ハウスは憧れだった」と話すのは、歌手の白崎映美さん。グリーン・ハウスの近所だった実家は、酒田大火で燃えてなくなりました。

幼い頃の火事の記憶と共に、初めて子供たちだけで見に行った映画『小さな恋のメロディ』が思い出されます。オシャレで高級感があって少女の憧れの場所だったグリーン・ハウス。

現在白崎さんは、グリーン・ハウスと並ぶ、昔から残っているモダンな建物「ナイトスポット白ばら」を残そうと経営復活を目指しています。

「酒田市には世界に誇れる素晴らしい建物がいっぱいある。モダンでオシャレ、扉を開けて入った時の煌びやかさ、ワクワクした気持ちを復活させたい」。一度離れたからこそわかる地元の良さを伝え続けています。

日本大学の仲川秀樹教授は、当時のグリーン・ハウスは現在の複合施設の先駆けであると説きます。

人々はグリーン・ハウスに映画を見に行くだけではなく、ショッピングをしたりデートを楽しんだりする場として活用していました。

また、地方にいながら、東京と同じ映画を同時期に見られる「酒田・東京同時ロードショー」というスタンスは、当時の仲川青年にとって誇り高いものでした。

映画を中心に人が集まり、交流を深め、楽しさを共有する場所であったグリーン・ハウスは、現代の町づくりにも繋がる貴重な宝物だったのです。

映画『世界一と言われた映画館』の感想と評価


(C)認定NPO法人山形国際ドキュメンタリー映画祭
山形県酒田市は、「西の堺、東の酒田」と称されたほど栄えた商人の町で、その歴史ある街並みは、映画『おくりびと』のロケ地としても有名です。

そんな酒田市を襲った1976年の酒田大火。大火の火元となった映画館「グリーン・ハウス」でしたが、今回当時を知る人々の証言で、とても愛されていたことが伺えます。

モダンでオシャレな映画館グリーン・ハウス。そこは、市民の憧れの場所であり、夢を与えてくれる場所でした。

またグリーン・ハウスが皆に愛された理由は、佐藤久一支配人の人柄にもあったように思います。

王道の映画作品だけではなく、自分が良いと思った作品を多くの人に見てもらいたい。そして、最高の空間で映画を楽しんで欲しいと願う支配人の想いが、皆に愛される映画館を作り上げたのでしょう。

1985年5月発行の「グリーン・イヤーズ」300回記念号には、佐藤久一支配人の挨拶が掲載されています。

「生きることの悩み、苦しみ、悲しみ、そして喜びなどの一切の縮図が映画館の中で繰り広げられる。みんなが倖せになるための種子を摘みとっていただければ私達の喜びはこれに過ぎるものはない」と、記されたあいさつ文からは、映画への愛とお客様への想いが伝わってきます。

そしてこの文の締めには「緑館支配人 佐藤久一」と記されています。グリーン・ハウスを緑館とするユーモア。久一自身が、粋でモダンなオシャレ人、皆に愛される人物だったことでしょう。

地域に愛され、多くの人に夢を与えた、世界一と言われた映画館「グリーン・ハウス」。こんな映画館で一度は映画を見てみたかった。そう思わずにはいられません。

まとめ


(C)認定NPO法人山形国際ドキュメンタリー映画祭
山形県酒田市に存在し、1976年の酒田大火で焼失した、伝説の映画館「グリーン・ハウス」。

当時の様子を知る人々の証言を集めたドキュメンタリー映画『世界一と言われた映画館』を紹介しました。

映画評論家・淀川長治がグリーン・ハウスを「世界一の映画館」と称した所以が、明らかになります。

モダンでオシャレな映画館は、市民にとって憧れの場所であり、世界に誇れるものでした。

グリーン・ハウスという優雅な空間で、映画を観るという行為が、人々にとって最高のステータスとなっていた時代。

現代はスマートフォンやタブレットなど、自宅や出先で気軽に映画を楽しめる時代になりました。

それでも映画館に足を運ぶ理由。それは、大きなスクリーンで迫力ある映像を楽しみたいということはもちろんですが、映画館という空間でひと時でも日常を忘れ、映画の世界に没頭したいからではないでしょうか。

映画館とは特別感があり、居心地がよく、夢の世界であり続けて欲しいものです。

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