連載コラム「未体験ゾーンの映画たち2019見破録」第50回
ヒューマントラストシネマ渋谷で開催された“劇場発の映画祭”「未体験ゾーンの映画たち2019」。今回は豪華キャストで描く、ブラックなコメディ映画を紹介します。
天才詐欺師の妻を演じるのはユマ・サーマン。その夫であり相棒を演じるのはティム・ロス。
華麗に登場した2人ですが、この夫婦共に難有り。おかげで仕事仲間から命を狙われるハメに陥ります。起死回生を狙い夫婦は、500万ドル以上する宝石を奪い盗ろうと企みます。
ところが夫婦の命を狙う人物も、夫婦がターゲットに選んだ人物も、その周囲にいるのも奇妙な人物ばかり。この騒動はどんな結末を迎えるのでしょうか。
第50回はクライム・コメディ映画『Mr.&Mrs.フォックス』を紹介いたします。
【連載コラム】『未体験ゾーンの映画たち2019見破録』記事一覧はこちら
CONTENTS
映画『Mr.&Mrs.フォックス』の作品情報
【日本公開】
2019年(アメリカ・イギリス合作映画)
【原題】
The Con Is On
【脚本・監督】
ジェームズ・オークリー
【キャスト】
ユマ・サーマン、ティム・ロス、アリス・イブ、パーカー・ポージー、マギー・Q、クリスピン・グローバー、ソフィア・ベルガラ、スティーブン・フライ
【作品概要】
天才詐欺師の妻と、とぼけた夫の犯罪者夫婦と、その周囲の人物が巻き起こす騒動を描いたコメディ映画です。
ユマ・サーマンとティム・ロスが主人公のフォックス夫妻を演じ、夫妻を狙う冷酷無慈悲な追跡者をマギー・Qが演じます。
様々なコメディ作品で活躍するアリス・イブ、パーカー・ポージー、ソフィア・ベルガラらの女優陣、クリスピン・グローバーとスティーブン・フライのクセのある男優陣が脇を固める、豪華キャストの作品です。
ヒューマントラストシネマ渋谷とシネ・リーブル梅田で開催の「未体験ゾーンの映画たち2019」上映作品。
映画『Mr.&Mrs.フォックス』のあらすじとネタバレ
ロンドン。セントポール大聖堂の前のベンチに老いた修道女が座っています。そこに現れたのは場違いな女、ハリー・フォックス(ユマ・サーマン)。
イリーナ(マギー・Q)の代理で現れた告げたハリーは、修道女に怪しげなブツを渡します。
罰当りな事に修道女はブツである、白い粉をペロリと舐めて中身を確認。引き渡したハリーは、札束が詰まったカバンを受け取ります。
首尾よくイリーナに依頼された取引を成功させたハリーは、夫であるピーター(ティム・ロス)が待つ酒場に現れます。
ピーターは自ら酒を注いで飲んで、既に出来上がった状態。この後全編飲んだくれて酔っぱらっております。
あとはイリーナに受け取った大金を渡すだけ。ところが酒場では紳士たちがポーカーに興じていました。
夫が酒好きなら、ハリーは無類のギャンブル好き。待ち時間を潰そうと、彼女はポーカーのテーブルに加わります。
ところが今日はツキがありません。手持ちの金が尽きたので、夫が酔いつぶれているのをイイ事に、カバンから取引で得た金の一時拝借することに。しかしハリーは全く勝てません。
あれよあれよとカバンの中の札束は消えてゆきます。そこにイリーナが現れ、フォックス夫妻はコソコソ逃げ出します。
ロサンゼルスに向かう旅客機に乗り込んだフォックス夫妻。イリーナに捕まれば拷問され消されるのは確実、高飛びするしかありません。
相変らず酔ってるピーターは、やれ照明が気に入らない、日焼けした婆さんに色目を使われただの、フライトに不満タラタラです。
酔っ払いのくせに、この後も何故かモテまくるピーター。口うるさい夫に対しハリーは慣れた調子で、適当に取り出したクスリを与えて黙らせます。
夫妻を乗せた旅客機の到着後も、ピーターはひどい街だの何だのLAにも悪態をつきます。
ハリーは仕事仲間のシドニー(スティーブン・フライ)の元に向かっていました。その名を聞くと、更に酔っぱらうしかないとボヤくピーター。
教会の前にいたホームレスに、水をかけて追っ払うバチあたりな神父、その正体がシドニーでした。
かつてイスタンブールでフォックス夫妻と一仕事したシドニー。その際のしくじりの結果ピーターは、悪名高いトルコの刑務所に入っていました。
小さな失敗は許してくれ、と馴れ馴れしくピーターに告げるシドニー。教会で若いアジア系の青年キムキムと同棲中のシドニーを、ピーターが嫌うには他にも理由もありそうです。
裏社会に生きるシドニーは、フォックス夫妻がイリーナに追われていると知っていました。ポーカーで少しお金を借りただけと、すましてハリーは説明します。
ロンドンの取引後、酒場に現れたイリーナは、申し訳程度の紙幣が入ったカバンを見つけます。
店内にフォックス夫妻の姿が無いと知った彼女は、ハリーの行方を答えられないポーカー相手を問答無用で射殺します。
イリーナから逃れLAに現れたハリーは、シドニーに仕事をくれと頼みます。やる気の無いピーターをなだめ、彼女はアヘンの取引の仕事を引き受けます。
その頃ロンドンでは、イリーナが裏稼業の男にハリーの行方を尋ねていましたが、情報は得られません。
そこにシドニーから、フォックス夫妻の行方を知っているとの連絡が入ります。
シドニーから情報を得たイリーナは、行方を知らなかった先程の男を、ナイフを投げ殺します。
金は無くとも高級ホテルに滞在する主義のフォックス夫妻、ピーターが配車係が運転する車に接触したと装い、当たり屋の手口でセレブ御用達のホテル、シャトー・マーモントへの宿泊します。
支配人に医者だけでなく、買い物代行係まで要求する厚かましさを見せます。
ホテルの豪華な室内で一杯やり始めたピーターは、テレビにかつての妻、ジャッキー(アリス・イブ)が映っている事に気付きました。
マーモント・ホテルのバーで、バーテン相手に飲んでいるピーター。そこにハリーが現れ、どうやってイリーナに金を返すかの話になります。彼女はイリーナとの関係を語り始めます。
かつてモンテカルロで、イリーナと組んで慈善活動と称し、男をたぶらかして稼いでいたハリー。2人は息の合ったチームでしたが、イリーナに関係を迫られた彼女は別れる事を選びました。
ところがイスタンブールの一件の際、ハリーはイリーナと再会し、ピーターが刑務所にいる間に関係が再開、挙句の果てにこの始末となったのです。
イリーナは私を恋愛対象しても追い、あなたは嫉妬の対象として殺そうとしていると告げるハリー。彼が酒浸りになるのも無理はありません。
ここでハリーが一攫千金、イリーナに金を返す計画を持ち出します。
ピーターの元妻ジャッキーは、セレブにして変人と名高い映画監督ガブリエル(クリスピン・グローバー)と再婚し世間を騒がしていました。
ジャッキーはガブリエルから、500万ドル以上する宝石のついた指輪を送られていました。それを手に入れるため、元夫の立場を利用してピーターが接近するのです。
計画を聞かされ、ジャッキーに前回電話した時は、警察を呼ばれたと渋るピーター。
それでもフォックス夫妻は計画を実行に移します。
ジャッキーの車に軽く接触事故を起こし、ピーターは偶然の再開を装いますが、アンガーマネジメントに凝っていたおかげか、彼女は問題のあったピーターとの再会を喜んでくれました。
ジャッキーはピーターの再婚相手、ハリーの事をけなしますが、邸宅を訪ねるようピーターを招待します。
こうしてピーターはジャッキーの豪華な邸宅に招かれ、ハリーも身を隠して彼に続きます。邸宅内で迷った彼は、ガブルエルがセーフティールームと称する部屋に謝って入り、怒りを買ってしまいます。
映画監督ガブリエルに心酔している秘書、ジーナ(パーカー・ポージー)の案内で、ジャッキーの元に向かうピーター。
何故か女性からモテる彼は、シドニーに続き今度はジャッキーの助手、ハンスに興味を持たれ、男性からも不思議にモテる模様です。
ピーターとの再会を喜ぶジャッキー。ハリーは身を隠しながら2人を追います。
邸内で取材を受けているガブリエルは、受け答えの中で世間を賑わしているジャッキーに送った指輪が、567万5千ドルすると語ります。
ガブリエルはピーターが現れた事を不愉快に感じてましたが、ジャッキーは怒りをコントロールする導師を教えに従い、彼を許すよう説得します。
2人がキスを交わすと、今は撮影中と割って入るジーナ。彼女はどうやらガブリエルに気がある様子です。
ピーターは邸宅で開かれるパーティーに、首尾よく招待される事になりました。
そこでハリーが計画を立てます。まずは偽の指輪を用意し、パーティーの最中ジャッキーに一服盛り、彼女が倒れた隙に指輪をすり替えるのです。
その頃イリーナも飛行機に乗り、フォックス夫妻を追ってLAに向かっていました。
偽の指輪を調達したハリー。ピーターはジャッキーに変なクスリを与えると暴れるぞ、と警告しますが、ハリーは自分に任せるよう告げ、計画は実行に移されます。
その夜ジャッキーの邸宅では、ガブリエルの作品が映画賞にノミネートされた事を祝う、盛大なパーティーが開かれていました。ピーターは招待され、ハリーも無事潜入します。
パーティーにガブリエルの映画に出演し、そして浮気相手と評判の女優ヴィヴィアン(ソフィア・ベルガラ)が現れます。
ガブリエルがジャッキーに送った指輪は、浮気に怒った彼女をなだめる為に与えたものでした。
ガブリエルに猛烈にアタックするヴィヴィアンを、彼を密かに慕うジーナが呆れて見ています。
あれやこれやのパーティーで繰り広げられる人間模様を、酔って見物するピーター。ハリーはクスリを入れた飲み物を用意し、彼にジャッキーに渡すよう指示します。
首尾よくジャッキーにクスリを盛ったフォックス夫妻。倒れると思いきや、ピーターの心配通りジャッキーはフラフラ動き回ります。
ようやく意識を失った彼女を寝室に運び、指輪を奪おうとしますが中々外れません。
その寝室に気分の盛り上がった、ガブリエルとヴィヴィアンが現れます。2人はジャッキーに気付いて大慌てをみせます。
身を隠したフォックス夫妻も目的を果たせず逃げ去ります。
LAに到着したイリーナは、同じベットで就寝中のシドニーとキムキムの元を訪れます。
フォックス夫妻の居場所を尋ねるイリーナに、シドニーは2人に仕事を与え囲い込んだと説明します。
フォックス夫妻の所在は不明ですが、あの性格ならどこかの高級ホテルに宿泊しているはず。シドニーは明日、イリーナと共にホテルを巡って探し出そうと提案します。
昨晩のドタバタにうんざりしたピーターは、LAを去ろうと提案しますが妻のハリーは諦めていません。そこへジャッキーが現れハリーは身を隠します。
昨晩ガブリエルとヴィヴィアンの醜態を目撃したジャッキーは、ピーターに夫の不満をぶつけに現れました。
怒りに任せて迫ってくるジャッキーに、ピーターは朝からお付き合いするハメに。一方ハリーはホテルでギャンブル相手を見つけ、ポーカーで一勝負です。
指輪を奪う企みはバレておらず、どうにかジャッキーを見送ったピーター。ところがシドニーと共に夫妻の滞在するホテルを探り出したイリーナが、手下と共に現れた事に気付きます。
荷物をまとめ、ツケも宿泊代も踏み倒し逃亡するフォックス夫妻。ハリーのギャンブル相手は、とばっちりでイリーナに殺されます。キムキムとデート話に夢中のシドニーの目を盗んで、夫妻は無事に脱出します。
一方ジャッキーの邸宅では、ガブリエルに秘書のジーナが猛アタック中でした。
かつて2人は関係を持っていましたが、今はジャッキーを妻に持ち、ヴィヴィアンにご執心のガブリエルには、彼女は大迷惑な存在でした。
ジャッキーの招きで邸宅に現れたピーター。そこでジャッキーが愛犬のチワワの訓練士を呼んだと知ると、ハリーは訓練士を装い邸宅に入り込みます。ペットの意志の代弁者と称し、ある事無い事話し出すハリー。
チワワは指輪を大事にし過ぎるジャッキーに嫉妬している、と指輪を外させようとするハリー。胡散臭いと感じたガブリエルとジーナの手前、盗みは諦めますが、ジャッキーの信用を得る事に成功します。
ガブリエルの映画がノミネートされている、明日の授賞式の件でヴィヴィアンが現れ、ジャッキーとジーナとの間に妙な空気が流れます。
ガブリエルを巡る3人の女の争いを見てハリーは呆れ、ピーターはひたすら酒を飲みます。こうして夫妻は一度退散します。
フォックス夫妻を逃したイリーナとシドニー。LA全ての五つ星ホテルを探りましたが、2人を見つける事が出来ません。ハリーを良く知るイリーナは、ならばとハイになれる場所で探します。
果たしてフォックス夫妻は、イリーナが向かった怪しげな店にいました。
今度はケムリで酩酊状態のピーター。現れたシドニーにキセルを勧められ、ハリーもイイ気分になります。
すっかりハイになったハリーですが、シドニーが持っていたタバコ入れを見て、イリーナがいると気付きます。フラフラになった彼女の視界に、イリーナの姿が現れます。
ピーターはすっかり夢の中。ハリーはイリーナに殴られ、捕らわれてしまいます。
映画『Mr.&Mrs.フォックス』の感想と評価
「ピンク・パンサー」シリーズを意識した作品
どう見てもブラッド・ピットとアンジェリーナ・ジョリーの、殺し屋夫婦を描いた映画『Mr.&Mrs. スミス』を思い出させる邦題です。
本作に登場するのは犯罪者夫婦。ご都合主義な展開とはいえ、したたかな犯罪者ユマ・サーマンの姿には納得いくでしょう。
しかし行く先々で死体の山を築くマギー・Qに、全編酔っぱらい無意味にモテる(男からも)ティム・ロス。さらに映画監督を巡る女のドタバタ騒ぎに、不条理に思える馬鹿馬鹿しい展開。このコメディ映画は「ピンク・パンサー」シリーズを意識して作られています。
参考映像:『ピンクの豹』(1964年日本公開)
このブレイク・エドワーズ監督作品で、ピーター・セラーズが演じた狂言回し役のクルーゾー警部が、世界的な人気となり、2作目からは彼を主役にしてシリーズ化されました。
行く先々でトラブルを引き起こし、命を付け狙われ、何故か無意味にモテるクルーゾー警部。ティム・ロスもピーター・セラーズと同じくイギリス出身の俳優。役柄だけでなく役名の“ピーター”も、ご本家から頂戴したのでしょう。
全編に漂うイギリス犯罪コメディの系譜
同時にこの作品はイギリスのクライムコメディ映画に漂う、不条理かつブラックな笑いを大いに再現しています。
かのモンティ・パイソンの一員であるジョン・クリーズは、パイソンズ以外の映画でも大いに活躍しています。
参考映像:『ワンダとダイヤと優しい奴ら』(1989年日本公開)
『Mr.&Mrs.フォックス』の、「ピンク・パンサー」シリーズ以上に馬鹿馬鹿しくもブラックな展開は、『ワンダとダイヤと優しい奴ら』など、ジョン・クリーズが関わったコメディ映画に対する思慕も読み取れます。
本作に出演したスティーブン・フライは『ワンダとダイヤと優しい奴ら』に、またピーター・セラーズの伝記映画『ライフ・イズ・コメディ! ピーター・セラーズの愛し方』にも出演しており、本作とイギリス犯罪コメディ映画をリンクさせる起用になっています。
古き良きクライム・コメディを意識した『Mr.&Mrs.フォックス』。一方でそのスタイルを真似た結果、アクションシーン以外の編集テンポは、それらの映画を意識したスローなものです。
芸達者な俳優を起用したものの、面白い演技を引っ張り過ぎました、という様なカットも見受けられ、「痛快」より「緩い」という言葉が似合う本作のリズムは、コメディ映画としての評価を下げているようです。
シャーロック・ホームズですら、現在のアクション映画のテンポで活躍する時代。古き良きイギリス犯罪映画への憧れは理解できますが、その再現はジョニー・デップの『チャーリー・モルデカイ 華麗なる名画の秘密』同様、中々結果に結びつかない模様です。
まとめ
古き良きクライム・コメディに、オマージュを捧げた作品として見るべき映画『Mr.&Mrs.フォックス』。しかし個人的に一押しの存在は、クリスピン・グローバーだと断言します。
『バック・トゥ・ザ・フューチャー』で、マイケル・J・フォックスの父を演じたのも今は昔、『チャーリーズ・エンジェル』の敵役など、彼は数々のクセのある役を演じています。
そしてデヴィッド・リンチと親交のある、アート映画の監督としても活躍。“ハリウッドきっての変人”として愛されている人物です。
参考映像:『What Is It? 』(2005年)
彼の映画『What Is It? 』と『It Is Fine! Everything Is Fine. 』は、“ビッグ・スライドショウ”と名付けられ、彼自身のパフォーマンスや観客とのQ&Aなどを交えた、巡業方式でのみ上映され、劇場公開はおろかDVD化、配信もされていません。
クリスピン・グローバーの“ビッグ・スライドショウ”は、日本ではカナザワ映画祭にて、当然ながら彼も参加し2008年にお披露目され、好評を得て2016年にも再度実施されています。
そのクリスピン・グローバーが、ハリウッドのセレブな映画監督で、アカデミー賞(大人の事情で劇中ではそう呼ばず)を受賞する役で出演。これぞ一番のギャグでしょう。
『Mr.&Mrs.フォックス』、日本一クリスピン・グローバーを愛し、理解しているカナザワ映画祭で上映すべきですね。
次回の「未体験ゾーンの映画たち2019見破録」は…
次回の第51回は不死と怪物と化した少女と、盲目の少年の切ない交流を描いたホラー映画『アンデッド/ブラインド 不死身の少女と盲目の少年』を紹介いたします。
お楽しみに。