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Entry 2019/03/24
Update

『セメントの記憶』ネタバレ感想レビュー。映画監督ジアード・クルスームが描くシリア人が辿り着いた新たな地獄

  • Writer :
  • 河合のび

2019年3月23日より公開の映画『セメントの記憶』

レバノン・ベイルートの高層ビル建設現場で働くシリア人労働者たちの受難を描いた映画『セメントの記憶』

地獄と化した祖国から逃れてきたシリア人たちが辿り着いたのは、新たな地獄でした。

ドキュメンタリー映画『セメントの記憶』をご紹介します。

2019年の3月23日に渋谷のユーロスペースで行われた公開初日舞台挨拶では、初来日したジアード・クルスーム監督自らが登壇。

本作の制作経緯やシリアの現状など、様々なお話を来場者の方々に語りました。

映画『セメントの記憶』の作品情報


(C)2017 Bidayyat for Audiovisual Arts, BASIS BERLIN Filmproduktion

【日本公開】
2019年(ドイツ・レバノン・シリア・アラブ首長国連邦・カタール合作映画)

【英題】
TASTE OF CEMENT

【監督・脚本】
ジアード・クルスーム

【作品概要】
内戦が終結し、建設ブームに湧くレバノン・ベイルートの高層ビル建設現場で、劣悪な労働環境下で働かされているシリア人労働者たちの姿を追ったドキュメンタリー映画。

世界60ヶ国100以上の映画祭で高い評価を受け、グランプリ34冠という驚異的な記録を獲得しました。

監督・脚本を務めたジアード・クルスームはシリア・ホムス出身であり、シリア政府軍に徴兵されダマスカスのデモ鎮圧にも実際に出動していたという過去があります。

自国民同士の殺し合いに加担することを拒否した彼は、2013年に政府軍を抜けてベイルートへ亡命。そこで撮影を開始し、2017年に完成した映画が『セメントの記憶』です。

映画『セメントの記憶』のあらすじとネタバレ


(C)2017 Bidayyat for Audiovisual Arts, BASIS BERLIN Filmproduktion

長い内戦を乗り越え、復興が進められているレバノンの首都・ベイルート。

近代建築と歴史的建造物が混在した美しい街並みで多くの観光客を魅了していますが、かつての内戦で破壊された建造物は未だに残っており、その一方で、建設ブームに沸く海岸沿いには超高層ビルの乱開発が進んでいます。

その建設現場では、現在も内戦の最中にあるシリアから逃れてきた多くの人々が、劣悪な労働環境下で働かされています。

そこで働くある男が、「忘れられない瞬間」について語ります。

彼の父親は出稼ぎ労働者でしたが、その出稼ぎ先であるベイルートから一枚の絵を持ち帰って来ました。

絵の中に描かれている美しい海、初めて見た海に、当時少年だった男は感動しました。

息子である彼の頬を撫でてくれた父親の手からは、セメントの味がしました。

場面は変わり、シリア人労働者たちが働いている、とある高層ビルの建設現場における日常が映し出されます。

労働者たちは建設現場の地下で暮らしており、毎朝地上へと続く穴を通って現場に向かい、長く辛い労働を終えると再び穴を通って地下へと戻る生活を繰り返してました。

夜、労働を終え地下でその体を休めるシリア人労働者の中には、スマートフォンやテレビの映像を見ている者もいます。

内戦下、破壊し尽くされた祖国の姿を見ているのです。

以下、『セメントの記憶』ネタバレ・結末の記載がございます。『セメントの記憶』をまだご覧になっていない方、ストーリーのラストを知りたくない方はご注意ください。


(C)2017 Bidayyat for Audiovisual Arts, BASIS BERLIN Filmproduktion

男は、かつて空爆に遭い生き埋めにされた時の記憶を語ります。

崩壊した建造物の瓦礫の中に生き埋めにされ、口の中はセメントの破片が入りました。

そして、セメントの味を知りました。それは、死の味でした。

彼の脳裏には、父親の記憶が蘇ります。自分は「別の穴」に辿り着いてしまったとも男は語ります。

セメントの瓦礫に塗れた内戦下のシリアという「穴」から逃れるためにベイルートに来たが、そこはセメントに囲まれ、過酷な労働を強いられる高層ビルの建設現場という「別の穴」に過ぎなかったのだと。

夜明け前、眠りについていた労働者たちは次々と目を覚まし、再び建設現場へと向かいます。

建設現場の音と映像に、内戦下のシリアの音と映像が重なります。やがて、いつも通り労働が終わります。

地下へと戻る労働者たち。地下には、テレビから流れるシリアでの破壊を嘆き悲しむ老人の歌が響きます。

再び夜明け前へと場面は移りますが、その日は雨が降っていました。

労働は中止になるのだと、普段よりも長い眠りにつく労働者たち。しかし雨が止んでしまったことで、労働者たちはいつも通り穴を通って地上の建設現場へと向かいます。

男は、もう一つの「忘れられない瞬間」について語ります。かつて経験した空爆の中で、男は母親を亡くしていました。

台所のテーブルに突っ伏し、椅子に座ったまま眠るように死んでいた母親の姿。

その先には、父親が持ち帰って来たあの海の絵がありました。

男はそのまま絵の海の中に入ってしまいたかったと語ります。もう廃墟にも内戦にも、戻りたくなかったからだと。

建設現場での労働は続きます。「国外で働く全ての労働者に捧ぐ」というテロップとともに映画は終わります。

映画『セメントの記憶』の感想と評価


(C)2017 Bidayyat for Audiovisual Arts, BASIS BERLIN Filmproduktion

天空の破壊」「地上の破壊」。これは、本作『セメントの記憶』の日本版ポスターに書かれている言葉です。

まるで黙示録めいた表現ではありますが、そう形容できるほど、『セメントの記憶』は残酷な現実と圧倒的な映像美によって構成されている作品です。

建設現場に鳴り響く轟音は、内戦を終えたベイルート、そしてシリア人労働者たちに、かつての内戦の記憶、戦場と化したシリアの町で繰り返される破壊の記憶を思い出させます。

そして現場で日常的に用いられているセメントもまた、空爆と、それがもたらす不条理な死の記憶を思い出させます。

シリア人労働者たちが暮らす地下世界はまさに地獄そのものであり、建設中のビル群は、ベイルートの復興の象徴から、まるで彼らのために建てられようとしている墓標へと姿を変えます

そして地下世界だけが、彼らの地獄ではありません。

本作において、現場に向かう労働者たちを乗せたゴンドラが昇っていく様子を上下逆に映し出すシーンがあります。

それは、彼らの行く先が昇ることで辿り着ける天空などではなく、降りることで辿り着ける地獄であることを示しています。

労働者にとって、地下世界も天空世界も、地獄でしかないのです。

ゴンドラに乗る労働者たちの顔は、皆同じです。悲しみの顔でも怒りの顔でもない、最早そんな感情など越えてしまった顔。

クルスーム監督は、彼らは皆寂しげな目をしていたと語りました

それは内戦という地獄、そして異国での過酷な労働という地獄によって「越えさせられて」しまった顔なのです

まとめ


(C)2017 Bidayyat for Audiovisual Arts, BASIS BERLIN Filmproduktion

「シリア内戦」「シリア難民」は、日本人の誰もが一度は聞いたことがある言葉です。

しかしながら、その中で、シリアでの現実を深く知る者は殆どいないでしょう。

シリアでは何が起こっているのか。そこから逃れた人々は、どうやって暮らしているのか。

その疑問に対する答えの断片が、本作には詰まっています。

祖国シリアから亡命したジアード・クルスーム監督だからこそ描くことができた、残酷と映像美による黙示録的ドキュメンタリー映画『セメントの記憶』

ぜひご鑑賞ください。

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