村上春樹の短編小説「納屋を焼く」を原作に、韓国の名匠イ・チャンドン監督が8年ぶりに撮った作品『バーニング 劇場版』。
小説の設定はそのままに物語を大胆にアレンジし、現代韓国社会に暮らす若者たちの閉塞感をミステリータッチに描いた注目の作品です。
第71回カンヌ国際映画祭で圧倒的な評価を受け、国際批評家連盟賞を受賞しました。
『バーニング劇場版』は、2019年2月1日(金)より、ヒューマントラストシネマ有楽町他にて全国ロードショーされます!
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CONTENTS
映画『バーニング劇場版』のあらすじ
大学の文芸創作学科を卒業し、運送会社のアルバイトをしているイ・ジョンスは、商店街で売り込みをしているコンパニオンの女性に呼びとめられます。
彼女は、子供の頃、近所に住んでいたシン・ヘミでした。整形をしたらしく、見違えるほど綺麗になっていました。
ヘミの休憩時間に煙草をふかしながら、二人は互いの近況を報告仕合いました。ジョンスがアルバイトをしながら小説家を目指していると言うと、ヘミは「かっこいい。作家、イ・ジョンス」と言って微笑みました。
夜も二人で飲みに行き、そこで、ヘミはみかんを剥いて食べるパントマイムを披露します。
「才能があるよ」とジョンスが言うと、ヘミは「才能は関係ない。そこにみかんがあると思い込むんじゃなくて、そこにみかんがないことを忘れればいいのよ」と言うのでした。
ヘミは唐突にアフリカに旅行に行くと言い出し、その間、猫に餌をやってほしいとジョンスに頼みます。
後日、ジョンスがヘミの家を訪ねると、猫の姿はありません。
想像上の猫に餌をやるのか?とジョンスはからかいますが、ヘミは、猫は知らない人がいると隠れてしまうのと言うのでした。
二人はキスして、服を脱ぎ、そのまま肉体関係を持ちました。
父が暴力事件を起こし、裁判沙汰になっているためジョンスは、実家に戻ることになりました。パジュ市のマヌリ。38度線を隔てて北朝鮮のすぐ隣りにある村です。
父は昔から怒り出すと止まらなくなる人で、そのせいで、母はジョンスたち兄弟をおいて16年前に家を出たきりです。
ジョンスは、ヘミの猫に餌をやるため、父のトラックを運転して彼女のアパートに通いました。
部屋に入ると、餌はなくなっており、トイレにも形跡が残っています。けれど、相変わらず猫は姿をみせません。
半月が過ぎた頃、ヘミから電話がかかってきました。
ナイロビ空港の近くでテロがあったので、空港に3日間も閉じ込められたのだとヘミは早口で話し、明日そっちに着くので迎えに来てほしいとだけ言うと電話は切れてしまいました。
翌日、ジョンスが空港に迎えに行くとヘミは一人の男性と一緒でした。ナイロビの空港で閉じ込められた時、韓国人は彼ら二人だけだったそうで、ヘミは彼を「戦友」と紹介しました。
男の名前はベン。三人で食事したあと、ベンは友人が届けてくれた高級車に乗りこみながら「送っていこうか?」とヘミに声をかけました。
ジョンスはなぜだか気後れして、「送ってもらえよ」とヘミに言い、ヘミも特に表情を変えることなく、ベンの車に乗り込みました。
次に二人に会った時、二人はすっかり恋人同士のように見えました。ベンは何をやっているのかよくわからないのに、高級車に乗り、高級マンションに住んていて、まるでギャッツビイのようだ、とジョンスはつぶやきます。
それからしばらくして、ジョンスが牛小屋を掃除していると、ヘミから電話がかかってきました。今、ベンの車でこちらに向かっているといいます。
ジョンスは二人を迎え、庭に机と椅子を並べ、酒を飲み、ベンが持ってきた大麻を吸いました。ヘミは立ち上がると服を脱いで、夕焼けに向かって踊り始めました。
疲れて眠ってしまったヘミをベッドに運ぶと、ふたたび、ジョンスとベンは庭に出ました。
ベンは2ヶ月に一度くらいのペースで他人のビニールハウスに火をつけていると話し始めました
「役立たずで汚れたビニールハウスは僕に焼かれるのを待っているような気がします」
それが犯罪であることを彼は自覚しているようでしたが、捕まる心配はないと言い切ります。韓国警察が関心を示すことはないでしょう、と。
「最近焼いたのはいつですか?」と尋ねると、ベンは「アフリカに行く前だから、2ヶ月ほど前かなぁ」と応えました。
「そろそろ新しいのを焼く時期です。実は今日はその下見にやってきたんです。ここからすぐ近くです」
しばらくしてヘミが目を覚まし、すっかり日が暮れた中、彼らは帰っていきました。
その日を境に、ジョンスはヘミと連絡が取れなくなってしまいます。ヘミは失踪してしまったのです…。
イ・チャンドン監督のプロフィール
1954年生まれ。1997年にハン・ソッキュを主演に迎えた長編映画『グリーンフィッシュ』で映画監督デビューを果たします。
1999年の『ペパーミント・キャンディー』、2002年の『オアシス』は大ヒットし、内外で高い評価を受けました。
『ペパーミント・キャンディー』の主演であるソル・ギョング、ムン・ソリは、いずれもオーディションで選ばれ、『オアシス』でも共演。ソル・ギョング、ムン・ソリともに今や韓国映画になくてはならない存在として人気を博しています。
そのことは、イ・チャンドン監督の役者を観る目の確かさを証明しており、『バーニング 劇場版』においても、ヘミ役に新人のチョン・ジョンソを抜擢しています。
その他の監督作品に『シークレット・サンシャイン』(2008)『ポエトリー アグネスの詩』(2010)があります。
近年は、『冬の小鳥』(2010/ウニー・ルコント監督)、『私の少女』(2014/チョン・ジュリ監督)、『フィッシュマンの涙』(2015/クォン・オグァン監督)、『わたしたち』(2016/ユン・ガウン監督)などの作品に制作、製作総指揮として関わり、若い監督にチャンスを与えています。
『バーニング 劇場版』は、約8年ぶりの監督作品となります。
ユ・アイン(イ・ジョンス役)のプロフィール
1986年10月6日生まれ。
2006年『俺たちの明日』(ノ・ドンソク監督)で映画デビューを果たし、2007年 第8回釜山映画評論家協会 新人男優賞を受賞しました。
チュ・ジフン、キム・ジェウクとともに主役に抜擢された『アンティーク 西洋骨董洋菓子店』(2008/ミン・ギュドン監督)、テレビドラマ『トキメキ☆成均館スキャンダル』などで絶大な人気を獲得。
キム・ユンソクと共演した『ワンドゥギ』(2011/イ・ハン監督)、病気の母を支えるため奮闘する若者を演じた『カンチョリ オカンがくれた明日』(2013/アン・グォンテ監督)などで、現代を生きる若者を好演しました。
『ベテラン』(2015/リュ・スンワン監督)では初の悪役を務め、『王の運命(さだめ)―歴史を変えた八日間―』(2015/イ・ジュニク監督)の演技で青龍映画賞の主演男優賞を受賞。
アイドル的なイケメン俳優から演技力もある若手俳優へと成長を遂げます。本作『バーニング 劇場版』ではさらなる高みへと進化し、人気と実力を兼ね備えた若手俳優として高い評価を受けています。
映画『バーニング 劇場版』の感想と評価
村上春樹の短編「納屋を焼く」との相違と類似
本作は村上春樹の短編「納屋を焼く」が原作となっていますが、大胆な改変が行われています。
村上春樹の「納屋を焼く」の主人公は作家として成功している中年男性ですが、映画は、大学を出たけれど、就職はしておらず、アルバイトをしながら作家になるのを夢見ているイ・ジョンスという20代の青年に置き換えられています。
女性キャラクターもジョンスと同級の幼馴染の女性、ヘミとなっていて、彼女がパントマイムをするのは、原作通りですが、猫を飼っているという設定は映画独自のものです。
彼女と親密になる “納屋を焼く”男(映画ではビニールハウスを焼く男)は、原作のイメージに近く、洗練されたハイソサエティの男性です。ジョンスが彼=ベンのことをギャッツビィと称するのも原作通りです。
イ・チャンドン監督は、このように小説のプロット、ニュアンスを取り入れながら、イメージを膨らませ、現代の韓国に暮らす若者たちの不合理な世界を描き出そうとします。
原作では失踪した女性は、失踪したという事実が述べられるだけですが、主人公のジョンスは、彼女の行方を追わずにはいられません。
映画は様々なメタファーを散りばめながら、彼ら、彼女たちの不安定な感情、喜びや怒りや悲しみを、捉えていきます。
ウイリアム・フォークナーの短編「納屋は燃える」との関連性
原作では主人公がフォークナーの短編集を読んでいますが、映画では、ジョンスの好きな作家として言及され、それを受けて、ベンが短編集を読んでいる場面が出てきます。
フォークナーの短編に「納屋は燃える」という作品があるのですが、『バーニング 劇場版』に流れている感情としては、こちらの方により近いものがあるのではないでしょうか。
この短編に描かれているのは、激しい怒りや暴力であり、幼い者のピュアな願いや、弱い立場の人間の限りない非力さであったりします。
「納屋は燃える」の父親は気に入らぬことがあれば雇い主の納屋を焼き、嘘をついて言い逃れ、別の働き場所を探して移動するということを繰り返している男です。
幼い息子は父のすることに心を痛め、いつか何かがこのことを止めてくれるのではないかと希望を抱いているのですが、父親は暴力行為をやめません。
父親は自分の罪を言い逃れるために上に訴え出ては、審判を受けています。
『バーニング』でも、ジョンスの父親は怒りを抑えられない暴力的な人物として言及され、画面では、法廷シーンにのみ登場します。
映画も根底には激しい怒りが溢れていて、この短編同様、様々な感情が渦巻いてるといえます。
格差社会、崩壊した家庭、若者の就職難、先が読めないことへの焦燥感といった感情は、韓国のみならず、今を生きる若者の多くの現状を捉えている問題として読み取ることができます。
『ゴーン・ガール』の真実
彼女は何処に言ったのか?何処かで生きているのか、それとも…。
本作は一種の“ゴーン・ガール”ものといっても良いかもしれません。
物語はミステリータッチに進行し、原作を読んだ誰もが一度は考えただろう疑惑に分け入っていきます。
失踪したり、亡くなった人物の、誰もが知らなかった意外な一面が浮上してくるというパターンはしばしば見られるものですが、『バーニング』におけるヘミも同様です。
まず、彼女が家族にも縁を切られたとても孤独な女性であることがわかってきます。
さらに、彼女が子どものころに落ちた井戸がそもそもあったのかどうかが、一つの(大げさにいえば)争点になってきます。
それはジョンスにとっても、物語の構想においても重要なキーポイントです。その結果が、以後の彼の行動を決定づけたといっても過言ではないでしょう。
二人が再会した日に、居酒屋で飲んで、互いにいたずらっこのように見つめ合ったあの無邪気な表情が、物語の後半になって、思い出されてなりませんでした。
映画を見終えた時、少なからず動揺し、映画に流れていた様々な感情に囚われてしまう、そんな忘れられない作品というのがありますが、『バーニング 劇場版』はまさしくそういう作品です。
イ・チャンドン監督は、登場人物の悲しみと怒りを、青みがかったクールな風景の中に刻み込みます。
大空を行く鳥や、南山タワー、対南放送などと共に、観るものの心に一生刻みつけるかのように。
まとめ
かねてから、イ・チャンドン監督作品への出演を熱望していたユ・アインは、表面的には穏やかそうに見えるが、内に様々な感情を秘めた主人公イ・ジョンスを見事に表現しています。
洗練された裕福な男ベンを演じているのは、アメリカのテレビドラマ『ウオーキング・デッド』(2010~2017)のグレン役で知られるスティーブン・ユアンです。
シン・ヘミに抜擢されたのは、新人チョン・ジョンソ。イ・チャンドン作品でデビューという幸運なスタートとなりました。
撮影は『スノーピアサー』(2013/ポン・ジュノ監督)、『哭声 コクソン』(2016/ナ・ホンジン)などの数々の名作で知られるホン・ギョンピョ。自然光を重視した撮影を心がけたと語っています。
モグ(MOWG)による独特のリズムの音楽が素晴らしく、またベンのカーラジオから流れ出す、マイルス・デイヴィスの「Generique(死刑台のエレベーターのテーマ)」が、ヘミのダンスと相まって、強い印象を残します。
『バーニング 劇場版』は、2019年2月1日(金)より、ヒューマントラストシネマ有楽町他で全国ロードショーされます!
また、2018年12月29日(土)夜10時より、NHK総合テレビで95分(劇場版は148分)のバーニング短縮版が放映されます。ジョンスの声を柄本時生が担当するなど、日本語吹替版となっています。
こちらも是非チェックしてみてください。
次回のコリアンムービーおすすめ指南は…
2019年も韓国映画の話題作をじゃんじゃん取り上げていく予定です。
お楽しみに!