こんにちは、映画ライターの金田まこちゃです。
このコラムでは、毎回サスペンス映画を1本取り上げて、作品の面白さや手法について考察していきます。
今回ピックアップする作品は、『へレディタリー/継承』です。
本作は「かなり怖い」と話題になってるホラー映画。
ただこの映画の恐怖は「何が怖い」と説明する事が難しく、作品中盤まで、何かが「起きていると言えば起きている」程度の展開なのですが、観賞中に異様な不安や恐怖を感じます。
ひとついえる事は、この恐怖は怪物や幽霊に襲われたり、殺人鬼に追いかけられたりする視覚的な恐怖ではなく、心理的な恐怖感を観客に伝える作品であるという事です。
その手法は、まさにサスペンス。という事で、今回はホラー映画『へレディタリー/継承』について、詳細に解説していきます。
CONTENTS
映画『ヘレディタリー/継承』のあらすじ
グラハム家の長女アニーは、夫のスティーブ、高校生で息子のピーター、娘のチャーリーに、母のエレンと暮らしてしました。
ある日、エレンが死去、アニーは家族の力を借りながら葬儀を執り行いました。
アニーは母親を失った事に喪失感を抱きますが、特にエレンの溺愛を受けていたチャーリーは、祖母の死を深く悲しんでいました。
しかし、エレンが死去して以降、アニーは母親の姿を見たり、奇妙な光が部屋中を走り回るなどの、奇怪な現象が発生。
それらの現象は、アニー達家族を襲う、ある悲劇を予兆しているようであり、その悲劇以降、家族の間に亀裂が生じるようになります。
そして、エレンが隠していた秘密をアニーが知った時、もはや逃れられない、恐怖の「継承」が始まりますが…。
サスペンスの仕掛け①「チャーリーの存在」
本作でストーリー展開の主軸になるのは、グラハム家に起きる奇怪な現象とその原因です。
アニーは、ミニチュア作家として活動しており、その夫のスティーブは、アニーの活動を陰ながら支えようとしています。
父親であるスティーブと息子のピーターの関係は良好のように見え、アニーも、大好きな祖母を失った娘のチャーリーを勇気づけています。
表面上は穏やかな家族のように感じるグラハム家に、不吉な影を落とす存在がいます。
それが祖母の溺愛を受けて育ったチャーリーです。
人付き合いが苦手な性格という事ですが、その表情や言動は人付き合いが苦手を通り越して、もはや人を不愉快にする領域に達しています。
特に、チャーリーの癖とも言える、舌を上顎に弾かせて鳴らす「コッ」という音、これがかなり不快です。
このチャーリーを、他の家族がどこか避けるように接しているという印象を受けます。
特に、親に嘘をついてパーティーに参加しようとしいるピーターに、アニーがチャーリーも連れて行かせようとしている場面では、アニーがまるで、厄介者をピーターに押し付けようとしているように見えます。
この場面でのアニーが、これまでと比べ、やたら高圧的な態度を取る為、さらに印象に残る場面となっており、実は「何か」が起きるキッカケとなる、重要な場面でもあります。
穏やかな家族の中で、何か異質な雰囲気を感じるチャーリーという存在が、観客に「何か不安」という印象を与えています。
そして、この「何か不安」という感覚は、クライマックスまで溜まり続ける事になります。
サスペンスの仕掛け②「エレンとアニーの関係」
本作では、アニーが抱える、母親のエレンへのトラウマも重要な要素となっています。
エレンの葬儀での、アニーの挨拶、心理セラピーを受けている際に、アニーが語る家族との思い出、そして何故チャーリーのみがエレンの溺愛を受けたか?などから、エレンが異常な人物であった事が分かります。
エピソードの内容や、アニーがエレンを語る時の何気ない言葉使いなど、全てが伏線になっています。
そして、アニーは夜中に屋敷内を徘徊する夢遊病を患っており「アニーを信じて良いのか?」と、観客はさらに不安を感じるようになります。
サスペンスの仕掛け③「逃げられない家族という共同体の恐怖」
チャーリーの存在と、エレンとアニーの関係性から、観客は本作に何とも言えない不安を感じ続けますが、いよいよクライマックスで、畳みかけるような恐怖の連続が始まります。
ここからは本作のネタバレを含みながら考察していきます。
本作で描かれ続けていたのは、悪魔降臨の儀式です。
エレンは悪魔崇拝者で、過去には自分の家族を使い、儀式を成し遂げようとして家族が崩壊した事を、アニーは心理セラピーで語っています。
また、全てを思い通りにしようとするエレンにより、アニーは無意識に悪魔を崇拝する思想を植え付けらえていたという事が、アニーがエレンを語る際の言葉使いの隅々に感じます。
本作では、屋敷内の壁を通り抜けて撮影しているような映像や、ピーターの部屋がミニチュアのようになっていたり、ピーターとスティーブが食事する場面を、かなり遠くから撮影していたりと、不思議な構図が多いのですが、これはエレンの亡霊目線なのかもしれません。
エレンは死後も亡霊となり、アニー達の家族をコントロールし、悪魔降臨の儀式を成功させる為に導いていたのでしょう。
チャーリーという存在が、何故か不快に感じるのも、儀式の一部だった事が分かります。
「へレディタリー」という言葉には、「先祖代々の」という意味や「世襲の(親譲りの)」という意味があります。
アニー達の家族が崩壊し、恐怖を味わう事になったのは、先祖代々からの血筋が関係していますが、それは絶対に、自分で選択できる事ではありません。
家族という共同体と先祖からの連続性、いくら世間的に間違った思想を持っていても「それらからは絶対に逃げられない」という恐怖を描いた作品です。
まとめ
本作が描いている悪魔崇拝の話を、もし前面に押し出した作品であれば、おそらくここまで話題にならなかったでしょう。
目的を語らず、ただ起きている事実のみを描いている為、観客は内容が掴めず「何を観ているのか?」と不安になります。
そして、観客が全体を把握した時には、儀式は完了しており、もう止める事の出来ない状況を見せられ続ける為、ラストに向けて絶望しか感じない展開となります。
構成が見事としか言えませんが、過去にも見事な構成で話題になった作品があります。
日本では2001年に公開された映画『メメント』です。
参考映像:クリストファー・ノーラン監督『メメント』(2001)
クリストファー・ノーラン監督の出世作とも呼ばれる本作は、記憶を10分しか持てない男の復讐劇を描いています。
記憶喪失を疑似体験させるような構成が特徴で、時間軸が逆行しながら展開していきます。
『メメント』のストーリー自体は、平凡なストーリーなので、見せ方で勝負した辺りに『ヘレディタリー/継承』との共通点を感じます。
本作で監督と脚本を担当したアリ・アスターは、長編デビュー作で「現代ホラーの頂点」とも呼ばれる作品を世に出した、恐ろしい監督です。
次回作もホラー作品で『ヘレディタリー/継承』と同じ製作会社の「A24」と準備中のようです。
次は何が飛び出すか楽しみに待ちましょう。
次回のサスペンスの神様の鼓動は…
2019年1月7日に公開の映画『迫り来る嵐』を考察していきます。