こんにちは、映画ライターの金田まこちゃです。
このコラムでは、毎回サスペンス映画を1本取り上げて、作品の面白さや手法について考察していきます。
今回ピックアップする作品は、極限の状況下で、一緒に暮らす事になった、2組の家族が直面する恐怖を描いた作品『イット・カムズ・アット・ナイト』です。
主演と製作総指揮を務めたジョエル・エドガートンは、2015年に初の長編監督作となったスリラー『ザ・ギフト』が、全米で4週連続トップ10入りとなるヒットを記録しています。
ジョエル・エドガートンは、『ザ・ギフト』では脚本も担当しています。
監督は、2016年に長編デビュー作『Krisha』で、アメリカン・インディペンデント・フィルム・アワードの5冠に輝いた他、数々の映画祭で賞を獲得した、注目の新鋭トレイ・エドワード・シュルツ。
2012年の設立以降、話題作を連発し最注目の映画会社とも言われる「A24」と、新感覚のホラー映画と話題になった『イット・フォローズ』の製作陣が放つ、全米でも批評家から高い評価を受けた本作を、サスペンス的な面白さからご紹介します。
CONTENTS
映画『イット・カムズ・アット・ナイト』のあらすじ
人類が危機的な状況に追い込まれた正体不明の感染から、家族を守る為に、山小屋で生活しているポール。
ポールは、妻のサラと息子のトラヴァイスに、生き残る為の、厳格なルールを守らせながら生活をしていました。
ある夜、ポールの家族がの住む山小屋に、1人の侵入者が現れます。
ウィルと名乗るその男は、ポールの家族が住んでいる事を知らずに侵入してきたと主張しますが、不審に感じたポールの手により、外の樹木に縛り付けられます。
しかし、ウィルは自分には家族がいて、家族と一緒に住んでいる住居には、食料と水がある事をポールに伝えます。
ウィルの持つ水と食料を交換条件に、ポールはウィルの家族を、自宅に招き入れる事にします。
ポールの決めた厳格なルールを守りながら、共同生活を送る2組の家族。
力を合わせて仲良く暮らしていた2組ですが、ウィルの息子アンドリューが、ポールのルールを破り、感染した可能性が出てきます。
しばらくは、別々の部屋で暮らすようになった2組の家族ですが、亀裂から生じた溝が深まっていき、ある悲劇が起こります。
サスペンスの仕掛け①「何が起きているのか分からない世界」
本作では、ポールと、その家族の視点で物語が展開します。
観客も、ポール達の視点でしか情報が与えられない為、世界中で危機的な「何か」が発生している事以外は全く分かりません。
世界中で起きていると思われる「何か」に関して、断片的な情報は与えられます。
本作の冒頭で、ポールの義父であるバドが感染し、ポールはバドを銃殺、その死体を燃やします。
また、ポールは夜の外出を禁止し、山小屋の奥にある「赤い扉」を夜は必ず閉じる事を義務付けます。
ポールが人間を、やたら警戒する事にも意味があるのでしょう。
このように、観客に与えられる情報は断片的で、全てにおいて不快に感じ「何か嫌な感じがする」情報ばかりとなっています。
確実に世界がおかしくなっており、おそらくポールも、何が起きているかは把握できていないでしょう。
例えば、ゾンビ映画のように「世界中をゾンビが徘徊しており、ゾンビに襲われた者もゾンビになる」という、ルールが明確な世界”ならでは”の恐怖もありますが、『イット・カムズ・アット・ナイト』は、起きている状況も、生き残る為の明確なルールも分からない恐怖が、作品全体から漂っています。
サスペンスをの仕掛け②「2組の家族に巻き起こる疑心暗鬼」
ポールはウィルの家族と、生き残る為に、共同生活を始めますが、異常な感覚となった世界では、この共同生活さえも恐怖に変わります。
本作では、ポールとポールの家族視点のみで、物語が展開します。
よって、ウィルとその家族が何者なのかの説明もされません。
ウィルは、何かを企んでいるかもしれないし、何かを隠しているかもしれない。
それに加えて、2組の家族が共同生活を送る危うさがあります。
ポールの家族が、これまで生き残れたのは、ポールが決めた厳格なルールを守ってきたからです。
ルールが問題無く守られてきたのは、ポールを長とする、家族という仕組みが上手に機能していたからです。
そこへ、はっきりとした素性が不明のウィルの家族が加わる事で、これまで守られてきた、命を守るべきルールが破られる可能性があります。
また、ウィルも妻と息子を持つ家族の長、非常事態に優先するのは家族の命でしょう。
それはポールも同じ事です。
前述したように、『イット・カムズ・アット・ナイト』では、全体が把握できない、異常な世界が舞台となっており、人々は不安定な心理状況となっています。
サスペンスをの仕掛け③「トラヴィスの好奇心」
本作の鍵を握る人物として、ポールの息子である、トラヴィスの存在が挙げられます。
17歳のトラヴィスにとって、山小屋で暮らす家族の存在が世界であり、父親であるポールこそが、絶対的な規律となっていました。
そこへ、ウィルの家族との共同生活が始まり、これまで父と母のみだったトラヴィスの世界が一気に広がります。
特に、ウィルの妻であるキムの存在は、自分の生活に若い女性が加わった事で、トラヴィスには大きな変化となり、このトラヴィスが経験した「世界の変化」による、未熟ゆえの好奇心が、物語を大きく動かす事となります。
このトラヴィスの存在が『イット・カムズ・アット・ナイト』という作品を、他の密室を舞台にしたサスペンス映画とは、違う印象を与えています。
映画『イット・カムズ・アット・ナイト』のまとめ
映画『イット・カムズ・アット・ナイト』で描かれているのは、2組の家族の交流と、それによる、17歳の少年が経験する心の変化です。
これまで、父親のポールが決めたルールのみで生きてきたトラヴィスが、年齢の近いウィル夫妻と触れ合い、年下のアンドリューと出会った事で、自身の社会的立ち位置が変化し、自我に目覚めるという、つまり「もう自分は、子供じゃない」という意識が生まれるのです。
そして、ポールのルールを少しづつ破り始めるという、反抗期を迎えますが、これは誰もが経験する事です。
ですが、本作の異常な事態が起きている世界では、生き残る事が優先され、17歳の不安定さは非情に危険な要素となります。
誰もが経験する心理の変化を、異常な世界で見せる事により、その制御不能さから、観客の不安や恐怖を生み出す本作は、実に見事な手法です。
本作で主演を務めた、ジョエル・エドガートは、本作の監督である、トレイ・エドワード・シュルツの前作『KRISHA』を観て、人間の心理をえぐりだす描写に惚れ込み、自ら本作の製作総指揮に名乗りを上げたそうです。
目に見えない恐怖に疲弊していく人間の脆さと、それに伴う狂気。
そして、世界に巻き起こる「何か」の正体とは?
次回のサスペンスの神様の鼓動は…
2018年12月22日に公開される、『シシリアン・ゴースト・ストーリー』をご紹介していきます。お楽しみに!