Cinemarche

映画感想レビュー&考察サイト

連載コラム

Entry 2023/11/02
Update

イラン映画『マリア』あらすじ感想と評価解説。“アジアの未来/作品賞”受賞作は突如失踪した女性の謎に迫るオススメ本格ミステリー|TIFF東京国際映画祭2023-10

  • Writer :
  • 松平光冬

映画『マリア』は第36回東京国際映画祭・アジアの未来部門で作品賞受賞!

イランで著名な映画教師であるメヘディ・アスガリ・アズガディが、弱冠28歳で監督デビューを果たした『マリア』が、第36回東京国際映画祭アジアの未来部門に出品され、見事作品賞を受賞しました。

失踪した1人の女優の謎を追う映画監督が、事の真相に到達するまでをミステリー・タッチで描いた、緊迫のイラン作品をレビューします。

【連載コラム】『TIFF東京国際映画祭2023』記事一覧はこちら

映画『マリア』の作品情報

【日本公開】
2023年(イラン映画)

【原題】
Maria

【監督・脚本】
メヘディ・アスガリ・アズガディ

【製作】
アリ・ラドニ

【撮影】
ダウード・マレクホセイニ

【編集】
エルナズ・エバドラヒ

【音楽】
ハメド・サベット

【キャスト】
カミャブ・ゲランマイェー、パンテア・パナヒハ、サベル・アバール、マーシド・コダディ

【作品概要】
イラン・テヘランで映画学校Clapp Film Schoolを運営しているメヘディ・アスガリ・アズガディが、28歳で手がけた監督デビュー作で、主演のカミャブ・ゲランマイェーも、これが俳優デビューとなりました。

ゲランマイェー演じる映画監督が、イラン社会と映画界の間で板挟みとなった女性の失踪の謎を追う顛末をミステリー・タッチで描きます。

本作は第36回東京国際映画祭アジアの未来部門において、作品賞を受賞しました。

映画『マリア』のあらすじ

イランで映画監督をしているファルハドは、女優のパリサと結婚式を挙げる当日、改修中の陸橋から落ちてきた女性を撥ねてしまいます。

女性は意識不明のまま病院に担ぎ込まれ、事件性はないとして解放されたファルハドでしたが、彼女が2年前、彼の映画に出演を希望していたマリアと知り驚きます。

娼婦役を演じたリハーサル映像がネットに流出したことが原因で、皆の前から失踪してしまったマリアは、なぜ今まで行方をくらませていたのか?

事故で壊れた車の修理補償の件で、マリアの家族を訪ねたファルハドやパリサ、そしてパリサの母ゾーレでしたが……。

映画『マリア』の感想と評価

「そんなこと」で虐げられる女性

ネット社会における映像の流出がもたらす悲劇は、近年の映画でもよく題材として取り上げられます。

アスガー・ファルハディ監督作『英雄の証明』(2021)では、SNS動画の拡散で人生を狂わされていく男の姿を通したイランの実情が描かれていましたが、本作『マリア』も同じくイランを舞台としたミステリーです。

映画監督のファルハドは、陸橋から落ちてきた女性を撥ねて重傷を負わせてしまいますが、実はその女性は面識のあったマリアでした。

女優志望だったマリアは、かつてファルハドの映画で娼婦役を演じようとリハーサルに臨むも、その映像がネットに流出したことで本物の娼婦と誤解され、誹謗中傷の的とされた挙句に行方不明となっていたのです。

女性の権利が著しく低く、髪や肌を覆うヒジャブを公の場で外すという、まさに「そんなこと」で刑罰を加えられる恐れのあるイスラム国家においては、悪い噂が立つだけでも私刑により命を奪われかねません。特にマリアは、バローチと呼ばれるイラン民族の中でも保守的な民族の出身ということで、事態をより深刻なものになっていくのです。

因みにマリアは本作の監督メヘディ・アスガリ・アズガディの知人女性がモデルとなっていて、やはり娼婦を演じることを家族から猛反対され、女優の夢を諦めたのだとか。

流出画像を見た者の誤解で人生を狂わされてしまう、――たかが「そんなこと」でと思うかもしれませんが、これは世界で起こり得る悲劇

今回の東京国際映画祭に同じく出品された『タタミ』の共同監督兼女優のザル・アミールは、出演テレビドラマの映像が誤解を招いてリベンジポルノの被害者となってしまい、2008年に母国イランから亡命しています。

ヒッチコックテイストで進むミステリー

なぜマリアは改修中の陸橋に上っていたのか?なぜマリアではなく、別の名前を名乗っていたのか?そもそも、今までなぜ行方をくらましていたのか?

あらゆる疑念を持ったまま、マリアが暮らしていた祖父の家を訪ねたファルハドでしたが、その祖父の挙動にも腑に落ちないものを感じ、さらにそれは深まっていくばかり。

さらに婚約者のパリサも、ファルハドの監督作で自分が演じた娼婦役は、元々はマリアが務めるはずだったと知り、彼に疑念を抱きます。

そもそも結婚式の当日に、1人でどこへ行こうとしたのか?マリアを車で轢いてしまったのは偶然だったのか?もしかしたらマリアと待ち合わせをしていたのではないか?

疑念が疑念を呼ぶ、まさにミステリー映画の雛形のような作劇で、これがデビュー作とは思えないほどの手腕を発揮しているアズガディ監督。

もっとも、劇中に『裏窓』(1954)のポスターが貼られていたり、失踪女性の謎を解くというストーリーが『めまい』(1958)を想起させることからアルフレッド・ヒッチコックへのオマージュも感じましたが、映画祭の公式上映後のQ&Aで、アズガディ監督の好きな映画に『めまい』が挙がったそう(監督本人は徴兵令の関係で来日不可)。

ほかにも、『シャイニング』(1980)やフランソワ・トリュフォー作品に似た構図も見受けられるなど、地元イランで映画学校を開いているというだけあって、映画への造詣が深いようです。

『めまい』(1958)

まとめ

誤解や偏見がもたらす「そんなこと」は、あってはならないことですが、元をたどれば、それらを生む権威に歪みがあるといえます。

ただ、そうした歪みを糧に表現者は訴求力がある作品を生むもの。幾度となく拘束・収監されようと、変わることなく権威に噛みつく映画を撮り続けるジャファール・パナヒのように、もはやイランは骨太なフィルムメーカーを輩出する土壌となっています。

マリア、ファルハドを取り巻く疑念に隠された意外な真実とは? あえてここでは結末を明かさないでおきましょう。

というのも本作『マリア』は、東京国際映画祭アジアの未来部門において見事に作品賞を受賞したため、日本での一般公開が期待されるからです。

【連載コラム】『TIFF東京国際映画祭2023』記事一覧はこちら




関連記事

連載コラム

『私をくいとめて』のんと大九明子監督が歓喜。東京国際映画祭にて観客賞を受賞|TIFF2020リポート5

第33回東京国際映画祭は2020年10月31日(土)~11月9日(月)開催。 2020年10月31日(土)に開幕したアジア最大級の映画祭・第33回東京国際映画祭が、11月9日(月)に閉幕を迎えました。 …

連載コラム

映画『83歳のやさしいスパイ』あらすじ感想とレビュー解説。養護施設に潜入した老スパイが見た高齢化社会の現実とは|だからドキュメンタリー映画は面白い60

連載コラム『だからドキュメンタリー映画は面白い』第60回 今回取り上げるのは、2021年7月9日(金)よりシネスイッチ銀座全国順次公開の『83歳のやさしいスパイ』。 83歳の素人スパイが、入居者への虐 …

連載コラム

映画『消えない罪』ネタバレ感想とあらすじ結末の評価解説。サンドラ・ブロックが演じる罪を背負い生き抜く姿とは|Netflix映画おすすめ78

連載コラム「シネマダイバー推薦のNetflix映画おすすめ」第78回 2021年11月26日(金)に劇場公開を迎え、2021年12月10日(金)にNetflixで配信された映画『消えない罪』。ノラ・フ …

連載コラム

映画『355』感想解説と評価レビュー。強い女性のスパイアクションをジェシカ・チャステインらドリームチームで描き出す|映画という星空を知るひとよ88

連載コラム『映画という星空を知るひとよ』第88回 2022年2月4日(金)よりTOHOシネマズ日比谷ほか全国ロードショーされる映画『355』。 『X-MEN:ダーク・フェニックス』のサイモン・キンバー …

連載コラム

映画『VS狂犬』感想と考察評価レビュー。シッチェス映画祭2020ファンタスティックセレクションからウイルスによって凶暴化した介護犬と戦う少女|SF恐怖映画という名の観覧車126

連載コラム「SF恐怖映画という名の観覧車」profile126 サバイバルにおいて生死の境を分けるのは知識の有無であると言われています。 しかし、時に知識の力を遥かに凌駕するのは本人の「生きる意志」。 …

【坂井真紀インタビュー】ドラマ『家族だから愛したんじゃなくて、愛したのが家族だった』女優という役の“描かれない部分”を想像し“元気”を届ける仕事
【川添野愛インタビュー】映画『忌怪島/きかいじま』
【光石研インタビュー】映画『逃げきれた夢』
映画『ベイビーわるきゅーれ2ベイビー』伊澤彩織インタビュー
映画『Sin Clock』窪塚洋介×牧賢治監督インタビュー
映画『レッドシューズ』朝比奈彩インタビュー
映画『あつい胸さわぎ』吉田美月喜インタビュー
映画『ONE PIECE FILM RED』谷口悟朗監督インタビュー
『シン・仮面ライダー』コラム / 仮面の男の名はシン
【連載コラム】光の国からシンは来る?
【連載コラム】NETFLIXおすすめ作品特集
【連載コラム】U-NEXT B級映画 ザ・虎の穴
星野しげみ『映画という星空を知るひとよ』
編集長、河合のび。
映画『ベイビーわるきゅーれ』髙石あかりインタビュー
【草彅剛×水川あさみインタビュー】映画『ミッドナイトスワン』服部樹咲演じる一果を巡るふたりの“母”の対決
永瀬正敏×水原希子インタビュー|映画『Malu夢路』現在と過去日本とマレーシアなど境界が曖昧な世界へ身を委ねる
【イッセー尾形インタビュー】映画『漫画誕生』役者として“言葉にはできないモノ”を見せる
【広末涼子インタビュー】映画『太陽の家』母親役を通して得た“理想の家族”とは
【柄本明インタビュー】映画『ある船頭の話』百戦錬磨の役者が語る“宿命”と撮影現場の魅力
日本映画大学