連載コラム「映画と美流百科」第11回
今回は2018年11月23日(金・祝)から、TOHOシネマズ シャンテほかにて公開の『エリック・クラプトン~12小節の人生~』をご紹介します。
監督はアカデミー賞作品『ドライビング Miss デイジー』(1989)などの製作を手がけた、リリ・フィニー・ザナックが努めています。
“ギターの神様”とも称されるエリック・クラプトンの音楽や人生に迫った、これまでにないドキュメンタリー映画です。
映画『エリック・クラプトン~12小節の人生~』のあらすじ
伝説のギタリスト、シンガーソングライターとして、世界中の人々にその名を知られるエリック・クラプトンの激動の人生を追ったミュージック・ドキュメンタリー。
クラプトンはヤードバーズ、クリームなどのバンドを経て、ソロ活動に移行してからも常に脚光を浴びてきましたが、その名声の裏にあった苦悩と葛藤の日々とは?
出生の秘密、母親に拒絶された少年時代、数々のバンド遍歴、親友ジョージ・ハリスンの妻との許されざる恋、友の死、ドラッグとアルコールに溺れた日々、空白の3年間、依存症の克服、人生を取り戻そうとした矢先の息子の死、更正施設クロスロード・センターの設立、新たな家族との日々など…。
ミュージシャン仲間たちとの貴重なアーカイブ映像、家族や関係者たちのインタビュー、手書きの手紙やデッサン、幼少期の写真や8ミリフィルムなどとともに、クラプトン自身のナレーションによって赤裸々に語られる、音楽と愛と魂の軌跡です。
出生の秘密とブルース・ギターとの出会い
エリック・クラプトンは、1945年3月30日にイギリスのサリー州リプリーに生まれました。
クラプトンの母親は16歳の時に彼を出産し、カナダ人飛行士だった父親とカナダへ移住してしまったため、残された彼は祖父母に育てられました。
祖父母を両親、母親を姉だと思って育ったクラプトンは、7歳になるまでその真実を知らなかったといいます。
9歳の時に母親が新しい家族を連れて帰国しますが、クラプトンは母親から拒絶され、この経験は彼のトラウマとなり後の人生に大きな影を落とします。
不信感や怒り、寂しさ、拒絶など、その複雑な感情を和らげるために、クラプトンが逃げ込んだのが、ラジオ番組で紹介されていたブルース・ギターの世界でした。
独学で習得したギターの腕前は、後にジェフ・ベック、ジミー・ペイジとともに“世界三大ギタリスト”と称され、クラプトンは速弾きの名手として名を馳せることになります。
音楽活動の遍歴
クラプトンは現在ソロとして活動していますが、当初はバンドに所属しており、片手では足りない程のバンドを渡り歩きました。
1963年1月~8月に初めて参加したバンドはルースターズ。その後ケイシー・ジョーンズ・アンド・ジ・エンジニアズを経て、同年秋にヤードバーズに加入しプロとしてのキャリアをスタートさせます。
ヤードバーズはリズム・アンド・ブルースのバンドでしたが、ポップスに傾いていく方向性に納得できず、クラプトンは脱退します。
お金や名声よりも、純粋にブルースを追求しようとし、音楽性を優先させるクラプトンの姿勢がうかがえる出来事です。
参考楽曲:『ハイダウェイ』ジョン・メイオール・ブルースブレイカーズ
1965年にブルースのみを演奏する、ジョン・メイオール・ブルースブレイカーズに加入。
“ギターの神様”と呼ばれたのはこの頃で、「Clapton is God(クラプトンは神)」という落書きが街中に見られました。
参考楽曲:『クロスロード』クリーム
バンドの環境を窮屈に感じたクラプトンは、1966年に伝説的なバンドとなるクリームを結成。即興中心のジャムセッションで実験的な音楽を追求しますが、人間関係の悪化により解散。
その後は、ブラインド・フェイス、デレク・アンド・ザ・ドミノスなどを経て、ソロ活動をスタートしました。
本作ではギターテクニックだけでなく、整ったルックスの若かりし頃のクラプトンを観ることができます。当時の衣装にも注目してみてください。
人生の苦悩と悲哀
参考映像:『スタンディング・アット・クロス・ロード』
クラプトンに関しては、これまでにいくつもの映像作品が作られてきました。
2005年に発売された『スタンディング・アット・クロス・ロード』もミュージック・ドキュメンタリーですが、本作との大きな違いはクラプトンの音楽活動のみに焦点を当てているという点です。
本作の場合は、クラプトンの音楽にも迫りますが、それ以上に彼自身の人生を真正面から鋭くえぐっています。
監督のリリ・フィニー・ザナックとクラプトンは25年来の友人で、深い信頼関係が築けていたからこそ、驚くほど率直な内容になったと言えます。
そんな監督が心がけたのが「彼をよく知っている」という前提に立たないようにすることでした。
参考楽曲:『いとしのレイラ』エリック・クラプトン
親友ジョージ・ハリスンの妻パティ・ボイドとの許されざる恋が『いとしのレイラ』を生み、人生のどん底だった自分を前向きに変えさせてくれた愛息コニーの死に『ティアーズ・イン・ヘヴン』が捧げられました。
これらは、洋楽好きなら誰もが知っているエピソードですが、他では見られないほどの取材力で真実に肉薄します。
例えば、パティ・ボイド本人がインタビューに登場したり、当時クラプトンから送られた手書きの手紙が紹介されたり。
亡くなった息子コニーが幼い文字で書いた手紙には胸が締めつけられ、それを今でも大切に保管しているクラプトンを想うと涙を禁じえません。
また、ナレーションはクラプトン自らが行っています。その時の心情を率直に語り、赤裸々な人生を浮き彫りにさせています。
「今まで話題にしてこなかったテーマや、忘れてしまっていた話題を話すことは、クラプトンにとって深いカタルシスを感じるひと時だったはずだ」と監督は語っています。
参考楽曲:『ティアーズ・イン・ヘヴン』エリック・クラプトン
まとめ
グラミー賞を18回受賞、ロックの殿堂入りを3回、2015年にはブルースの殿堂入りを果たすなど、世界的に活躍し音楽界を牽引し続けるエリック・クラプトン。
有名すぎて誰もが彼のことを知ったつもりでいますが、本作を観ると想像以上の人生の壮絶さに言葉を失います。
筆舌に尽くしがたい経験の数々ですが、クラプトンはその苦しみや痛み、葛藤、哀感のすべてを音楽へと昇華させています。
本作のタイトル『エリック・クラプトン~12小節の人生~』にある「12小節」とは、ブルースの基本単位です。
ブルースに魅了され追求し、ブルースそのもののような人生を歩んできた、クラプトンにふさわしいタイトルではないでしょうか。
クラプトンの長年のファンでも、彼のことを知らない人でも、それぞれが何かしらを心に持ち帰ることのできるドキュメンタリー作品です。ぜひご覧ください。
次回の『映画と美流百科』は…
次回は、2018年9月29日(土)から公開予定の『太陽の塔』をご紹介します。
お楽しみに!