閉鎖的な地方の農村に、フィリピン人女性が嫁いだ事で巻き起こる騒動を描く、映画『愛しのアイリーン』。
『宮本から君へ』『ワールドイズマイン』で知られる漫画家・新井英樹の同名コミックを、『さんかく』『ヒメアノ〜ル』の吉田恵介監督が完全映画化しました。
人間のむき出しの本質を描いてきた2人の鬼才がコラボした傑作ジャパニーズ・ノワール。
綺麗事一切なしのエゲツないストーリーの先に訪れる美しい愛の物語『愛しのアイリーン』に胸を打たれること間違いなしです。
映画『愛しのアイリーン』の作品情報
【公開】
2018年(日本映画)
【監督】
吉田恵介
【キャスト】
安田顕、ナッツ・シトイ、河井青葉、ディオンヌ・モンサント、福士誠治、品川徹、田中要次、伊勢谷友介、木野花
【作品概要】
42年間恋愛経験のなかった主人公が、フィリピンからお金で買った花嫁を北国に連れて帰ってきたことによる事件を描く衝撃作。
恋愛、親子愛、性欲、人種問題、様々な人間の業をぶち込んだ闇鍋のような映画でありながら、爆笑できるコメディであり、最後には感動できる純愛映画でもあります。
原作は『宮本から君へ』『ワールドイズマイン』で知られる漫画家新井英樹の同名漫画。演出は『さんかく』『ヒメアノ〜ル』の鬼才・吉田恵介監督です。
主演は人気演劇ユニットTEAM NACSの安田顕。そのほか木野花、伊勢谷友介、河井青葉といった実力派キャストが周りを固め、フィリピンからはアイリーン役にナッツ・シトイ、マリーン役にディオーヌ・モンサントと実績ある女優が参加し、原作執筆から20年余りが経ち、ついに実現した衝撃作です。
映画『愛しのアイリーン』のあらすじとネタバレ
東北の農村に両親と暮らす宍戸岩男。独身のまま42歳の誕生日を迎えた彼は、その年まで女性と恋愛をしたことがありませんでした。
母親のツルは岩男の結婚相手を探そうと躍起になっている日々。父親の源蔵はボケが始まり毎日ノコギリで木を切って何かを作っていました。
岩男は近くの町のパチンコ屋でホールとして働いています。彼はそこの同僚でバツイチ子持ちの吉岡愛子という女性が気になっていました。
しかし岩男に誕生日プレゼントをくれたのは同じく同僚の良江という中年女性だけ。
彼は少し前に良江と酔った勢いで肉体関係を持ってしまいそれを激しく後悔していました。
同僚の斎藤のカラオケの誘いも断って家に帰るとツルが誕生日ケーキを用意していましたが、岩男はろくに口もつけず、いつものように自分の部屋でエロビデオを見て自慰行為をするのでした。ツルは障子の穴からそれをコッソリ覗いています。
翌日、ツルは友人のスギと岩男の嫁探しについて話していました。スギは後家の子持ちやスナックで働く娘など、近所の年頃の女を挙げていきますが、ツルはどれも納得せず「うちの岩男にゴミをあてがう気はねえ!」と怒鳴ります。
その日、岩男がホールを掃除していると愛子に話しかけられます。愛子は一日遅れで彼の誕生日を祝い、仕事終わりに飲みに誘います。
居酒屋でも口下手な岩男は愛子の子育ての話に相槌を打って聞くばかり。しかし愛子は岩男に誕生日プレゼントをくれます。それは彼にどことなく似てるゴリラのキーホルダーで、先日良江が渡してきたものと同じでした。
それでも岩男は喜び、車のバックミラーにキーホルダーを付けて帰宅します。
ツルは寝る前に岩男の部屋の前で「お前の嫁はオレが見つけてやっからな」と言ってきますが、彼は「母ちゃん、春遠からじだ」といって眠りにつきます。
翌日、岩男が職場で女を見つけたのかと思ったツルはこっそりとパチンコ屋に行き様子を伺っていました。
仕事終わり、岩男は良江と愛子と駐車場で出くわします。バックミラーのゴリラキーホルダーを見た良江は「あら岩男ちゃん付けてくれたの?」と嬉しそうに言い、近くにいたお調子者の斎藤も「なに良江さんといい感じ?」と囃し立てますが、彼は「いえ、吉岡愛子さんから頂きました!!」と怒鳴ります。
その様子を面白がった斎藤は岩男を飲みに誘います。店は町にあるフィリピンパブでした。
店の売れっ子マリーンと一緒に飲む二人。他愛もない話をしていたのですが斎藤がマリーンに煽られて「俺セックスに不自由してないもん」と言い出します。
そして酔った彼は、岩男の誕生日の日、岩男の代わりにカラオケに誘った愛子とそのままなし崩し的に肉体関係になった話を嬉々として語りだします。
岩男はそれを聞いて無言で酒を何杯も飲み干し、突然マリーンに向かって「ハウマッチ!?」と叫びました。
売春もしていたマリーンは岩男とホテルに行きます。
しかし惨めになってしまった岩男は男性器が立たないと言ってマリーンに帰るように言います。
しかし本当は彼はガチガチに勃起していました。マリーンにそれを見抜かれた岩男は激高して彼女を叩き出します。
彼は車で愛子の家まで行くとインターホンを鳴らします。出てきた愛子の前でゴリラのキーホルダーを地面に叩きつけた岩男は彼女に「好き・・・でした」と言って去ろうとします。
愛子は岩男を呼び止めると「ごめん、うち本気だと困るんだわ」と言いました。
絶望した岩男が家に帰ると、ツルがものすごい剣幕で怒鳴ってきます。
「愛子とかいう女、子持ちなうえに職場の男何人にも体許しとるそうでねえか!そんな女この家の敷居跨がせねえぞ!!」
ツルは店長や色んな人間を問いただし詮索をしていたのですが、彼はそれを聞いて「やかましい!おめえはどこからそんなこと聞いてくるんだ!!」と怒鳴り返します。
すると、それを聞いていた父・源蔵が突然ボケが治ったかのように話し出します。
「岩男、おめえに嫁は来ねえよ。親も家も捨てらんねえ男に女は惚れねえ。俺はずっと覚悟してた、いつかおめえが俺たちを捨てる日を!」
ツルは「何を言うんだ!岩男が出て行ってもええんか!」と怒鳴りますが、岩男は無言で家を飛び出してしまいます。
道路をふらつきながら彼は「女、女はいねえが…」と夢遊病のようにつぶやきます。
道路の真ん中に立っていた岩男はやってきた車に跳ね飛ばされてしまうのですがすぐに起き上がり「おマ〇ゴォォォ!!!!」と絶叫しました。
そして翌朝、岩男は忽然と姿を消してしまいます。
ツルは彼の職場含めいろんな場所を必死になって回って探しますが、行き先はわかりません。源蔵はまたボケ老人に戻ってしまいノコギリと金槌で何かを作っています。
3週間ほど経っても岩男は帰ってきません。
その日もツルは一日中村や町を回っていました。途方にくれて家に戻ってくると源蔵がずっと作っていたものが出来上がっていました。それは揺り椅子でした。
ツルと源蔵が熱海に新婚旅行に行った時に旅館で座っていた思い出の品。ツルはそれに座り「オメエにしちゃ上出来なもん作るでねえか」と笑いますが、その背後で源蔵は急に力尽きたように倒れて意識を失っていました。
数日後、宍戸家の面々が集まって源蔵の葬儀が開かれていました。読経中、岩男が突然アロハシャツを着たまま帰ってきます。岩男も父の葬儀が行われているのを見てビックリしていました。
親戚が「岩男、おめえどこ行ってたんだ」と問い詰める中、彼の背後から小柄な東南アジア系の女性が現れます。
「イワオサン、オヨメサンナリマシタ、アイリーンデス」
話は3週間前に戻ります。家を飛び出した岩男はフィリピンパブの店長の紹介を受けて、ツアーでフィリピンに飛んでいました。モテない男たちがフィリピンで現地の女性とお金で結婚するツアーでした。
現地で30人のフィリピーナと一気にお見合いをすることになる岩男。
しかし40年以上ほとんど女性と縁のない生活をしてきた彼が言葉も文化も違う女たちと話が合うわけもなく、「ハロー、アイム、イワオ」を繰り返すだけで誰とも交流は深まりません。
15人くらい見合いしたあと岩男はツアー引率者の竜野に「俺はもうわかんねえ!決めらんねぇ!」といいます。
そして順番を守らずに彼のそばに寄ってきた若いフィリピーナを見ると「もうこの子でいいです!」と言いました。
竜野は「本当にいいんですか」と驚きますが、岩男はもう決めたと言い、竜野がその子にも意思確認をすると、彼女も快諾します。
名前はアイリーン・ゴンザレス。大家族の娘で、大黒柱の父親が働けなくなったために家族にお金を入れようと必死でした。岩男は家族と面会し毎月できる限り仕送りはすると誓います。
そのまま結婚式も行い、手続きも済んで2人は正式に夫婦になりますが、その夜のホテルで岩男がアイリーンと初夜を迎えようとすると、彼女は乗り気ではありません。そして彼のそそり立つ巨大な陰茎を見るとアイリーンは悲鳴を上げます。
結局アイリーンは突如生理が来たと言い、初夜を断ります。
アイリーンはまだ処女でした。
落ち込んでる岩男に竜野は「あなたはこの結婚に引け目を感じる必要はない。彼女だってああ見えてしたたかだ。」と言います。
「アイリーンを幸せにしてあげてください」と言われ頷く岩男。
翌日アイリーンは家族と涙の別れを終えます。
そしてアイリーンを連れて我が家に帰ってきた岩男は父親が死んで葬儀が行われていることに愕然としていました。
ツルは無言で彼を見つめています。スギは「こりゃあ血の雨が降るぞ」とつぶやきます。
親戚から「とりあえずお焼香しろ」と言われ遺影の前に行く岩男。
アイリーンは状況を理解しておらず、外で源蔵がツルのために作った揺り椅子を漕いで「イワオサ~ン!」と叫びながらはしゃぎ、激しく漕ぎすぎて揺り椅子を壊してしまいます。
それを見ていたツルは黙って葬式を抜けて家の奥に消え源蔵が持っていた猟銃を抱えて戻ってきます。
騒然とする一同。
「母ちゃん何考えてんだ!」と止めようとする岩男にツルは「これでオレかあの女かどっちか撃て!」と怒鳴ります。
彼は「馬鹿なこと言うでねえ!」と言いますが、ツルは今度は自分でアイリーンに銃口を向けます。
おびえるアイリーン。タガログ語(フィリピンの公用語)で「何、私何かした?」と叫びツルと揉み合いになり銃を奪って、ツルに銃を向けます。
岩男は何とか二人を止めますが、こんな状態ではアイリーンを家に入れるわけにはいきませんでした。
その夜フィリピンパブに行く岩男とアイリーン。マリーンと意気投合したアイリーンは、彼女からタガログ語と日本語の翻訳のための日比辞書をもらい喜びます。
パブに来ていた斎藤から「岩男ちゃんいい買い物したねえ」と茶化されるも、彼は何も言い返せませんでした。
その夜、ホテルに泊まった岩男は再度アイリーンに関係を迫るもまた拒否されてしまいます。「おめえの生理はどんだけ長えんだ!俺はおめえに300万払ってんだぞ!」と押し倒そうとしますが、備え付けの電子レンジで頭を殴られてしまいます。
数日後、岩男が頭にネットを巻いて職場復帰すると愛子が「ご結婚おめでとうございます」と話しかけてきて彼はそれにブスっとお礼を言います。
アイリーンは店の外で辞書を読んだりして遊んでいました。
その夜の仕事帰り、愛子の自転車がパンクして困っているのを見た岩男は車で送っていくと提案します。
アイリーンは後部座席で寝ており、助手席の愛子はそれを見てつい「アイリーンちゃんにいくら使ったの?」と聞きます。
そのあと「ごめんなさい、こんなこと・・」と言いますが岩男は「色々込みで476万」と答えます。それを聞いた愛子は少し笑って「うらやましい・・私にそんなお金使ってくれる人いないから・・」とつぶやきます。それを聞いて驚く岩男。
家に送り届けての別れ際、アイリーンは「アイコサ~ン」と愛子に抱き着きます。困ったようなうれしいような複雑な表情の愛子。
それからしばらく、岩男はアイリーンがツルと仲良くできるよう「カアチャ~ン、ダイスキ」など日本語を教えていました。
そうして段々とアイリーンと岩男は絆が深まっていきます。
ツルはスギと一緒に今後の話をしていました。その時スギの家に親戚の娘が手伝いに来ていました。
彼女は岩男が疾走する前に岩男とお見合いする予定だった娘です。真島琴美27歳、漬物工場勤務で皆勤賞、休日は遊ぶこともなく家事と家業の手伝い、メガネで黒髪、礼儀正しいとツルが理想とする大和撫子でした。
ツルがスギに「でも年頃だべ、男関係は・・」とこっそり聞こうとすると琴美本人が「私は生娘ですよ。初めては旦那様と・・、ってそういうのが好きですから。」と言ってきます。ツルは感動の表情を浮かべました。
ある夜アイリーンはフィリピンパブでマリーンと話をしていました。「処女は愛する人に上げたい」というアイリーンにマリーンは「今更何言ってんの」と笑います。
「岩男さんのことは?」と聞かれるとアイリーンは「だんだん愛してきてる」と言いました。
マリーンがお客さんの相手で卓に行ってしまったあと、カウンターに座っていた美形の男がアイリーンに話しかけてきます。
男はタガログ語で「日本人と結婚したのか。」と聞いてきます。「なぜタガログ語を話せるの。」と聞くと男は自分は日本とフィリピンのハーフだと言います。
そして「金で買われたのか。」「フィリピンは日本に金で侵略されてセックスを買われているんだ。」「俺と一緒に来ないか」などと言ってきます。
アイリーンはそれに反論しつつも言い返せなくなっていましたが、そのタイミングで仕事を終えた岩男が彼女を迎えにやってきました。
話しかけてきた男を尻目にアイリーンと岩男はパブを出ていきます。
今夜も泊まるホテルを探そうと運転をしていると彼の携帯にツルから電話が入りました。「人間、この世に生まれたからにはみんな兄弟だ。何も言わねえから戻ってこい」。
映画『愛しのアイリーン』の感想と評価
本作の話はほぼ原作通りで同じように非常に衝撃的な内容になっています。
この映画はとにかく人間の醜い部分を見せつけてきます。
セックスに飢えて妻を外国から金で買うという事の発端からして攻めた内容ですが、老人だらけの閉鎖的な田舎の保守的な雰囲気、40歳まで親元で暮らす独身男、いろんな男に体を許してしまうシングルマザー、売春の斡旋をするヤクザ、生きがいを失って一気に老け込む老人、など社会の暗部が浮かび上がってくる作りになっています。
原作漫画は90年代半ばに描かれた作品ですが内容的には現代日本に、より突き刺さるものになっています。
その人間の暗部を描くというコンセプトの元、モザイクが掛かっているとはいえ男性器と女性器も画面に登場し、放送禁止用語も飛び交い、グロもガッツリ描き、老人の月経という誰も見たくないような描写まで出てくるという、えげつない映画になっているのです。
原作の漫画ではリアルな内容に対してデフォルメされたキャラが多いです。
岩男は190センチ越えの怪力大男、ツルは猟銃を二連打ちできるような超人老女、アイリーンも映画版よりさらに騒がしく、塩崎は3ヵ国後を操り哲学的な内容を話す上に格闘術も一流のスーパーインテリヤクザという荒唐無稽ぶり。
この映画ではその要素はなるべく削りつつ、実際にいそうな変人たちというラインを絶妙についたキャラ造形がなされた演出がされています。
また吉田監督らしく意地悪で露悪的な笑いが散りばめられていて、原作と同じシーンでもよりブラックな笑いがこみ上げてくるように作られています。
そして吉田監督の演出に答えるように主演の安田顕を始め日本・フィリピンの実力派俳優が体当たり演技を見せているので、映画の枠を越えてむき出しの愛憎劇が迫ってくるような作品になっています。
そしてどうしようもないくらいリアルな人間の暗部を見させられた上に待っている純愛にも涙を誘われます。
口下手で自分の性欲も抑えられない男のなけなしのアイリーンへの愛情表現。あれをどう思うかは観客に委ねられます。
そして本作は親子愛の映画でもあります。
ツルの岩男への偏執的愛情はずっとやりすぎなギャグのように描かれているのですが、最後の最後に彼女の過去が描かれ岩男を溺愛する理由に至り、不意を突かれるような感動が襲って来るのです。
これは吉田監督のブラックコメディ演出が効いているからこそ。
意地悪さと素直な感動が9:1くらいの割合ですが、その1の感動の深さが大きい作品でもあるのです。
まとめ
吉田監督は「自分よりうまい監督はたくさんいるが、自分が一番(本作の)原作を愛している」と語り、本作は映画化を志してから12年かかってようやく実現した企画です。
漫画も傑作ですが、映画をまっさらな状態で見て衝撃を受けてから漫画を読むのをおすすめします!
原作の持ち味と現代日本映画としてのバランスをとるための工夫が見えてとても面白いです。
新しいジャパニーズノワールラブストーリー。本作を見たら自分と重ねて色んな人と議論したくなること間違いなしです。