連載コラム「銀幕の月光遊戯」第2回
こんにちは、西川ちょりです。
これから封切られる新作映画をいち早く取り上げ、皆様の「観るべきリスト」に加えていただくことを目指す本連載も今回で2回目。
今回取り上げるのは、『ボーフォート レバノンからの撤退』(2007)、『フットノート』(2011)などの作品で知られるヨセフ・シダー監督の『嘘はフィクサーのはじまり』(2016)です。
前回はイスラエルのサミュエル・マオズ監督作品『運命は踊る』を取り上げましたが、今回もイスラエルで活躍する監督の作品です!
2枚目ハリウッドスターのリチャード・ギアが、ニューヨークを牛耳るユダヤ人上流社会に食い込もうと嘘に嘘を重ねて奔走する、自称“フィクサー”を熱演!
ユダヤ人の同族ネットワーク、アメリカとイスラエルの関係など、複雑な社会背景をバックに、ほろ苦くもユーモラスな人間讃歌となっています。
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映画『嘘はフィクサーのはじまり』のあらすじ
ニューヨークは世界金融の中心地。自称“フィクサー(仲介屋)”のノーマン・オッペンハイマーは、甥っ子の弁護士フィリップの細い伝手をたよりに、有名投資家ジョー・ウルフに近づいて、儲け話を持ち込もうとしますが、ウルフの秘書、ビル・カヴィッシュに追い払われてしまいます。
一攫千金を狙い、地位と財産を得て、ニューヨークの金融界の一旦を牛耳るユダヤ人上流社会に加わりたいと、日々奔走するノーマンは、小さな嘘を積み重ね、人脈を築いてきました。
ノーマンは、講演のためにニューヨークを訪れたイスラエルの政治家、ミカ・エシェルに近づくことを画策します。彼の名前を出して、投資家の気をひこうというわけです。
講演が終わったあと、ニューヨークの有名店でチョコレートを買い、ウインドーショッピングしているエシェルのあとをさりげなくつけていくノーマン。
彼が紳士服店の靴に目を停めた時、ノーマンは巧に彼を店内に誘い、嘘とお世辞を連発して、彼を信用させます。
店のマネージャーがエシェルに商品を試着させますが、値段を観た彼は、こんな贅沢はしていられない、高い服は国民から批判を受けるだけだ、と脱ぎ始めます。
ノーマンは、でしたら、その靴は私がプレゼントします、と申し出ます。最初は遠慮していたエシェルもプレゼントを受け入れ、すっかり彼のことを信じた様子です。
靴はニューヨーク一高いのではないかと思われるほど、高額なものでしたが、計画がうまく行けば安い投資になるはずです。
彼は、投資家のアーサー・タウブのパーティーにエシェルを出席させ、自分がエシェルと懇意であるとタウブに思わせて、投資話をすすめようと考えていました。エシェルの私的な電話番号もゲットしたので、今度こそうまくいきそうです!
タウブにはエシェルを招待することを納得させましたが、どうしたわけかエシェルがやってきません。何度電話してもでず、連絡もとれない状態です。
エシェルは良心の呵責を覚えていましたが、彼の側近がノーマンの話を胡散臭いと警戒し、パーティーへの出席も電話に出ることも禁じたのです。
タウブの家を一人で訪れたノーマンはパーティーの会場にエシェルの席が設けられているのを確認しますが、タウブはノーマンを招いてもいない侵入者だと批判し、けんもほろろに追い出すのでした。
それから三年が経ち…。
エシェルはイスラエル大統領となっていました。
ワシントンDCで開催された支援者パーティーに出かけたノーマンはそこで思いがけなく、エシェルから手厚い歓迎を受けます。
大勢の前で「ニューヨークのユダヤ人名誉大使」と紹介され、皆が羨望の眼差しで彼を見つめていました。
これで何もかもが上手くいく! そう確信したノーマンでしたが、異教徒と結婚したい甥や、古びた礼拝所を守りたいユダヤ教会の人々などから、次々無理難題が持ち込まれます。イスラエル大統領と懇意なのだからこれくらい出来るだろうと。
対策に四苦八苦しながら、なんとかエシェルの力を借りようと奔走するノーマンでしたが、やがて彼のとった行動が国際的問題となり、エシェル失脚の危機を招くことに…。
映画『嘘はフィクサーのはじまり』の感想
自称“フィクサー”とそのターゲット
「フィクサー」というのは、「物事を、中に這入って調停する人」、「物事を決定する際、影響を与える手段、人脈を持っている人」のことを指します。
本作に登場するノーマンは、実は強力な人脈などほとんど持ち合わせておらず、細い細いつてを頼りに、嘘とはったりを繰り返し、なんとか食い込もうとする「フィクサーもどき」の人物。いや、「フィクサー志願」の人物と言ったほうがよいでしょうか。
あまりに嘘を重ねすぎて、もはやこれは詐欺師では? というレベルです。名声と富への飽くなき憧憬がそこにあります。
と言うと、いかにもがめつい、いけすかない人物のように思えますが、リチャード・ギアは、ノーマンを、人の良さそうな、ひょうひょうとしたどこか憎めない人物として演じています。
ターゲットを追って、ひょっこひょっこと歩く姿には愛らしさまで感じてしまうほどです。
リチャード・ギアは、撮影に入る一年前から、役作りを研究し、このノーマン像を作り上げたといいます。なんと耳の動きにまで気を配ったとか!作品をご覧になる際は、是非、そのあたりにも注目してみてください。
そのノーマンがターゲットに選んだのが、政治家で、のちにイスラエル大統領に出世するエシェルです。
演じるは、本連載の第1回目に取り上げた『運命は踊る』(2017)にも出演しているイスラエルを代表する俳優、リオル・アシュケナージです。
最高権力者に上り詰めながら、人の良さを残す、誠実で人間味のある男として描かれています。
フィルムの隅々に流れるユーモアとペーソス
ノーマンは、嘘をつきすぎて、最早虚構の人生を生きているかのようです。飛行機で隣になった女性(シャルロット・ゲンズブール扮する検察官)に、得意げに人脈を披露して、「“紹介する”って(頼んでもいないのに)四回も言ったわ」と目を丸くされてしまうシーンは示唆的です。
甥や、教会仲間はいても家族の姿は見えない。そこはかとない孤独感が感じられますが、それは同時にエシェルにもみられるものです。
家族にも仕事にも恵まれ、ついには大統領にまで上り詰めた男でありながら、側近の指示は絶対で我を通せないという弱い側面を持ち合わせています。地位が高いからこその不自由さとでもいえるでしょうか。
本来なら結びつくこともなかった対極の二人を結びつけたのは一体何だったのでしょうか?
二人の友情は本物なのか、はたまた虚構なのか。それを問われ、究極の選択を迫られた時、二人はどのような行動をとったのでしょうか!?
ユダヤ人社会を覗き見る楽しさ、複雑な社会の仕組みを垣間見るおもしろさの中に、人間の脆さや弱さ、友情の儚さと尊さがユーモアとペーソスたっぷりに描かれます。
ヨセフ・シダー監督とは
『ボーフォート レバノンからの撤退』(2007)
1968年、ニューヨークで生まれ、6歳の時にイスラエルに移住。
ニューヨーク大学で映画を学び、イスラエルに帰国後制作した初の長編作品と第2作で、イスラエルの映画賞オフィール賞を受賞。
3作目の『ボーフォート レバノンからの撤退』(2007)は、レバノンとの長期にわたる戦争の終結を目前に、イスラエル軍前哨基地ボーフォートでレバノンヒズボラの砲撃を堪え忍びながら撤退の時を待つ若きイスラエル兵士たちの苦悩の姿を描いた戦争映画で、第57回ベルリン国際映画祭で銀熊賞(監督賞)を受賞、第80回アカデミー賞外国語映画賞にノミネートされました。
四作目の『フットノート』(2011)はヘブライ大学で教鞭を取る父親と同業の息子の複雑な関係を描き、第68回カンヌ国際映画祭で脚本賞を受賞、第84回アカデミー外国語映画賞にもノミネートされました。
リオル・アシュケナージが主演の父親を演じています。
日本では2014年8月に「三大映画祭週間2014」で上映されました。
『嘘はフィクサーのはじまり』は、シダー監督初の英語作品になります。
まとめ
既に記述した俳優以外にも、ラビ役としてスティーヴ・ブシェミ、投資家の秘書役に『ダウントン・アビー』(2010~)のマシュー・クローリー役で知られるダン・スティーヴンスなど、一癖も二癖もある個性的な俳優が顔を並べています。
ニューヨークの風景を鮮やかに切りとったのは、『フットノート』に続いてヨセフ・シダー監督とタッグを組んだ撮影監督ヤロン・シャーフ。
とりわけ、雪の積もった早朝のニューヨークの町並みの厳かながらキラキラした景色が印象的です。
音楽は、リオデジャネイロ五輪閉会式で「君が代」を大胆にアレンジして注目を浴びたパリを拠点として活躍する三宅純が務めています。
欲望とそれを追い求める人間の可笑しみがたっぷり詰まったこの作品。欲と道連れのノーマンを、他人事と見過ごすことができますか!?
次回の銀幕の月光遊戯は…
次回の銀幕の月光遊戯は、10月20日(土)より公開の柿崎ゆうじ監督の邦画『ウスケボーイズ』をご紹介いたします。
お楽しみに。