競輪発祥の地である福岡県の小倉を舞台にした映画『ガチ星』。
演出は福岡発ドラマ『めんたいぴりり』の江口カン監督が務め、主演の濱口役には実際に競輪選手を目指したこともある安部賢一、そのライバル久松役は映画『デメキン』の福山翔大。
30歳を過ぎてプロ野球選手としての戦力外通告を受ける濱島浩司。自暴自棄となった濱島は妻子にも捨てられ、パチンコ屋通いの自堕落な生活を過ごしていた。
濱島は手を差し伸べてくれた親友を裏切り、別居中の息子との約束すら守れず、またも言い訳じみた嘘をつく。それは競輪選手への道だった…。
映画『ガチ星』の作品情報
【公開】
2018年(日本映画)
【監督】
江口カン
【キャスト】
安部賢一、福山翔大、林田麻里、船崎良、森崎健吾、伊藤公一、吉澤尚吾、西原誠吾、博多華丸、モロ師岡
【作品概要】
福岡県小倉という競輪発祥の地で競輪選手として再起をかける元プロ野球選手の中年男の姿を描いた作品で、2016年のテレビドラマ『ガチ★星』を再編集した劇場版。
濱島浩司役を安部賢一が務め、ライバル久松役を福山翔大が演じます。脇役にモロ師岡、博多華丸たちも集結し、演出はドラマ『めんたいぴりり』の江口カン監督。
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映画『ガチ星』のあらすじとネタバレ
濱島浩司は中年39歳。8年前までプロ野球選手として活躍していました。
歳を重ねた濱島は中継ぎピッチャーを担当するも、ベンチ裏で肩を鳴らすこともせず、紫煙を潜らせていた煙草を消してマウンドに向かいます。
負け試合を終えた濱島は愛車に乗ると、助手席の窓ガラスを叩く監督の姿。戦力外通告を受けたことを妻に告げると先行きの不安から言い合いになります。
「仕事を探してくればいいんだろう」と妻子に言い放ち自宅を出は濱島は、キャバクラで遊びに興じます。
自暴自棄になり、結局妻と離婚。
やがて、故郷の北九州で小さな居酒屋を営む親友の店を手伝うものの、パチンコ屋通いと酒に溺れ自堕落な生活を過ごします。
挙げ句の果てには、仕事を世話してくれた親友の妻を寝取ってしまい、友情と職を失います。
また、息子の誕生日に会うを約束をしたにもかかわらず、パチンコ屋に入り、大切な約束をすっぽかしてしまいます。
何をやってもダメな濱島は、なじみのラーメン屋に行き食事をしていた際にテレビから流れていた、競輪選手は40歳以上でも学校に入学できることを知らされます。
そんな矢先、裏切ってしまった息子からガラケーに電話があり、なんで約束を守らなかったのか尋ねられ「仕事があったから」と嘘を答えると、息子から「何の仕事?」と聞き返されます。
濱島は手元にあった競輪新聞を見つめ、「今はまだ言えない、そのうち見に来い」と伝えると電話を切ります。
映画『ガチ星』の感想と評価
自分の人生と重なるストーリーに挑戦した江口カン監督
本作品『ガチ星』は、2016年に江口カン監督が演出をしたテレビドラマ『ガチ★星』の全4話の再編集版です。
しかし、もともとはドラマ放送を目的にして企画したものでなく、江口カン監督は「純粋に映画として作りたい」と、彼自身のパーソリティに紐づいた特別な作品のようです。
江口カン監督は、いつか自転車が出て来る映画を制作したいという思いがありました。
そんなおり、たまたまテレビで競輪学校のドキュメンタリー番組を目にします。
地元の球団を戦力外になった野球選手が競輪で再起を果たそうとした内容でした。その取材対象だった人物は20代後半で、周囲は若い生徒ばかり。その様子が面白かったと語っています。
そのドキュメンタリー番組を見た江口カン監督は、次のように考えました。
「競輪はアスリートにとって再起の場所の1つなんだと興味を持ったんです。また競輪は地元福岡が発祥の地だと知っていたので、地元の映画を撮ることができる」
このようなアイデアが思い浮かんだ江口カン監督は、作品テーマを“年齢を重ねてからの再チャレンジ”として、当時40歳を過ぎた自分の人生を重ね合わせ、第2の人生に挑戦に挑む映画を撮ることを決めます。
企画から7年が経ち、ドラマ放送後、どうしても映画として本作『ガチ星』を世に出したいという思いから、新たなシーンを追加し、音響なども劇場用に入れ直して再編集したそうです。
テレビ版は視聴していませんが、この作品は映画としての完成度は高い仕上がりになっています。劇場版としての尺106分でも作品として充分魅力的です。
作品の前半では、主人公の濱島が野球選手を戦力外通告され、どんどん自暴自棄にヤサグレていくダメ男ぶりをゆったりと見せ、そのことが濱島と久松の出会いとライバルとしての確執の起爆剤となって、物語の盛り上がりを見せてくれます。
後半の競輪で再起した時の映像の編集は、濱島のそれまでの過去の出来事のフラッシュ・バックとともに、他の競輪選手にもバックボーンがあるというエピソード映像がインサートされることで、“競輪選手の再チャレンジ”のテーマが重層的な魅力となっています。
これらが単にテレビ版のまとめ編集ではなく、ある種、豊かに撮影した素材を活かした作品であるのは、ご覧いただければ理解できます。
江口カン監督が映画として描くテーマの中心ある、“歳を重ねた人間の挑戦”は、日本映画としては珍しく、ハリウッド映画のような香りを感じさせてくれるはずです。
人生を重ねたもうひとりの男・安部賢一
この作品の主人公の濱島に自分を投影した当時40歳を過ぎた江口カン監督。そのほか、脚本家の金沢知樹も同じようにキャラクターに自分を反映させてシナリオの執筆に臨みました。
そんなこともあり、江口カン監督と脚本家の金沢知樹は、主人公の濱島役には俳優自身も崖っぶちな人物がいいと、40代で鳴かず飛ばずの役者を集めたオーディションを実施します。
そこに“奇蹟的な配役”だと言い切っても良い安部賢一が訪れます。
安部賢一はこのオーディションで落選したら、役者をやめて九州に帰ることを夫人に伝えていたそうです。
当時42歳の安部賢一は、どこに俳優の売り込みに行っても「40代で鳴かず飛ばずの役者なんていらない」と言われていました。まさにこのオーディションは彼のために用意された運命だったのでしょう。
実は、安部賢一はこのオーディションに2度も落とされています。
1度目は俳優が集められたオーディション会場。そして2度目は、「もう一度だけチャンスをください」と泣きながら江口監督に泣きついてお願いした再チャンスの後です。
そのどちらも安部賢一は、体調が悪い状態で挑み、病院で点滴までしていたそうです。その時、みっともない自分に笑いがこみ上げ、吹っ切れたことで最後のオーディションで濱島浩司役を勝ち取ります。
先ほど安部賢一に“用意された運命”というのは、「野球」「競輪」「崖っぷち」という濱島役の要素を彼はすべて持ち合わせていたからです。
安倍賢一はかつて高校球児でしたが、肩の故障で野球選手という将来をあきらめ、また競輪選手に再起をかけますが、試験のレースタイムが足りずにスポーツ選手としての人生をあきらめます。
そして40歳まで鳴かず飛ばずの役者、安部賢一の経歴とほとんど重なる役柄だからです。
彼が濱島役を演じているのを見たら、どこの球団にいた元野球選手だろうと誰もが感じるでしょう。
濱島浩司というキャラクターには、監督をはじめ脚本家と俳優の強い思いが重なり合い、ストーリーの中で活き活きとした人間臭さを見せ、観客に説得力を提示してくれるはずです。
まとめ
本作品『ガチ星』では、主人公濱島浩司がとても人間らしい魅力を見せてくれています。
しかし、それはたった一人のキャラクターが可能にしたものではありません。登場人物たち各人がそれぞれ個性的な人物。
なかでも濱島の若きライバル久松に注目です。久松役を演じた福山翔大の演技もまた、安部賢一と同様に見る者を惹きつけます。
ひとりトレーニングを積むストイックな姿、母親を見捨てる息子の思いを見事に演じており、なかで濱島に感情を爆発させ、泣きじゃくる場面は必見です。
老いも若きも競輪というスポーツに再起をかけた男たちの“努力”のストーリー『ガチ星』は、2018年おすすめの邦画1本です。
ぜひ、お見逃しなく!