連載コラム「映画と美流百科」第7回
今回ご紹介するのは、2018年9月1日(土)から新宿武蔵野館、渋谷ユーロスペースなど全国にて公開予定の『きみの鳥はうたえる』です。
こちらの映画は、函館の映画館シネマアイリスの開館20周年を記念して製作された、函館に暮らす若者3人の姿を描いた作品です。
そのため函館シネマアイリスでは、すでに8月25日(土)より先行公開されています。
原作は函館出身の佐藤泰志、監督・脚本は札幌出身の三宅唱と、北海道に縁の深い作品です。
CONTENTS
映画『きみの鳥はうたえる』のあらすじ
函館郊外にある書店で働いている20代前半の「僕」(柄本佑)は、同世代で失業中の静雄(染谷将太)と同居しています。
「僕」は仕事をズル休みした夏のある夜、同じ書店で働く佐知子(石橋静河)と偶然街で出くわします。
それがきっかけで話すようになった二人はやがて関係を持ち、佐知子は頻繁に「僕」と静雄の暮らすアパートに遊びに来るようになりました。
「僕」と佐知子と静雄の3人は、夜通し酒を飲み、ビリヤードに興じ、クラブで踊り、笑い合う日々を過ごします。
そんな気ままな暮らしがいつまでも続くように思えましたが、夏の終わりが見え始めたころ決定的な出来事が起こり…。
原作者・佐藤泰志とその小説
映画『きみの鳥はうたえる』は同名の小説をもとにし、脚本も担当した三宅唱監督が新たなエンディングを用意して、練り直した作品です。
エンディングの他に大きく変わったのは、舞台を1980年前後の東京から、現代の函館に移した点です。
さらに作品全体の湿度が抑えられ、やわらかいトーンになりました。これらの変更は大いに評価できるでしょう。
夜通し遊べる場所のあるそこそこの都会、だけどそんなに人が多すぎない地方都市。
そんな函館のゆったりとした時の流れと、淡い夏の日差しの中で戯れる3人の白昼夢のような、しかし深い余韻と共感を残す日々を、フィルムに収めることに成功したからです。
作家・佐藤泰志とは
参考映像:『書くことの重さ 作家 佐藤泰志』(2013)
原作者の佐藤泰志は、1949年に函館に生まれました。
高校在学中に有島青少年文芸賞優秀賞を2年連続で受賞。國學院大學文学部哲学科に進み、在学中は同人誌の発行に携わりました。
その後は小説を書きながら、文学とは関係のない仕事をしたり、新人賞の下読みや書評の仕事をしたりして、生計を立てていました。
佐藤泰志は1976年頃から自律神経失調症に悩まされながらも、1982年に『きみの鳥はうたえる』で芥川賞候補になります。
これを含めて芥川賞に5回、三島賞に1回ノミネートされましたが、受賞には至りませんでした。そして1990年に自ら死を選んだのです。享年41歳でした。
孤高の作家、佐藤泰志の人生は、2013年に公開された稲塚秀孝監督のドキュメンタリー映画『書くことの重さ 作家 佐藤泰志』にて、再現ドラマも交えて紹介されています。
“幻の小説家”佐藤泰志の再評価
『海炭市叙景』(2010)
佐藤泰志の作品は、死後すべてが絶版となっていましたが、2007年に『佐藤泰志作品集』が発刊され、再評価が進みます。
そして、函館三部作といわれる映画『海炭市叙景』(2010/熊切和嘉監督)、『そこのみにて光輝く』(2014/呉美保監督)、『オーバー・フェンス』(2016/山下敦弘監督)の制作へとつながりました。
『そこのみにて光輝く』(2014)
『オーバー・フェンス』(2016)
今回の『きみの鳥はうたえる』は、映画化される4作品目の小説です。
佐藤泰志の文体の特徴は、読点が多く使われた短文です。これによって、読みやすさとリズム感が生まれています。
近年になって佐藤泰志の小説が注目され復活したのは、古さを感じさせない時代を超える、普遍的な世界観に共感する読者が多いからでしょう。
また、スマホ全盛となった今でも読みやすく受け入れやすい文体であるということも、人気につながった理由の1つであるといえます。
タイトルの意味と文字
参考音源:ビートルズ『And Your Bird Can Sing』
本作のタイトル『きみの鳥はうたえる』は、ビートルズの楽曲『And Your Bird Can Sing』の直訳から来ています。
映画には登場しないエピソードなのですが、静雄が僕と同居を始めるときに持ってきたのは、ビートルズのレコード数枚と蒲団だけでした。
「僕」の家にはプレイヤーがなかったため、「僕が唄います」と静雄がふざけて唄ったのが、この曲だったのです。
また映画のオープニングに出てくるタイトルの文字は、佐藤泰志が原稿用紙に書いた筆跡が使われています。
原稿用紙のマスを目いっぱいに使う角ばった個性的な文字は、生きることに懸命だった佐藤泰志自身と、彼が生み出したキャラクターたちを象徴しているかのように見えます。
映画と小説の相互作用
この映画には、主人公3人が出会ったころに3人傘で歩いたような関係が、いつまでも続くのではないかと思わせる雰囲気があります。
一方で、綱渡りしているような危うさがあり、いつバランスが崩れるのかと心の片隅でヒヤヒヤする部分もあります。常にどこかに、そこはかとない終わりの予感が漂っているのです。
映画では、セリフに頼らない映像で語る演出がなされ、役者陣の表情やちょっとした相槌の調子から感じられる、感情の機微がすばらしい作品に仕上がっていました。
まさにキャラクターに命が吹き込まれた瞬間です。
小説には、登場人物の設定や彼らの行動の裏にある想いが、よりストレートに書かれているので、映画の世界観を理解する助けになります。
そして小説のラストを知ることによって、映画のラストが違うように見えてきます。
映画の冒頭と終盤の、静雄の母親に対するセリフの重さも違って感じられ、映画のエンディングには描かれていない、その先を想像するようにもなるでしょう。
まとめ
いかがでしたか? 映画『きみの鳥はうたえる』だけでなく、原作小説にも興味を持っていただけたでしょうか。
刹那的に生きているようにも見える若者3人のひと夏のきらめきを、永遠に閉じ込めた力作です。ぜひご覧ください。
ビートルズの楽曲『And Your Bird Can Sing』も含めて、3点セットで楽しむのも一興かと。
次回の『映画と美流百科』は…
次回は、ただいま絶賛公開中の『菊とギロチン』を取り上げます。
お楽しみに!