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Entry 2018/08/11
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ロマン・ポランスキーの映画『毛皮のヴィーナス』 彼女は魔女か、それとも女神か|偏愛洋画劇場6

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  • Cinemarche編集部

連載コラム「偏愛洋画劇場」第6幕

今回取り上げるのは『ローズマリーの赤ちゃん』(1968)、『戦場のピアニスト』(2002)でおなじみ、80歳を過ぎた今も精力的に創作を続ける巨匠ロマン・ポランスキーによる作品『毛皮のヴィーナス』(2013)です。

この映画は舞台のようにワンシチュエーション、出演者も2人だけ。優れた脚本が光る本作についてご紹介します。

【連載コラム】『偏愛洋画劇場』記事一覧はこちら

映画『毛皮のヴィーナス』のあらすじ


(C)2013 R.P. PRODUCTIONS – MONOLITH FILMS

激しい雨と雷が降るパリのある日。劇場ではレーオポルト・フォン・ザッハー=マゾッホの小説『毛皮を着たヴィーナス』の舞台のオーディションが終わったところでした。

主演女優が見つからなかったと嘆く劇作家トマの前に、1人の女性が現れます。

彼女の名前は役名と同じワンダ。ワンダはオーディションを今から受けたいと言い、トマを押し切る形で台詞の読み合わせを始めます。

驚くことに彼女はワンダ役に深い理解があり、台詞も流暢に読み上げていくのです。

果たして突然現れた彼女の正体は?現実と物語の虚構はやがて錯綜し、彼らの支配、服従関係も逆転し…トマとワンダ、2人だけが劇場で繰り広げる男女の心理劇です。

トマを演じるのは『潜水服は蝶の夢を見る』(2007)、『007 慰めの報酬』(2008)に出演するマチュー・アマルリック。

このマチュー・アマルリック、若い頃のポランスキー監督にそっくりなんです。

ワンダを演じるのは『赤い航路』(1992)『ナインスゲート』(1999)などポランスキー監督作品に多く出演する女優、そして実の妻であるエマニュエル・セニエ。前作2作についで主人公の運命を大きく作用する謎の女性を好演しています。

自分とそっくりな役者、相手は実の妻。ということは本作はトマとワンダ、『毛皮を着たヴィーナス』の登場人物ゼヴェリーンとワンダ、そしてポランスキー監督とエマニュエル・セニエ、6人の思惑が絡んだ心理劇ということになります。

謎の女性によって主人公は…


(C)2013 R.P. PRODUCTIONS – MONOLITH FILMS

最初は下品な言葉使いをしたり態度をとったりとトマを困惑させるワンダですが、会話をするうちに芸術に造詣が深いこと、ワンダ役に理解があること、教養があることが分かっていきます。

歯に物着せぬワンダが一度役にのめりこめば貴婦人のようになり、台詞を読み合わせるうちにトマは現実と舞台の見境が曖昧になっていき、次第にはワンダにひれ伏すように。トマはワンダによって自分の中に眠る服従欲を呼び起こされてゆくのです。

目の前に現れた謎の女性によって自分の深層心理を明らかにされゆく、閉鎖的な空間で心を裸にされてゆくという物語は『赤い航路』『テナント』などポランスキー監督作品に多く見受けられます。

運命を狂わされ自分自身の深淵に戻り破滅的な道を歩む…という印象が過去作には見られましたが、『毛皮のヴィーナス』ではいくぶん客観的に、少々自虐的な笑いを込めて綴っているところも面白いポイントです。

それは本当に“主従関係”なのか


(C)2013 R.P. PRODUCTIONS – MONOLITH FILMS

『毛皮を着たヴィーナス』では主人公の男性が女性に自分を痛めつけ支配するように頼み隷従するといった関係が描かれています。

しかし劇場にやってきたワンダはトマにこう投げかけます。「この物語は男性側が自分を支配するように女性に頼み、女性はそれに従っている。

これはどちらが支配し、服従しているのかしら?」側から見るとサディスティックな行為を行っている女性は服従側の男性の言うことを聞いているだけ。結局のところ、マゾヒストの男が女性に行為を要求し、支配しているのではないかということです。

本作は男性社会への批判、ジェンダー問題を扱っているように見られますが、監督はあまりそのようなことは考えていないのではないか…というのが筆者の感想です。

もちろん男性と女性、欲望を持つ側と欲望の対象の複雑かつ倒錯的な関係を描いていることには間違いありませんが、監督の妻エマニュエル・セニエに対する深い敬愛がこもっているのではないか、と考えています。

突如訪ねてきたワンダの正体は最後まで観客は知ることができません。もしかしたら嵐の夜、劇場で起こった全てのことはトマの妄想なのかもしれません。

間違った愛を訂正するのは強く、予測不可能な審美的な女性。自分の全てを剥ぎ取ってくれる女性。トマが物語最後に見たのは自分が心から望んでいたもの。彼はワンダという女性によって自分の本来あるべき姿を知ることができたのです。

長年連れ添い、自分に刺激を与えてくれるミューズであり、魔女のようであり、天使のようである彼女への賛美と愛情を大いに感じます。

まとめ


(C)2013 R.P. PRODUCTIONS – MONOLITH FILMS

官能的な衣装や小道具、倒錯的かつエレガントさに包まれた艶ある会話劇『毛皮のヴィーナス』。

自身の個人的な感情、関係を作品の中で浮き彫りにした、ポランスキー監督ならではの芸術的作品です。

ぜひトマとワンダの関係が逆転する瞬間、心情が揺れ動く瞬間を目を離さずにご覧ください。

次回の『偏愛洋画劇場』は…

次回の第7幕は、ジャック・ベッケル監督の1960年の映画『穴』をご紹介します。

お楽しみに!

【連載コラム】『偏愛洋画劇場』記事一覧はこちら

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