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Entry 2018/08/04
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ジャン=リュック・ゴダールのおすすめ名作『女と男のいる舗道』に見る哲学|偏愛洋画劇場1

  • Writer :
  • Cinemarche編集部

連載コラム「偏愛洋画劇場」第1幕

2018年7月13日に日本公開された映画『グッバイ・ゴダール!』。

ヌーヴェルバーグを代表する巨匠ジャン=リュック・ゴダールと、彼の2番目の元妻アンヌ・ヴィアゼムスキーの日々を描いた物語です。

御年87歳のゴダール監督はまだまだ現役。2018年の第70回カンヌ国際映画祭では新作『“Le Livre D’image(The Image Book)”』が上映され、大きな話題を呼びました。

国や時代を問わず書き手が愛してやまない映画を紹介・考察する連載の第1幕では、ジャン=リュック・ゴダール監督の名作の一つ『女と男のいる舗道』(1962)を取り上げたいと思います。

【連載コラム】『偏愛洋画劇場』記事一覧はこちら

映画『女と男のいる舗道』のあらすじ

1.とあるビストロ – ナナはポールを棄ててしまいたい – 下にある機械
2.レコード屋 – 2,000フラン – ナナは自分の人生を生きている
3.コンシェルジュ – ポール – 裁かるゝジャンヌ – あるジャーナリスト
4.警察 – ナナの反対尋問
5.外の大通り – 最初の男 – 部屋
6.イヴェットと会う – 郊外のとあるカフェ – ラウール – 外での銃撃
7.手紙 – またラウール – シャンゼリゼ
8.午後 – 金銭 – 化粧室 – 快楽 – ホテル
9.若い男 – ルイジ – ナナは自分が幸せなのか疑問に思う
10.舗道 – あるタイプ – 幸福とは華やかなものではない
11.シャトレ広場 – 見知らぬ男 – ナナは知識をもたずに哲学する
12.また若い男 – 楕円形の肖像 – ラウールは再びナナを売る

『女と男のいる舗道』は上記の12章から構成されている映画です。

舞台は1960年代のフランス、パリ。主人公のナナは女優を志していますが、お金も希望もないままにレコードショップの店員を続けています。

いつしか彼女は娼婦の道を辿り…ナナを演じるのはゴダールの最初の妻であり、『女は女である』(1961)『気狂いピエロ』(1965)など、ゴダール作品に多く登場するアンナ・カリーナ。

彼女のどこか哀しそうな光を宿した大きな瞳のショットから始まるこの作品は、アンナ・カリーナのしなやかで美しい魅力が満載です。

女優を目指し夫とも別れたものの、一向に上手くいかず娼婦として生計を立てるようになるナナ。

第1章は彼女の後頭部のショットから始まり、カメラはクローズアップとロングショットを繰り返してナナを追い続けます。

時折カメラを見つめるナナは観客に何か言いたげに思え、映画は“作り物”であることを私たちに認識させます。

お茶目にダンスするシーン、自分の指で身長を測るシーン、コミカルで可愛らしい場面も多いものの全編を通して感じるどこか冷たく無機質な印象が印象的です。

『女と男のいる舗道』の原題は『Vivre sa vie : Film en douze tableaux』。

これは「自分の人生を生きる、12のタブロー描かれた映画」の意。ナナという1人の女性の人生を淡々と映しているのです。

“会話”と“愛”の哲学

この作品で最も印象に残るシーンは第11章「シャトレ広場 – 見知らぬ男 – ナナは知識をもたずに哲学する」でのナナと哲学者の男性の会話でしょう。

カフェに入ったナナが出会う哲学者を演じるのはブリス・パランという実際の哲学者。彼はアルベール・カミュと親交があり、ゴダールの哲学の師でもあるのです。

哲学者はナナの問いに全て即座に答え、彼女は章のタイトル通り思わぬところで哲学を得ることになります。

それは“会話”と“愛”について。

私たちは毎日言葉を使います。

筆者の私も今言葉を使い、映画について自分自身と読者の方に語りかけています。果たして“言葉”に意味はあるのでしょうか。

「なぜ話をするの? 何も言わずに生きるべきよ。話しても無意味だわ」

そんなナナに哲学者は答えます。

「人は話さないで生きられるだろうか」ナナはそうできたらいいのに、と答えます。

「そうできたらいいだろうね。言葉は愛と同じだ。それ無しには生きられない。」

「人間も言葉を裏切る。書くようには話せないから。でも難しい言葉を理解できることもある。何かが通じ合う。表現は大事なことだ。会話せずに人生は続かない。話すことは話さないでいる人生の死を意味するものだ。言語と沈黙の間の揺れが人生の運動そのものである。日常の生活から別の人生への飛翔、それが考えることだ。正しい言葉を見つけるべく努力すべきだ。誤りから真実に到達するためにドイツ哲学が生まれたんだ」

哲学者は愛に触れることができないナナにさらに続けます。

「愛は常に真実であるべきだ。愛するものをすぐ認識できるか。20歳で愛の識別ができるか。できないものだ。経験から「これが好きだ」と言う。純粋な愛を理解するには成熟と探求が必要だ。人生の真実だよ。だから愛は真実であれば、解決になるんだ」

「言葉を裏切る、書くようには話せないから」

この後、ナナが恋に落ちた若い男がエドガー・アラン・ポーの短篇小説『楕円形の肖像』を朗読するシーンがあります。

そのシーンにだけ現れるのは字幕の文字。

「芸術と美、それが人生!」私たちは哲学者の言う通り、綺麗に並べられた言葉のように話すことも行動することもできないでしょう。

それでも目に見える文字となって現れるこのシーンは、儚い美しさに満ちたものではないでしょうか。

まとめ

参考映像:『裁かるゝジャンヌ』(1928)

主人公のナナという女性。

劇中で彼女がカール・ドライヤー監督によるサイレント映画『裁かるゝジャンヌ』(1928)を観るシーンがあります。

火刑を宣告され涙をこぼすジャンヌ・ダルク、ナナの瞳からも涙が溢れます。

ナナは無垢で純粋そのもの。そんな彼女がいつしか自分では希望していなかった道を歩むことになり、愛や幸せの意味を模索しながらその結末を迎えてしまう…「自分の人生を生きる」皮肉めいた響きを持ちながらも自分の意思を感じさせるタイトルを持つこの映画。

『女と男のいる舗道』とナナの姿はこれからも私たちを惹きつけることでしょう。

次回の『偏愛洋画劇場』は…

次回は8月6日(月)に、ジャン=ジャック・ベネックス監督の作品に注目します。

お楽しみに!

【連載コラム】『偏愛洋画劇場』記事一覧はこちら

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