Cinemarche

映画感想レビュー&考察サイト

連載コラム

Entry 2024/11/02
Update

香港映画『ラスト・ダンス』あらすじ感想評価レビュー。葬儀業界を通して知る家族の在り方とは⁉︎|TIFF東京国際映画祭2024-4

  • Writer :
  • 松平光冬

映画『ラスト・ダンス』は第37回東京国際映画祭・ワールド・フォーカス部門で上映!

香港の人気コメディアンのダヨ・ウォンと、日本で一世を風靡した「Mr.Boo!」シリーズ(1979~85)の往年の大スター、マイケル・ホイ共演による『ラスト・ダンス』が、第37回東京国際映画祭ワールド・フォーカス部門で上映されました。

左からダヨ・ウォン、マイケル・ホイ、ミシェール・ワイ/撮影:松平光冬

去る10月30日の2回目の公式上映後、監督・脚本のアンセルム・チャン、出演俳優のダヨ・ウォン、マイケル・ホイ、ならびにミシェール・ワイが参加して行われたQ&Aの模様を、作品レビューと併せてレポートします。

【連載コラム】『TIFF東京国際映画祭2024』記事一覧はこちら

映画『ラスト・ダンス』の作品情報


(C)2024 Emperor Film Production Company Limited. All Rights Reserved

【日本上映】
2024年(香港映画)

【原題】
破.地獄(英題:The Last Dance)

【製作・監督・脚本】
アンセルム・チャン

【共同製作】
ジェイソン・シウ、チャン・センヤン

【共同脚本】
チェン・ワイケイ

【編集】
ウィリアム・チャン、カラン・パン

【キャスト】
ダヨ・ウォン、マイケル・ホイ、ミシェール・ワイ、キャサリン・チャウ、チュー・パクホン

【作品概要】
香港の映画・テレビ業界で脚本家として名を馳せたアンセルム・チャン監督の第3作。香港の葬儀業界をテーマに、チャン自ら脚本も担当。

人気コメディアンとして『毒舌弁護人 正義への戦い』(2023)などに出演したダヨ・ウォンと、「Mr.Boo!」シリーズ(1979~85)のマイケル・ホイが『マジック・タッチ』(1991)以来の共演。『ザ・スリープ・カース』(2019)のミシェール・ワイが脇を固めます。

2024年の第37回東京国際映画祭において、ワールド・フォーカス部門上映されました。

映画『ラスト・ダンス』のあらすじ

(C)2024 Emperor Film Production Company Limited. All Rights Reserved

コロナパンデミックにより会社を畳んだウェディング・プランナーのドウサンは、交際中の恋人のツテを通じて、葬儀社に転職することに。

最初は見解の違いから、道教式の葬儀師を勤めるマンとしばしば衝突するドウサン。しかしながら、やがて仕事を通して、生と死の意味を理解するようになっていきます。

そんな中、マンの娘ユッと彼女の兄ジビンを含めた家族問題が生じ……。

映画『ラスト・ダンス』の感想と評価

(C)2024 Emperor Film Production Company Limited. All Rights Reserved

本作『ラスト・ダンス』は、これまであまり映画で描かれたことのない香港の葬儀業界を扱っています。

香港では仏教形式、キリスト教形式のほかに道教形式で葬儀を執り行うのが一般的とされています。

道教の葬儀では、献花や食物を供えて鐘を鳴らしたり、天国で暮らせる家や故人に所縁のある物を紙で作って焚き火で燃やすことで、その霊を弔います。

なかでも一番の特徴と言えるのが、道士と呼ばれる葬儀師の存在。道士と聞いて『霊幻道士』(1985)で妖怪のキョンシー(殭屍)を退治する人物を連想する方もいるでしょうが、道士とは本来、道教の教義に則って宗教活動をする者を指します。

葬儀における道士は、かいつまんで言うと故人が誤って閻魔様によって地獄に落ちないように天国へと誘う役を担っており、原題でもある「破.地獄」と呼ばれる9枚の煉瓦を割り、位牌を抱えて火=地獄を飛び越える儀式を執り行います。

(C)2024 Emperor Film Production Company Limited. All Rights Reserved

コロナ禍がきっかけで葬儀社に転職した本作の主人公ドウサンは、前職のウェディング・プランナーの経験を活かして葬儀に斬新かつ目立つ演出を施したり、遺灰を混入したアクセサリーを作成するなどの経営プランを打ち出します。

しかし、伝統ある道教方式の葬儀を重んじる葬儀社オーナーで道士のマンとは当然ながら衝突。さらにマンは、後継者にあたる息子のジビンを認めようとはせず、救命士をしている娘のユッには「女性は穢れた存在」だとして、安易に接触させるのを許しません。

旧態依然な考え方を、仕事のみならず家族にも押し通すマン。特に「女性は道士にはなれない」というしきたりは、ダイバーシティが叫ばれる昨今のモラルでは受け入れがたいものがあるでしょう。

一方、50代という年齢にさしかかったことで、恋人との将来に不安を抱えていたドウサンもまた、予期せぬ事態と直面します。

対極な位置にいたドウサンとマンが、“死”というキーワードをきっかけに邂逅し、そこから生じる化学変化が大きな見どころと言えます。

映画『ラスト・ダンス』Q&Aイベントレポート

Q&Aイベントの様子。一番左はアンセルム・チャン監督/撮影:松平光冬

10月30日に2回目の公式上映となった『ラスト・ダンス』。冒頭の挨拶で、「『ラスト・ダンス』は(日本映画の)『おくりびと』です」というダヨ・ウォンの日本語スピーチで会場が和んだところで、イベントがスタート。

「本作を撮ろうと思ったきっかけは?」と質問されたアンセルム・チャン監督は、「コロナ禍で亡くなった人の葬儀に参加し、気分が落ち込んだ時に脚本を書きました。人間は死を受け入れるしかない。限りのある生きている時間を、周りの人のために役立ててほしいという思いを込めて、この映画を作りました」と回答。

「役を演じるにあたり工夫や勉強したことは?」というキャスト陣への質問には、「死化粧や死装束の作法や、葬儀にかかる費用はどれぐらいかをしっかり勉強しましたよ」(ダヨ)、「シリアスな頑固親父の役でしたが、私とは正反対の性格なので、しっかり考えながら役作りしました」(マイケル)、「救命士役でしたので、救急措置の方法を学びました」(ミシェール)とそれぞれ回答。

「小さい時から『破.地獄』の儀式を見てきましたが、なぜ道士が9枚の煉瓦を割るのか分かりませんでした。地獄には9層あり、それらを煉瓦に見立てて剣で破壊することで天国へ行くことができると、この映画の撮影で初めて知りました」(ミシェール)と、キャスト自身も発見があったようです。


地元香港ではファッションモデルとしても活躍するミシェール・ワイ/撮影:松平光冬

Q&A中で印象的だったのは、ダヨのサービス精神。「(葬儀シーンを監修した)顧問の方によると、土葬した遺体の骨から漂う悪臭は日本の京都まで届くらしいね」と裏話(?)を披露した一方で、熱く語るチャン監督のスピーチを懸命にメモする通訳スタッフを見かねて、「スピーチが長すぎるよ…」とジェスチャーするなど、スタンダップコメディアン出身らしく、常に観客を楽しませたいという気遣いを感じました。

「お化けの類は苦手なので、そのあたりのリサーチはしませんでした」と語ったマイケル・ホイは、近年はシリアス演技で映画賞を獲得するなど、80代になっても第一線で活躍中。本作での堅物で頑固な演技は、彼の新たな一面となるはずです。


身振り手振りを交えてスピーチするダヨ・ウォン。香港から来たと思われる観客の声援を常に受けていた/撮影:松平光冬

まとめ

Q&A終了後のフォトセッションでは、観客として来場していたジビン役のチュー・パクホン(左から2人目)も参加/撮影:松平光冬

「『破.地獄』の儀式は香港の文化遺産でもありますが、(道士の動きは)踊っているようにも見えます。だから英語タイトルを『ラスト・ダンス』にしました」と語ったチャン監督。クライマックスである人物が執り行う「破.地獄」は、タイトル通りの“ラスト・ダンス”となっています。

一口に葬儀といっても、宗教によって作法は異なりますし、考え方もさまざま。ただ確実に言えるのは、死は人の命を持ち去る一方で、生者に与えるものもあるということ

死生観を考え直す機会を与えてくれる作品として、日本での一般公開に期待したいところです。

【連載コラム】『TIFF東京国際映画祭2024』記事一覧はこちら

松平光冬プロフィール

テレビ番組の放送作家・企画リサーチャーとしてドキュメンタリー番組やバラエティを中心に担当。『ガイアの夜明け』『ルビコンの決断』『クイズ雑学王』などに携わる。

ウェブニュースのライターとしても活動し、『fumufumu news(フムニュー)』等で執筆。Cinemarcheでは新作レビューの他、連載コラム『だからドキュメンタリー映画は面白い』『すべてはアクションから始まる』を担当。(@PUJ920219





関連記事

連載コラム

『500ページの夢の束』感想レビュー。自己表現としてのSF物語|SF恐怖映画という名の観覧車12

連載コラム「SF恐怖映画という名の観覧車」profile012 人の作る「物語」には不思議な力があります。 それは時に誰かに「夢」や「希望」を与えたり、道を進んでいく動力源にもなれる、ドラマや映画など …

連載コラム

映画『戦場を探す旅』あらすじと感想。フランス人監督オーレリアン・ヴェルネ=レルミュジオーがカメラマンの視点で戦争の真実を描く|TIFF2019リポート28

第32回東京国際映画祭・コンペティション部門『戦場を探す旅』 2019年にて32回目を迎える東京国際映画祭。令和初となる本映画祭が2019年10月28日(月)に開会され、11月5日(火)までの10日間 …

連載コラム

『とら男』あらすじ感想と解説評価。金沢女性スイミングコーチ殺害事件の“真犯人を追う元刑事の姿”を活写|映画という星空を知るひとよ107

連載コラム『映画という星空を知るひとよ』第107回 刑事歴30数年の元刑事が本人役として主演を務め、かつて自身が捜査にあたった未解決事件の真相に迫る異色ミステリーの映画『とら男』。 時効となった未解決 …

連載コラム

映画『TAR/ター』あらすじ感想と評価解説。ケイト・ブランシェットは主演作で“天才指揮者リディアター”を怪演|映画という星空を知るひとよ147

連載コラム『映画という星空を知るひとよ』第147回 トッド・フィールド監督とケイト・ブランシェットの最強タッグが放つ驚愕のサイコスリラー『TAR/ター』。 ⾳楽界の頂点に上りつめたと言えるベルリンフィ …

連載コラム

映画『スクールズ・アウト』感想と評価。キャストの演技力が結末の衝撃まで牽引する|SF恐怖映画という名の観覧車70

連載コラム「SF恐怖映画という名の観覧車」profile070 当コラムでは今週も引き続き「シッチェス映画祭ファンタスティック・セレクション 2019」より、おススメの作品をピックアップして深堀してい …

【坂井真紀インタビュー】ドラマ『家族だから愛したんじゃなくて、愛したのが家族だった』女優という役の“描かれない部分”を想像し“元気”を届ける仕事
【川添野愛インタビュー】映画『忌怪島/きかいじま』
【光石研インタビュー】映画『逃げきれた夢』
映画『ベイビーわるきゅーれ2ベイビー』伊澤彩織インタビュー
映画『Sin Clock』窪塚洋介×牧賢治監督インタビュー
映画『レッドシューズ』朝比奈彩インタビュー
映画『あつい胸さわぎ』吉田美月喜インタビュー
映画『ONE PIECE FILM RED』谷口悟朗監督インタビュー
『シン・仮面ライダー』コラム / 仮面の男の名はシン
【連載コラム】光の国からシンは来る?
【連載コラム】NETFLIXおすすめ作品特集
【連載コラム】U-NEXT B級映画 ザ・虎の穴
星野しげみ『映画という星空を知るひとよ』
編集長、河合のび。
映画『ベイビーわるきゅーれ』髙石あかりインタビュー
【草彅剛×水川あさみインタビュー】映画『ミッドナイトスワン』服部樹咲演じる一果を巡るふたりの“母”の対決
永瀬正敏×水原希子インタビュー|映画『Malu夢路』現在と過去日本とマレーシアなど境界が曖昧な世界へ身を委ねる
【イッセー尾形インタビュー】映画『漫画誕生』役者として“言葉にはできないモノ”を見せる
【広末涼子インタビュー】映画『太陽の家』母親役を通して得た“理想の家族”とは
【柄本明インタビュー】映画『ある船頭の話』百戦錬磨の役者が語る“宿命”と撮影現場の魅力
日本映画大学