ベストセラー作家に近づく、謎に満ちたELLE(エル=彼女の意)と名乗る女。彼女は一体何者なのか!?
二人の女性の予測不能の運命をスリリングに描いたロマン・ポランスキー監督の『告白小説、その結末』をご紹介します。
映画『告白小説、その結末』の作品情報
【公開】
2018年(フランス・ベルギー・ポーランド映画)
【原題】
D’apres une histoire vraie
【原作】
デルフィーヌ・ド・ヴィガン(『デルフィーヌの友情』/水星社)
【監督】
ロマン・ポランスキー
【キャスト】
エマニュエル・セニエ、エヴァ・グリーン、バンサン・ペレーズ、ドミニク・ピノン、ジョゼ・ダヤン、ブリジット・ルアン、ノエミ・ルボフスキー
【作品概要】
鬼才ロマン・ポランスキー監督が、『毛皮のヴィーナス」』以来4年ぶりに手がけた監督作。フランスの女性作家デルフィーヌ・ドゥ・ビガンの小説『デルフィーヌの友情』を映画化。作家とそのファンというふたりの女性の関係性の変化をサスペンスフルに見つめている。
映画『告白小説、その結末』のあらすじとネタバレ
心を病んで自殺した母親との生活を綴った私小説がベストセラーとなった女流作家デルフィーヌ・デリューのサインを求めて、パリのブックフェアでは長い列が出来ていました。
読者はみな、「あなたの作品が大好きだ」「生きる力を与えてくれた」と目を輝かせて、デルフィーヌに言葉をかけますが、デルフィーヌは代理人にサイン会を終了してくれるよう合図します。
彼女は心身ともに疲れ果てていました。新作の構想もまったく進まず、極度のスランプに陥っているのでした。
強引にサイン会を切り上げましたが、今度はすぐに出版業界が主催のパーティーに出席しなければいけません。
海外で彼女の小説を担当しているという出版社の男が近づいてきて、ダンスをせがみました。
快く応じたように見せながらすばやくその場を去るデルフィーヌ。控室にいくと、さきほど、サインを求めてきた女性が座っていました。
その時は、また列が出来たら困るからと断ったのですが、彼女にいい印象を抱いていたデルフィーヌは自分から、本を持っていたらサインするわと言うのでした。
女性は、「あなたの小説はまるで私のために書かれたように思えるの」と言い、微笑みました。
サインを書くのに名前を尋ねると、女性は不思議なことに「エル(ELLE)=彼女」と名乗りました。
デルフィーヌを中傷する匿名の手紙が送られてくるのも、デルフィーヌの神経をまいらせる原因の一つでした。
「家族の不幸はさぞ分け前が多かったろう」それは悪意に満ちた文面でした。
デルフィーヌはパソコンの前に座り、ワードを開きますが、まったく何も書くことができません。その時、エルから電話がかかってきました。
近所のカフェでエルと再会したデルフィーヌは「電話番号を教えたかしら」と尋ねました。その記憶がないのです。「社交辞令でもらったわ」とエルは応えました。
エルはセレブリティの本を代筆するゴーストライターだということがわかりました。不思議なことに彼女と話していると、心が落ち着くのです。
相変わらず、書けない日々が続いていました。たまりかねて、バルコニーに出ると電話がかかってきました。エルです。
なんと彼女はデルフィーヌの家の正面のアパートに引っ越してきて、こちらに手を振っていました。
彼女の誕生パーティーに招かれてプレゼントを抱えてやってきたデルフィーヌでしたが、やってきたのは自分だけでした。招待状を出しても誰も一度も来たことがないのだ、とエルは言います。
夫の死後、誰も連絡してこないと続ける彼女に理由を問うと、「今は言えない」と返事が返ってきました。
デルフィーヌも夫とは自由を尊重して別居している上に、彼は世界中を飛び回っており、さらに子供たちも独り立ちして、むこうから連絡してくることはめったにありません。
孤独を抱えた女同士は、ますます、互いに信頼を寄せていくのでした。
デルフィーヌは新作のプロットをエルに渡し、読んで感想を聞かせてと頼みました。数日後、エルからは厳しい言葉を聞かされます。
「正直にいって面白くないわ。あなたは書くべきものを書くのが怖いのよ」
フィクションにこだわるデルフィーヌに、あなたは私小説を書くべきだとエルは言うのです。
匿名の手紙は相変わらず送られてきて、デルフィーヌを悩ませますが、今度はフェイスブックでデルフィーヌに成りすました何者かが好き勝手なことを書き、炎上していました。フェイスブックはやっていないのに。
心配してエルが尋ねてきます。「このままほっておくのはよくないわ」デルフィーヌにパソコンのパスワードを聞き、すばやく対処すると、疲れているデルフィーヌに薬を処方するのでした。
デルフィーヌは不安のせいで不眠症になり、起きているときもボンヤリとしていることが増えてきました。
仕事の依頼がたくさん来ているのですが、エルが代わりに断りの返信を打ってくれました。
余計な仕事は入れず、執筆に集中するべきだと彼女は忠告するのでした。
エルが借りている部屋の持ち主が海外から帰ってくることになり、次の部屋がみつかるまで、デルフィーヌの家にエルは住むことになりました。こうして二人の共同生活が始まります。
ある時、ラジオのインタビューの仕事をエルの了承を得ず受けたことで、エルは怒りを顕にしました。力任せに故障したミキサーを破壊するエル。
献身的に世話をしてくれると思えば、このように感情をむき出しにするエルに戸惑うデルフィーヌでしたが、心身の疲れがたまり、エルに頼らなければやっていけないほどになっていました。
高校での講演依頼があった際、エルはデルフィーヌに成りすまして講演することを提案します。
うまくいくわけないとデルフィーヌは言いますが、エルはデルフィーヌの髪型に似せ、彼女の服を着て、自信満々です。
しまいにはデルフィーヌもその勢いに押され、承諾してしまいます。
遅くに戻ってきたエルは、司書にばれて警察に連れて行かれたと語りましたが、生徒たちにはまったくばれなかったと講演の成功を報告するのでした。
しかし、デルフィーヌが、一人公園にやってきて、子どもたちに電話をかけた日、出版関係の友人にばったり出逢い、エルが、勝手に友人たちのメールに返信して連絡してこないように伝えていたことがわかりました。
夫と電話で話すと彼も心配してエルと距離を置くように忠告します。
エルに文句を言うと、エルはあなたが執筆に集中できるように配慮したのにと猛反発して家を出て行ってしまいました。
買い物を終えて、アパルトメントの長い階段を登っていたデルフィーヌは、突然なった電話を取ろうとして、バランスを崩して階段を転げ落ち、足の骨を折ってしまいます。
階下の住人が飛び出てきて、救急車を呼んでくれましたが、病院に真っ先に現れたのはエルでした。
彼女は献身的にデルフィーヌを世話し、二人の関係は元の鞘におさまるのでした。
エルの提案で田舎の別荘に行き、そこで執筆活動をすることになりました。松葉杖をつくデルフィーヌを車に乗せ、エルは車をスタートさせました。
雨が降りしきる中、これまであまり自分のことを語らなかったエルが過去の話を始めました。
19歳のときに荒々しい男と愛し合ったこと、男は山岳ガイドで、二人は結婚。
しかし山小屋で彼が拳銃自殺を遂げたこと、母親の死後、父との生活は暴力的で恐ろしかったこと、家が焼けて父が死んだことなどを。
そしてキキという空想上の友人のこともエルは告白しました。
デルフィーヌはこれこそ、小説の題材に相応しいと確信します。エルの人生こそ書くべきことだ、彼女に知られないように、いろいろと聞き出さねばならない…。
映画『告白小説、その結末』の感想
小説家の心に巧みに忍び寄り、パソコンのパスワードも合鍵も軽々と手に入れ、小説家に成りすまそうとまでする彼女「エル」とは何者なのか?
献身的に世話をするかと思うと、ヒステリックな怒りを顕にするエルに戸惑いつつも惹かれ、依存していく小説家。彼女はなぜ、これほどエルに心を許すのか!?
ロマン・ポランスキー監督は正統派ミステリーの手法とパラノイアなスリラーの要素を巧みに掛け合わせながら、スリリングに物語を展開させます。
とりわけ、雨のシーンが印象的です。
雨が降りしきる中、車を運転しながらエルが奇怪ともいえる彼女の身の上話をするのですが、フロントガラスの向こうに滲む街の燈火がムードを高め、アレクサンドル・デスプラによる音楽が疾走感を盛り上げます。
ライトに照らされて浮かび上がる別荘はさながらホラー映画の舞台のよう。それでいて一夜開けると落ち着いた朝の風景に様変わりしており、その対象的な様はエルとデルフィーヌの不思議な関係のあり方に似ています。
また、ラスト近く、激しく降る雨の中、松葉杖をついたデルフィーヌが、照明の灯った民家をみつけ、早くたどりつこうとするもどかしい場面と彼女の背後に車のライトが光って近づいてからの展開は、まさにヒッチコックタッチのスリルとショックに満ちています。
「キキ」という「エル」の架空の親友の名前が登場しますが、「エル」はデルフィーヌにとっての「キキ」だったのか?
はたまた「エル」はもうひとりのデルフィーヌなのか(「私たち一心同体ね」というエルの台詞があります)!?
あるいは、アーティストが作品を産み出すのには、これほどまで壮絶な闘いを要するという暗喩なのか?!
観る人によって様々な解釈が成り立つでしょう。
こうした曖昧さととらえどころのない奇妙な感覚は、クリステン・スチュワート主演の心霊ミステリー『パーソナル・ショッパー』(2016)の監督、オリヴィエ・アサイヤスが脚本を担当している影響が大きいかもしれません。
サイン会の場面が二度、冒頭とラストに出てきますが、デルフィーヌの表情がまったく違っているのも、謎を解き明かすヒントかもしれません。
まとめ
エルを演じるのは、美貌で知られ、有名ブランドのモデルもこなすエヴァ・グリーン。感情の起伏の激しい謎めいた人物を熱演しています。
売れっ子作家のデルフィーヌを演じるのは、ロマン・ポランスキー監督の妻でもあるエマニュエル・セニエ。
デルフィーヌが劇中、「何もかも隠し事なく全てをさらしているのよ」と叫ぶシーンがあるのですが、エマニュエル・セニエもまた、全てをさらして演じていると言っても良い迫真ぶりです。
緊張感溢れる二人の演技に目が離せません。
ところで、デルフィーヌが創作ノートとして使っている4冊のノートが全てエドワード・ホッパーの絵を使ったものだったのですが、ノートが画面に映るたび、猛烈にほしい!と思ってしまいました。