亡きハンターの幻影を生んだのは「現実逃避」だけでない?
水と食料はなく、スマホの電波も通じず、鉄塔の周りには人影もない……“地上600メートルの絶望”に立たされた時、人間は生き残ることができるのか。
映画『FALL/フォール』は、“地上600メートル”の老朽化した超高層鉄塔の頂上にとり残された者たちの顛末を描いたサバイバル・スリラー映画です。
本記事では、映画『FALL/フォール』の作中の伏線とともに本作の結末・ラストをネタバレ有りで考察・解説。
ベッキーの現実逃避と「想像が生み出す暗示」が結んだ亡きハンターの虚像、現実を受け入れたことで「死という現実をもたらすもの」をも食らおうとするベッキーの姿から見えてくるものなどを探っていきます。
CONTENTS
映画『FALL/フォール』の作品情報
【日本公開】
2023年(イギリス・アメリカ合作映画)
【原題】
FALL
【監督】
スコット・マン
【脚本】
ジョナサン・フランク、スコット・マン
【キャスト】
グレイス・フルトン、ヴァージニア・ガードナー、ジェフリー・ディーン・モーガン、メイソン・グッディング
【作品概要】
超高層鉄塔へと取り残された二人の女性の顛末を描いたサバイバル・スリラー。監督は『ファイナル・スコア』『タイム・トゥ・ラン』などのアクション映画で知られるスコット・マン。
夫を落下事故で亡くした主人公ベッキー役は『シャザム!』(2019)などの話題作に出演のグレイス・フルトン、その親友ハンター役は『ハロウィン』(2018)のヴァージニア・ガードナー。また「ウォーキング・デッド」シリーズなどで知られるベテラン俳優ジェフリー・ディーン・モーガンが出演。
映画『FALL/フォール』のあらすじ
山でのフリークライミングの最中に夫ダンを落下事故で亡くしたベッキーは、悲しみから抜け出せず1年が経とうとしていた。
ある日、ベッキーを立ち直らせようと親友のハンターが新たにクライミングの計画を立てる。
今は使われていない地上600mのモンスター級のテレビ塔をターゲットとして選んだ彼女たちは、老朽化で足場が不安定になった梯子を登り続け、なんとか頂上へと到達することに成功する。
そこでベッキーは夫の遺灰を空から撒くことで、彼を偲び、新たな1歩を踏み出す決意を示すが、それもつかの間、梯子が崩れ落ち、彼女たちに次々と困難が襲いかかる!
自分たちの持つ技術と知識をフル活用して、どうにかこの危機を抜け出そうとするが……。
映画『FALL/フォール』の感想と評価
ハンターの幻影は「幻覚」か「幽霊」か
鉄塔に登る直前、恐怖により登頂を断念しようとするベッキーに「私はずっとそばにいる」と親友のハンターは励ました。
映画後半で落下死を遂げても、ハンターは幻影としてベッキーのそばを離れませんでした。そして幻影と判明し姿を消した後もベッキーは絶望せず、ハンターの言葉を胸に、彼女の遺体を利用してでも生き抜こうとしました。ハンターの言葉は、彼女の死後も守られ続けたのです。
そもそも落下死後も現れたハンターの幻影は、ベッキーの現実逃避に起因する幻覚だったのでしょうか。それとも、いわゆる「幽霊」と呼ばれるものだったのでしょうか。
夫ダンのフリークライミング中での落下死の後、悲嘆に暮れ酒浸りになっていたベッキーを彼女の父は心配し、励まそうと努めていました。しかしベッキーは亡きダンを「そこまで立派な男ではなかった」と評した父を許さず、彼の言葉に耳を貸しませんでした。
「そもそも、なぜベッキーの父はダンをそう評価していたのか」「父がダンを悪く評価した理由を自身に明かさないのだとしたら、それはなぜなのか」……。
「ダンは結婚直前まで、ハンターとも関係を持っていた」という真実をハンター自身の口から聞かされるまで、ベッキーは父の言動の真意やダンの裏の顔という現実に目を向けることはありませんでした。実は少しは気づいていたけれど、ハンターの死を受け入れなかったように、気づかないふりをしていたのかもしれません。
想像による暗示×現実逃避=幽霊という虚像
『FALL/フォール』に登場する地上600mの全長をほこる超高層鉄塔「B67テレビ塔」は、その名称の通り以前まではテレビ放送用の電波塔として使用されていましたが、現在は電波塔としての役目を終え、解体を控える「廃塔」として描かれています。
電波を受信・発信する役目を持っているが、幽霊を「電磁波に似た性質を持つエネルギーの集合体だ」「電波を含む電磁波に干渉できる特性を持つ」という俗説からか、幽霊を引き寄せる場所=心霊スポットとなり得る場所と信じられることもある電波塔。
「幽霊と電磁波の関係性」は正直信憑性が考えざるを得ないものではありますが、少なくとも想像が生み出す「暗示」は時に人間に対して尋常ではない効力を発揮することは知られています。
電波をはじめとする電磁波と、電波によって送られる情報を受信する電波塔。電波塔としての役目を終え、電波塔としての「死」を迎えても、塔は今も「電波に似た、得体の知れない何か」を受信しているのではないか……。
「死んだ電波塔=心霊スポット、あるいはは『怖い何か』を受信する場所」という人間の想像が生む暗示が、ベッキーという個人が無意識に望んだ現実逃避と結びつき、亡きハンターの「幽霊」という虚像を生んだ。
『FALL/フォール』は、ある意味では「暗示の人間に対する効力と、個人の現実逃避が生み出した虚像こそが『幽霊』」という非常に現実的な解釈に基づいた「幽霊譚」といえます。
まとめ/死という現実を受け入れ、生きる
幽霊の正体ともいうべきハンターの落下死体を目にしたことで、ベッキーはハンターの「幽霊」を見ることはなくなり、『FALL/フォール』の幽霊譚としての側面もなりを潜めていきます。
なお映画作中では、「目をそらすべきではない現実」を象徴するものとして「他者の命を食らうもの」がたびたび描写されています。それが、鉄塔の真下で死にかけている犬を、そしてハンターの亡骸を啄ばんでいたハゲタカです。
鳥葬が一部地域では現在も執り行われている通り、人間にとっては未知にして「死」の領域を飛び交う鳥たちは「死の領域で存在し、死という避けがたい現実を人間にもたらすもの」と捉えることもできます。結果ベッキーは、屍肉を啄ばむ鳥たちによって「ベッキーの死」という現実を突きつけられたのです。
しかしベッキーは「ハンターが死んでしまったのだから、きっと自分も死んでしまうんだ」という新たな現実逃避に至ることはありませんでした。
だからこそ、「死という現実をもたらすもの」という想像に基づく暗示に囚われることなく「食料になり得る生き物」としてハゲタカに食らいつき、ハンターの死という現実を受け入れた上で「ハンターの亡骸にスマホを埋め込むことで落下時の衝撃から守る」と決断できたのです。
まず現実を受け入れなくては、想像が生み出す暗示と現実逃避が結びつける「幽霊」という虚像を掻き消すことも、生き抜くこともできない。幽霊譚としての側面も持つ『FALL/フォール』は、最後にはやはり「サバイバル・スリラー映画」として観る者に「生きる術」を提示するのです。
編集長:河合のびプロフィール
1995年生まれ、静岡県出身の詩人。
2019年に日本映画大学・理論コースを卒業後、映画情報サイト「Cinemarche」編集部へ加入。主にレビュー記事を執筆する一方で、草彅剛など多数の映画人へのインタビューも手がける(@youzo_kawai)。