Cinemarche

映画感想レビュー&考察サイト

連載コラム

Entry 2024/05/28
Update

【映画考察】プリンス ビューティフル・ストレンジ|感想評価から紐解く“稀代のミュージシャンの音楽センスとルーツ”|だからドキュメンタリー映画は面白い83

  • Writer :
  • 松平光冬

連載コラム『だからドキュメンタリー映画は面白い』第83回

今回紹介するのは、2024年6月7日(金)より新宿シネマカリテほか全国順次公開される『プリンス ビューティフル・ストレンジ』

2016年に57歳で急逝したミュージシャン、プリンスの実像に迫った、ファンはもちろん、彼の音楽に一度でも触れたことのある人も注目の作品です。

【連載コラム】『だからドキュメンタリー映画は面白い』記事一覧はこちら

映画『プリンス ビューティフル・ストレンジ』の作品情報


(C)PRINCE TRIBUTE PRODUCTIONS INC.

【日本公開】
2024年(カナダ映画)

【原題】
Mr Nelson on the North Side

【監督】
ダニエル・ドール、エリック・ウィーガンド

【製作】
ダニエル・ドール

【製作総指揮】
マーク・ピッカリング、ジョン・ケリー

【撮影】
ニック・ラット

【ナレーション】
キース・デビッド

【キャスト】
プリンス(アーカイブ映像)、チャカ・カーン、チャックD、ビリー・ギボンズ、ランディ・クエイド、ランディ・バックマン、スパイク・モス

【作品概要】
2016年4月21日に57歳で急逝したミュージシャン、プリンスの真実に迫ったドキュメンタリー。

地元ミネアポリスでの音楽的な原体験や、恩師・家族が語る幼少期のエピソードに加え、彼を敬愛するミュージシャンのインタビューも交えながら、その実像を浮き彫りにしていきます。

ナレーションを『クラウド アトラス』(2012)『NOPE ノープ』(2022)などに出演した俳優キース・デビッドが担当。

カルトSF長編『レプリケーター』(1994)テレビドラマシリーズ「スターハンター」(2000)を手がけたダニエル・ドールと、あらゆる車のレストアに尽力する男たちにスポットを当てたリアリティ番組『Texas Metal(原題)』(2017~)のプロデューサーを務めたエリック・ウィーガンドが、共同で監督しました。

映画『プリンス ビューティフル・ストレンジ』のあらすじ

(C)PRINCE TRIBUTE PRODUCTIONS INC.

1980年代の自伝的映画『パープル・レイン』とそのサントラのメガヒットで世界的スターとなり、12枚のプラチナアルバムと30曲のトップ40シングルを生み出し、7度のグラミー賞を受賞、2004年にはロックの殿堂入りを果たすなど、その生涯にわたってロック・ポップス界の頂点に君臨し続けたプリンス。

地元の北ミネアポリスでの音楽的原体験や、恩師・家族が語る幼少期のエピソード、さらにチャカ・カーン、チャックD、ビリー・ギボンズら敬愛するミュージシャンのインタビューも交えながら、“孤高の天才”の実像を浮き彫りにしていきます。

“殿下”のルーツを辿る

(C)PRINCE TRIBUTE PRODUCTIONS INC.

ポール・マッカートニーが“クリエイティブの巨人”と称せば、エリック・クラプトンも“世界で最高のギタリストの一人”と賞賛。日本のファンからは親しみを込めて“殿下”と呼ばれるなど、さまざまな異名を持つプリンス。本作『プリンス ビューティフル・ストレンジ』は、2016年4月21日に57歳で亡くなった彼に迫ったドキュメンタリーです。

ただ、冒頭で「プリンス・エステート(財団)は本作と無関係であり、本作関係者に知的財産をライセンス共有していません」と注意書きが出ることからも、プリンスの音楽やアーカイブ映像使用は、ごく少数に限られています。

本作が特に重きを置いているのは、彼のルーツ、つまりは生まれ育った地である北ミネアポリスといえます。

本名プリンス・ロジャーズ・ネルソンことプリンスが生まれたミネソタ州の北ミネアポリスは、住民の99パーセントが白人という環境下で、全米でも黒人差別が激しい地区とされていました。

公民権法が制定された2年後の1966年、同地に黒人の少年少女たちが音楽やスポーツを楽しめるコミュニティー・センターがオープン。「ザ・ウェイ」と名が付いたその施設に12歳から通い出したプリンス少年について、センター代表のハリー・スパイク・モスを筆頭とする関係者が語っていきます。

ザ・ウェイで27種類もの楽器を熟達すれば、友人たちとバンドを結成してさらに磨きがかかり、シンセサイザーを主体としたファンク、いわゆるミネアポリス・サウンドの中心人物と呼ばれるまでになったプリンス。やがて19歳でワーナー・ブラザースとメジャー契約を結びますが、その際に出した条件が、「黒人を強調しないでほしい。皆にアピールして成功する為には、皆の好みに合わせるべきだ」

「僕に黒人音楽を作れと言わないでくれ」……基盤としてきたファンクなら、すぐさま同胞たちの支持を得られたはず。しかし殿下は、もっとその先を見据えていたのです。

プリンス『1999』PV

常に投じた音楽業界への一石

(C)PRINCE TRIBUTE PRODUCTIONS INC.

「肌の色でなく作品の質で判断してもらう」、本作で使われている数少ないアーカイブ映像でキッパリと断言していたとおり、ファンクのみならずロック、ポップスなど、あらゆるジャンルの垣根を飛び越えた曲を発表していったプリンス。

時としてはそれは過去にない実験的な要素を含んでいました。劇中では触れていませんが、代表曲ともいえる「パープル・レイン」は、元々11分という長さを想定していたとされますし、88年発表のアルバム『Lovesexy』では、CDのスキップ機能を良しとせず、全9曲を1トラック(1曲)として収録したケースなどは(後年には9トラック盤も発売)、彼のクリエイティブな一面が垣間見えます。

そしてまた時として、そうした活動は衝突・軋轢を生むことに。契約元のワーナーによるクリエイティブ・コントロールの介入への反発の意思表示として、“SLAVE(奴隷)”と頬に書いてステージに立てば、93年にはアーティスト名を発音不可能なシンボルマークにしてしまうなど、物議を醸しました。

そうした音楽業界の在り方に投じてきた一石が多すぎたがゆえに、孤高の天才と呼ばれる所以になったとも言えるプリンスですが、一方ではファン・ファーストのために陰ながら動いていた事実も、本作で明かされます。

生前の彼が音楽界、引いてはファンたちにどう貢献していたのかは、是非とも本編を観ていただきたいのですが、チャカ・カーン、チャックD、ビリー・ギボンズなど、親交があった証言者のエピソードもまた、実像を深堀りしていきます。

(C)PRINCE TRIBUTE PRODUCTIONS INC.

「ファンタジーの中にいるようなミュージシャン」、本作にも推薦コメントを寄せている漫画『ジョジョの奇妙な冒険』の作者・荒木飛呂彦は、敬愛するプリンスをこう評します(『ビルボードジャパン』インタビューより)。

それは前述してきたとおり、我々の想像の範疇を超えた活動をしてきたことからも伺えますし、さらには早世したことで、彼を包みこむファンタジーがより強まった感もあります。

もちろん、現世に遺した作品はファンタジーではなくリアル。プリンスについてよく知らない人でも、彼の曲はどこかで耳にしているはず。

奇しくも2024年は、彼の名を一層高めるきっかけとなった『パープル・レイン』発表から40年という節目にあたるため、メディアを通じて触れる機会は多くなることでしょう。

なぜ殿下は終生ミネアポリスを愛し続けたのか。ファンなら改めてその魅力を再確認できるでしょうし、本作で初めて殿下に触れた方は、気に入った曲を探す旅に出るのもいいかもしれません。

次回の連載コラム『だからドキュメンタリー映画は面白い』もお楽しみに。

【連載コラム】『だからドキュメンタリー映画は面白い』記事一覧はこちら

松平光冬プロフィール

テレビ番組の放送作家・企画リサーチャーとしてドキュメンタリー番組やバラエティを中心に担当。主に『ガイアの夜明け』『ルビコンの決断』『クイズ雑学王』などに携わる。

ウェブニュースのライターとしても活動し、『fumufumu news(フムニュー)』等で執筆。Cinemarcheでは新作レビューのほか、連載コラム『だからドキュメンタリー映画は面白い』『すべてはアクションから始まる』を担当。(@PUJ920219


関連記事

連載コラム

映画『ネバー・ダイ』ネタバレ感想と考察評価。フィリピンアクションのスタントガールが必殺で悪を討つ!|未体験ゾーンの映画たち2020【延長戦】見破録8

連載コラム「未体験ゾーンの映画たち2020【延長戦】見破録」第8回 様々な国籍・ジャンルを持つ、世界のあらゆる映画を紹介する「未体験ゾーンの映画たち2020【延長戦】見破録」。第8回で紹介するのはフィ …

連載コラム

映画『脱走特急』ネタバレあらすじと感想。ロシアの実話として若き女性鉄道兵たちの戦争秘話を描く|未体験ゾーンの映画たち2020見破録42

連載コラム「未体験ゾーンの映画たち2020見破録」第42回 「未体験ゾーンの映画たち2020見破録」の第42回で紹介するのは、第2次世界大戦の激戦地、レニングラードで活躍した、女性鉄道兵たちを描いた戦 …

連載コラム

細野辰興の連載小説 戯作評伝【スタニスラフスキー探偵団~日本俠客伝・外伝~】③

細野辰興の連載小説 戯作評伝【スタニスラフスキー探偵団~日本俠客伝・外伝~】(2019年4月下旬掲載) 【細野辰興の連載小説】『スタニスラフスキー探偵団~日本俠客伝・外伝~』の一覧はこちら CONTE …

連載コラム

映画『トールマン』ネタバレ感想と結末までのあらすじ。パスカル・ロジェ監督が放つどんでん返しの魅力とは|SF恐怖映画という名の観覧車60

連載コラム「SF恐怖映画という名の観覧車」profile060 鑑賞前と鑑賞後で作品に対するイメージが大きく異なる映画が存在します。 ホラー映画『ゴーストランドの惨劇』(2019)の日本公開が2019 …

連載コラム

『ジオウ』キャストと平成仮面ライダーを演じた歴代イケメン俳優の出自|邦画特撮大全12

連載コラム「邦画特撮大全」第12章 先日2018年9月2日(日)から放送が開始した平成仮面ライダー20作記念作品『仮面ライダージオウ』。 いまや“仮面ライダー”というと若手イケメン俳優の登竜門です。オ …

【坂井真紀インタビュー】ドラマ『家族だから愛したんじゃなくて、愛したのが家族だった』女優という役の“描かれない部分”を想像し“元気”を届ける仕事
【川添野愛インタビュー】映画『忌怪島/きかいじま』
【光石研インタビュー】映画『逃げきれた夢』
映画『ベイビーわるきゅーれ2ベイビー』伊澤彩織インタビュー
映画『Sin Clock』窪塚洋介×牧賢治監督インタビュー
映画『レッドシューズ』朝比奈彩インタビュー
映画『あつい胸さわぎ』吉田美月喜インタビュー
映画『ONE PIECE FILM RED』谷口悟朗監督インタビュー
『シン・仮面ライダー』コラム / 仮面の男の名はシン
【連載コラム】光の国からシンは来る?
【連載コラム】NETFLIXおすすめ作品特集
【連載コラム】U-NEXT B級映画 ザ・虎の穴
星野しげみ『映画という星空を知るひとよ』
編集長、河合のび。
映画『ベイビーわるきゅーれ』髙石あかりインタビュー
【草彅剛×水川あさみインタビュー】映画『ミッドナイトスワン』服部樹咲演じる一果を巡るふたりの“母”の対決
永瀬正敏×水原希子インタビュー|映画『Malu夢路』現在と過去日本とマレーシアなど境界が曖昧な世界へ身を委ねる
【イッセー尾形インタビュー】映画『漫画誕生』役者として“言葉にはできないモノ”を見せる
【広末涼子インタビュー】映画『太陽の家』母親役を通して得た“理想の家族”とは
【柄本明インタビュー】映画『ある船頭の話』百戦錬磨の役者が語る“宿命”と撮影現場の魅力
日本映画大学