映画『マリア』は第36回東京国際映画祭・アジアの未来部門で作品賞受賞!
イランで著名な映画教師であるメヘディ・アスガリ・アズガディが、弱冠28歳で監督デビューを果たした『マリア』が、第36回東京国際映画祭アジアの未来部門に出品され、見事作品賞を受賞しました。
失踪した1人の女優の謎を追う映画監督が、事の真相に到達するまでをミステリー・タッチで描いた、緊迫のイラン作品をレビューします。
【連載コラム】『TIFF東京国際映画祭2023』記事一覧はこちら
映画『マリア』の作品情報
【日本公開】
2023年(イラン映画)
【原題】
Maria
【監督・脚本】
メヘディ・アスガリ・アズガディ
【製作】
アリ・ラドニ
【撮影】
ダウード・マレクホセイニ
【編集】
エルナズ・エバドラヒ
【音楽】
ハメド・サベット
【キャスト】
カミャブ・ゲランマイェー、パンテア・パナヒハ、サベル・アバール、マーシド・コダディ
【作品概要】
イラン・テヘランで映画学校Clapp Film Schoolを運営しているメヘディ・アスガリ・アズガディが、28歳で手がけた監督デビュー作で、主演のカミャブ・ゲランマイェーも、これが俳優デビューとなりました。
ゲランマイェー演じる映画監督が、イラン社会と映画界の間で板挟みとなった女性の失踪の謎を追う顛末をミステリー・タッチで描きます。
本作は第36回東京国際映画祭アジアの未来部門において、作品賞を受賞しました。
映画『マリア』のあらすじ
イランで映画監督をしているファルハドは、女優のパリサと結婚式を挙げる当日、改修中の陸橋から落ちてきた女性を撥ねてしまいます。
女性は意識不明のまま病院に担ぎ込まれ、事件性はないとして解放されたファルハドでしたが、彼女が2年前、彼の映画に出演を希望していたマリアと知り驚きます。
娼婦役を演じたリハーサル映像がネットに流出したことが原因で、皆の前から失踪してしまったマリアは、なぜ今まで行方をくらませていたのか?
事故で壊れた車の修理補償の件で、マリアの家族を訪ねたファルハドやパリサ、そしてパリサの母ゾーレでしたが……。
映画『マリア』の感想と評価
「そんなこと」で虐げられる女性
ネット社会における映像の流出がもたらす悲劇は、近年の映画でもよく題材として取り上げられます。
アスガー・ファルハディ監督作『英雄の証明』(2021)では、SNS動画の拡散で人生を狂わされていく男の姿を通したイランの実情が描かれていましたが、本作『マリア』も同じくイランを舞台としたミステリーです。
映画監督のファルハドは、陸橋から落ちてきた女性を撥ねて重傷を負わせてしまいますが、実はその女性は面識のあったマリアでした。
女優志望だったマリアは、かつてファルハドの映画で娼婦役を演じようとリハーサルに臨むも、その映像がネットに流出したことで本物の娼婦と誤解され、誹謗中傷の的とされた挙句に行方不明となっていたのです。
女性の権利が著しく低く、髪や肌を覆うヒジャブを公の場で外すという、まさに「そんなこと」で刑罰を加えられる恐れのあるイスラム国家においては、悪い噂が立つだけでも私刑により命を奪われかねません。特にマリアは、バローチと呼ばれるイラン民族の中でも保守的な民族の出身ということで、事態をより深刻なものになっていくのです。
因みにマリアは本作の監督メヘディ・アスガリ・アズガディの知人女性がモデルとなっていて、やはり娼婦を演じることを家族から猛反対され、女優の夢を諦めたのだとか。
流出画像を見た者の誤解で人生を狂わされてしまう、――たかが「そんなこと」でと思うかもしれませんが、これは世界で起こり得る悲劇。
今回の東京国際映画祭に同じく出品された『タタミ』の共同監督兼女優のザル・アミールは、出演テレビドラマの映像が誤解を招いてリベンジポルノの被害者となってしまい、2008年に母国イランから亡命しています。
ヒッチコックテイストで進むミステリー
なぜマリアは改修中の陸橋に上っていたのか?なぜマリアではなく、別の名前を名乗っていたのか?そもそも、今までなぜ行方をくらましていたのか?
あらゆる疑念を持ったまま、マリアが暮らしていた祖父の家を訪ねたファルハドでしたが、その祖父の挙動にも腑に落ちないものを感じ、さらにそれは深まっていくばかり。
さらに婚約者のパリサも、ファルハドの監督作で自分が演じた娼婦役は、元々はマリアが務めるはずだったと知り、彼に疑念を抱きます。
そもそも結婚式の当日に、1人でどこへ行こうとしたのか?マリアを車で轢いてしまったのは偶然だったのか?もしかしたらマリアと待ち合わせをしていたのではないか?
疑念が疑念を呼ぶ、まさにミステリー映画の雛形のような作劇で、これがデビュー作とは思えないほどの手腕を発揮しているアズガディ監督。
もっとも、劇中に『裏窓』(1954)のポスターが貼られていたり、失踪女性の謎を解くというストーリーが『めまい』(1958)を想起させることからアルフレッド・ヒッチコックへのオマージュも感じましたが、映画祭の公式上映後のQ&Aで、アズガディ監督の好きな映画に『めまい』が挙がったそう(監督本人は徴兵令の関係で来日不可)。
ほかにも、『シャイニング』(1980)やフランソワ・トリュフォー作品に似た構図も見受けられるなど、地元イランで映画学校を開いているというだけあって、映画への造詣が深いようです。
『めまい』(1958)
まとめ
誤解や偏見がもたらす「そんなこと」は、あってはならないことですが、元をたどれば、それらを生む権威に歪みがあるといえます。
ただ、そうした歪みを糧に表現者は訴求力がある作品を生むもの。幾度となく拘束・収監されようと、変わることなく権威に噛みつく映画を撮り続けるジャファール・パナヒのように、もはやイランは骨太なフィルムメーカーを輩出する土壌となっています。
マリア、ファルハドを取り巻く疑念に隠された意外な真実とは? あえてここでは結末を明かさないでおきましょう。
というのも本作『マリア』は、東京国際映画祭アジアの未来部門において見事に作品賞を受賞したため、日本での一般公開が期待されるからです。
【連載コラム】『TIFF東京国際映画祭2023』記事一覧はこちら