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Entry 2023/10/30
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映画『タタミ』あらすじ感想と評価解説。コンペ部門W受賞作が描く女子柔道家がイラン国家から大会棄権を強要された“究極の選択”|TIFF東京国際映画祭2023-9

  • Writer :
  • 松平光冬

映画『タタミ』は第36回東京国際映画祭・コンペティション部門で審査委員特別賞&最優秀女優賞を受賞!

SKIN/スキン』(2020)の監督ガイ・ナッティヴ(ナティーヴ)&製作ジェイミー・レイ・ニューマンのコンビが放つ『タタミ』が、第36回東京国際映画祭コンペティション部門に出品され、見事に審査委員特別賞・最優秀女優賞のダブル受賞をはたしました。

イスラエル選手との対戦を避けるため、イラン政府から棄権を強要された女子柔道選手とコーチの葛藤を描いたサスペンスをレビューします。

【連載コラム】『TIFF東京国際映画祭2023』記事一覧はこちら

映画『タタミ』の作品情報

【日本公開】
2023年(ジョージア・アメリカ合作映画)

【原題】
Tatami

【監督】
ザル・アミール、ガイ・ナッティヴ(ナティーヴ)

【製作・脚本】
ガイ・ナッティヴ(ナティーヴ)

【製作】
アディ・エズロニ、マンディ・タガー・ブロッキー、ジェイミー・レイ・ニューマン

【キャスティングディレクター】
ザル・アミール

【編集】
ユヴァル・オア

【キャスト】
アリエンヌ・マンディ、ザル・アミール、ジェイミー・レイ・ニューマン、アッシュ・ゴルデ

【作品概要】
SKIN/スキン』(2020)のガイ・ナッティヴ(ナティーヴ)監督と、私生活のパートナーでもあるプロデューサーのジェイミー・レイ・ニューマンによる、サスペンス要素の高いスポーツドラマ。

『聖地には蜘蛛が巣を張る』(2022)でカンヌ映画祭女優賞を受賞したザル・アミールも共同監督を務め、イスラエル選手との対戦を避けるため、イラン政府から棄権を強要された女子柔道家とコーチとの葛藤を描きます。

テレビドラマシリーズ「Lの世界 ジェネレーションQ」(2019~23)のアリエンヌ・マンディが柔道家を演じ、アミール監督もコーチ役、プロデューサーのニューマンも世界柔道連盟のスタッフ役でそれぞれ出演しています。

本作は第36回東京国際映画祭コンペティション部門に出品され、審査委員特別賞と最優秀女優賞(ザル・アミール)のダブル受賞をはたしました。

映画『タタミ』のあらすじ


(C)Juda Khatia Psuturi

ジョージアの首都トビリシで開催された女子柔道選手権に、イラン代表として参加したレイラ・ホセイニは、元代表でコーチを務めるマルヤム指揮の下、安定の実力で勝ち抜いていました。

しかし突如、イラン政府から負傷を装って棄権するよう命じられます。このまま勝ち抜くと、いずれイスラエル代表選手と対戦する可能性があるため、現状の国家間対立を鑑みての判断でした。

1人の柔道家としてどうしても優勝したいレイラは、命令に背いて出場を続けようとするも、イランにいる家族の拉致を仄めかされます。そんな彼女をなんとか説得しようとするマルヤムでしたが……。

映画『タタミ』の感想と評価


(C)Juda Khatia Psuturi

厳格ルールの柔道を通して描く厳格なイスラム政権

本作『タタミ』は、イスラエル選手との対戦を避けるために、突如として政府から大会の棄権を命じられたイラン人女性柔道家レイラの苦闘が描かれます。

これは2019年、東京での柔道世界選手権においてイランのサイード・モラエイが、イスラエル選手との決勝を避ける目的で大会を途中棄権するよう、政府から脅迫された実話に基づいています。

政治的・宗教観的観点からスポーツ競技で対戦を拒否するという、にわかには信じがたい状況。ですが、アラブ諸国やイランがイスラエル選手との試合を拒むケースは、これが初めてではありません。

このモラエイの出来事をモデルに脚本を執筆したのは、長編デビュー作『SKIN/スキン』(2020)が高く評価されたガイ・ナティーヴ。『SKIN/スキン』(2020)でネオナチグループから脱退しようとする青年ブライオン・ワイドナーの実話を描いたように、厳格な抑圧・支配から逃れようとする人間に焦点を当てるナティーヴの作家性は、彼が歴史的に抑圧・支配を受け続けてきたイスラエル出身という点からも伺い知れます。

興味深いのは、レイラのコーチであるマルヤムを演じたザル・アミールが、ナティーブと共同で監督を務めていること。元々イラン・テヘラン出身の人気女優だった彼女でしたが、出演したテレビドラマの役柄が誤解を招いて騒動となったのを機に、2008年にフランスに亡命しています。

映画祭公式上映後のQ&Aにて、「イスラエル人とイラン人が共同で映画を作るのは歴史上初かも」と語ったプロデューサーのジェイミー・レイ・ニューマン。撮影はジョージアで行われたものの、タイトルや俳優名を伏せた上に、母国から亡命していたアミールを含めたイラン系スタッフの身辺に危険が及ばないよう、アメリカやイスラエル大使館の協力を得て極秘に敢行したなど、大変な状況での制作だった模様です。

要となる柔道の試合シーンは、実際のボクサーでもあったレイラ役のアリエンヌ・マンディが柔道のトレーニングを半年間受け、対戦相手役もオリンピック出場経験者が担当。1週間かけて“タタミ”の上での試合を、何度も繰り返し撮影されています。

ボクシングやMMAと比べるとどうしても画的な派手さに欠ける柔道の試合ですが、本作でのそれは緊迫度も高く見応え十分。柔道も格闘技であることを改めて認識できました。

「その厳格さにおいて、他のスポーツとは一線を画している」と柔道を評したナティーヴ監督。一方でニューマンと口を揃えて、「1対1で対戦する、洗練されて美しく互いへのリスペクトが表れているスポーツ」とも。

厳格なルールの柔道と厳格なイスラム国家――厳しさという点で共通しているように見えるも、相手に対するリスペクトの有無が浮き彫りとなります。

『SKIN/スキン』(2020)

自由という選択ができない女性たち

優勝候補の一角として注目されるも、突如として母国から棄権を強要され、それを拒否すると家族に危害が及ぶと脅迫されるレイラ。現役時代に同じ状況に巻き込まれた経験のあるコーチのマルヤムは、レイラの心情が痛いほど分かるものの、政府やイラン柔道連盟に逆らえずに説得に当たろうとします。

本作が全編モノクロかつ画角の狭いスタンダードサイズで構成されているのは、ナティーヴやニューマンによると「イランの状況を示唆的に表現した。彼女たちの人生には色がなく、白か黒しか選択肢がない。狭い画角なのは、彼女たちが置かれた現状や窮屈さを表わしている」。モノクロには「時代性を感じさせたくなかった」という狙いもあったそう。

ストーリーのモデルとなったモラエイの出来事を女性のレイラに置き換えたのは、イスラム国家における女性の立場、さらにはミソジニー問題を内包したためといえます。

政府の命令どおり棄権して偽りの英雄となるか。それとも国辱扱いされても勝利を目指す柔道家となるか……自由という選択が選べない者が直面する究極の選択に、最後まで目が離せません。

余談ですが今回の東京国際映画祭では、本作以外にイラン社会の実情を描く『マリア』、『ロクサナ』、『ペルシアン・バージョン』や、本作と同じジョージアが舞台の『ゴンドラ』などの中東・アジア作品が目立ったのも印象的でした。

まとめ


(C)Juda Khatia Psuturi

SKIN/スキン』(2020)のブライオンは、ネオナチから脱退する証として、顔に刻まれたおびただしい数のタトゥーを剝ぎ取ります。そして『タタミ』のレイラもまた、脅しをかけるイラン政府に抵抗すべく、ある物を剥ぎ取ります

その行動は、抑圧と支配を受けてきた女子柔道家としての決意の証でもあります。

本作を観た方のSNSでは絶賛の声が多く見受けられ、コンペティション部門の審査委員特別賞と最優秀女優賞(ザル・アミール)を獲得する快挙となった『タタミ』。

当然ながらイランでは上映禁止扱いとなっているものの、日本を含めた諸外国での一般公開を切望したい力作です。

【連載コラム】『TIFF東京国際映画祭2023』記事一覧はこちら





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