悩めるこじらせ主婦が巻き起こすトラブルをハートフルに描く
『6才のボクが、大人になるまで。』(2014)のリチャード・リンクレイター監督と『TAR/ター』(2023)のケイト・ブランシェット主演で贈る映画『バーナデット ママは行方不明』。
ブランシェット演じる、退屈な日常に生きることに限界を感じた主婦バーナデットが主人公のハートフルコメディを、ネタバレ有りで解説致します。
CONTENTS
映画『バーナデット ママは行方不明』の作品情報
【日本公開】
2023年(アメリカ映画)
【原題】
Where’d You Go, Bernadette
【監督・脚本】
リチャード・リンクレイター
【製作】
ニーナ・ジェイコブソン、ブラッド・シンプソン、ジンジャー・スレッジ
【製作総指揮】
ミーガン・エリソン、ジリアン・ロングネッカー、マリア・センプル
【原作】
マリア・センプル著「バーナデットをさがせ!」(彩流社・刊)
【共同脚本】
ホリー・ジェント、ビンス・パルモ
【撮影】
シェーン・ケリー
【編集】
サンドラ・エイデアー
【キャスト】
ケイト・ブランシェット、ビリー・クラダップ、エマ・ネルソン、クリステン・ウィグ、ゾーイ・チャオ、ジュディ・グリア、ローレンス・フィッシュバーン、ジェームズ・アーバニアク、トローヤン・ベリサリオ、スティーヴ・ザーン
【作品概要】
「ビフォア」シリーズ(1995~2013)、『6才のボクが、大人になるまで。』のリチャード・リンクレイター監督と、オスカー女優ケイト・ブランシェット主演による2019年製作のヒューマンドラマ。
12年に出版され、ニューヨーク・タイムズ紙のベストセラーに約1年間リスト入りした作家マリア・センプルの「バーナデットをさがせ!」を映画化。原作の大ファンだったブランシェットが主人公のバーナデット役をチャーミングに演じ、通算10度目となるゴールデン・グローブ賞ノミネートを果たしました。
その他のキャストは、ビリー・クラダップ、クリステン・ウィグ、ローレンス・フィッシュバーン。
映画『バーナデット ママは行方不明』のあらすじとネタバレ
広大な南極大陸の海を、1人の女性がグループから離れてカヤックを漕いでいます。
時は遡って5週間前、その女性バーナデット・フォックスは、エンジニアとしてマイクロソフト社に勤める夫エルジン(エルジー)、15歳の娘ビーとシアトルで暮らしていました。そのビーが中学校の成績でオールSを獲った褒美として一家での南極旅行を希望、バーナデットもエルジーも応じます。
しかし実は、バーナデットは極度の人間嫌いで、本心は南極に行きたくありませんでした。それでも秘書代行サービスでインド在住のマンジェラに、渡航チケットの手配や酔い止め薬の購入といった諸々の手続きを依頼。
元は教護院だった建造物に家族で暮らすバーナデットが図書館に行こうとしたある日、家の敷地内に隣人のシングルマザーのオードリーが入り込んでいるのを目撃。息子のカイルをビーと同じ中学に通わせている彼女を、バーナデットは「毒女」と蔑んでいました。
そのオードリーから、バーナデットの家の斜面の土砂から生えたブラックベリーの茂みが自分の家の敷地内に及んでいると言われ、彼女が雇った業者に伐採させることを渋々許可。
その後図書館に向かうも、通りすがりの女性に建築家のバーナデット・フォックスかと尋ねられ狼狽。その夜、不眠症で寝られない彼女は「20マイルの家 動画」で検索した動画を見るのでした。
数日経って、またもや敷地に入り業者にブルトーザーでブラックベリーを伐採させるオードリーの姿を見たバーナデットは、マンジェラに「私有地立ち入り禁止 毒女は刑務所」と書いた警告看板を発注し、酔い止め薬を受け取るために薬局に向かいます。
同じころ、エルジーと同じマイクロソフト社に勤務し、彼の秘書に異動したオードリーのママ友スーリンとランチへ出かけたエルジーは、その道中で薬局のソファで寝ているバーナデットを目撃。薬を処方してもらう間に寝てしまったと言うバーナデットを心配するエルジーはその夜、洗面台で大量の薬が入った瓶を発見します。
大雨が降る日に、大勢のママ友パパ友を招いて昼食会を開いていたオードリーですが、大量の土砂に襲われ家じゅう泥まみれに。斜面の土砂を支えていたブラックベリーを伐採したことで、雨で土砂崩れが起こってしまったのです。
流れ落ちてきた警告看板に激高したオードリーは、学校からビーを車に乗せ帰宅したバーナデットに詰め寄ります。謝罪するバーナデットを罵倒するオードリーに怒ったビーは、「あなたは息子のカイルにバカにされてて、その息子がマリファナを吸っていることすら知らない」と言い放つのでした。
後日、バーナデットがかつての友人だった建築家ポールと再会した一方で、医師カーツのカウンセリングを受けるエルジー。2人はこれまでのいきさつを各々の相手に打ち明けます。
男性が大半の建築界において環境に配慮する女性建築家として注目されたバーナデットは、使い捨ての遠近両用メガネで作った「ビーバー遠近両用メガネ邸」を手がけて脚光を浴びます。エルジーと結婚後は、新居として半径20マイル以内の材料のみを使った「20マイルの家」を建築することに。
ところが隣に越してきたテレビ番組プロデューサー、ナイジェル・ミルズ・マリーとの間に起こったトラブルを機に仕事を辞めシアトルに移住。しかしそこでの生活になじめずに4度の流産を経験し、ようやく授かった娘のビーも病弱だったため、育児にかかりきりになっていました。
そんな妻にエルジーは、18回の奇跡を見たと伝えられる聖ベルナデッタのロケットをプレゼント。「君は『メガネ邸』『20マイルの家』という2回の奇跡を見た。残りの16回はビーだ」と告げられた思い出を、バーナデットは涙ながらにポールに語ります。
ポールは「君に必要なのは創造だ。さっさと仕事に戻って創造しろ」とバーナデットに忠告し、カーツは「バーナデットが隣人を攻撃するのは極度の不安と優越意識からで、薬を貯め込むのは自殺願望の表れ」と診断結果をエルジーに告げます。
南極出発が間近に迫ったある日、エルジーのオフィスをFBIのストラング捜査官が訪ねます。ストラングは、バーナデットの秘書マンジェラはロシアの窃盗グループが生んだ架空人物で、エルジーたちの個人情報や資産といったデータを盗んでいると伝えるのでした。
『バーナデット ママは行方不明』の感想と評価
こじらせ主婦が“自分”を見つけるまで
本作『バーナデット ママは行方不明』は、2012年発表のマリア・センプル著「バーナデットをさがせ!」を映画化したものです。
ニューヨークで環境に配慮した気鋭の建築家として華々しく活躍するも、隣人トラブルで仕事への情熱を無くし、専業主婦としてシアトルに移ったバーナデット。しかし、「よそ者と距離を置き仲間内としか付き合わない」というシアトル市民特有の現象とされる「シアトル・フリーズ」により、周囲との間に心の壁を“建設”してしまいます。
『サタデーナイトライブ』などの人気テレビ番組の脚本家として活躍していたマリアは、出産を機に家族と共にシアトルに移住するも、シアトル・フリーズに苦労した体験をベースに原作を書いたそう。
生活環境の変化や対人関係などで生じるストレスが起因となる心の壁。本作はそうした誰にでも起こり得る社会的な問題を、ユーモアを交えて描いています。
「自分は社会の厄介者」と自嘲するバーナデットのこれまでを、夫のエルジーは「現実と向き合わず、今まで逃げる道を選んできた」と分析します。
バーナデットがこじらせてしまった原因が人間関係のトラブルだったのは確かでしょう。かといってこじらせたままでいいわけがなく、結局は自分の意志で自分が変わるしかありません。それは失ったアイデンティティの再取得にあります。
バーナデットが雨漏りが絶えない古い建造物にリフォームをせずに暮らすのは、建築家としてのアイデンティティを失った証。その一方で床から生えた植物を取り除かないのも、環境保全というわずかに残った彼女のアイデンティティです。
同業者で友人のポールはこう忠告します、「君に必要なのは創造だ」。バーナデットにとってアイデンティティを完全に取り戻すには、“創造する”ことが一番の策。ここで重要なのは、アイデンティティを取り戻す場となるのが南極という点です。
最初こそ家族での南極行きに乗り気でなかったバーナデットでしたが、これまで支えてくれた夫と娘が自分を置いて2人だけで旅立ったと思い込み、1人で後を追うことに。飛行機や船といった多くの人が密集する場から逃げてきた彼女は、ここでようやく前に進みます。
地球上でも南極大陸は環境の保全や生態系の保存に関する条約が特に厳しいとされる地。前に進んで心の壁を壊した末に、バーナデットは環境に配慮した観測基地の設計という建築家としてのアイデンティティと、「ママは時が来れば戻ってくる」というエルジーの言葉どおりに、家族の愛をも完全に取り戻すのです。
原作との違い
本作は、原作「バーナデットをさがせ!」をおおむね忠実に映画化していますが、細かい点で脚色もされています。
一番の変更はエルジーの立ち位置。原作ではバーナデットのケアに疲れるあまり秘書のスーリンとの間に子どもをもうけてしまいますが、映画ではそうならずに、妻を心底から支える善き夫に描かれています。
また、原作では心身が不安定なバーナデットが、自身の心情をザ・ビートルズのアルバム『アビィロード』と重ねて語りますが、映画ではシンディ・ローパーの「タイム・アフター・タイム」を劇伴に使用。
「道に迷ったら何度でも私を探して 倒れたら何度でも私が受け止めるから」という歌詞をバーナデットの心情と重ねたのは原作より分かりやすく、このあたりは『バッド・チューニング』(1993)、『エブリバディ・ウォンツ・サム!! 世界はボクらの手の中に』(2016)で際立ったリチャード・リンクレイター監督の選曲センスの賜物でしょう。
シンディ・ローパー「タイム・アフター・タイム」
まとめ
文字数制限がある字幕(原語)版だと、バーナデットが抱える隣人トラブルなどの細かい描写が分かりづらくはあるものの、彼女が置かれる境遇には共感できる面もあるはず。主演のケイト・ブランシェットはもちろん、ビリー・クラダップ、クリステン・ウィグら脇を固めるキャストの好演も見逃せないところでしょう。
ラストでエルジーが再び手渡す聖ベルナデッタのロケット。「ベルナデッタ」とは、バーナデットのフランス語読みです。
18の奇跡を見たベルナデッタに対し、バーナデットはまだ15の奇跡を見ることができる――希望を予期させる幕引きが心地良い一本です。