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Entry 2023/09/07
Update

『こんにちは、母さん』ネタバレあらすじ感想と結末評価。山田洋次が下町情緒の残る向島と“隅田川花火大会”が伝える伝承

  • Writer :
  • からさわゆみこ

山田洋次、吉永小百合、大泉洋が贈る
「母と息子」の新たな出発の物語

今回ご紹介する映画『こんにちは、母さん』は、2020年に100周年を迎えた松竹映画の作品となります。

松竹映画は「男はつらいよ」シリーズをはじめ、その長い歴史の中で人の温かさを描いた人情物語や家族の物語を多く送り出しました。

映画『こんにちは、母さん』は、2023年変わりゆくこの令和の時代に、いつまでも変わらない普遍的な親子を描いた映画です。

監督を務めたのは昭和、平成と時代とともに移り変わる家族の姿を描き続け、91歳にして本作が90作品目となる山田洋次監督です。本作ではいよいよ、令和を生きる親子の等身大の姿を心情豊かに描いています。

映画『こんにちは、母さん』の作品情報

(C)2023「こんにちは、母さん」製作委員会

【公開】
2023年(日本映画)

【監督】
山田洋次

【原作】
永井愛

【脚本】
山田洋次、朝原雄三

【キャスト】
吉永小百合、大泉洋、永野芽郁、YOU、枝元萌、加藤ローサ、田口浩正、北山雅康、松野太紀、広岡由里子、シルクロード、明生、名塚佳織、神戸浩、宮藤官九郎、田中泯、寺尾聰

【作品概要】
主演を務めるのは、「男はつらいよ」シリーズの 1972年に公開された『柴又慕情』編をはじめ、『母べえ』(2008)、『おとうと』(2010)、『母と暮せば』(2015)など多くの山田洋次監督作品に出演し、吉永小百合にとって123本目の映画出演となる本作では、下町に暮らす母・福江を演じます。

福江の息子・昭夫を演じるのは、映画やドラマでの好演で大活躍中の大泉洋が務めます。山田洋次監督映画への出演、吉永小百合との共演はともに初めてとなります。

映画『こんにちは、母さん』のあらすじとネタバレ

(C)2023「こんにちは、母さん」製作委員会

神崎昭夫は有名企業の人事部長として、会社幹部と社員達の間で日々神経をすり減らしながら業務に勤しんでいます。

ある日、離席中の昭夫を待つ同僚であり、大学時代の友人・木部富幸が、同窓会の幹事をするが、趣向を凝らして屋形船を使いたいと相談を持ちかけます。

昭夫の実家が東京下町の向島であることから、彼の母に伝手がないかと言うのです。昭夫はその相談を受け、数年ぶりに足袋店を営む実家を訪れました。

「こんにちは、母さん」と昭夫が声をかけると、母の福江が奥から出てきますが、見慣れた割烹着姿ではなく、今時のエプロン姿で髪も染め若々しい様子を見せます。

髪を触りながら「おかしいかい?」と昭夫に聞く福江に「いやいや、とてもいいよ」と、照れながら昭夫は答えます。

昭夫は夕飯にうなぎでも食べに行こうと誘いますが、福江は今からホームレス支援のボランティア団体「ひなげしの会」の会議と、夜には配給支援に行くのだと断ります。

そんなことを話していると、ひなげしの会のメンバー、アデンション・琴子と番場百惠が訪ねてきました。

百惠はお煎餅屋の娘で昭夫とは幼なじみでした。百惠は昭夫との久しぶりの対面に喜びます。遅れて教会の牧師の荻生直文も合流し2人は挨拶を交わします。

ご無沙汰してる間に、ボランティアのリーダーとして活動をする母を見た昭夫は、驚くとともに久しぶりに息子が帰ってもお構いなしの雰囲気に居づらくなり、外に出かけそのまま帰宅します。

福江たちは夜にホームレスを訪ね、弁当や飲み物を差し入れをして回ります。福江と萩生の2人には気がかりなホームレスがいます。

イノさんと呼ばれる老人は他のホームレスと違い、ブルーシートで囲いもせず高架下で寝泊りしていました。イノさんは萩生の問いかけには、心を開きませんが福江が差し出す弁当は受け取ります。

福江は生活保護を受けて、屋根のある部屋を借りようと説得しますが、行政嫌いのイノさんは断固拒否をします。

その頃、帰宅した昭夫は、デリバリーの酸辣湯麺を食べはじめます。そこに別居中の妻・知美から電話があり、大学生の娘・舞が外出したまま、3日も帰ってこないと言います。

知美は思い当たる友人宅に電話したがおらず、最後は向島のおばあちゃんの家ではないかと言います。再び昭夫が実家を訪ねると案の定、舞は居候していました。

舞が家出した理由は、母に大学の授業がつまらないと相談すると、父のように大企業に入れないなら、大企業の人間と結婚するしかないと、過小評価され傷ついたと話します。

舞は昭夫も同じように思っているのだろうと大泣きします。昭夫はそんなことはないと慌てますが、結局舞はしばらくおばあちゃんの家に居候することになります。

実は昭夫の会社では、早期退職者を募る動きがありました。人事部長の昭夫は、早期退職を促された社員の離職手続きをしていました。

ある日、出勤する木部が待ち構え、早期退職者のリストに自分が入っていたと問い詰め、どうして話してくれなかったのかと非難し、絶対辞めないと宣言します。

休日、木部は昭夫の実家にまで押しかけます。舞やひなげしの会のメンバーもいる中、口論になりますが、2階に行った2人は取っ組み合いの喧嘩になってしまいます。

昭夫は木部の早期退職候補のことを知り、好条件で退職させ次の勤務先も調整していましたが、木部は断固として会社に居座り、やがて仕事は与えられなくなりました。

以下、『こんにちは、母さん』ネタバレ・結末の記載がございます。『こんにちは、母さん』をまだご覧になっていない方、ストーリーのラストを知りたくない方はご注意ください。

(C)2023「こんにちは、母さん」製作委員会

福江のイメージが変わったのは萩生に出会ったからです。彼女は教会で説教を聞き、修繕をする萩生を手伝ったり、買い物にも一緒に行くと言います。

2人が外に出ると、ゴミ袋にたくさんの缶を詰め、自転車に乗せて引くイノさんを見かけます。しかし、フラフラして歩くイノさんは2人の前で倒れてしまいます。

水を求めるイノさんのため教会に戻る萩生がいなくなると、2人を夫婦だと勘違いしていたイノさんは、福江に近づくと萩生に悪いと思っていたと話します。

萩生が持ってきた水を飲むとイノさんは再び歩き出します。福江が自分達が夫婦だと勘違いされていたと話すと、萩生は福江さんの印象を悪くさせたと恐縮します。

ある日、福江は足袋を縫うミシンで、萩生の上履きを作り始めます。それを見た舞は祖父とのなれそめを聞きます。

祖父はみなしごで施設にいて、中学しか出ておらず結婚は反対されたと言います。足袋職人となった祖父は、出入りしていた料亭の娘、福江と出会います。

福江は成人の晴れ着は準備してもらいますが、足袋のことを忘れていました。祖父が「足袋はどうされますか?」と聞き福江の足を採寸をし作ったのです。

自分の足を採寸する祖父の姿と感触で、直感的にこの人と結婚しようと決めたと福江は話し、舞はそのエピソードに感銘します。

そして、福江が萩生に恋をしていると察している舞は、いつ告白するのか聞きます。すると福江は「言われるまで待つの」と答え、舞はおばあちゃんの恋を応援します。

しかし、舞から福江が萩生に恋をしていると聞いた昭夫は、「やめてくれよ!」と思わずぼやきます。

木部だけではなく、早期退職者の離職手続きをする昭夫は、仕事のことや離婚問題、娘との関係に悩んでいる上に、母が恋をしていることに呆れてしまうのでした。

気持ちに余裕のなくなった昭夫は、ひなげしの会のメンバーにホームレスへの偏見を言ったり、萩生への態度も少し横柄になっていきました。

しかし、フランス文学の大学教授をしていた萩生が、自分と同じように学業とは関係のない学部の派閥などで、苦悩した末に宣教師になったことを昭夫は知ります。

昭夫のことで福江も悩んでいましたが、萩生は「彼はまだ若い、これからいくらでも新しい挑戦ができる」と励まします。

数日後、事件がおきます。営業会議に関係者ではない木部が乱入し、上司にケガをさせ救急車を呼ぶ騒ぎをおこします。

慌てて会議室へ行った昭夫は木部に話を聞くと、自分が進めていたプロジェクトの会議だから、どうしても参加したかったと話します。

上司に追い出されそうになって、ドアを勢いよく閉めたらそこに上司の腕があり、挟まってしまったのだと訴えました。

一方、福江は萩生からピアノリサイタルに誘われ、着物を着てデートに出かけます。2人が恋し合っていると気づいていた琴子と百惠はそれを喜びました。

萩生は福江と川辺のカフェでお茶を飲んだり、水上バスに乗ってみたいという福江の希望を叶えます。福江は幸せいっぱいな気持ちで、家に帰ってきました。

福江がお茶を入れる準備をしますが、萩生は居間に入ってきません。不思議に思う福江に彼は、故郷である北海道の教会に行くことになったと告げます。

萩生は家族の反対を押し切って、故郷を捨てるように上京したが、いつか帰って神の言葉を伝えたいと思っていたと話し、誰かの口から伝わる前に、一番先に福江に伝えたかったと言います。

福江は今日が一番楽しかったのに、一気に辛くなったと涙を流します。湯の沸く音で福江が、台所に行くと萩生はそのまま帰っていきました。

日が落ちても福江は電気もつけず、着物のままテーブルに突っ伏していると、帰宅した舞は心配しますが、ボランティアで知り合った学生とご飯に出かけると言うと、福江は大丈夫だと答えます。

その頃、上司にケガを負わせた事がきっかけで、木部は上層部から懲戒解雇が決まります。取締本部と木部の板挟みになった昭夫は苦しみました。

萩生が出発する日がきました。ボランティアのメンバー、教会の信者が見送りのために集まります。

車に乗った萩生に福江は手作りのお弁当を手渡し、思わず「私を北海道に連れてって」と言ってしまいますが、すぐに冗談だとごまかしました。

出発した車中で萩生は、福江があんな冗談を言うとは思わなかったとつぶやくと、百惠は泣きながら、「福江さんは、本当に先生のことが好きだったんです!」と訴えました。

昭夫は木部の進退にモヤモヤしながら、言問橋から隅田川を眺めていると、酔っぱらったイノさんが現れ、東京大空襲の時の橋での混乱を話し、川に飛び込もうとします。

火の粉が襲い逃げまどう人々が向島側からと、浅草側から来て溢れかえった様子の話です。そこに警官が駆けつけ、イノさんは川に飛び込み戦火を逃れ生き延びたことを教えます。

昭夫は木部の扱いを依願退職にし、再就職先まで与えます。そのことで昭夫は久保田常務に呼び出され、責任を問われ彼は自分の身で償うと言い、会社を懲戒解雇されました。

木部は身代わりになった昭夫に感謝しますが、人事部長という立場に疲弊しきっていた彼は、妙に清々しく昭夫の部下からも、憑き物がとれたように穏やかな顔に戻ったと言われます。

舞から福江が失恋した話を聞いた昭夫は、土曜の晩に実家を訪ねると、福江は夕飯の支度もせず、酒を飲んで酔っていました。

昭夫は木部から預かった、詫びの品を渡します。気落ちしている福江は何を貰ったのか、開けてと昭夫に頼み「こんなこと言うのも珍しいでしょ」と言います。

福江は木部がくれた佃煮の瓶を持ちながら、こんな蓋も開けられなくなったとぼやき、2人で酒を飲みながら、萩生があと2、3年でいいから側にいてほしかったと話し出します。

何故なら死ぬことは怖くないが、動けなくて何もできなくなることが不安なのだと、弱音を吐きました。

すると昭夫は離婚届に判を捺して送ったと言い、実家に戻ってもいいかと聞きます。それを聞いた福江の顔は一気に明るくなり、落ち込んでなんていられないと奮起します。

昭夫は離婚した息子と失恋した母でやり直そうと言うと、外から花火の上がる音がします。その日は隅田川の花火大会でした。

その日は昭夫の誕生日でもありました。はしゃいで中庭に出る福江は、昭夫の生まれた日も花火大会だったと話し懐かしみます。

一緒に新しい生活をスタートさせることを祝う2人の顔は、打ち上がる大輪の花の光で希望に輝きます。

『こんにちは、母さん』の感想と評価

2023「こんにちは、母さん」製作委員会

舞台となった“向島”とはどんな街?

向島には“花街”と呼ばれる、料亭が軒を連ねる一角がありますはじめ吉永小百合が下町の母さん役と知り、あんな奇麗なおばちゃんはいないだろうと思いました。

しかし、花街生まれの娘ならば考えがつきます。奇麗どころの芸者がいる街ですから、美しい娘がいることも想像できるからです。

また、今時“足袋屋”?と思った方も多いかもしれませんが、花街の芸者、置屋や料亭の女将が履く足袋の他に、作中に関取が出てくるシーンの通り、向島やこの界隈には相撲部屋も多く点在します。

着物を着る職種が残る向島には、足袋屋があることも不思議ではないのです。今では既製品もありますが、自分の足に合わせオーダーメイドすることも多いのです。

福江の店で昭夫の実家、“足袋神崎”にはモデルとなった老舗があります。慶応3年(1867)創業の“向島めうがや”です。

昭夫は父親とそりが合わず、大学の進学を機に家を出てしまい、“足袋神崎”は受け継ぎませんが、“めうがや”はその伝統を6代目に受け継がれようとしています。

大企業を辞め自宅に戻った昭夫は、神崎を受け継ぐのでしょうか?母・福江と共にほそぼそと営み、ボランティアに参加してホームレスが増えないよう、尽力をするのではないかと想像させました。

もし、会社が出した決断で木部を懲戒解雇にしていたら、彼やその家族は路頭に迷ったでしょう。それは将来的に木部をホームレスにすると予感させます。

昭夫の友情はボランティアをする母やイノさんの姿を通し、木部を救おうと行動させたのだと思わせました。

困っている人を放っては置けない・・・そんな人情がDNAの中に刻まれているのか、昭夫の生き様にはそういう面が垣間見えました。

“隅田川花火大会”が伝える伝承

2023「こんにちは、母さん」製作委員会

作中、街のそこかしこに“隅田川花火大会”開催のポスターが貼られている場面が出てきます。

この“隅田川花火大会”は江戸時代の花火師、鍵屋と玉屋が、各々の技を競い宣伝するため、隅田川での船遊びが許され、川開きの納涼花火が解禁された日に行ったことが始まりです。

そして、起源として様々な仮説が造られ、時代とともにその意味が付け加えられ、変化しながら伝承されてきました。

起源については文献として残っていなかったものの、天保18年に花火師の鍵屋が花火を打ち上げた同年に、“天保の大飢饉”とコレラの流行し江戸で多くの死者が出たことで、8代将軍・徳川吉宗が“死者の霊を弔う法会”を催しました。

この史実を引用し昭和初期に、あやふやだった花火大会の起源を「川開きと花火の沿革」として、“慰霊と疫病退散”の意味を含み制定されました。

花火大会は明治維新や第二次世界大戦時、高度経済成長期の河川汚染などで、花火大会は中断されましたが、1978年に“隅田川花火大会”と名称を変え復活します。

作中でイノさんが焼夷弾によって焼かれる、向島の炎から逃れようと、言問橋から川へ飛び込んだとありますが、飛び込んだのはイノさんだけではありません。

本当は溺れて亡くなった人の数が大多数で、イノさんは遺体の浮かぶ中で奇跡的に命拾いし、その経験が長年にわたり罪悪感をもたせ、飛び込もうとしたのではと推測します。

東京の下町は他にも関東大震災など、多くの犠牲者を出した暗い歴史があり、慰霊の心が深く刻まれ隅田川花火大会の長い歴史の中に、慰霊の想いが伝承されています。

近年、新型コロナウイルスの影響で花火大会は中止され、2023年に4年ぶりに開催されました。下町の誰しもが心の中で“悪霊退散”の願いを込め、新たな出発を決意したことでしょう。

まとめ

(C)2023「こんにちは、母さん」製作委員会

『こんにちは、母さん』の原作では、福江の夫は第二次世界大戦で出兵し帰還した夫という設定で、映画とは時代背景が異なっています。

昭夫と父との関係があまりよくないのは同じですが、戦争で子供を含む多くの人を殺めた、罪の意識から子供への愛情を自ら制したからだとなっています。

本作では戦争孤児という設定で、親がなく苦労して足袋職人になった父は、昭夫には同じ苦労はさせたくないと思います。

このことから伝承には、受け継ぐものと受け継がせたくないものがあると感じました。

戦争が生む数々の不幸は“受け継ぐべきではない”、そんなメッセージがあり、時代は変わっても親子の絆は受け継いでいきたい・・・そんな願いが込められていると伝わります。

また、「男はつらいよ」ほど下町の人情劇がないのは、令和という時代に寄せたからです。個人主義になりつつある中、ホームレスを見てみぬふりができない、そんな現代の人情がありました。

『こんにちは、母さん』は下町情緒の残る東京の下町向島を舞台に、老舗の足袋屋を中心に変化しゆく家族の形、受け継がれる親子の絆を息子の離婚、母親の失恋によって再び結ばれ、新しいスタートをする物語でした。





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