映画『草原に抱かれて』は2023年9月23日(金)よりK’s cinemaにてロードショー!
内モンゴル自治区の大自然を舞台に、都会慣れした一人の青年とアルツハイマー病の母とのふれあいを描いた映画『草原に抱かれて』。
同地区の少数民族の1つ、ダグール人であるチャオ・スーシュエ監督が、親子の愛情とともに広大なモンゴルの自然の雄大さ、そして優しさを描きます。
本作は2022年に開催された第35回東京国際映画祭「アジアの未来」部門に、上映時タイトル『へその緒』として出品、他にも多くの映画祭で上映されました。
映画『草原に抱かれて』の作品情報
【日本公開】
2023年(中国映画)
【原題】
臍帯 The Cord of Life
【監督・脚本】
チャオ・スーシュエ
【キャスト】
バドマ、イデルほか
【作品概要】
内モンゴル自治区フルンボイル市を舞台に、ミュージシャンの青年がアルツハイマー病を患う母と、彼女の“思い出の木”を探す旅を描きます。
本作はフランスで映画を学んだチャオ・スーシュエ監督のデビュー作です。
主演のミュージシャン、アルス役には、本作がデビュー作となるミュージシャン、イデル。シンガーソングライター、馬頭琴奏者、ホーミー・アーティストとモンゴルの音楽文化に根差した幅広い音楽性を持つ彼は、本作でもバラエティーに富んだ音で物語を彩ります。一方アルスの母役を、モンゴルの代表的な女優の一人であるバドマが務めます。
映画『草原に抱かれて』のあらすじ
内モンゴルの都会で順調にミュージシャンとしてのキャリアを積んでいるアルス。彼の唯一の気がかりは、兄夫婦と共に暮らす母のことでした。
アルツハイマー病を患い、ついには息子の自分のことすらわからなくなった母。アルスが兄の家を訪ねると、集合住宅の一室に閉じ込められ、まるで囚人のような生活を送っている母を目撃してしまいます。
その姿を見るに堪えかねたアルスは母を引き取って、彼女が帰りたいという故郷に連れていくことを決意します。
大草原での二人生活を始めるアルス。しかし母の病状は悪化するばかり。すぐに自分の目の届かないところに行こうとする母を見かね、アルスは彼女が迷子にならないよう、いと縄で母と自分の体を結んでしまいます。
自身のキャリアと、母をいつくしむ心とのはざまで悩むアルス。そしてまるで少女に戻ったような母を連れて、彼は母の<思い出の木>を探す旅に出ていきます。
大草原での懐かしいゲルでの生活を続けるうちに解放されていく母。その姿にアルスの心も変化していきますが、そのとき同時に二人の別れのときも近づいていたのでした…。
映画『草原に抱かれて』の感想と評価
内モンゴル自治区を舞台に描かれた作品はこれまでも数多く発表されており、そ子に描かれる、壮大さをたたえた風景は非常に魅力的であります。
一方で近年は近代化も急速に進んでいるこの地区。昔ながらの遊牧生活や旧家での生活を望む人、都会に出ることを願う人と人々の気持ちもさまざま。
このようなテーマを扱った作品としては、2021年日本公開の作品『大地と白い雲』(第32回東京国際映画祭に『チャクトゥとサルラ』のタイトルで上映)などがあります。
しかし本作には、これまで発表された作品に描かれた特徴的ともいえる性質とは、若干異なる趣を示しています。
この作品に登場するアルスは一家で都会に移り住み、さらに次男坊の彼はミュージシャンとして独立し一人暮らしをしています。
ある意味一家が自然の中で生活しながらも、揃って「都会に住む」という意思を決定したという風にも見えるわけであり、夫婦間でどこに住みたいかという相違がテーマの『チャクトゥとサルラ』とは若干趣の違う設定となっています。
さらにユニークなのは、主人公アルスが都会生活、そして故郷の生活という両面に対しある程度の理解を示している点にあります。
たとえば2021年に公開された映画『ブータン 山の教室』では、田舎の生活を知らない一人の青年が一時の移住生活によって都会に戻った際に、そのときの生活を懐かしむ光景が描かれました。
本作の主人公はこれに対し、現在は都会での生活を送りながらも母の身を案じ、故郷と都会の二拠点生活を決めます。
この相違点は、内モンゴル自治区の現代の様相を示しているとも見られ非常に興味深いところであります。
一方、母のために自身の生活を変えることを受け入れたアルスですが、彼は母の奇行に翻弄されながらも、彼女との生活の中で新たな発見を続けていきます。
最終的にアルスは母と別れを余儀なくされてしまうわけですが、どこか彼の表情は清々しく新たなときの到来を示しているようでもあります。
その意味では新たな時代の流れ、伝統的な古の生活という二つの潮流をいかに受け入れ、人々が生きていくべきかというメッセージをポジティブなイメージで描いている作品であるといえるでしょう。
ラストにつながっていくシーンは人、自然、優しさなど伝統的なモンゴルの風景をたたえながら極端な感情を誘発しない、非常に概念的な表現でうまく物語をまとめており、物語の印象性を強いものとしています。
まとめ
本作では、これまで描かれた雄大な光景とともに、所有地の監視をドローンで行っており、不法侵入したアルスらに注意を促すシーンが登場します。
ドローンという最新テクノロジーと自然のギャップもさることながら、自治区内での「所有地」という概念を明確に示している点は、自然の中で遊牧生活を行っていたこの地区の人たちのイメージからすると、新たな時代の流れを示しているようにも見られ、非常に興味をそそられるポイントであります。
一方、二拠点生活、あるいはUターンといった物語の背景は、近年移住がブームといわれているここ日本においても、どこか重なるポイントが見えてくるところでもあります。
もちろん日本では、どちらかというと「都会の人が田舎暮らしにあこがれる」といった生活感もあり、またモンゴルと日本の生活様式の違いなど、さまざまに異なる点はあります。
しかし本作にはどこか「発展の一方に進むことに対する異論」のような意思も見られる他方で、新たな道に進むという方向に対しても能動的とも見られる印象があります。
このジャンルの作品としては新しい潮流を組み入れながら、人々の生活に対してさまざまなメッセージを、国を超えて与えてくれるような作品ともいえるでしょう。
映画『草原に抱かれて』は2023年9月23日(金)よりK’s cinemaにてロードショー!