映画『遠いところ』は2023年6⽉9⽇(⾦)より沖縄で先⾏公開後、7月7日(金)より全国順次公開!
沖縄市のコザを舞台に、幼い息子と夫との3人暮らしをする17歳の主人公が社会の過酷な現実に直面する姿を全編沖縄ロケで描き出した映画『遠いところ』。
第56回カルロヴィ・ヴァリ国際映画祭で最高賞を競うコンペティション部門に日本映画として10年ぶりに正式出品された本作は、約8分間のスタンディング・オベーションによって激賞されました。
このたびの劇場公開を記念し、本作で主人公・アオイ役を演じられた花瀬琴音さんにインタビューを行いました。
役作りや沖縄の現実とそこに生きる人々の想い、役者というお仕事における大切な役目など、貴重なお話を伺うことができました。
CONTENTS
沖縄の“全ての現実”を受け止める
──花瀬さんは本作の撮影にあたって、クランクイン前の1ヶ月間にわたって実際に沖縄で生活をされたと伺いました。そうした役作りの時間を過ごされる中で、沖縄という場所にどのような想いを抱かれたのでしょうか。
花瀬琴音(以下、花瀬):沖縄で生活していた間は、それまでの自分の沖縄へのイメージとギャップのある出来事と出会ったとしても、そのこと自体を否定せずに「ここで起きている全てが“沖縄”なんだ」と受け止めるようにしていました。
映画が描く沖縄での貧困問題、その中での「キャバクラで多くの未成年女性が働いている」という一つの現状も、アオイにとっては「おかしい現実」でも何でもない。そこで起きている全ての現実を「当たり前」と捉えて生きているアオイを演じるためにも、自分自身もそうしなくてはならないと思ったんです。
また先行公開時に改めて沖縄を訪ねた際には、映画を観てくださった地元の方々とも直接お話をさせていただく機会があったんですが、みんな優しくて、明るくて、笑顔をたくさん見せてくださる方ばかりだった一方で、その笑顔の裏にはどこか“重いもの”も同時に抱えられている方も少なからずいたのではないかなと感じています。
そして実際に映画をご覧になった方の中には、ひたすらに涙を流されていた方、言いようのない複雑な表情でスクリーンを見つめていた方もいて、そこには普段見せてくれている“優しい笑顔の人々”の顔ではなく、“沖縄という現実を生きている人々”の顔のように感じました。
本作で描こうとした、沖縄で生きる人々が心の底に抱いている想いは、今も本当にそこにある……そう実感できました。
“アオイらしさ”を感じられた瞬間
──花瀬さんご自身は、本作で演じられたアオイをどのような人間だと捉えられていたのでしょうか。
花瀬:アオイという女の子は、監督やプロデューサーが色々な方から伺ったお話を一つ一つつなぎ合わせていく中で形作っていった役だったので、実は「これがアオイだ」という明確な人物像はなく、役作りや撮影の期間にも「“アオイらしさ”って何だろうな」と考えることがありました。
ただ映画の作中では、アオイがおばあに助けを求めたいけれど、どうしても求められない場面が何度か描かれているんですが、その場面で私は一番“アオイらしさ”を感じられたんです。
助けを求めていることも、求められないでいることも表に出せずに、ただただ去ってしまう。他人への頼り方が分からない以前に、助けてもらう方法自体がそもそも頭の中にないから、おばあに「面倒は見ないよ」と言われても深く傷つくわけでもなく、その状況を重く捉えるわけでもなく、それでも「つらい」とは感じる。そこに、アオイの人間としての“らしさ”が見えたんです。
「若くして母になる」の本当の意味
──「他人に助けてもらう方法自体が、そもそも思考の中に存在しない」というアオイの人間性は、過酷な現実に直面した彼女自身をさらに追い詰めてゆく要因の一つにもなってしまいました。
花瀬:アオイは、過酷な現実があまりにも日常になり過ぎていて、どうしようもなく麻痺してしまっていたんだと思っています。
夫のマサヤや息子の健吾という“居場所になってくれるもの”を自分で守ることが日常であり、それが自分の生きがいになっていた。他にやりたいことも探したらあったかもしれないけれど、「自分の居場所がある」という状況が、一番アオイにとっての「“安心”のある生活」だったんじゃないかと感じています。
また以前、映画をご覧になった方から「若くしてお母さんになった、アオイの気持ちが分かる」という感想をいただいた際に納得できたことがあったんです。
私自身では「アオイが健吾を若くして生んだ経緯」については役作りの際に考えていたんですが、「早く“お母さん”になりたい」という感覚ははっきりと理解できていませんでした。
その中で、感想を聞かせてくださった方は「自分はお母さんに愛情をもって育ててもらえなかったから、『早く“お母さん”になって、自分の子どもを育てたい』という願望を強く抱いている」「だから、アオイの『“お母さんになりたい』という気持ちが分かるんです」と話していました。
もしかしたらアオイも「“お母さん”に育ててもらった」という記憶がなくて、おばあの元で育つうちに「“お母さん”が自分にしてくれなかったことを、自分の子どもにしてあげたい」という思うようになったから、健吾を生んだのかもしれない。そうしたアオイの願望など、色々な方から映画の感想を聞く中で気づけたことも多くありました。
「人々の想いを背負い、表現する」という役目
──花瀬さんは、役者というお仕事の存在意義は何にあると考えられているのでしょうか。
花瀬:本作で演じたアオイなど、「自分が役としっかりと向き合い表現をすることで、誰かが笑ってくれる、誰かが勇気づけられることが本当にあるんだ」と思えた瞬間に、このお仕事をしていてよかったと強く感じます。
また私自身は、役者というお仕事をする際にはいつも「みんなと一緒に作品を作っている」と意識しています。自分が色々な役を演じられるのは、その役を演じてもいい機会を作ってもらえるからであり、その機会を作ってもらえた作品には多くの方が関わっているからです。
監督やプロデューサーさん、カメラマンさんや照明技師さん、録音技師さん、衣装さんやメイクさん、編集技師さん……スタッフさんだけでも数え切れないですし、役作りや撮影に協力してくださった地元の皆さん、クラウドファンディングで本作を応援してくださった皆さんなど、本当に様々な方の支えのおかげで、今回の『遠いところ』は公開に辿り着けたと聞いています。
そして、そうした大勢の方々の想いや努力を作品の画面上で表現するのが、役者というお仕事における大切な役目の一つだと思っています。
その役目を全うするためにも、誰かのために作品を作る人々の一員として、様々な想いを背負い、表現することのできる役者……というよりも、人間になりたいと感じています。
インタビュー/河合のび
撮影/田中舘裕介
花瀬琴音プロフィール
2002年生まれ。映画初主演作となった本作では、2020年〜2021年に開催された総勢600名を越す沖縄・東京オーディションから選ばれ、内包された怒りと野生的な存在感は海外映画祭、海外メディアから高い注目を浴びている。
主な出演作は映画『すずめの戸締まり』海部千果役(2022/声優)、TOKYO MX『異物-アナザーストーリー-』(2023)、MV優里『恋人じゃなくなった日』(2023)などがある。
映画『遠いところ』の作品情報
【日本公開】
2023年(日本映画)
【監督・脚本】
工藤将亮
【キャスト】
花瀬琴音、石田夢実、佐久間祥朗、長谷川月起、松岡依都美
【作品概要】
長編デビュー作『アイムクレイジー』(2019)で第22回富川国際ファンタスティック映画祭NETPAC賞(最優秀アジア映画賞)に輝いた工藤将亮による、長編3作目のオリジナル監督作品。
沖縄市のコザを舞台に、幼い息子と夫との3人暮らしをする17歳の主人公が社会の過酷な現実に直面する姿を全編沖縄ロケで描き出した本作は、第56回カルロヴィ・ヴァリ国際映画祭で最高賞を競うコンペティション部門に日本映画として10年ぶりに正式出品され、約8分間のスタンディング・オベーションによって激賞された。
主人公・アオイ役を務めたのは、2022年『すずめの戸締まり』への出演で話題を呼び、本作が映画初主演となった花瀬琴音。またアオイの友人・海音役を映画初出演となる石田夢実が、夫・マサヤ役を『衝動』(2021)の佐久間祥朗が演じている。
映画『遠いところ』のあらすじ
沖縄市・コザ。17歳のアオイは、夫のマサヤと幼い息子の健吾(ケンゴ)と3人で暮らしている。
おばあに健吾を預け、生活のため友達の海音(ミオ)と朝までキャバクラで働くアオイだったが、建築現場で働いていた夫のマサヤは不満を漏らし仕事を辞め、アオイの収入だけの生活は益々苦しくなっていく。
マサヤは新たな仕事を探そうともせず、いつしかアオイへ暴力を振るうようになっていた。そんな中、キャバクラにガサ入れが入り、アオイは店で働けなくなる。悪いことは重なり、マサヤが僅かな貯金を持ち出し、姿を消してしまう。
仕方なく義母の由紀恵(ユキエ)の家で暮らし始め、昼間の仕事を探すアオイだったがうまくいかず、さらにマサヤが暴力事件を起こし逮捕されたと連絡が入り、多額の被害者への示談金が必要になる。
切羽詰まったアオイは、キャバクラの店⻑からある仕事の誘いを受ける──。
編集長:河合のびプロフィール
1995年生まれ、静岡県出身の詩人。
2019年に日本映画大学・理論コースを卒業後、映画情報サイト「Cinemarche」編集部へ加入。主にレビュー記事を執筆する一方で、草彅剛など多数の映画人へのインタビューも手がける(@youzo_kawai)。