Cinemarche

映画感想レビュー&考察サイト

ヒューマンドラマ映画

Entry 2022/11/30
Update

映画『HANNORA』あらすじ感想と評価解説。“ロックの伝説”オマージュがバンドの行方と“孤独なお嬢さん”を描く

  • Writer :
  • 河合のび

結局なんかになんねぇと、
自由にはなれねぇってことだろ?

数々の映画祭で評価された明石和之監督による、青春をロックに捧げながらも、独り立ちできない少年(半ノラ)を主人公した映画『HANNORA』

バンド演奏、喧嘩アクションなど、多感な若者の姿を具現化する熱演で挑んだ主演・田中理来(たなか・りく)の演技力が光る“新感覚”青春ロック映画です。

2022年7月2日(土)より新宿シネマ・ロサにて封切り後、11月25日(金)~12月1日(木)の大分県・別府ブルーバード劇場での上映など全国にて順次公開される映画『HANNORA』。

本記事ではネタバレなしで、映画の物語設定などに散りばめられた「ロックの伝説」たちへのオマージュ、そこから浮かび上がってくる『HANNORA』の新たな一面を解説していきます。

映画『HANNORA』の作品情報


(C)2022 「HANNORA」製作委員会

【日本公開】
2022年(日本映画)

【監督・編集】
明石和之

【脚本】
西島ユタカ、明石和之

【キャスト】
田中理来、幡乃美帆、池田和樹、大西一希、勝俣栄作、須賀裕紀、加藤理子、大石菊華、古川順、田丸大輔、近藤奈保希、有賀さやか、飛磨、龍輝、田中陸、ユウジロウ、みやたに

【作品概要】
ロックバンド活動の経験を持つ明石和之監督による、自己存在の独り立ちをできていない少年が“自由”を求めるロック魂を音楽とともに描く青春映画。

主演は映画『渋谷シャドウ』、AbemaTV『私の年下王子様』をはじめ、舞台などでも精力的に活躍する俳優・田中理来。ヒロイン役はミスiD2021にてネクストアクトレス賞を受賞し、『劇場版 ほんとうにあった怖い話2020-呪われた家-』などに出演した幡乃美帆が演じます。

そのほか池田和樹、大西一希、勝俣栄作、須賀裕紀、加藤理子、大石菊華、古川順、田丸大輔、近藤奈保希、有賀さやかなど、これからの活躍が期待される若手からベテラン俳優まで幅広い世代のキャストが集結しました。

映画『HANNORA』のあらすじ


(C)2022 「HANNORA」製作委員会

自由を求め、友人の光司・裕也とロックバンドを組み、楽器が置いてある不思議な中華屋でアルバイトをしている高校生の尚人。

ある日、尚人の前に突然現れた女子高生の真希は携帯画面を見せて「この子知らない?」と尚人に問いかけます。真希は突如失踪した友人「智子」を探しており、一緒に探して欲しいと頼みます。

この日きっかけに、尚人は真希の友人探しに協力しますが、そこには裏社会とのつながり、ラッパーとの対立など様々な人間ドラマがあり、2人を困惑させます。

2人は真希の友人「智子」を探すことはできるのでしょうか?! そして誰も知らなかった真希が抱えていた問題とは……。

映画『HANNORA』の感想と評価


(C)2022 「HANNORA」製作委員会

中華料理屋はブティック「SEX」?

主人公・尚人(田中理来)がバイトの店員として働きながらも、友人の光司(池田和樹)、裕也(大西一希)とともにバンドの練習をする中華料理屋。

その不思議な物語設定は、おそらく映画作中でも言及された伝説的パンク・ロックバンド「セックス・ピストルズ」の結成経緯が“オマージュ元”なのではと推察できます。

ブティック「SEX」の経営者マルコム・マクラーレンが、店によく出入りしていたスティーヴ・ジョーンズ、ポール・クックが結成し活動していたアマチュアバンドに目をつけ、当時『SEX』の店員として働いていたグレン・マトロック、オーディションで見つけたジョニー・ロットンを加入させ、新たなバンドへと形作った……。

そんなセックス・ピストルズの結成経緯は、どこか『HANNORA』に登場する中華料理屋の設定、そして店の主人である林喜子(大石菊華)とバイト店員の尚人の関係性とつながるものがあります。

そのようなオマージュを行なったのは、自己が抱える鬱屈した感情を「自身が生きる社会への怒り」という形で歌に込め続ける尚人の姿に、当時のイギリス社会を徹底的に攻撃する歌詞を叫び続けた“かつての”セックス・ピストルズの姿を重ねたかったからかもしれません。

また、セックス・ピストルズという伝説的パンク・ロックバンドそのものへのオマージュは、中華料理屋という設定だけではありません。映画作中で尚人たちのバンドがたどる運命にも、セックス・ピストルズというバンドの歴史をどこか彷彿とさせるものが散りばめられているのです。

「石ころ」の歌から浮かび上がる「孤独なお嬢さん」


(C)2022 「HANNORA」製作委員会

映画後半部にて、尚人は「石ころ」にまつわる歌を叫びます。

“石ころ”を歌ったロックソング」……その言葉を聞いて、多くの方はボブ・ディランの『ライク・ア・ローリング・ストーン(Like a Rolling Stone)』を連想したのではないでしょうか。

1965年6月にリリースされ「ボブ・ディラン最大のヒットシングル」「1960年代のロック変革期を象徴する曲」「ロック史上、最も重要な曲の一つ」として知られる『ライク・ア・ローリング・ストーン』。

かつては裕福な暮らしで学歴も高かったにも関わらず、周囲の人々におだてられ、騙されてしまったことで路上生活を送るまでに落ちぶれた女性「Miss Lonely(孤独なお嬢さん)を語ったその歌詞は、やはり「体制側」の人間への批判と受け取ることができます。

その一方で、『ライク・ア・ローリング・ストーン』の歌詞内で語られた女性「孤独なお嬢さん」の人物像は、『HANNORA』作中で尚人が出会った女子高生の真希(幡乃美帆)、彼女の親友である智子(加藤理子)がそれぞれに抱えていた「孤独」と「秘密」の姿とも重なるのです。

まとめ/「透明」になって明かされる秘密


(C)2022 「HANNORA」製作委員会

ちなみに、ボブ・ディラン『ライク・ア・ローリング・ストーン』の歌詞には、このような一節があります。

When you ain’t got nothing, you got nothing to lose
(お前に何もない時、お前は何も失うものがない)

You’re invisible now, you’ve got no secrets to conceal
(お前は今「透明」なんだ、お前には隠さないといけない秘密もないんだ)

何もないからこそ、何も失わない。そして「透明」だからこそ、他人や社会に隠さないといけない秘密もない……それは、真希が抱える「秘密」が明らかになる様を予感させる言葉というだけでなく、『HANNORA』が描く「自由」と呼ばれる何かの姿と通じているのかもしれません。

そして「透明」という言葉の意味をどう解釈するかによって、その言葉が『HANNORA』に登場する人物の誰の心を表しているのかが変化するはずです。

映画『HANNORA』は2022年7月2日(土)より新宿シネマ・ロサにて封切り後、11月25日(金)~12月1日(木)の大分県・別府ブルーバード劇場での上映など全国にて順次公開!

ライター:河合のびプロフィール

1995年生まれ、静岡県出身の詩人。

2019年に日本映画大学・理論コースを卒業後、映画情報サイト「Cinemarche」編集部へ加入。主にレビュー記事を執筆する一方で、草彅剛など多数の映画人へのインタビューも手がける(@youzo_kawai)。


photo by 田中舘裕介



関連記事

ヒューマンドラマ映画

NETFLIX映画『砂の城』ネタバレ感想と考察評価。実話だからこそ描けた「いち兵士」から見た”戦場の現実”

NETFLIX映画『砂の城』 様々な社会問題を正面から捉えた作品を多く世に排出する映像配信サービス「Netflix」。 今回は愛国心も義務感も薄い1人の兵士から見た「イラク戦争」を描いた映画『砂の城』 …

ヒューマンドラマ映画

映画『夜を走る』あらすじ感想と評価解説。佐向大監督がミステリー要素のある表現で観客を惑わせる“迷宮のような展開”

映画『夜を走る』は2022年5月13日(金)テアトル新宿、ユーロスペースほか全国順次公開 社会派ドラマ『夜を走る』が2022年5月テアトル新宿、ユーロスペースほか全国順次公開されます。 『教誨師』(2 …

ヒューマンドラマ映画

映画『ウィンストン・チャーチル /ヒトラーから世界を救った男』あらすじとキャスト

映画『ウィンストン・チャーチル/ヒトラーから世界を救った男』は、2018年3月TOHOシネマズ シャンテほか全国にて公開されます。 実話を基にチャーチル首相就任からダンケルクの戦いまでのこれまで知られ …

ヒューマンドラマ映画

映画『ピータールー』あらすじネタバレと感想。マイク・リーは“マンチェスターの悲劇”を通じて現代へと警告する

映画『ピータールー マンチェスターの悲劇』は2019年8月9日より全国順次公開中! 様々な映画賞を受賞し、円熟期にして絶頂期を迎えたマイク・リー監督が監督生命をかけ、5年の歳月をかけて製作した集大成と …

ヒューマンドラマ映画

映画『ミは未来のミ』感想レビューと評価。磯部鉄平×櫻井保幸が映画祭で話題を集めた“未来に進む不安と意義”の描写力

磯部鉄平監督作品が、アップリンク吉祥寺にてレイトショー公開! 「大阪アジアン映画祭」インディ・フォーラム部門「SKIPシティ国際Dシネマ映画祭」「Kisssh-Kissssssh映画祭」など、さまざま …

【坂井真紀インタビュー】ドラマ『家族だから愛したんじゃなくて、愛したのが家族だった』女優という役の“描かれない部分”を想像し“元気”を届ける仕事
【川添野愛インタビュー】映画『忌怪島/きかいじま』
【光石研インタビュー】映画『逃げきれた夢』
映画『ベイビーわるきゅーれ2ベイビー』伊澤彩織インタビュー
映画『Sin Clock』窪塚洋介×牧賢治監督インタビュー
映画『レッドシューズ』朝比奈彩インタビュー
映画『あつい胸さわぎ』吉田美月喜インタビュー
映画『ONE PIECE FILM RED』谷口悟朗監督インタビュー
『シン・仮面ライダー』コラム / 仮面の男の名はシン
【連載コラム】光の国からシンは来る?
【連載コラム】NETFLIXおすすめ作品特集
【連載コラム】U-NEXT B級映画 ザ・虎の穴
星野しげみ『映画という星空を知るひとよ』
編集長、河合のび。
映画『ベイビーわるきゅーれ』髙石あかりインタビュー
【草彅剛×水川あさみインタビュー】映画『ミッドナイトスワン』服部樹咲演じる一果を巡るふたりの“母”の対決
永瀬正敏×水原希子インタビュー|映画『Malu夢路』現在と過去日本とマレーシアなど境界が曖昧な世界へ身を委ねる
【イッセー尾形インタビュー】映画『漫画誕生』役者として“言葉にはできないモノ”を見せる
【広末涼子インタビュー】映画『太陽の家』母親役を通して得た“理想の家族”とは
【柄本明インタビュー】映画『ある船頭の話』百戦錬磨の役者が語る“宿命”と撮影現場の魅力
日本映画大学