「東ドイツのボブ・ディラン」と呼ばれたミュージシャンの、裏切りと葛藤を描く
昼間は炭鉱所で働きながら、夜は音楽活動をしていた実在のミュージシャン、ゲアハルト・グンダーマン。
1998年に43歳の若さでこの世を去ったグンダーマンは、実は秘密警察に協力するスパイで、周囲の人を欺いていた裏切り者でした。
そんなグンダーマンの、精神的な葛藤と苦しみを描いたヒューマンドラマ『グンダーマン 優しき裏切り者の歌』。
東西ドイツの統一前後で、時間軸が行き来するという、独特の構成が特徴的な本作。実はその構成には、ある意図が隠されていました。
今回は『グンダーマン 優しき裏切り者の歌』の魅力について、ご紹介します。
映画『グンダーマン 優しき裏切り者の歌』の作品情報
【公開】
2021年公開(ドイツ映画)
【原題】
Gundermann
【監督】
アンドレアス・ドレーゼン
【脚本】
ライラ・シュティーラー
【製作】
クラウディア・シュテファン
【キャスト】
アレクサンダー・シェアー、アンナ・ウィンターベルガー、アクセル・プラール、トルステン・メルテン、エーファ・バイセンボルン、ベンヤミン・クラメ、カトリン・アンゲラー、ミラン・ペシェル、ペーター・ゾーダン、ビャルネ・メーデル
【作品概要】
「東ドイツのボブ・ディラン」と呼ばれ、多くの人達に愛されたミュージシャン、ゲアハルト・グンダーマン。
しかし、彼には秘密警察に協力するスパイとして活動していた過去がありました。
1990年の東西ドイツ統一後、秘密警察の実態を知ったグンダーマンが、自身の過去に対する絶望と再生を描いたヒューマンドラマ。
監督のアンドレアス・ドレーゼンは、現在ドイツで最も注目されている監督で『グンダーマン 優しき裏切り者の歌』では、ドイツで最も権威のある「ドイツ映画賞」(2019)で作品賞、監督賞など、6部門で最優秀賞を獲得しています。
本作でグンダーマンを演じたアレクサンダー・シェーアは、グンダーマンの容姿を完全に再現しており、劇中で演奏されるグンダーマンの楽曲15曲を、自らカバーして歌うという熱演を見せています。
映画『グンダーマン 優しき裏切り者の歌』のあらすじとネタバレ
ベルリンの壁により、西と東でドイツが分断されていた時代。
チェコとの国境に近い炭鉱地区で育った、ゲアハルト・グンダーマン。
彼は偶像崇拝に反対し、軍隊の学校を追い出された過去があり、現在は炭鉱所で働きながら、夜はステージに上がり、自作した曲を歌っていました。
また、グンダーマンは国家が良くなる事を心から信じて「ドイツ社会主義統一党」に入党していました。
ある時、ステージ裏で自作の曲を制作していたグンダーマンに、1人の男が話しかけます。
男は「ドイツ社会主義統一党」の党員を名乗り、グンダーマンに「シュタージ(秘密警察)」に協力する事を要請します。
「シュタージ」に協力すれば、東ドイツ国外での音楽活動が許可されます。
グンダーマンは、東ドイツの更なる発展を信じた事と、自身の音楽活動の可能性を広げる為に「シュタージ」へ協力するようになります。
グンダーマンは「シュタージ」として友人を監視し、西ドイツへの亡命を図る人達を密告していました。
全ては東ドイツの為でしたが、ある時グンダーマンの働く炭鉱所で事故が起きます。
その炭鉱所は安全管理ができておらず、グンダーマンは危険である事を主張していましたが、生産性を重視する「ドイツ社会主義統一党」により、炭鉱所の職員は強引に労働させられていました。
仲間が事故に遭った事で、グンダーマンの中で「ドイツ社会主義統一党」への不信感が募ります。
そんな時、グンダーマンの心の支えになってくれた女性が、コニーでした。
同じ炭鉱所の労働者だったコニーに、グンダーマンは次第に恋心を抱くようになり、コニーの為にラブソングを送ります。
そして、グンダーマンとコニーは結婚し、2人の間に子供が産まれます。
私生活では幸せでしたが、「ドイツ社会主義統一党」への不信感が消えないグンダーマンは、党の脱退を決意します。
映画『グンダーマン 優しき裏切り者の歌』感想と評価
実在したミュージシャン、グンダーマンの生涯を描いたヒューマンドラマ『グンダーマン 優しき裏切り者の歌』。
本作は1990年代を軸に、70~80年代のエピソードが展開される構成で「シュタージ」としてスパイ活動をしていたグンダーマンの苦しみと、妻であるコニーとのラブストーリーの、2つの物語が展開されます。
ただ本作は、1990年代と70~80年代のエピソードが入り混じる、特殊な構成となっています。
まず、本作のオープニングは80年代から始まり、グンダーマンがバンドメンバーを探して、一曲歌う場面から始まります。
そして、タイトルが出た後、いきなり1992年に移り「シュタージ」だった事を友人に謝罪するグンダーマンの場面が始まり、その後は自宅でコニーと夫婦喧嘩する展開になります。
そして場面が切り替わると、今度は時間軸が急に進み、コニーが別の男性と同棲をしていて、そこにグンダーマンが現れるエピソードが展開されるという、とにかく時間軸が入り混じり、一貫性の無い展開が続くのです。
さらに、年代が変わった事を、グンダーマンの髪形や、会話の内容から読み解く必要があり、観賞中は終始「これは、80年代の話か?」など、常に考えていないと、話の展開が分からなくなる事もありました。
観賞中は、ハッキリ言うと頭が混乱して苦痛を感じる程で「何故、こんな構成にしたのか?」と思っていました。
ですが、その構成の意図は、ラストのライブシーンで理解できました。
ラストのライブシーンでは、グンダーマンは迷い悩んだ挙句、バンドメンバーと自分のファンに「シュタージ」だった事を打ち明けます。
それまでの、年代が激しく入り混じる構成は「シュタージ」だった過去に直面し、思考が混乱しているグンダーマンの精神状態を反映させていたのです。
特に、自身が監視し報告していた人達の、現状を知ったグンダーマンが取り乱す場面でも分かるのですが、自分の過ちを全て受け入れる事ができず、錯綜しているのです。
そして、その錯綜したグンダーマンの精神状態を、観客も同じように体験している訳ですね。
さらに、序盤で謎だらけだった展開は後半に進むにつれて、全て説明されて繋がるようになっています。
そればかりか、グンダーマンが禁酒をした理由や父親との確執など、細かいエピソードも丁寧に描かれていた事が分かります。
そして、悩んだ末にグンダーマンが出した答えが、ライブで全てをカミングアウトする事でした。
心から愛した音楽に携わるバンドメンバーやファンに、「シュタージ」だった過去を明かすのは不安だし恐怖が強かったでしょう。
これまでの錯綜した展開は、グンダーマンの不安と恐怖を乗り越える、最後の決意に繋がるのです。
グンダーマンの曲は、日本ではほとんど知られていません。
更に、異常に純粋な性格なのに、嘘をつく部分があり、人によってはグンダーマンは「厄介者」に見えるでしょう。
ですが、彼の曲は自分の人生や感情を歌った曲が多く、ラストシーンになる頃には、何故かグンダーマンに親近感が湧いていました。
そして「シュタージ」だった過去が、バンドメンバーやファンに受け入れられるラストでは、完全にグンダーマンと心がシンクロした気分になり、本当に「良かった」と感じました。
もし本作が分かりやすく、年代順にグンダーマンの生涯を追った構成だったとしたら「こんな人がいたんだ」ぐらいにしか感じず、ここまでグンダーマンに感情移入しなかったでしょう。
『グンダーマン 優しき裏切り者の歌』は、この作品自体がグンダーマンの心情を反映しており、観客は物語を追うというより、グンダーマンの心情を一緒に体験するという感覚です。
観賞中は、本当に混乱して苦痛ですらありましたが、最後に全部が繋がるという構成は「お見事」と言いたい作品です。
まとめ
グンダーマンが活動していた「シュタージ」は、メンバー同士を監視させ合い、人間関係を分断させるという恐ろしい組織でした。
現在の日本でも、SNSを見ていると、さまざまな事で国民の意見が分断されているように感じ『グンダーマン 優しき裏切り者の歌』で描かれている事は、とても他人事に感じませんでした。
グンダーマンは「ドイツ社会主義統一党」や「シュタージ」の正体を知り、絶望を味わいますが、それでも音楽の力だけは純粋に信じていました。
全てをカミングアウトしたグンダーマンを、ファンが受け入れたのも、彼の音楽への純粋な想いを知っていたからでしょう。
どんな状況であれ自分の信念は曲げず、純粋に何かに打ち込めば、それが最後に力になるという事を、不器用で真っ直ぐなグンダーマンの生涯を通じて、感じ取ることができる作品でした。