矢野顕子の名曲「LOVE LIFE」から始まった「愛」と「人生」の物語。
愛する夫と愛する息子、幸せな人生を手にしたはずの女性に、ある日突然思わぬ悲劇が襲いかかります。悲しみに包まれた彼女の前に現れたのは、何年も前に自分と息子を捨てて行方が知れなかった元夫でした。
矢野顕子の名曲「LOVE LIFE」をモチーフに深田晃司監督が、木村文乃を主演に迎えて「愛」と「人生」の本質に迫った映画『LOVE LIFE』。
同じ悲しみにも温度差があり、誰かと一緒にいても孤独を感じる、そんな人間の心の複雑さが繊細かつ大胆なタッチで描写されています。
本作は第79回ヴェネチア国際映画祭コンペティション部門正式出品作品に選出されました。
映画『LOVE LIFE』の作品情報
【公開】
2022年公開(日本映画)
【監督・脚本】
深田晃司
【キャスト】
木村文乃、永山絢斗、砂田アトム、山崎紘菜、嶋田鉄太、三戸なつめ、神野三鈴、田口トモロヲ、福永朱梨、森崎ウィン(声の出演)
【作品概要】
音楽界のレジェンド的存在として知られる矢野顕子の名曲「LOVE LIFE}をモチーフに、『淵に立つ』(2019)、『よこがお』(2019)の深田晃司が脚本・監督を務めた人間ドラマ。
主演に深田作品初出演の木村文乃を迎え、永山絢斗が木村の夫役、砂田アトムが元夫役に扮している。また、山崎紘菜、田口トモロヲ、福永朱梨等、個性的な俳優が顔を揃えています。
第79回ヴェネチア国際映画祭コンペティション部門正式出品作品。
映画『LOVE LIFE』あらすじとネタバレ
妙子は夫の二郎、息子の敬太と共に幸せな日々を送っていました。彼女たちが暮らす集合住宅の向かいの棟には、二郎の両親が住んでいます。
二郎とは再婚で、敬太は妙子の連れ子です。結婚して一年が経とうとしていました。
その日は敬太のオセロ大会での優勝祝いと二郎の父親の65歳の誕生祝いを兼ね、家族で集まることになっていました。
二郎は、勤務する役所の福祉課の仲間たちに声をかけ、プラカードを使ったサプライズのお祝いを計画していました。
妙子が勤務する市民生活相談センターは役所と隣接していて、皆、妙子とも顔なじみで、結婚式にも出席してくれた面々です。
しかし、その中に、ひとり、見知らぬ女性がいました。山崎と名乗る女性は結婚式には出席していなかったはずです。病気で来られなかったのだと二郎はいいますが、妙子にはひっかかるものがありました。
二郎の父親の誠は、二郎が子持ちの女性と結婚したことが気に入らず、2人の結婚を認めていませんでした。この日も終始よそよそしく、話の流れから妙子を「中古」呼ばわりし、妙子を傷つけます。
妻の明恵に咎められ、父親は妙子に謝罪し、妙子もそれを受け入れました。その後、同僚たちのサプライズも成功、賑やかなカラオケ大会が始まりました。
その時、悲劇が起こりました。ひとりで遊んでいた敬太が風呂場に入り、滑って頭をうって、水のはってあった湯船に落ち、そのまま亡くなってしまったのです。
わたしが敬太を殺したのだと自分を攻める妙子。風呂の水をちゃんと流していたらこんなことにはならなかったのにと、悔やむ妙子を二郎は「君のせいではない」と慰めます。
葬儀場では悲しみに打ちひしがれた妙子の姿がありました。そこに突然、一人の男が現れ、妙子の姿を見ると、おもむろに歩み寄って彼女の頬を思いっきり叩きました。そして自分の顔を何度も何度も殴り始めました。
それは妙子の元夫のパクで、敬太の父親でした。彼は何年も前に妻子を残して家を出て、以来ずっと行方不明だったのです。彼は新聞で敬太の死を知り、告別式にやってきたのでした。
彼はホームレスとなってこの街に帰ってきて、公園で寝泊まりをしていました。妙子は彼のもとを訪れ、パクの家族から何年も前に預かっていたパスポートと手紙を渡し、これっきりだと分かれを告げました。
しかし、市役所を訪ねて生活保護の申請を行う彼を放っておけず世話をする妙子。パクはろう者なので、韓国語の手話ができる人物が必要で、二郎は複雑な気持ちを抱きながらも、妙子がパクの担当をすべきだと主張します。
妙子や二郎のおかげでパクは仕事につくことができました。
その頃、二郎の両親が引っ越すことになり、引越し当日、二郎は両親に付き添い、新居に向かって出発しました。
その夜、ひとりで食事をしていた妙子は浴槽に近づいてみますが、気分が悪くなり吐いてしまいます。その時、大きな地震が起こりました。
地震がおさまると、二郎から心配して電話がかかってきました。二郎の方は震源地から遠かったので大丈夫だったそうです。
その時、二郎の車の助手席には山崎が座っていました。彼女が長い間仕事を休んで実家に帰っていると聞き、二郎は彼女の家を訪ねたのです。
山崎は以前二郎と付き合っていたのですが、二郎が妙子に心代わりして、ふられてしまい、そのショックが未だに抜けず、幸せそうな2人の姿を観て、憎しみが沸き起こったと告白します。
不幸になればいいと願ったらあんなことが起きてしまったと涙ながらに語る山崎。二郎は彼女に近づいてキスをしました。こういう時はいつも人の目を観られないのですねと、山崎は二郎に向かって言うのでした。
妙子は、パクを自宅に連れてきて、風呂に入るから側で観ていて欲しいと頼みます。息子が死んでから妙子たちは、風呂を使うことができず、両親の部屋に行って使わせてもらっていたのです。
でも二郎は、いつまでもそうしているわけにはいかないと、割り切って風呂を使うようになっていました。
妙子はパクを両親たちが使っていた部屋につれていき、そこで寝泊まりさせることにしました。そんなある日、パクと妙子が両親の部屋だった場所のベランダに2人でいるのを二郎は目撃してしまいます。
二郎がその部屋のドアを明けると、パクだけが部屋にいました。筆談を交わして、妙子はパクがひろってきた猫の餌を買いに出たことがわかります。
妙子が帰ってくると、二郎はいきなり妙子にキスしました。妙子は思わず、二郎を押しのけます。その時、猫が逃げ出し、妙子とパクは二郎をほったらかしにして、猫を探し始めました。
猫をみつけたのは二郎でした。パクは二郎から受け取った猫を再び二郎に渡し、この猫はあなたを選んだ、あなたが飼ってくださいと言います。
映画『LOVE LIFE』解説と評価
深田晃司監督は、これまでにも『淵に立つ』や『よこがお』といった作品で、突発的な悲劇に見舞われ、生活が一変してしまった人々の姿を描いてきました。
本作では、幼い息子が不慮の事故で命を落とします。事故があったばかりの浴槽をカメラは長回しでとらえ、その間、カラオケの歌声が響き渡っています。
馬鹿騒ぎともいえる歌声が、浴槽の静けさを際立たせ、とりかえしのつかない瞬間を目撃させられているという不安に観る者を突き落とします。
息子を失った木村文乃扮する母親・妙子は、浴槽の水を抜いていればと後悔し、死なせたのは私だと自分自身を責めます。
少しばかりの気の緩み、ちょっとした判断ミスによる悲劇とそれによって人生が一変した人々の葛藤を描くとなれば、アスガー・ファルハディ監督作品を思い出させますが、深田晃司監督は、夫婦の感情の「ずれ」に注目し、その後予想もつかない展開へと物語を導きます。
永山絢斗扮する夫・二郎も、その母親も悔やむ妙子に「あなたのせいではない」と声をかけ慰めます。亡くなった息子は妙子の連れ子で、二郎とは血がつながっていません。勿論、血がつながっていないから愛情がないというわけではありません。二郎が息子を愛していたのは確かです。
しかし、妙子は、突然葬儀場に現れた砂田アトム扮する元夫に頬を叩かれ、その痛みに真の悲しみを感じ取るのです。
元夫はそんな行動を取れる立場にはないし、暴力は決して許されるものではありません。けれど、妙子はその痛みに「共感」するのです。
それがあったからこそ、妙子はこのあと、この元夫へと激しく傾倒していったのでしょう。ここからは妙子と二郎と夫の三角関係へとなだれ込んでいきますが、それは圧倒的に二郎に不利で、なにしろ、妙子と元夫は、2人の姿を見て感情的になってやって来た夫のことよりも逃げた猫に気を取られているのです。
唖然としながらも一緒に猫を探して見つけてくる二郎と、「猫はあなたを選びました。あなたが飼ってください」と語る元夫(彼はろう者で、妙子が二郎に伝えます)。
一体この展開は何なんだ!?と、二郎に変わって叫びたくなるようなすっとぼけたユーモアが漂っています。
このユーモアは深田監督が『本気のしるし』を経て獲得したものではないのでしょうか? 韓国に渡った妙子の後ろ姿を延々と撮り、雨の中、一人取り残され、呆然としている姿は、まさしく無様の極地であり、ひどく残酷なシーンですが、もう笑うしかないような非情で不合理なユーモアが漂っています。
ところで、深田作品の特徴のひとつに、「ある人の住居に何者かが侵入して来る」というものがあります。本作も例外ではありません。
元夫は、妙子の導きによって、二郎の両親が住んでいた部屋へと侵入し寝泊りしますが、本当に侵入して来たのは何かと言えば、それはあの猫なのです。
妙子と二郎の住む部屋にずっと前から居たかのように振る舞う猫。ガラス越しのラストショットに映る猫の姿は、主人公夫婦の未来を大いに想像させます。
まとめ
本作の終盤の展開は、濱口竜介監督の『寝ても覚めても』を思い出させます。
女性が2人の男性の間で揺れながら、ひとつの選択をするのですが、その選択の躊躇のなさと思いっきりの良さにある意味唖然とさせられる点で、2つの作品は双子のようです。
『寝ても覚めても』は、主人公2人の側に猫がいる時だけ、2人の生活は不安のない安定したものになっていました。そのことからも、本作の妙子と二郎の関係に、明るいものを見いだせそうな思いにかられます。
ただ、『寝ても覚めても』は、女性が戻ってきて、理路整然と自分の気持ちを伝え、男性がその言葉を受け止められるのかというラストへとなだれ込んでいくのに対し、本作では話し合いが描かれる手前で、2人は部屋から出ていってしまいます。
その時のロングショットが実に素晴らしいのですが、映画のタイトルが入り、矢野顕子の「LOVE LIFE」が流れ出すタイミングには思わず唸らされてしまいます。