映画『ナナメのろうか』は2022年9月10日(土)よりポレポレ東中野にてロードショー!
劇場公開デビュー作『ある惑星の散文』(2022)が海外映画祭にて高く評価され、国内外で注目を集め続けている深田隆之監督が手がけた映画『ナナメのろうか』。
かつて祖母が暮らしていた空き家へ「片付け」のために訪れた姉妹が、やがて過去の記憶と現在の人生が交錯する時空間へと迷い込んでしまう様を、全編モノクロ&スタンダード映像で綴った中編作品です。
このたびの劇場公開を記念し、深田隆之監督へのインタビューを敢行。
映画作りを始めるきっかけとなったある名作映画、映画作りで最も大切にされている「創作の時間」、監督の実の祖母が暮らしていた家での撮影中に感じとったものなど、貴重なお話を伺うことができました。
CONTENTS
「祖母の家の記憶」を記録する
──映画『ナナメのろうか』の企画はどのような経緯で生まれたのでしょうか。
深田隆之監督(以下、深田):実は『ナナメのろうか』の撮影で使用している建物は、僕の祖母が実際に暮らしていた家なんです。
現在は祖母が老人ホーム施設で生活しているため空き家に近い状態にあるんですが、「祖母の家とそこにある記憶を、改めてきちんと映像として記録しておきたい」という想いが、本作の企画の着想の一つとなっています。
またその上で、どのような映画を作ろうと考えていった時に、子どもの頃に祖母の家へ訪れた際に感じられた「楽しい遊べる場所」という認識、そして夜中にトイレへ行くために通った、階段や廊下に対して不気味さや怖さを抱いていたあの感覚も、映画で描きたいと考えたんです。
吉見茉莉奈・笠島智から映し出したかったもの
──自身らの祖母がかつて暮らしていた家へ訪れることになる姉妹・聡美と郁美を、笠島智さん・吉見茉莉奈さんがそれぞれ演じられています。お二人のキャスティングはどのような理由で決められたのでしょうか。
深田:吉見さんの演技は、出演されている舞台作品を通じて拝見していたんですが、映画だからこそより注目できる彼女の顔やそこに表れる表情、視線といったものを映し出すことで、吉見さんという俳優の別の側面を見つけられるのではと思ったんです。
それは、吉見茉莉奈という俳優をカメラで映し出したい一番の動機となりましたし、キャスティングさせていただいた一番の理由となりました。
深田:笠島さんは逆に、杉田協士監督の『ひかりの歌』(2019)や草野なつか監督の『王国(あるいはその家について)』(2020)などの映画で演技を拝見していたんですが、それらの作品で映されていた笠島さんの佇まいや表情からは、笠島さんが「何かを抱えていそうな女性」の表情を表現できる俳優なんだと感じられました。
また実際にお会いした際には、笑顔を交えながら様々なことを話してくださったのですが、その時に見せてくれた笑顔と、俳優としての魅力を感じられたあの表情の両面を映せたらと思いました。
「記録」と「記憶」を結びつけられる映画
──深田監督が映画作りに興味を抱かれたきっかけは何だったのでしょうか。
深田:僕は東京造形大学の出身なんですが、その受験のために通っていた美術系の予備校に、たまたま講師として映画監督である中嶋莞爾さんがいらっしゃったんです。中嶋さんの講義では週1回必ず映画を観ていたんですが、それまで知ることのなかった映画たちを一年間近く観続けた中で、次第に映画へ興味を持つようになったんです。
ただそれは17・18歳頃のことだったので、当時の僕は「カメラで何かを映す」という行為の意味を深く考えていたわけではないんです。多くの映画に触れる中で「映画って、面白そうなのかも」と純粋に思えたのが、映画作りへと向かった一番のきっかけというのが正直なところです。
──その頃にご覧になられた作品の中で、特に深田監督の記憶に刻まれている映画は何でしょうか。
深田:ビクトル・エリセの『ミツバチのささやき』(1973)ですね。講師の中嶋さんがお好きな作品の一つだったんですが、僕は初めてその映画を観た時、面白いか否か以前に、その映画で描かれているものを全然理解できなかった。
ただ、「分からないけれど、何かものすごいことが、この映画の中で起こっている」ということだけは感じとれた。「何なんだ、これは」と衝撃を受けた時からグッと映画というものを意識し始めたし、そういうものを作りたいと考えるようになりました。
前作の『ある惑星の散文』でもDVカメラが登場しましたが、「今、本当にそこにあるものを記録していく」という行為と、とても個人的な「目に見えない記憶」というものを映画は結び付けられるんだと思えるようになったのは、もしかしたらあの頃に観た『ミツバチのささやき』の影響なのかもしれないですね。
止まっていた時間、動き出す新しい時間
──深田監督は本作に登場する姉妹と同じように、映画の撮影を通じてご自身のお祖母様の家と、そこに堆積されたお祖母様の記憶に改めて触れられました。その際に深田監督が感じとられたものをお教えいただけますでしょうか。
深田:実は大学生時代、祖母がまだ住んでいた頃に、あの家を何回か撮影させてもらったことがあるんです。ただその時に僕が強く抱いたのは、やはり「止まった時間の中にある家を映し出している」という感覚でした。
『ナナメのろうか』の撮影でも、俳優さんが家の中で佇んでいる姿へカメラを向けていく中で、僕の祖母の、あるいは家そのものの止まった時間を見つめている感覚に襲われました。
ただその一方で、僕は撮影中に「この家の中で、これまでとは違う新しい時間が少しずつ動き出している」という感覚も抱きました。映画というフィクションではあるものの、あの家の中で俳優さんが芝居をし、それを自分やスタッフさんたちで撮影するという時間そのものは本当で、新しい時間があの家に再び蓄積されていくように感じられたんです。
それはうれしいの一言では言い表せない、うまく表現しづらい感情ではあったんですが、少なくとも発見ではあったかもしれません。
創作に時間をかけることの意味
──深田監督がご自身の映画作りにおいて、最も大切にされているものとは何でしょうか。
深田:結局のところ、「人と一緒に何かを創作する」というその時間を大切にしたいのが一番にあります。
今回の『ナナメのろうか』は、いろんな幸運が重なって丁寧に作ることができました。まず7日間の稽古期間によって、俳優さんと密に各場面について話し合い、演技や役の人物像を模索できた。
また実際の撮影は7日間だったんですが、中編映画の撮影でのそれだけのスケジュールを組むのは恐らく稀で、本来ならば3・4日程度で撮り切ることもできたんです。ただそう撮っても映画は完成させられるけれど、そこに何の意味があるんだろうとも感じられた。俳優さんやスタッフさんと密にコミュニケーションをとりながら、あくまでも「ゆっくりと作る」のではなく、「創作に時間をかける」ということを大切にしたかったんです。
創作には「試す」ということが不可欠で、何かを試そうとすると、どうしても時間が必要になってくるんです。そこに時間を割けないと「とりあえず、これでいきましょう」「まあ、これでOKにしましょう」と言わざるを得ないですし、その答えは監督やスタッフさん、俳優さんそれぞれに不安を生じさせてしまう。
もちろん時間的な制約があってこその映画制作だとは考えていますし、「限られた条件で撮ったからこそ、面白い映画が生まれた」という例もあるとは思うんですが、その作り方は僕自身の性に合わないし、それ以降の映画作りを持続させにくい。
脚本や撮影後の編集など、他にも映画作りに大切な要素はいくつもありますが、何より俳優さんやスタッフさんたちと一緒に「ああでもない」「こうでもない」と話し合える、創作の時間をきちんと撮影現場にも持ち込むということを特に意識しているかもしれません。
また映画の記録的な側面として、スタッフさん・俳優さんの関係性、その中で撮影現場に生じるチームの雰囲気は、必ず映画に映り込むものだと僕は思っているんです。
既に映画をご覧になった方からも「なんか楽しそう」「映画作りで遊んでいる、楽しんでいる空気が伝わってくる」という感想をいただいたことも何度かあり、うれしくもある一方で「映画には、本当に全部が映るんだろうな」と少し怖くもなりました。皆が全力で試行錯誤しながら映画作りを楽しんでいたという記憶が、フレーム越しに映り込み記録されていたんだとハッとさせられました。
これからの「中編映画」という可能性
──映画『ナナメのろうか』の劇場公開を迎えられた2022年現在、本作の制作を経た深田監督のご心境を改めてお聞かせいただけますでしょうか。
深田:この映画は44分という尺の中編映画ですが、「何本かの映画を観終えたかのような密度を感じられる」という感想をいただいたことがあります。近年では酒井善三監督の中編映画『カウンセラー』も評判になりましたが、「“凝縮”された映画体験ができる」という点において、「中編映画」が持っている可能性を感じさせられました。
また「観やすさ」というのも大きいですね。YouTubeやSNS、配信など「映像を観るのにかける時間」に対する人々の認識が変化し続けている中で、絶妙な尺と質のバランスを持つ中編映画は、劇場の興行面での課題はあるとは思うものの、今後の映画業界にこそチャンスを感じられるし、作る意味もあるのではと思います。
そして、本作で映画が描く記録と記憶について改めて考えた中で、やっぱり映画館は「記憶の時間をみる場所」として一番最適な空間なんだと実感しました。
映画館での鑑賞は、映画を観る一つの手段であると同時に一つの体験であり、「情報を得るため」など目的が限定された体験ではないと思っています。「暗闇の中で視覚や聴覚をはじめ、全ての感覚によって映画の中の記憶と向き合う」という時間を体験できることは、映像の鑑賞方法が変化し続けている今では、むしろ特別な観方になろうとしています。
その前提をもとに映画を作り続けていますし、これから『ナナメのろうか』をご覧になってくださる方もぜひ、全ての感覚によって特別な体験をしてほしいと感じています。
インタビュー/河合のび
深田隆之監督プロフィール
1988年生まれ。『ある惑星の散文』は2018年、第33回仏・ベルフォール国際映画祭にて正式招待され、2022年現在全国劇場公開中。また、濱口⻯介監督『偶然と想像』の2・3話に助監督として参加している。
映画制作以外の活動として、2013年から行われている船内映画上映イベント「海に浮かぶ映画館」の館⻑でもある。
社団法人こども映画教室の講師・チームファシリテーターとしても活動中。2021年からは愛知大学メディア芸術専攻で非常勤講師を務めている。
映画『ナナメのろうか』の作品情報
【日本公開】
2022年(日本映画)
【監督・脚本・編集】
深田隆之
【キャスト】
吉見茉莉奈、笠島智
【作品概要】
かつて祖母が暮らしていた空き家へ「片付け」のために訪れた姉妹が、やがて過去の記憶と現在の人生が交錯する時空間へと迷い込んでゆく様を、全編モノクロ&スタンダード映像で綴った中編作品。
監督は、濱口⻯介監督の『偶然と想像』などの助監督を務め、劇場公開デビュー作『ある惑星の散文』が海外映画祭にて高く評価された深田隆之。
映画『ナナメのろうか』のあらすじ
改装される予定の祖母の家に来た姉妹、聡美と郁美。
妹の郁美は妊娠し、シングルマザーになる決意をしていた。
2人は家に残された物を片付け始めるが、昔遊んだおもちゃ箱を見つけ、こどもの頃のように遊び始める。
しかし、お腹の子どもをめぐってお互いの溝が露わになり、2人は家の中ですれ違い、会えなくなってしまう。
嵐の夜の中、姉妹は暗闇の中でお互いを呼び合う……。
編集長:河合のびプロフィール
1995年生まれ、静岡県出身の詩人。
2019年に日本映画大学・理論コースを卒業後、映画情報サイト「Cinemarche」編集部へ加入。主にレビュー記事を執筆する一方で、草彅剛など多数の映画人へのインタビューも手がける(@youzo_kawai)。