正しい暦を手にするために奮闘する研究者の汗と涙
2010年の本屋大賞第1位に輝いた冲方丁のベストセラー小説を、『おくりびと』(2008)の滝田洋二郎監督が『永遠の0』(2013)の岡田准一を主演に迎えて映画化しました。
江戸時代に、日本初の暦を作った天文・数学に長けた棋士・安井算哲の挑戦が描かれます。
算哲の妻を演じる宮﨑あおいをはじめ、中井貴一、松本幸四郎、佐藤隆太、岸部一徳ら豪華キャストが共演。人々が天の真理を知るために力を合わせて奮闘するさまが熱く描かれます。
深い夫婦愛にも胸打たれる名作の魅力についてご紹介します。
映画『天地明察』の作品情報
【公開】
2012年(日本映画)
【原作】
冲方丁:『天地明察』(角川文庫)
【脚本】
加藤正人、滝田洋二郎
【監督】
滝田洋二郎
【編集】
上野聡一
【出演】
岡田准一、宮﨑あおい、佐藤隆太、市川猿之助、笹野高史、岸部一徳、市川染五郎、中井貴一、松本幸四郎
【作品概要】
2010年の本屋大賞第1位に輝いた冲方丁のベストセラー小説を、『壬生義士伝』(2003)『おくりびと』(2008)の滝田洋二郎監督が映画化。
主人公を『永遠の0』(2013)『ザ・ファブル』(2019)の岡田准一、その妻を『舟を編む』(2013)の宮﨑あおいが演じます。
松本幸四郎、中井貴一、佐藤隆太、市川猿之助、市川染五郎、岸部一徳ら豪華俳優陣が顔を揃えるほか、真田広之がナレーションで参加しています。
映画『天地明察』のあらすじとネタバレ
江戸前期。鎖国中の日本。地球が丸いこともまだ知られていなかった時代。
天文学や数学に目がない好奇心旺盛な安井算哲。金王八幡宮に新たな和算の設問が奉納されたと聞いてとんでいき、その場で解き始めたところ、掃除中だった女性・えんに注意されます。
その後急いで城に向かった算哲が忘れた棋譜を取りに慌てて戻ると、えんが笑顔で手渡しました。
自分がいない間にやって来た男によってすべての設問が解かれていた上、新たな設問絵馬が残されていることに算哲が気づきます。絵馬に書かれた「関孝和」という名に興味を持つ算哲。
遅刻して登城した算哲は、将軍家綱の御前で本因坊道策と囲碁で真剣試合をします。将軍に碁の本当の面白さを伝えたいという思いから、算哲は師からあらかじめ指示されていた打ち筋ではなく、初手を碁盤の中央に打つ奇手をさしました。
周囲が動揺する中、将軍は興味を示し、身を乗り出して観戦します。しかし、不吉の前兆とされる蝕が発生したことからすべての儀式は取りやめとなり、囲碁の勝負も中止されました。
会津藩主で将軍後見役の保科正之に呼び出された算哲は、初手天元の真意を尋ねられた後、半月後から日本各地で北極星の位置を確認するようにと命じられます。それは幕府の正式な下命でした。
関孝和がいると聞き村瀬塾を訪ねた算哲は、えんと再会します。えんは塾長の村瀬義益の妹でした。算哲は義益から借りた関の書いた本に夢中になります。
見事に難問を解いた算哲は、新たに自分の作った設問絵馬を村瀬塾に置いてもらい、もし関が自分の設問に回答したら預かっておいてほしいとえんに頼みます。ほのかな恋心を互いに抱くふたりは、一年後の再会を約束し合って別れました。
制裁により公開の場での対局を禁じられた道策は、算哲が戻った後には封じ手とした上覧碁の続きを対局しようと約束します。
算哲は上役の建部伝内、伊藤重孝らと北極出地に旅立ちました。歩測と方角を元にした計算から角度を割り出して競っていたふたりに混じり、競争に参加した算哲は熱田での観測で完璧な解答を出して建部らを驚かせます。
算哲は幼少から高名な山崎闇斎に師事して北極星観察をしてきたことを話しました。関孝和の本とともに、出立前に関に作り残してきた設問をふたりに見せます。すると、彼らが解いた結果、答えが無数に存在する誤問であることがわかりました。
恥じ入る算哲でしたが、一方の関は、これまで出会ってきた設問の中で一番好きだと言って喜びます。
そんなある日、月が欠けていることに気づく一行。800年前の唐から伝わった宣明暦はすでに暦がずれていました。
厳しい道のりに行程は遅れ、年配の建部は体調を崩し亡くなります。彼の遺志を継ぐことを算哲は誓いました。
算哲はやっと故郷に戻り、村瀬塾を訪ねますが、すでにえんは嫁いで家を出ていました。
水戸光圀に呼び出された算哲は、暦に二日のずれがあることを光圀に話します。光圀は朝廷の公家が利権のために暦を独占している事実を話して聞かせました。
その後、正之は算哲を呼び、改暦の総大将となることを命じます。それは水戸光圀、建部、伊藤、安藤、恩師・闇斎すべてから推挙されて決まったことでした。算哲は大事業を引き受けます。
映画『天地明察』の感想と評価
未知の世界に挑む情熱のすばらしさ
中国から伝わった800年前の暦を用いてきた日本の人々が、二日ものずれがあることに気づいて真の暦を求めて奮闘するさまを描く『天地明察』。真実を追求する情熱が心地よく爽やかで、忘れかけていた大切なことを思い出させてくれる作品です。
暦をつかさどっていた京の帝が真実を世に広めることの障壁となっていた時代。決して真理の追究を諦めなかった安井算哲を、『永遠の0』(2013)『蜩の記』(2014)でアカデミー最優秀主演および助演男優賞をダブル受賞した実力派・岡田准一が演じています。
そんな背景は地動説を認めようとしなかったヨーロッパの教会にも通じるところがあり、科学の進歩が権力者たちの利権絡みで妨げられてきたことがよくわかる作品です。
天文、数学に優れていることで知られていた棋士・算哲は、会津藩主・保科正之から日本各地から北極星の位置を確認する「北極出地」の任に命じられます。
彼は仕事の中でさまざまな師や同志と出会い、成長を遂げていきます。困難な任務中に何度も挫折を味わいながらも、やがて、長く思いを寄せていたえんを妻に迎え、彼女の叱咤激励のもとついに正しい暦にたどりつくのです。
この作品の何よりの魅力は、未知のものへのあくなき探求心と、そこに集う人々が互いの知をたたえ合う清々しさです。
好奇心という宝を胸に、老若男女問わず真実への道を進んでいく姿の美しさ。道半ばで老齢で病死する者も、邪魔する者の手によって殺されていく人も皆、真実にたどり着くための礎となっていきます。
日ごろ用いている暦をはじめ、さまざまな科学の恩恵がこうした人々の熱い思いと苦労の上に成り立っていることを思い、思わず胸が熱くなる一作です。
二人三脚で真実に挑む夫婦の愛
本作の大きなもう一つの見どころは深い夫婦愛です。主人公の算哲とその妻・えんを、本作共演後にプライベートでも結婚した岡田准一と宮﨑あおいが好演しています。
村瀬塾の塾長の妹だったえんは、「北極出地」から約束の日に戻らなかった算哲を待つことができずに一度は別の人のもとに嫁ぎますが、後に離縁して帰ってきます。
結婚した事情も、離縁となった事情も全く明かされませんが、算哲はそれらを気に留めることもなくえんを思い続けます。
仕事で結果を出した暁にはえんに申し込もうと考えるあたりは、真面目な算哲らしさがよく表されています。しかし、授時暦の誤りをみつけるまでにあと10年かかると言われたえんは、傍で支えたいと答えました。笑顔で逆プロポーズするとはさすがしっかり者です。
えんは若い頃から自分の意見をはっきり言える女性でしたが、主導権を握れるまでになったのはもしかすると離縁先での苦労が培った逞しさだったのかもしれません。
ふたりきりで契りの盃を交わした晩、算哲は「お願いがあります」と切り出します。それは自分より先に死なないでほしいという頼みでした。
その後、蝕の予測が外れて自暴自棄になる算哲を厳しく叱りつけるえん。彼女は夫に寄り添い、全力で支え続けます。彼女の思いにこたえ、算哲は命がけで光圀、朝廷、民衆の前で蝕の予測に挑みます。
予測を外せば人々の前で腹を切るという算哲に、今度はえんがどうか自分より先に死なないでくださいと頭を下げるのでした。
蝕が起きたと知った時、算哲にとっては妻を悲しませずに済んだことが何より嬉しかったのではないでしょうか。「天地明察でございます」という妻の声が何よりの勲章となったに違いありません。
互いが先に死なないことを願い合う深い夫婦愛。その願いを叶えた「同年同日に亡くなる」というロマンティックな奇跡のエンディングが、観る者の心をさらに温めてくれます。
まとめ
天の正しい摂理を知るために、命がけで挑む主人公・算哲のまぶしい生涯を描く映画『天地明察』。算哲とその妻・えんの深い愛情にも心打たれる名作です。
現在でも未知の世界が限りなく広がる宇宙。天を仰ぎ星をみつめながら、算哲の胸はいったいどれほど大きな好奇心で満たされていたことでしょう。
人の持つ探求心とその可能性への賞賛に胸が満たされると同時に、一生かけて打ち込める使命を持つ算哲に羨望の思いを抱かずにはいられません。
一方で、研究にすべてをかけて生きてきた算哲は、自身の命が愛する人のためにこそ大切なものなのだという事実に気付きます。
愛する人とともに生きることの喜びを教えてくれる素敵な本作をぜひご覧になってください。