心の傷を負った「竜とそばかすの姫」を見守るクリオネの正体とは?
主題歌が紅白歌合戦でも歌われるなど、2021年の代表作と言える大ヒットを記録した細田守監督映画『竜とそばかすの姫』(2021)。
仮想空間「U」での出来事を通して、現実世界だけでは交わることのなかった人生が繋がっていく様子が描かれたこの作品では、「U」内でのアバターである「As(アズ)」の「オリジン(現実世界での正体)」が不明なまま終わる登場人物が複数登場しています。
今回はその中から、現実世界で大きな心の傷を負う主人公のすずと「竜」に寄り添い続けたクリオネ型の「天使」のオリジンを解説していこうと思います。
映画『竜とそばかすの姫』の作品情報
【公開】
2021年(日本映画)
【原作・脚本・監督】
細田守
【企画】
スタジオ地図
【メインテーマ】
millennium parade × Belle「U」
【キャスト】
中村佳穂、成田凌、染谷将太、玉城ティナ、幾田りら、森山良子、清水ミチコ、坂本冬美、岩崎良美、中尾幸世、森川智之、宮野真守、島本須美、役所広司、石黒賢、ermhoi、HANA、津田健次郎、小山茉美、佐藤健
【作品概要】
母親の死という心の傷を抱えた主人公が、“もう一つの現実”と化したインターネット上の広大な仮想世界を通じて、悩み葛藤しながらも懸命に未来へ歩いていこうとする姿を描いた長編オリジナルアニメーション映画。『時をかける少女』『サマーウォーズ』『おおかみこどもの雨と雪』『未来のミライ』などを手がけてきた細田守監督の“集大成”ともいえる作品。
主人公すず/ベル役をミュージシャンとして活動する中村佳穂が務め、劇中歌の歌唱や一部作詞なども担当。また「King Gnu」の常田大希が率いる気鋭の音楽集団「millennium parade」が本作のメインテーマ「U」を制作した。
映画『竜とそばかすの姫』のあらすじ
自然豊かな、高知県のとある村。17歳の女子高生すず(中村佳穂)は幼い頃に母を事故で亡くし、父と2人で暮らしている。
母と一緒に歌うことが大好きだった彼女は、母の死をきっかけに歌うことができなくなり、現実の世界に心を閉ざすようになっていた。
ある日、すずは仮想世界《U(ユー)》と出会う。《U》では《As(アズ)》と呼ばれる自分の分身によって全く別の人生を送ることができ、今や全世界で50億人以上が集う空間と化していた。
現実世界では歌えないはずだったすずは、自身の《As》として生み出したアバター「ベル」としては自然に歌うことができた。やがてベルは仮想世界内で瞬く間に話題となり、絶世の歌姫として世界的スターへとなっていった。
数億の《As》が集うベルの大規模コンサートの日。突如、轟音とともにベルの前に現れたのは、仮想世界で恐れられている謎の存在「竜」だった……。
明確な答えが用意されたクリオネの「オリジン」
『竜とそばかすの姫』の作中でオリジンが明かされる「竜」と異なり、クリオネのオリジンは物語上で明確に指摘されることはありませんでした。
しかし、クリオネの登場するほとんどのシーンにオリジンの確定に至る情報が明確に用意されており、今回ご紹介する彼の正体は製作者たちの意図したものであると断言できます。
クリオネの正体は「竜」の弟・知
物語の終盤ですずは「U」内での「竜」が住む城が焼かれたと知り、彼の情報を集めるうちに動画配信サイトに自身と「竜」しか知るはずのない曲を歌っている少年・知に辿り着きます。
しかし、「竜」の正体は知ではなく、親の虐待から彼を庇う兄の恵こそが「竜」のオリジンだったのですが、なぜ「竜」しか知らないはずの歌を知が知っていたのかと言う疑問は残ります。
恵と知は同じ家に住んでいるので恵の「U」での活動が漏れ聞こえてきたと考えることも出来ますが、別のさまざまな要素と組み合わせることで知の「As」の存在に辿り着くことが出来ました。
「竜」とクリオネと「ベル」
「U」内での「竜」は通常の方法では辿り着くことの出来ない特殊な城に身を潜めています。
「竜」のオリジンにも繋がりかねないさまざまな物が置かれている城には、敵対していない「ベル」であっても「竜」は歓迎をしておらず、「ベル」が城へ辿り着いたのは「竜」が城で共に過ごすクリオネの導きがあってのものでした。
他者を決して寄せ付けない「竜」がクリオネに対しては気を許している描写が随所に存在し、同じ城に住んでいるだけでなく格闘での戦いで「最強」を誇る「竜」が負けた相手の中にクリオネが名を連ねています。
クリオネが知だと仮定した場合、親の虐待から身を挺して知を助けている恵が仮想空間の中とは言え暴力を振るうことは出来ずに「竜」がクリオネに敗北したと考えるのは順当かつ自然です。
一方、すずは初めて「U」に「ベル」としてログインした際に、現実では自身の身体が拒否してしまう歌を「ベル」の姿では歌えることに気づきます。
突然歌い始めた「ベル」に多くの「As」が冷ややかな意見を寄せますが、クリオネだけは「君は綺麗」と言い「ベル」の最初のフォロワーとなりました。
そして終盤、すずが現実で知と遭遇した際に、すずがベルであることを知る知は「君は綺麗」とクリオネと同じ言葉を口にします。
この演出は「クリオネ=知」と言うことを確定付けるものであり、製作者たちの意図したものであると言えるのです。
まとめ
クリオネのオリジンが知であることはさまざまな要素から確定的ではありましたが、その正体は物語内では指摘されてはいません。
物語の中心人物である「ジャスティン」も考察は出来るものの確定的な要素には乏しく、またすずの様子を気に掛ける現実の重要人物である忍の「As」の姿は不明のまま終わります。
「As」のオリジンを暴くと言う行為は劇中で「ジャスティン」の行った「アンベイル」と同じことであり、登場する「As」が映画内のどのキャラクターであるのかを知りたがることも類似していると言えます。
作中でクリオネの正体が知であることを明言化しなかったのは、SNSが流行する世界での現実と仮想空間との隔絶を描くと同時に、危険な知的好奇心を誰しもが持っていることを体感させるためなのかもしれません。
繰り返し鑑賞することで次々と面白味が湧いてくる『竜とそばかすの姫』は2021年を代表する作品として納得の出来る作品と言えます。