ルシール・アザリロビック監督による“女性と少年だけが暮らす島”で繰り広げられる「悪夢」。
子どもの頃に観た映画の中には、ストーリーは覚えていなくとも、”ある不気味さのショック”をいつまでも体内の奥底に埋め込まれたかのように、その後の人生観を育む核を残して影響をあたえるものがあります。
例えば『ザ・チャイルド』(1976)や『地獄』(1960)は、そのような映画の一部です。
同じように今回ご紹介するルシール・アザリロビック監督の『エヴォリューション』も、子どもの頃に観たとすれば、きっとそのような映画の仲間に入るでしょう。
ルーシル監督は、あなたを”感覚への旅”へと誘います。
映画『エヴォリューション』の作品情報
【公開】
2016年(フランス映画)
【脚本・監督】
ルシール・アザリロビック
【キャスト】
マックス・ブラバン、ロクサーヌ・デュラン、ジュリー=マリー・パルマンティエ
【作品概要】
女性と少年のみが暮らす謎の島で美しくも恐ろしい悪夢のようなダーク・ファンタジー映画。監督は、初長編映画『エコール』や短編映画『ネクター』で高い評価を受けているフランスの女性監督ルシール・アザリロビックの作品。
今作が映画初出演のマックス・ブラバンが主人公ニコラを演じ、『エール!』のロクサーヌ・デュラン、『マリー・アントワネットに別れを告げて』のジュリー=マリー・パルマンティエが共演。
2015年サン・セバスチャン国際映画祭で審査員特別賞と最優秀撮影賞を受賞。
映画『エヴォリューション』のあらすじとネタバレ
美しい海辺の集落で暮らす少年二コラは、素潜りしていた海で水死体を発見します。
自分と同じ年頃の少年で、その腹には赤いヒトデがついていました。家に戻って母親にそのことを話すと、きっと何かと見間違えたのだろう言われてしまい、ヒトデの生態についてだけを教えてもらいます。
その後、ニコラは、いつものように母親から薬を飲ませてもらい、絵を描くことが好きな彼は、ノートにヒトデの絵を描いて独り楽しむのです。
ある昼下がり、村の少年たちは女性たちに連れられて海辺で遊んでいました。二コラはあの死体を見つけた場所に再び向かうと、もう1度潜ってみたものの、そこには何もありませんでした。
しかし、赤いヒトデだけをニコラは持ち帰ると、母親が大きなコップの中にそれを入れてくれました。
ある日、二コラは母親に連れられ病院へ行きました。そこで絵を描くことが好きだ話すと、どんな絵を描くのが好きなのか尋ねられ、少し言葉を詰まらせながら、ニコラは生物を描くのが好きだと答えます。
やがて、腹部に何かの注射の処置をされると、1日だけ入院をすることになります。すると、友達のヴィクトルも同じように一泊入院をさせられていました。
看護師のステラは、二コラの絵を描くことに興味を持ったようで、絵を見せて欲しいとお願いをされます。ニコラの大切なノートには、海辺では見ることが出来ない動物の他に、観覧車や都会を思わせるものがいくつか描かれていたのです…。
映画『エヴォリューション』の感想と評価
この作品には、大きな役割を機能させるた二つの場所があり、「海中」と「病院」はとても効果的な存在感を示しています。
どちらも緑色を基調に、光輝く、あるいは逆に光を遮断する色彩を持った、まるで母親の羊水を感じさせた粘性ゼリー状の不気味さを匂わせています。
あまりに唐突なストーリー展開に、映画を観る者は奇妙さを感じることでしょう。それがルシール監督の意図的な狙いだと気がつくまでは、ただただ、静けさが圧倒的に薄気味悪いはずです。
海は人類の誕生した故郷のような場所(母親的な存在)。誰しも浜辺近く波間にいれば安心感を抱くでしょう。しかし海の奥深さは不安そのもの。
また、病院にもこれは同じ事が言えて、医師に無条件に自身を投げ出す場所でありますが、逆に手術される行為に疑いを持ったとすれば、恐ろしさがある場所でもあります。
「海中」と「病院」は、その奥底に不安が横たわる場所なのです。それを象徴的に見せたショットが海中で少年の水死体を見つけるシーンです。
この状況に少年を配置したことで、さらに不安感を盛り上げています。また、この島には無表情な大人の女性しか姿を見せない事も“何かあるのではという恐ろしさ”の助長を促します。
この作品が意図的に父性を排除することで、少年が目指すべき大人としての男性像や、乗り越えるための父親像がないことも、大きな不安感がある要因です。
ルシール監督は『エヴォリューション』を制作するにあたって、影響を受けた作品にあげたのが、スペイン映画の『ザ・チャイルド』(1976)や、デヴィッド・リンチ監督の『イレイザーヘッド』(1977)などのリスペクトが色濃くあるようです。
参考作品1.『ザ・チャイルド』(1976)
スペインにある孤島を舞台に、ある日、突然子どもたちが大人を惨殺し始めるという異色のホラー映画。ファン・ホセ・プランスの小説「El juego de los niños(子供の遊び)」の映画化した作品。
1970年代のオカルト・ホラー映画ブームの中で、スペイン製作という珍しさに加えて、ショッキングな映像やストーリーが、当時の観客を魅了しました。
アボリアッツ・ファンタスティック国際映画祭にて批評家賞受賞するなど高い評価を受け、現在もホラー映画マニアにはカルト的人気の作品です。
ぜひ、こちらも合わせて、ご覧いただきたい作品です。
参考作品2.『イレーザーヘッド』(1977)
巨匠デヴィッド・リンチが、若き日の1971年に「AFI Conservatory」に入学後、1972年から4年間をかけて自主制作『イレイザーヘッド』で、1976年に長編映画監督としてデビュー。
ストーリーは難解さを見せ、シュールレアリスム的であります。また不気味なモノクロのビジュアルが印象的で、まるで観客は悪夢の不可解さを体感している気分を味合う作品です。
サウンドトラックも印象的で話題となり、1997年には、リンチ自身が新たなサウンドを補強させた「完全版」もあります。
こちら2作品はどちらも合わせて見ることで、ルシール監督の世界観をより味わえるはずです。
ご興味があれば鑑賞をお薦めいたします。
まとめ
ルシール・アザリロビック監督は、映画制作をはじめる前に美術史を学んでいました。そのことが作品作りに大きく影響を与えたようです。
特に彼女が直接影響を受けたのが、「シュールレアリスム」の作家たちです。
1番に名前を挙げているのが、ジョルジュ・デ・キリコ。人気のない閑散とした場所や不気味で謎めいた感じのインスピレーションはそこに原点があるようです。
また、シュールレアリスムの画家としては、第一人者で海辺を描き続けたサルバドール・ダリや、同じく、マックス・エルストンやイヴ・タンギーの名前も挙げています。
ルシール監督は、映画を“感覚への旅”として、感情的で精神性のある映画でありという思いは、きっと絵画のような静けさの中(フレーム)に鑑賞者が入り込み、それぞれが独自の物語を見出して欲しいのでしょう。
『エヴォリューション』は、ハリウッド映画のように物語を与えられる仕組みにはなってはおらず、観客がルシール監督の描いた意味を解釈するのではなく、観る側がオリジナルの物語を見つける作品。
ぜひ、映画好きな女性に観ていただきたい作品です。
また、男性の方には、主人公ニコラよりも随分と年齢を重ねた自分も、何か男ながらに腹部の生き物を身ごもったような感覚にさせられた奇妙な映画としてお薦めしたいですね。
二コラを島から脱出させた後、あの島へとステラは戻り、今なお、背中に吸盤を持つ女性たちと共に、少年たちを実験的に使って執刀を続けているのでしょうか。
きっと少年と同じ年頃の子どもが見たら鼻血を流し、生涯の人生観に影響する種子を体内の奥底に埋め込まれてしまう一品です。
ぜひ、お見逃しなく!