少し風変りな少女の物語『こちらあみ子』が2022年7月8日(金)に公開
芥川賞作家の今村夏子のデビュー小説を森井勇佑監督が実写化した映画『こちらあみ子』が2022年7月8日(金)より新宿武蔵野館他全国で順次公開されます。
広島に暮らすちょっと風変わりな小学5年生の少女・あみ子が、その家族や同級生ら周囲の人たちを変えていくさまを鮮やかに描き出す一作です。
オーディションで選ばれた新人の大沢一菜が圧倒的存在感で主人公のあみ子を好演。
あみ子の両親を演技派の井浦新と尾野真千子が演じます。
常識や固定概念を持たない純粋なあみ子が、かつて見ていたはずの世界を呼び覚ましてくれる一作です。
映画『こちらあみ子』の作品情報
【公開】
2022年(日本映画)
【原作】
今村夏子
【監督・脚本】
森井勇佑
【編集】
早野亮
【出演】
大沢一菜、井浦新、尾野真千子、奥村天晴、大関悠士、橘高亨牧
【作品概要】
『むらさきのスカートの女』で第161回芥川賞を受賞した今村夏子のデビュー作にして太宰治賞、三島由紀夫賞をW受賞した秀作『あたらしい娘』(のちに『こちらあみ子』に改題)を実写映画化。
大森立嗣監督をはじめ、日本映画界を牽引する監督たちの現場で助監督を務めてきた森井勇佑が原作にほれ込み、原作にはないオリジナルシーンやポップな映像描写で新たな風を吹き込んで念願の監督デビューを果たしました。
応募総数330名のオーディションの中から新星・大沢一菜(おおさわ・かな)が主人公のあみ子役に抜擢され、演技未経験ながら圧倒的な存在感で“あみ子の見ている世界”を体現しています。
両親役に扮するのは演技派として知られる『朝が来る』(2020)の井浦新と『茜色に焼かれる』(2021)の尾野真千子。作品を味わいあるものに作り上げています。
映画『こちらあみ子』のあらすじ
小学5年生のあみ子は海の見える広島に住んでいました。お母さんは家で書道教室を開いていて、お腹に赤ちゃんがいます。
教室をのぞき込むあみ子に気づいた子どもたちが騒ぎ始めました。お母さんは「あみ子さん」と呼び掛け、宿題をやってくるように注意します。反抗する娘にお母さんは、これまであみ子がしてきた変なことをもうしないと約束できるかと詰め寄りました。その間、あみ子はお母さんのあごにある大きなほくろをずっとみていました。
あみ子は習字が終わったノリ君をつかまえて、金魚たちのお墓で拝んでいってもらいます。
あみ子のお誕生日。ケーキには見向きもせず、あみ子はプレゼントの包みを引きはがします。中身はトランシーバーでした。インスタントカメラももらってあみ子は大はしゃぎします。
さっそくあみ子はカメラを家族に向けます。鏡を手に髪をなおしている途中なのにシャッターを切ったあみ子にお母さんは怒ってしまいました。
ごちそうを早くに食べ終わったあみ子はいつまでもクッキーのチョコをべろべろなめていました。お兄ちゃんは、お母さんのほくろをじろじろ見すぎるなと妹に注意します。
それからあみ子は、お兄ちゃんの10円ハゲを無理やり見せてもらいました。
ある日、お腹がひどく痛み始めたお母さんは、大雨の中をお父さんと病院へ向かいます。
「こちらあみ子、応答せよ応答せよ」お兄ちゃんとトランシーバーで遊び始めると、階下からお父さんの声が聞こえてきました。玄関に行くと、お父さんは病院に戻った後でした。
しばらくしてお父さんとお母さんが帰ってきましたが、赤ちゃんはいませんでした。お布団に寝ているお母さんに、あみ子はお菓子とジュースを運び、手品を見せてあげました。
少し元気になったお母さんと、あみ子は四つ葉のクローバーをさがしに行きました。お母さんはあみ子にありがとうと言い、みんなが優しいからうれしいと言います。それから、お母さんは習字教室をまた始めることにしました。
帰りの会の途中だったノリ君に教室再開を伝えに行くあみ子。いたずらっ子があみ子とノリ君のことをからかいます。ノリ君は頼まれて変わり者のあみ子と一緒に帰ってあげていました。「弟のお墓」と字を書いてほしいと言われてノリ君は断りますが、結局引き受けてしまいます。
あみ子が金魚のお墓の隣に作った「弟のお墓」をお母さんに見せると、お母さんは泣き叫びながらうずくまりました。驚いたお兄ちゃんが駆け寄ります。帰って来たお父さんも駆けつけ、お母さんを抱えて家に連れて行きました。
翌日、ノリ君はお前のせいで叱られたと言ってあみ子のお腹を蹴りました。それからお兄ちゃんはタバコを吸うようになり、元気をなくしたお母さんから無理やりお金をとるようになりました。
映画『こちらあみ子』の感想と評価
たったひとりの世界に住む少女
純粋すぎる少女と彼女をとりまく世界を鮮やかに描き出した『こちらあみ子』。
本作が長編デビューとなる森井勇佑監督は、原作を読んであみ子の存在が心に住み着いて離れなくなったと語っていますが、そんな思いが画面からほとばしるかのように、あみ子の強烈な個性が輝きを放っています。
あみ子は少し変わっている女の子です。おそらくは発達障害のような生まれながらの個性を持つ子なのでしょう。お母さんと話しているときも、あごにある大きなほくろが気になってそればかりみつめてしまう、そんな子どもです。
周囲の人たちはそんな難しい風変りな少女を一生懸命に愛そうとしていました。あみ子が幼い頃は、幼児をみてあげるのと同じようにみんなで助け合ってフォローしていましたが、お母さんの死産をきっかけに関係は完全に崩れてしまいます。
あみ子には自分を取り巻く人たちが自分について困っている気持ちや、赤ちゃんを亡くしたお母さんの悲しみが、みんなと同じようには理解することができませんでした。
お母さんはあみ子を愛していましたし、もっと愛そうと努力しようとしていました。
けれども、あみ子が金魚のおはかの隣に作った赤ちゃんのお墓を見て泣き叫び、心が壊れてしまいます。そのまま、あみ子を見ようとはせず、布団に寝たきりになりました。
人の心がわからないあみ子には、自分がお母さんを壊したことにも気づくことができません。
兄の孝太もまたこの事件をきっかけに不良になって家に寄り付かなくなってしまいました。あみ子の世話のストレスで頭に10円ハゲを作っていたことを思えば無理もありません。
事なかれ主義のお父さんは息子を叱ることができないまま、買ってきた惣菜であみ子とふたりきりの食事をとるようになります。苦労を一人で抱え込むことになった彼は追い詰められていきます。
みんな自分が壊されることがこわくて、あみ子に近寄れなくなっていきました。
変わり者のあみ子は学校でもいじめられ、風呂にも入らず頭はボサボサ、上履きはとられてしまっていていつも裸足のままです。
でも自分の世界に住んでいるあみ子は、そんな状況でも決して悲惨な思いをしていません。おばけの幻聴に悩まされている時でさえも、彼女の想像の世界にはファンキーなおばけたちが現れ、一緒に行進したりピクニックしたりしているのですから。
現実世界でただひとり彼女を思いやってくれるいたずらっ子がいました。あみ子はその子のことをほとんど気にしていないのですが、少年の方はあみ子が気になって仕方がありません。
あみ子は彼のやさしさを本能で感じていたのでしょう。ラスト近くに彼に切実なとある質問をします。彼の返事はとても温かく、私たちの心をほっとさせてくれる素敵なシーンとなっています。
あみ子は壊れたトランシーバーにずっと話し続けます。「こちらあみ子、応答せよ、応答せよ」。彼女の世界から発信される言葉がいつか誰かに届く日はくるのでしょうか。
まとめ
ひとりの変わり者の少女を描く、胸痛むストーリー『こちらあみ子』。
年齢を重ねるほどにあみ子を取り巻く環境は厳しく冷たいものになっていきます。あみ子の世界と現実の社会とがどんどん乖離していくかのようです。
あみ子にとっては、あごにほくろのあるお母さんのままですが、お母さんのいる世界はあみ子をはじき出してしまいました。ひとりあみ子と生活を共にしてくれていたお父さんも、重荷に耐えかねて手を放してしまいます。
それでも、幼い頃から変わらない純粋さを持つあみ子の世界はまったく変わりません。
泣いて悲しむことがないあみ子には、ほかの人たちが泣いて悲しむのを理解できませんでした。ですから、周囲から見れば悲惨な状況であっても、あみ子にとっては決してそうではないのです。
家庭でも学校でもつまはじきにされていても、あみ子はすっくと自分の足で立ち続けます。
きっと特殊な才能を持っているだろうあみ子がいつか何かの分野で成功して、そのおかげで社会とうまく折り合えるようになってくれたらと願ってしまいますが、それすらもあみ子にとってはどうでもいいことなのかもしれません。
これからも、波間をたゆとう小舟のように、あみ子の世界と現実社会とは近づいたり離れたりを繰り返していくのでしょう。
あみ子の呼び声に耳を傾ける人が現れてくれることを願わずにはいられません。