連載コラム『映画という星空を知るひとよ』第102回
歴史小説界の巨星・司馬遼太郎が、幕末の風雲児と呼ばれた越後長岡藩家老・河井継之助を描いた国民的ベストセラー小説『峠』。
この小説を映画化した『峠 最後のサムライ』が、2年半近くの延期を経て、いよいよ劇場公開されることになりました。
黒澤明監督の助監督として数々の名作に携わってきた小泉堯史が、本作の監督・脚本を手がけ、日本映画界を代表する俳優・役所広司が主役の河井継之助を演じます。
「最後のサムライ」が意味するものとは何か。また本当の正義とは何でしょう。
「サムライ」の生きる道を問いかける本作は、現代を生きる私たちにとって、日本人の生き方やリーダーとしてのあるべき姿を考えるよい機会となるに違いありません。
映画『峠 最後のサムライ』は2022年6月17日(金)全国公開です。
映画『峠 最後のサムライ』の作品情報
【公開】
2022年(日本映画)
【原作】
原作:司馬遼太郎「峠」(新潮文庫刊)
【監督・脚本】
小泉堯史
【出演】
役所広司、松たか子、香川京子、田中泯、永山絢斗、芳根京子、坂東龍汰、榎木孝明、渡辺大、AKIRA、東出昌大、佐々木蔵之介、井川比佐志、山本學、吉岡秀隆、仲代達矢
【作品概要】
黒澤明監督の助監督として数々の名作に携わり、『雨あがる』(1999)『博士の愛した数式』(2006)『蜩ノ記』(2014)を手がけた小泉堯史監督が、司馬遼太郎の長編時代小説『峠』を映像化。
『蜩ノ記』(2014)に続いて小泉監督作に主演する役所広司が主人公河井継之助に扮し、河井継之助を支え続ける妻おすがを松たか子が演じます。
田中泯、香川京子、佐々木蔵之介、仲代達矢ら日本映画界を代表する豪華キャストも集結。黒澤組からチームを組むスタッフが、長岡を中心に全編新潟ロケを敢行しました。
映画『峠 最後のサムライ』のあらすじ
慶応3年(1867年)、江戸幕府第15代征夷大将軍徳川慶喜は大政奉還を決意。征夷大将軍が政権を朝廷に返したことで、260年余りに及んだ江戸幕府は終焉を迎えます。
慶喜は大政奉還によって争いを避けようとしたのですが、思惑に反して、諸藩は幕府を擁護する東軍と倒幕派の西軍に二分していきます。
慶応4年(1868年)、鳥羽・伏見の戦いを皮切りに戊辰戦争が勃発しました。
長岡藩の家老・河井継之助(役所広司)は、東軍・西軍いずれにも属さない、武装中立を目指します。
戦うことが当たり前となっていた動乱の時代において、長岡藩を守るために、戦争を避けようとしたのです。
けれども、和平を願って臨んだ談判は決裂。河井継之助は徳川譜代の大名として義を貫き、西軍と砲火を交えるという決断を下します。
妻を愛し、国を想い、戦の無い世を願った継之助の、最後の戦いが始まりました。
映画『峠 最後のサムライ』の感想と評価
‟サムライの使命”を追求
原作は、幕末の風雲児と呼ばれた越後長岡藩家老・河井継之助を題材にした司馬遼太郎の『峠』です。
慶応3年の大政奉還によって、武士が世の中を治める時代は終わりを告げました。ですが、日本の政治的大混乱はこの後修羅場を迎えます。徳川慶喜は戦いをせずにことを治めるつもりだったのですが、そうはうまく行かなかったのです。
将軍家に忠義を誓う擁幕府派の東軍と、将軍家を徹底的につぶそうとする長州・薩摩を中心とする西軍に別れての戦いが勃発。
どちらに付こうかと諸藩が右往左往する中、長岡藩家老・河井継之助は、どちらにもつかずに自分の藩を守ろうとしました。
しかし、迫り来る西軍にやむを得ず、徳川大名として忠義を果たす道を選びます。
「武士の世の中は滅びる。かつてなかった、新しい世の中がやってくる」「サムライの道を忘れ、行うべきことを行わなかったら、後の世はどうなる?」「命なんざ、使う時に使わねば、意味がない!」
胸の内を妻や周囲の者に吐露する河井継之助。己自身も迷い悩んだことでしょうが、100年先の未来を見つめ、今自分がやるべきことを追求します。
幕末から明治維新まで日本の運命が大きく動いた時代において、坂本龍馬、高杉晋作、西郷隆盛、新撰組など、史実に浮上する名の知れた人々は数多くいます。
考えの相違があると激しく争う彼らですが、皆、鋭い先見の眼で未来を見つめて行動を起こした英雄たちです。今の日本があるのは、彼らの働きがあったからと言っても過言ではありません。
時の流れは倒幕へと傾きます。サムライとしての使命と藩の庶民を先導するリーダーとしての狭間で葛藤する河井継之助。
小さな藩でありながら倒幕派に一矢を放つ決意をするには相当の覚悟がいりますから、自分の矜持を守り抜いた河井継之助もまた、幕末の英雄と呼ぶのにふさわしい人物と言えるでしょう。
キャストが描く‟真のリーダー”
サムライとして忠義を果たし、自分の信念を貫きとおした河井継之助を演じた役所広司。何があっても動じない堂々とした風体には、藩民が頼りにする安心感が漂っています。
藩を守り愛する人を守ろうとする河井継之助に最後まで尽くすのは、妻のおすが。言葉少なですが、控えめながらもしっかりと河井継之助を支えるおすがを、松たか子が好演しています。
他にも、田中泯、香川京子、佐々木蔵之介、仲代達矢といったベテラン勢が脇を固め、ラストサムライの作品を盛り上げました。
本作に登場するのは世の中が変化する大きな節目に生まれた英雄たち。ですが、彼らは見方を変えれば、歴史の中で英雄になったり極悪人になったりと、彼らに対する評価は変化します。
周囲の見る眼が変わっても彼らの行ったことは変わりません。国のトップを取るために争った史実の中で、本当の意味で称賛されるのは、庶民の幸せな暮らしを第一に考えることではないでしょうか。
未来を見つめて自分に有利な選択をする者が多い中、愚直とも言える選択をする河井継之助ですが、その姿は凛々しく清々しいものでした。
たとえ敗者の道を選んだとしても、その未来は必ず皆の幸福に繋がって行くだろうと、信じる彼の心の声が聞こえてくるようです。
常に信念を持って行動する河井継之助に魅かれる者は多く、人を魅了する力を持つ彼はやはり‟真のリーダー”と言えます。
まとめ
司馬遼太郎の小説『峠』を原作とした映画『峠 最後のサムライ』をご紹介しました。
監督は、『雨あがる』(1999)『博士の愛した数式』(2006)『蜩ノ記』(2014)の小泉堯史。映画界の巨匠黒澤明監督作品の助監督も多く務め、そのDNAを受け継いでいます。
35ミリフィルムで撮影された映像美と日本映画界に連綿と受け継がれてきた技術が、作品をリアリティ溢れるものに仕上げ、原作者司馬遼太郎の持ち味「敗者への賛美」の作風も十分に反映された、熱きヒューマンドラマとなっています。
鑑賞後に心に残ることは人それぞれ違うでしょうが、リーダーとなる優秀な人物は損得なしで何で動くのかという疑問が残りました。
その解答を得るのは、「映画を観た人」なのです。
サムライとして力を尽くす道を選んだ河井継之助からは、忠義を尊ぶ日本人としての誇りと真のリーダーの気質を教えられることでしょう。
映画『峠 最後のサムライ』は2022年6月17日(金)全国公開です。
星野しげみプロフィール
滋賀県出身の元陸上自衛官。現役時代にはイベントPRなど広報の仕事に携わる。退職後、専業主婦を経て以前から好きだった「書くこと」を追求。2020年よりCinemarcheでの記事執筆・編集業を開始し現在に至る。
時間を見つけて勤しむ読書は年間100冊前後。好きな小説が映画化されるとすぐに観に行き、映像となった活字の世界を楽しむ。