伊能忠敬は、日本地図を完成させていなかった!?
地域活性化の為に、伊能忠敬を主役に大河ドラマを誘致しようとする、千葉県香取市役所の職員が直面する、日本地図完成に隠された、真実の物語を描いた映画『大河への道』。
約200年前に、測量で日本地図を完成させたとされる、伊能忠敬に隠されたとんでもない秘密を、現代と江戸時代の、2つの時間軸に分けて描いています。
メインキャスト全員が、1人2役を演じる構成も面白い、本作の魅力をご紹介します。
映画『大河への道』の作品情報
【公開】
2022年公開(日本映画)
【原作】
立川志の輔
【監督】
中西健二
【脚本】
森下佳子
【キャスト】
中井貴一、松山ケンイチ、北川景子、岸井ゆきの、和田正人、田中美央、溝口琢矢、立川志の輔、西村まさ彦、平田満、草刈正雄、橋爪功
【作品概要】『
落語家・立川志の輔の新作落語「大河への道 伊能忠敬物語」を、中井貴一の企画により映画化。
伊能忠敬の大河ドラマ化実現に向けて、並々ならぬ熱意を見せる、主役の池本と、伊能忠敬亡き後に、日本地図を完成させる為、幕府を欺く高橋景保の2役を、中井貴一が演じています。
また、松山ケンイチや北川景子を始め、西村まさ彦、平田満、草刈正雄、橋爪功などの実力派俳優が、現代と江戸時代で2役を演じるという、ユニークな構成になっています。
監督は、藤沢周平による短編時代小説を映像化した『花のあと』(2010)の中西健二。
映画『大河への道』のあらすじとネタバレ
千葉県香取市役所で総務課の主任として勤務している、池本保治。
ある時、市の観光振興策を検討する会議で、意見を求められた池本は、苦し紛れに「伊能忠敬の大河ドラマ化」を提案します。
役所の女性職員である小林や、後輩の木下にも呆れられた池本の提案でしたが、千葉県知事も「伊能忠敬の大河ドラマ化」を希望した為、思いがけない形で案が採用されてしまいます。
ただし、知事からは「脚本家は、加藤浩造でお願いしたい」と注文を出されます。
加藤は大御所の脚本家でしたが、2000年から新たな作品は執筆しておらず、今回の依頼を受けるとも思えません。
池本は、加藤の自宅を何度も訪ねますが、その度に居留守を使われます。
池本が、加藤の自宅から帰ろうとした際に、加藤の自宅の横にあった、ゴミ捨て場のネットが破れていることに気付きます。
ゴミ捨て場のネットを修復する、池本の姿を見た加藤は「家で手を洗うか?」と、池本を自宅に招き、話を聞こうとします。
池本は「伊能忠敬の大河ドラマ化」について熱弁しますが、加藤は興味を示そうとしません。
「作品選びの基準はなんですか?」という池本の問いに、加藤は「鳥肌が立つかだ」と答えます。
池本は、加藤に伊能忠敬への興味を持ってもらう為「伊能忠敬記念館」へ連れて行きます。
「伊能忠敬が、何故日本地図を作ろうとしたか?」などを熱弁する池本ですが、加藤は興味を示しません。
池本が諦めかけた瞬間、記念館で展示されている、200年前の日本地図が、現在の日本地図と変わりないことを知った加藤は「こんな地図を、どうやって作ったんだ」と鳥肌が立ちます。
加藤の協力を得た池本は、木下と共に、あらすじ作成に必要な素材を探す「シナリオハンティング」を開始します。
それから数日後、あらすじを用意したと思っていた加藤から、池本はとんでもない言葉を聞きます。
「伊能忠敬は日本地図が完成する、3年前に死んでいた。大河ドラマにはならない」
映画『大河への道』感想と評価
初めて日本地図を作った偉人、伊能忠敬を取り巻く人々と、地図完成に隠された、知られざる物語に焦点を当てた映画『大河への道』。
本作がユニークなのが、前半と後半で、時代も物語も作風も、大きく変化する構成ながら、出演者は全員同じという点です。
まず前半では、タイトルにもなっている通り、千葉県香取市に、伊能忠敬を主役にした大河ドラマを誘致する為、市役所の主任である池本が奮闘している姿が描かれています。
地方自治体が大河ドラマを誘致しようとする取り組みは、度々報じられていますが、成功すれば大きな経済効果が見込めることもあり、協議会を立ち上げて取り組む自治体もありますね。
『大河への道』では、最初に企画書を作る為、あらすじを用意する必要があり、大御所の脚本家である加藤を、池本が何とか口説き落とそうとします。
加藤に興味を持ってもらう為「伊能忠敬記念館」に連れて行き、伊能の逸話を聞かせる池本を通し、千葉県香取市で「忠敬(ちゅうけい)さん」と呼ばれる伊能が、どれだけ地域に愛されているか?が伝わる展開になっています。
そして、やっと伊能忠敬に興味を持った加藤から「伊能忠敬は地図を作っていない」と衝撃の事実を告げられて以降、『大河への道』は1818年を舞台にした、時代劇となります。
前半の現代を舞台にした物語では、大河ドラマを誘致しようとする、池本の奮闘を描いたコメディ色が強い作品なのですが、後半の江戸時代を舞台にした物語では、シリアスな展開へと変化します。
伊能忠敬が死亡した直後からの話なので、伊能は出て来ません。
伊能と共に測量と地図作りをしてきた「伊能忠敬測量隊」が中心になり、天文学者の高橋景保を巻き込み「大日本沿海輿地全図」を完成させようとします。
「大日本沿海輿地全図」完成の為、3年もの間、幕府も欺き続けているので、これが判明すれば死罪となる、文字通り命懸けの仕事となります。
「伊能忠敬測量隊」が、どのような方法で測量を行い、地図を制作したか?が、分かりやすく描かれており、地道で慎重な仕事を重ねて来たことが分かり、非常に勉強になりました。
見どころは、本作のクライマックスで、幕府を欺いてきたことが明るみになった高橋が、一か八かで、将軍徳川家斉に完成した「大日本沿海輿地全図」を披露する場面です。
奥の間一面に広げられた「大日本沿海輿地全図」は非常に美しく迫力があり、家斉は心を動かされます。
亡き伊能の想いが、天下の将軍さえも動かした、非常に感動的な場面です。
本作のラストでは、時間軸が現代に戻り、伊能忠敬を大河ドラマにする為、池本が加藤に脚本家として、弟子入りを志願します。
池本は伊能の大河ドラマ化を熱望していましたが、どこか役所の職員として、地域を活性化させる仕事として接して来た部分があります。
ですが、伊能と測量隊の熱意に触れ、本気で大河ドラマ化に挑むことを決意したのです。
伊能忠敬は、天文学を学び始めたのは50歳の時でした。
また、脚本家の加藤も、20年以上新作を書いていませんでしたが、「伊能忠敬の大河ドラマ化」に関わり、高橋景保という、歴史の表舞台には出て来ない人間を知り、再び創作意欲が湧いてきます。
「何事も情熱さえあれば、遅すぎることはない」そんなメッセージを、『大河への道』という作品から感じました。
まとめ
本作では、現代と江戸時代で、同じ俳優が2役を演じています。
『大河への道』を企画した中井貴一は、最初に「時代劇の型を残す」ことを考えたと、インタビューで語っています。
現代での役と江戸時代の役で、それぞれの俳優が見せる、現代と江戸の細かな仕草の違い。
こういった「時代劇の型」にこだわった部分も、本作の見どころになっていて面白いです。
伊能忠敬に関して、本作では人物像に触れておらず、謎が多い印象ですが、脚本を担当した森下佳子は、調べれば調べる程「伊能忠敬は大河ドラマに出来る」と確信し、逆に苦労したそうです。
本作の池本と加藤のように、新たな発見が新たな情熱を呼ぶこともあります。
多くの人が「初めて地図を作った人」というイメージだけが強い伊能忠敬ですが、調べてみると、いろいろ面白ことが分かるかもしれませんね。