2022年開催、第17回大阪アジアン映画祭上映作品『徘徊年代』
毎年3月に開催される大阪アジアン映画祭も2022年で17回目。3月10日(木)から3月20日(日)までの10日間にわたってアジア全域から選りすぐった多彩な作品が上映されます。
さらに、過去の大阪アジアン映画祭で上映された作品から選出された10作品が「大阪アジアン・オンライン座」として2022年3月03日(木)から3月21日(月)の期間、開催されます。
今回はその中から、コンペティション部門にエントリーされた台湾映画『徘徊年代』(2021)をご紹介します。
【連載コラム】『大阪アジアン映画祭2022見聞録』記事一覧はこちら
映画『徘徊年代』の作品情報
【日本公開】
2022年(台湾映画)
【原題】
徘徊年代(英題:Days Before the Millennium)
【監督】
チャン・タンユエン(張騰元)
【キャスト】
アニー・グエン(阮安妮)、スティーブン・ジャン(江常輝)、グエン・トゥ・ハン(阮秋姮)、チェン・シューファン(陳淑芳)
【作品概要】
1990年代、深刻な嫁不足を解消するため、台湾が東南アジアからの外国人妻を積極的に受け入れていた時代から現代に至るまでの「新移民」の女性の人生を描くチャン・タンユエン(張騰元)監督の長編デビュー作。
二部構成になっており、前半の新移民の女性を舞台女優のアニー・グエンが演じ、後半の新移民を人気YouTuberグエン・トゥ・ハンが演じている。
映画『徘徊年代』のあらすじ
1990年代。結婚斡旋業者の仲介で、台湾の地方都市に嫁いできたベトナム人女性ヴァン・トゥエ。
台湾は平和で豊かな国だから幸せになれると信じていましたが、実際の生活は彼女が思い描いていたものではありませんでした。
一家は貧しく、トゥエは家計を助けるために仕事に出ようと考えますが、夫は家にいて家事をしろと聞く耳を持たず、義母からは早く子どもを産めとせっつかれます。トゥエが来る前から、部屋にはベビーベッドが置かれていました。
建設作業員の夫は仕事がうまくいかなくなって、トゥエにあたり、頻繁に暴力を振るうようになりました。
耐えきれなくなったトゥエは家を飛び出し、仏教寺院に助けを求めます。その後、女性保護シェルターに移りますが、シェルターには様々な女性が身を寄せていました。子どもを連れた女性と仲良くなりますが、女性は裁判で親権を夫に奪われてしまいます。
大地震が起きたことがきっかけで女性たちは散り散りになり、それからさらに数年後、トゥエはようやく台湾での身分証を手にいれ、涙を流します。
時は過ぎて現代。ひとりの若いベトナム人女性が理想に燃えて仕事をしていました。彼女は探偵会社に就職し、自分の理想を追求しようとしていました・・・。
映画『徘徊年代』の感想と評価
1990年代、台湾中南部では、深刻な嫁不足を解消するためベトナムやインドネシアなど東南アジアからの外国人妻を積極的に受け入れていました。
本作は、そうした「新移民」と呼ばれる女性に焦点をあて、ベトナムからやってきた女性がたどる運命を1996年から2016年という長い期間を通して見つめています。
理想と現実のズレ、家父長制社会における女性の息苦しさ、言語の問題や周囲からの偏見、家庭内暴力など、トゥエという名の女性に降りかかる様々な受難が大胆な省略を伴って粛々と綴られます。
夫の暴力に耐えかね、トゥエは家を飛び出しシェルターに保護されますが、離婚されてしまうと国内には留まれなくなるという不安な立場にいます。
最も弱い立場にある人間としての悲しみや苦しみが浮かび上がって来ますが、映画の描写は決して嗜虐的なものではありません。
過酷な人生を懸命に生き抜いていく一人の女性の姿を、傍らにぴたりと寄り添うのではなく、あえて少し距離を起きながら真摯に見守っています。
そうした女性の問題は、「新移民」独特の問題ではなく、台湾社会が歩んできた歴史そのものに直結しています。
そもそも台湾は「移民の国」であり、中国語、台湾語、客家語など多言語で、文化的多様性に満ちた社会です。トゥエンが直面する戸惑いは、歴史の中で台湾人が経験してきた戸惑いでもあるのです。
作品中、1999年に起こった「921大地震」や、2016年の台湾のフォルモサ・プラスチック系列会社によるベトナムでの海洋汚染事件などの史実が組み入れられているのも、個人の人生と台湾現代史の連動を示すものと言えます。
映画『徘徊年代』の参考動画
本作は二部作で、前半と後半でヒロインが交代します。後半はベトナムからの移民である若い女性に焦点が当てられています。彼女は台湾の大学を出ており、自信と希望に満ちた姿を見せます。
新移民に対する法改正が行われたことにより、事情は大きく変化したように見えます。台湾の政治と社会の成熟を感じさせますが、勿論、多くの問題が残されていることもその後のエピソードに示されています。
ここで肝心なのは、20年前のひとりの女性の生き様が、20年後の同じ同胞の女性へと少なからず影響を与えていることです。
ここでは目に見えた形で登場しますが、その背景にはもっと多くの名もなき新移民たちの、ひとりひとりの人生があり、それらが渦となって次の世代へと繋がっていく歴史の一旦が垣間見られます。
2016年に登場する新移民の女性の顔は画面に現れません。この現代を生きる女性に様々な人生が連鎖していること、そしてこのあともまたどこかに綱っていくことを示すために、あえて顔を与えず、無数の顔を想像させているのでしょう。
本作で描かれた事柄は、台湾を超え、世界共通の問題として享受されるものです。描かれたテーマもその表現方法も堂々としており、作風には風格すら感じさせます。チャン・タンユエン監督の素晴らしい長編デビュー作です。
まとめ
ベトナムからやってきた花嫁・ヴァン・トゥエに扮しているアニー・グエンは、自身も新移民で、普段は舞台で活躍している俳優です。また、顔が見えないもうひとりの新移民の女性を演じているグエン・トゥ・ハンは人気YouTuberです。
外国人妻を迎える夫に扮するのは、元モデルの人気俳優、スティーブン・ジャン。これまでになかった新たな役柄に挑戦しています。
この夫、もともと暴力的な男だったわけではないでしょう。しかし、人生がうまく回らない絶望感から妻に暴力を振るうようになってしまいます。
心の荒廃を表すような寂しげな暗い家に灯る光が効果的に使われています。特に夫婦の寝室の窓辺が車のライトで光り輝く様は心の不安を象徴しているような幻想性が漂い、深く記憶に残ります。
義母役のチェン・シューファンは、“国民のおばあちゃん”の異名を持つ台湾の国民的俳優です。2020年の第57回金馬奨では『親愛なる君へ』で最優秀助演女優賞を、『弱くて強い⼥たち(原題:孤味)』では主演⼥優賞と、ダブル受賞の快挙を果たしました。
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