連載コラム「B級映画 ザ・虎の穴ロードショー」第65回
気になるB級映画のお宝掘り出し物を、Cinemarcheのシネマダイバーがご紹介する「B級映画 ザ・虎の穴ロードショー」第65回は、Disney+で独占配信されたホラー映画『アントラーズ』(2022)です。
アメリカの田舎町を舞台に古くからの伝承を基にした怪異が人々を襲う本作は、相手がこの世のものではないからこそ底知れぬ恐怖を感じさせる1作。
今回はネタバレあらすじを含め、『アントラーズ』で描かれた怪異と本作の持つ魅力を紐解いていこうと思います。
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映画『アントラーズ』の作品情報
【原題】
Antlers
【日本配信】
2022年(アメリカ・カナダ・メキシコ合作映画)
【監督】
スコット・クーパー
【キャスト】
ケリー・ラッセル、ジェシー・プレモンス、ジェレミー・T・トーマス、スコット・ヘイズ、グラハム・グリーン
【作品概要】
ニック・アントスカの小説『The Quiet Boy』を『ブラック・スキャンダル』(2016)などを手掛けたスコット・クーパーが映像化した作品。
ドラマシリーズ「ジ・アメリカンズ」で主演を務め、『スター・ウォーズ/スカイウォーカーの夜明け』(2019)などに出演したケリー・ラッセルが、主人公のジュリアを演じました。
映画『アントラーズ』のあらすじとネタバレ
オレゴン州のとある村、廃坑で麻薬の製造を行うフランクは廃坑の奥から聞こえる唸り声の方向へと向かうと、闇の中から向かってくる「何か」に襲われました。
3週間後、教師のジュディは受け持ちの生徒の1人ルーカスの持つ攻撃性を心配します。
ルーカスは母親を亡くしており、父親との2人暮らしでしたが、父親はジュリアが何度家に電話をかけても電話に出ることはありませんでした。
ある日、ジュリアはルーカスの家を訪ねますが、家の奥から唸り声が聞こえるだけでルーカスの父親も弟も姿を現しませんでした。
ジュリアは父親から性的虐待を受け兄弟のポールを残し、家から逃げた過去を持っており、今もわだかまりの残るポールと共に亡き父親の家で暮らしていました。
ルーカスは獣のように豹変してしまった父と弟のために日々動物を殺してはその死肉を与え、彼らが部屋から出られないように外から施錠をし、過ごしています。
ジュリアは町の保安官であるポールから、ルーカスの父親が麻薬中毒者のフランクであることを聞き、ルーカスが虐待を受けていないかを心配します。
翌日、ポールは森の中と廃坑の奥から人の上半身と下半身が見つかったことを聞き、現場に駆け付けます。
ポールは検視官から死体を食いちぎったのは動物ではなく人であると聞き驚愕しました。
一方、ジュリアからの報告を受け校長のエレンはルーカスの家を訪ね、空いていたドアから家へと入ってしまいます。
さらにエレンはルーカスの弟エイダンの声を聞きつけ、施錠されていた部屋へと侵入する、と凶暴化したフランクに首筋を噛みちぎられ殺害されてしまいました。
帰宅途中、ルーカスは林の中で化け物に襲われ、ルーカスを虐めていた同級生のクリントが化け物に殺害されます。
急いで家へと逃げ延びたルーカスは、家の中に侵入したエレンがフランクによって殺害されたことに気づきました。
翌日、ポールはエレンとクリントの失踪届が出たことを知ります。
エレンとクリントの2人がルーカスと関係していることを知るジュリアは、ルーカスの家でエレンの車を見つけ通報。
ポールはルーカスの家で人に噛みちぎられたエレンの死体と、「何か」がフランクの中から出たような抜け殻のような死体を発見。
家の異変に気づき帰宅したルーカスは、警察によって病院に保護されました。
映画『アントラーズ』の感想と評価
虐待と家族愛を同時に描く歪さが生み出す恐怖
アメリカの田舎町を舞台に呪いが日常を侵食していく恐怖を描いた映画『アントラーズ』。
本作は禍々しさを前面に出したクリーチャーデザインが高い評価を受けており、見るものを底知れぬ恐怖に叩き落とすそのビジュアルは一度目にすると二度と忘れないほどに強く頭に焼き付きます。
しかし、本作の持つ魅力はデザインだけに留まらず、映画を包む不気味な雰囲気が鑑賞者をわざと嫌な気持ちにさせることでホラー映画としての恐怖感を高めていました。
主人公のジュリアは幼少期に父親から性的な虐待を受けた過去を持っており、心の傷は未だに彼女を傷つけています。
教師であるジュリアの受け持ちの生徒ルーカスも虐待を受けている様子を見せ、それ故にジュリアはルーカスに深く関わっていくことになります。
「家族からの虐待」と言う目を背けたくなるような事態を描いている一方で、本作はジュリアやルーカスを巡る「家族愛」も描写。
正反対の要素を同時に描き、そしてそのどちらが2人にとっての「家族」なのかが描かれない本作から生まれる歪みが本作の不気味さを引き立てていました。
町を恐怖に染める「ウェンディゴ」とは
ルーカスの父フランクを襲い、彼を人喰いの道に走らせることとなる存在を、作中では「ウェンディゴ」と呼んでいます。
「ウェンディゴ」はカナダからアメリカにかけて現住していた部族に言い伝えられていた精霊の一種であり、人をからかうような行動を取るものの危害を加える存在ではありません。
しかし、一部の部族には自身が「ウェンディゴ」に変わってしまうという恐怖に支配され、人肉を食す食人鬼へ変貌してしまう「ウェンディゴ症候群」と呼ばれる精神病が蔓延。
『アントラーズ』ではフランクが正に「ウェンディゴ症候群」の症状を見せており、本作内での「ウェンディゴ」が指しているものが「ウェンディゴ症候群」のことであることが分かります。
現代では「ウェンディゴ症候群」の原因はビタミン不足による精神錯乱と判断されていますが、もしかしたら悪霊の仕業であるのかもしれません。
まとめ
町を包む不気味な雰囲気と「ウェンディゴ」の恐怖。
鉱山の稼働停止によって産業に行き詰まる田舎町が舞台の本作は、登場人物の多くが心に傷を抱えていたり、犯罪やいじめに手を染めています。
人の死以前から何かが起きそうな気配すらする淀んだ雰囲気の描き方は独特であり、他作ではなかなか味わえないものと言えます。
映画『アントラーズ』は高い評価を受けたクリーチャーデザインと共に、映画の雰囲気を楽しんでいただきたい作品です。