連載コラム「シネマダイバー推薦のNetflix映画おすすめ」第76回
今回ご紹介するNetflix映画『浅草キッド』は、漫才師ビートたけしの自伝小説で、彼の師匠である芸人・深見千三郎との出会い、下積み時代の浅草での青春模様が原作で、劇団ひとりが監督・脚本を手がけた作品です。
舞台は昭和40年代の浅草です。大学を中退したビートたけしこと北野武は、「お笑いの殿堂」と呼ばれる、ストリップ劇場の“フランス座”のエレベーターボーイをしていました。
タケシはストリップ劇場の幕間(まくあい)で、深見千三郎のコントを観てほれ込み、芸人を目指し弟子入りを志願します。
しかし、テレビの普及と共にストリップ劇場の客足が減り、幕間や小劇場のコントや漫才は下火になってきます。
タケシはフランス座の元先輩キヨシから誘いをうけ、漫才コンビ「ツービート」を結成し、深見の反対を押し切ってフランス座を飛び出し、テレビ出演をするとみるみる人気者になっていきます。
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映画『浅草キッド』の作品情報
【公開】
2021年(日本映画)
【監督・脚本】
劇団ひとり
【原作】
北野武
【キャスト】
大泉洋、柳楽優弥、門脇麦、土屋伸之、中島歩、古澤裕介、小牧那凪、大島蓉子、尾上寛之、風間杜夫、鈴木保奈美
【作品概要】
芸人・作家・役者とマルチに活躍する、監督の劇団ひとりは幼少時からビートたけしのファンで、彼が芸人として世に出たのも、ビートたけしがプロデュースする、「天才たけしの元気が出るテレビ」オーディションです。
原作「浅草キッド」は劇団ひとり監督にとって、バイブル的なものでいつか自分で映画化したいと、脚本を手掛けはじめ撮影に至るまでに、7年間かかったといいます。
たけし役の柳楽優弥の起用に関しては、ビートたけしと通じる「天才がゆえに誰とも分かち合えない孤独な人」という、オーラがあったからだと語りました。
ビートたけしの師匠・深見千三郎役には、「探偵はBARにいる」シリーズ、『こんな夜更けにバナナかよ 愛しき実話』(2019)、『騙し絵の牙』(2021)の大泉洋が演じます。劇団ひとり監督の『青天の霹靂』(2014)でも主演を務め、2度目のタッグとなりました。
他にもビートきよし役に漫才コンビ・ナイツの土屋伸之、HIPHOPユニット「Creepy Nuts」が、カメオ出演しているところにも注目してご覧ください。
映画『浅草キッド』のあらすじとネタバレ
1974年、“松鶴家タケシキヨシ”の2人は、地方のキャバレーや温泉宿のステージで、漫才興行に歩く日々……キャバレーの客は酒とホステスと乱痴気騒ぎで、漫才を聞く者など1人もいません。
しだいにそんな客に苛立っていくタケシは、「黙って聞いてろバカ野郎」と暴言を吐きます。その場を取り繕うとするキヨシの努力も虚しく……。
怒った客から「何なんだよ、オマエ!」と詰め寄られ、“芸人だよ、バカ野郎”と言い返し大乱闘となってしまい、激怒した支配人は2人を店から追い出します。
タケシはそんなのどこ吹く風……しかし、どこへ行っても無名の芸人の漫才を聞く者などおらず、大部屋の控室でもタケシだけは浮いた存在です。誰も聞かない漫才をするため練習をし、笑いの取れない虚しさをかみしめる日々でした。
用意された宿がラブホテルの時もありました。ベッドに寝ころびいっそのこと、頭下げてフランス座に戻ってみるかとキヨシは聞きますが、師匠は戻って来ても一歩も小屋へは入れるなと、言ってるらしいとタケシは遠い眼で天井をみつめます。
2年前、白のスラックスにブルーの背広、白いハットをかぶって皮カバンを持ち、颯爽と歩く“深見千三郎”がやってきます。
彼は浅草の住民や“フランス座劇場”の従業員のおばちゃんから、“師匠”と呼ばれきつい冗談を言いながら中へと入って行きます。
タケシはフランス座で“エレベーターボーイ”をしていました。深見はフランス座の座長兼“芸人”で、タケシは働き出してから彼のコントを観て、その芸風にとことん惹かれていきました。
そして、いつしか深見の弟子になり、フランス座のステージに立ちたいと、チケット売りのおばちゃんに、口利きしてもらおうと待っていました。
フランス座の楽屋で寝泊りをしていたタケシはある晩、誰かが歌う声を聞きステージへ行くと、踊り子の千春が衣装を繕いながら、流行歌を歌っていました。
彼女は旅芸人の一座で、芝居や歌をしながら日本中を巡り、気がつけばフランス座で裸で踊っていると自虐しますが、タケシは彼女は歌が上手いと褒めます。
千春は褒めるタケシには下心があると思い、「ヤラせないよ」と言ってからかいます。
映画『浅草キッド』の感想と評価
深見千三郎は踊り子目当ての客から、ヤジを飛ばされても「バカヤロー!黙って観てろ」というような、破天荒な芸人でしたが、生涯ストリップ劇場の“幕間”でコントを披露することに執着し、テレビ出演には背を向けてきました。
ほとんどメディアに出なかったことで、「幻の浅草芸人」とも呼ばれた、深見千三郎は独特のカリスマ性とリーダーシップがあり、人望も厚かったので芸人以外の浅草の人達からも慕われていました。
そんな深見千三郎とビートたけしの師弟愛を描いた映画『浅草キッド』は、“切羽詰まった男同士の絆”を描いた作品ともいえます。
柳楽優弥のビートたけしが、意外と自然であったことに驚きがありました。深見千三郎には映像的な資料がないにも関わらず、大泉洋が深見の姿を蘇らせたと思わせました。
芸人として座長としての生き様
“深見千三郎”は浅草で芸事を習い、戦後は舞台芸人として一座を旗揚げし、全国を巡り1959年頃に再び浅草へ戻ると、ストリップ劇場“フランス座”の立ち上げに参画しました。
深見は中学校卒業から、ギターやタップダンスといった芸事に勤しみ、第二次世界大戦中に軍事工場で左手の指を4本失っても、そのハンデを気づかせないほどのテクニックを持っていたといいます。
またテレビを毛嫌いし、出演しなかったと言われていますが、指の欠損を気にしてが理由だったともいわれています。
兎にも角にも彼は浅草の地で、幕間芸人を仕切り、最期まで浅草の舞台を全うし、「浅草の師匠」「幻の浅草芸人」と呼ばれるようになりました。
タケシは深見の乱暴な言葉遣いや厳しさは、「師匠は芸をなんでも持っていたが売れなかった。だから、イライラしていたのだろう」と、気持ちとは逆の態度が出ていたのだと回想しています。
そして、芸人にありがちな封建的な師弟関係に批判的だった深見は、作中にあったように住まいや食事の面倒をよくみて、一緒に楽しむことを第一に考える師匠でした。
弟子は次々にテレビで活躍し、衰退の一途を辿るストリップ劇場でコント一本で立ち直らせようとし、現れたのが風来坊的なタケシです。
何の芸もないタケシを一から鍛えたのは、彼に大きな期待も込めていたこと、居場所を失いつつある不安や寂しさが、深見を突き動かしたともみれます。
弟子のピンチに寄り添った“師匠”の存在
ビートたけしと深見千三郎の師弟関係は、2年間と短い期間でしたが、たけしは他の弟子の中でも、特別に可愛がられていたことが、『浅草キッド』から伝わります。
そんな、ビートたけしの口癖だと思っていた「バカ野郎、この野郎」は、深見が枕詞のごとく言っていたからだとわかりました。
2人が出会ったタイミングは、ストリップ劇場の衰退とも重なり、現実をわかっていたのは、深見自身で自分の持っている全てを託せるのは、たけししかいないと見抜いています。
ところがたけし自身は“芸”はないが、アイデアはたくさんあり成功を重ねます。そんな彼は人生の中で大きな失敗も経験し、そこから復活しています。
たけしは失敗を起こすと、敬愛する“師匠”のことを思い出し、芸もなく中途半端に売れてしまった自分は、“芸人”として新しいことをやっていくことが定めと感じました。
師匠・深見千三郎について、ビートたけしは「自分は有名になる事では師匠を超えられたが、芸人としては最後まで超えられなかった」と語ります。
まとめ
Netflix映画『浅草キッド』は、辛い時、苦しい時に“師匠”と呼べる存在がいて、師匠を思い出すことで、人生に行き詰まりがないと感じさせる作品でした。
師匠が真剣に弟子と向き合い、弟子が師匠に食らいつく、そんな濃厚な関係が時間の長短ではなく、一生ものの“師弟関係”になるのだと知らしめてくれました。
ビートたけしが深見千三郎を「理想の芸人」と評しているのは、現代の「理想の上司」とも受け取れるでしょう。
威張り散らして命令するだけの上司ではなく、部下が悩み苦しんでいるのを察知して、さりげなく手を差し伸べるような上司です。
深見の言葉はぶっきらぼうでも、厚い人望は人への気遣いが作り上げたものでした。自分のことよりもまずは相手を思う深見の気質が、浅草の人々(浅草キッド)から今も愛され続ける理由で、“タケシ”もまたそれを受け継いでいると言えるのではないでしょうか。
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