北朝鮮から逃れ韓国で新たな人生をスタートさせるリ・ジナの物語『ファイター、北からの挑戦者』。
カンヌ国際映画祭に出品されたドキュメンタリー映画『マダム・ベー ある脱北ブローカーの告白』(2016)を手掛けた、ユン・ジェホが監督を務めました。
ドラマ『愛の不時着』(2020)にも出演したイム・ソンミが、俳優生活14年目で初主演を果たしています。
北朝鮮から逃れ、韓国・ソウルで新たな人生を始めたリ・ジナでしたが、“脱北者”という偏見の目で見られ、自身の過去から壁をつくってしまいます。
それでも中国に残してきた父を逃れさせるため食堂とボクシングジムのバイトを掛け持ちします。
館長とトレーナーのテスに見込まれボクシングを始めることになったリ・ジナは、ボクシングを通して闘う勇気と、自分自身の過去と向き合う強さを手に入れていきます。
一人の女性の再生と希望を描く、強く温かいヒューマンドラマ。
映画『ファイター、北からの挑戦者』の作品情報
【日本公開】
2021年(韓国映画)
【監督・脚本】
ユン・ジェホ
【キャスト】
イム・ソンミ、オ・グァンロク、ペク・ソビン
【作品概要】
監督を務めたのは韓国とフランスを拠点に活動しているユン・ジェホ。長編ドキュメンタリー映画『マダム・ベー ある脱北ブローカーの告白』(2016)はモスクワ映画祭とチューリッヒ映画祭で最優秀ドキュメンタリー賞を受賞、カンヌ国際映画祭の監督週間に正式出品されました。
1カ月半のボクシング特訓を経て主人公リ・ジナを演じたのはイム・ソンミ。『母なる証明』(2009)で長編映画デビューし、映画・ドラマで活躍してきたイム・ソンミは本作で俳優生活14年目で初の主演を果たしています。
本作の後に撮影されたNetflixドラマ『愛の不時着』(2020)でも、韓国製化粧品を密売する北朝鮮人のクムスン役を演じ印象を残しました。
共演者はNetflixドラマ『Wish you~僕の心の中、君のメロディー』(2021)のペク・ソビン、パク・チャヌク監督作の常連であるオ・グァンロクなど。
映画『ファイター、北からの挑戦者』のあらすじとネタバレ
韓国・ソウル。北朝鮮から逃れ、国の職員に連れられアパートにやってきたリ・ジナ(イム・ソンミ)。
ジナにしつこく何かあれば連絡をしてほしいと念を押す職員でしたが、ジナは韓国入国の手引きをしてくれた脱北ブローカーを頼り、連絡します。国の補助金では到底生活できず、ブローカーに紹介された食堂で休むことなく働き始めます。
それでも生活が苦しく、中国に残してきた父親のことも心配なジナは、ブローカーにもっと仕事を紹介してほしいと言います。そんなジナにブローカーは、水商売はどうかと持ちかけます。
嫌だと断るとボクシングジムの清掃を紹介され、食堂と掛け持ちで働き始めます。
ボクシングをする人々を見つめるジナにトレーナーのテス(ペク・ソビン)が気づき、興味があるのかと話しかけますが、ジナは壁を作り心を閉ざします。
テスはジナに試しにグローブをつけてボクシングをやってみるよう促し、ジナの初心者とは思えない動きに驚きます。
軍に所属していたとジナが話すとテスは驚きます。北の人は皆特殊部隊で、冷酷だと思っているんですか、映画などでもそう描かれるけれど北の人だって人間だとジナは怒りをあらわにします。
ボクシングジムに通う女性らもジナのことを“脱北者”という偏見の目で見ます。どうしてそんな失礼な言い方をするのかと怒るジナ。
ボクシングジムの館長(オ・グァンロク)は、ジナの静かに燃えるファイティングスピリットを感じ取り、本気でボクシングをやらないかとジナを誘います。次第にジナはボクシングにのめり込んでいきます。
映画『ファイター、北からの挑戦者』の感想と評価
『ファイター、北からの挑戦者』の前に撮られたドキュメンタリー映画『マダム・ベー ある脱北ブローカーの告白』では、主人公のマダム・ベーは出稼ぎのために中国に行くはずが、実際は農家に売り飛ばされ、そこで暮らしながら、生きていくため脱北ブローカーとなります。
その後、マダム・ベーは中国からベトナム経由で韓国に入国し、北朝鮮の家族と再会するも韓国での暮らしは思っていたようにはいきませんでした。
『マダム・ベー ある脱北ブローカーの告白』での経験がこの映画の制作にも生きているというユン・ジェホ監督。確かに本作におけるリ・ジナの母親はマダム・ベーと重なる部分のある登場人物だと言えるでしょう。
北朝鮮に夫と娘がいながら韓国で結婚した母の経緯についてまでは劇中で語られることはありませんが、韓国に行けば豊かな暮らしができると思っていた、引き返そうと思った時は遅かったと語っています。
違法で入国した場合、身分証はなく身分証を得るためには韓国人と結婚しなくてはいけないという背景もあったのかもしれません。
ジナはお金だけ送ってきたが、連絡もしてくれなかった、母に捨てられた、と怒りを感じています。
一方で自身も北朝鮮を逃れ韓国にやってきて、その生活の大変さを身をもって実感します。もっと稼ぎたいというジナにブローカーは水商売の仕事を提案する場面があります。そのような場面からも生きていくことの大変さが見て取れます。
また、ジナは個人としてではなく、“脱北者”という偏見の目で見られることに対しても怒りを感じています。北の人だって同じ人間だ、何も違わない。という彼女の怒りが突き刺さります。
北朝鮮から逃れ韓国にやってきたジナを通して彼らの抱える辛い現状が描き出すと共に、本作が描いているのはジナ自身の成長譚です。
悲惨な過去や現状に対する怒りをジナはうまく伝えることができず、自分の中に抱え込んでしまいます。壁を作り心を閉ざしたジナを受け入れ、“脱北者”ではなく、一人の人間として向き合おうとしていたのがジムの館長とテスでした。
テスは昔やんちゃをしていた頃に館長に拾われ、ボクシングのトレーナーになったとジナに語っていました。だからこそ心を閉ざし、人を突き放してしまうジナが放って置けなかったのかもしれません。
心を閉ざしていたジナがボクシングや館長、テスとの交流を通じて次第に感情を表に出すようになり、人間らしさが表れていきます。同時に自分の感情に対してどう対応していけば良いのかわからない戸惑いもあるのです。
泣きたい時は泣けばいい。我慢しなくていい。
館長の言葉に救われたジナは自身の過去と向き合う強さ、現状に立ち向かう強さを手にしていくのです。
まとめ
北朝鮮から逃れ、韓国・ソウルで新たな人生をスタートさせた一人の女性の再生と自分自身の過去と向き合う強さを手に入れていく姿を描いた映画『ファイター、北からの挑戦者』。
ドキュメンタリー映画『マダム・ベー ある脱北ブローカーの告白』で、マダム・ベーの数奇な運命と過酷な現実を映し出したユン・ジェホ監督だからこそ描けたジナの過酷な現実と立ち向かう強さ。
闘うジナの姿に観客は勇気づけられることでしょう。